28、莉緒さん
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「加賀先生!」
思わず漏れた声に、加賀先生はぴくりと眉を動かした。
うわ、不機嫌な時の癖だよ。
確かに加賀先生って、誰かに邪魔されたり道をはばまれたりしたら不機嫌になるからな。怖いな。
およそ六年ぶりの再会なのにも関わらず、感動はどこに行ったのか恐怖心が勝っている。
「何なの、あなた。すまないけど、どけてくれる?」
「加賀先生!私の事、覚えてないんですか!?」
そういうと、明らかに加賀先生の視線がきつくなった。
「あなた、私を先生呼ばわりしないでくれる?この世で私を先生と呼べるのは、たった二人...一人なのよ。もう、迷惑極まりないわ。」
そう言い放って離れていく加賀先生の背中を、私はただただみつめることしかできなかった。
「そっか。」
声を出せるようになるまで、どれ位の時がたったのだろうか。
自分の少し裏返った声を聞いた瞬間、それまで頭をぐるぐるとかけ巡っていた思考が、確かな物となって私の心に染み渡った。
私は、加賀先生とは全く無縁な人になったんだ。
そう思うと脱力してしまった。
「凜々花ー!」
後ろからお母さんの声がした。
「お母さん!」
お母さんを見ると、少し楽な気分になった。たしかに、転生したんだから当たり前のことだし、くよくよしてても仕方ないしね。また「凜々花」として、加賀先生と呼ぼう。その為には、加賀先生に弟子として認めてもらえるように頑張らなきゃね。
「うぎゃーーーーー!!!!」
枕につっぷして大声で叫んだ。足もバタバタした。おい、過去の自分!!な、に、が、「また「凜々花」として、加賀先生と呼ぼう。その為には、加賀先生に弟子として認めてもらえるように頑張らなきゃね!」だよ!!!!!
ああ、あの時、あの時、あの時、もしも、加賀先生に私の正体を言ってたら。いや、いや、言い訳させて!?あ、あの時は、パニックだったし、それに、加賀先生ってさ、怖いんだよ?...いや、あれだな、冷静に考えてみると、言ったところで絶対信じてもらえなかっただろうな。かなりの現実派だし。いや、で、でも、もしもおおおぉぉぉ!!!!
「ふぅ。」
まあ、一回落ち着こう。あれだよね、いつまでもぐじぐじしてたって、仕方ないよね。それに、私は、凜々花なんだし。転生って、そういうことなんだよね。うん、まあ、ドラマ、頑張るしかないか。
情緒不安定だな、私。
「よいしょ。」
バッグから台本を出した。パラパラとページをめくり、考える。どうすれば、加賀先生に気づいてもらえるだろうか。いや、気づいてもらえたところで何になるのだろうか?加賀先生の存在を知った時から、ずっと会いたいと思ってたけど、私は一体、加賀先生に会って何がしたかったんだろう?
『もう、おしまいね。あとは、あなたが自分で、演技をしていきなさい。自分で、やり方を学び、自分で、成長していきなさい。』
最後の日に、加賀先生はこんなことを言っていた。その時は、独立心なんて無かったし、ただただ、加賀先生を失うのが怖かった。まだまだ加賀先生みたいに演技が出来る訳じゃないのに、もう教えてもらえないなんて、信じられなかった。でも、今思うと、あれが正しかったのかも知れない。転生してからの、演技の成長は、独立しているからこそ出来るようになったと思うから。だったら、私が今するべきことは、私の成長を、加賀先生に見てもらう事なんじゃないか。私がするべきなのは、加賀先生に、教え乞うことじゃない。きっと、自分の力で成長して、それを恩師である、加賀先生に見てもらう事なんだ。台本を手に取った。きっと、見ていてくれるよね?加賀先生。
「すごいわね。何があったの?」
次の日の先生の一言はこれだった。
「羞恥心を捨てました。」
「それにしても一日で羞恥心を捨てるなんて、なんかあったんでしょ?」
「まあ。」
あのあと、恥ずかしがってなんていたらダメだと思い、完璧に矯正できたわけじゃないけど、気持ちを入れるのを取り合えず頑張った。加賀先生にはよく、『恥ずかしいなんて感情を抱いてる時点で、気持ちに入れてない』みたいなことを言われてたから、気持ちを込めてみたら意外とできた。自分で成長できた…?いや、あの、これは、これは、ただのアドバイス?だし?
「よし、これなら三週間後の撮影にも間に合いそうね。」
「ありがとうございます!」
そう、三週間後から撮影がはじまる。だが、その前に衣装合わせや写真撮影(ポスター等の)それに顔合わせや、毎度おなじみ読み合わせ、、など。因みに明日は顔合わせがある。あの有名な女優さんに会えるとか。緊張するな。そして、先生が言うにはこれからは忙しく、なかなかレッスンに来れなくなるかもしれないんだとか。まあ、前みたいに頻繁にはいかずとも、週一、週二のペースで来れる位だけど。あ、でもロケ撮影が多いからやっぱり少なくなるのか。
「よし、じゃあ今日は緊張に負けないようにする訓練をしようか。」
そう言いながら、先生が部屋を出る。
「え、どこ行くんですか?」
「いいから早く。時間はないんだから。」
促されるまま先生についていくと、今まで来たこともないような辺りに連れてこられた。そして、先生が扉を開けると、そこはレッスン室に似ていたが、右側に、小さなステージが授けられていた。そして、そこには女の人が一人、水を飲んでいた。緩くまとめてあるポニーテールがふわりと垂れているその横顔は綺麗に整っていて、チャーミングポイントの少し垂れ目気な目は優しそうな雰囲気をかもし出している。なによりその綺麗な白い肌。
って、感心してる場合じゃないって。花坂莉緒さんじゃん!え、なんで?
あまりに驚いて、無言でつっ立っていると、
「なにやってるの、挨拶、挨拶。」
横から先生が囁いた。
「あ、こんにちは。あの、馬緒 凜々です。えっと、よろしくお願いします。」
「うん、よろしくね。」
そういってほほ笑んだ莉緒さんの笑顔は、なんていうか、とろけそうだった。
「莉緒、今日はわざわざありがとね。」
「いや、大丈夫だよ。私も気になってたしね。共演する、キャリア無しの子役。しかも5歳だし。」
そう、莉緒さんは、今回共演する女優さん、主人公の松浦朋美役を演じる女優さんだ。
「よし、じゃあ早速本題に入るけど、今日は莉緒が凜々の為にわざわざ来てくれたから、まあ会っただけで帰すのももったいないし、折角だからそこで演技すれば?二人で。いい練習になるよ~?」
「お、いいね。」
莉緒さんはのりのりだけど、私にはそんな余裕ないんですけど。ってか今会ったばっかりでただでさえ緊張してるのに...。
「はい、じゃあステージに移動。」
まあ、私に選択肢がないのは分かってたんだけどね。
こんなんでちゃんと演技できるのか不安しかない。
「それで?この部分もう覚えてる?」
「え、、?まだです。」
逆に覚えてるのか!!??待って、それは凄すぎる。ついていけない。
「じゃあ、見ながらでもいいけど、一応練習はしたわよね?」
してねーよ!いや、言い訳させて...あの、虐待シーンが難し、
「してないの?」
ひいっ。怖い。この圧っていうか、なんていうか、静かな威圧感?
「い、いや、で、できます。」
別に、いっぱつ本番でも出来るはず!いや、100パーセントは無理だけど、50パーセントぐらいなら、ねえ?っていうか、先生!さっきから助けて目線を送ってるのにガン無視するのやめて!!
「じゃあ、いつでも始めて。」
「あ、はい。」
とりあえず一回深呼吸、それから気持ちづくりっておいうか、感情入れる。
これはオーディションでもやった、お母さんなんていらない!ってやつ。まず、お父さんの後ろに隠れるジェスチャーから顔だけひょこっと出す。そして、お父さんの台詞が入るんだけど、お父さん役はいないからお父さんの分は飛ばしてやる。ここで、お父さんが、挨拶しなさい、と前に出されるんだけど、美穂は人見知りなので、泣きだそうになる。ふう、大変だ。目に涙を溜めたまま、キープ!はい、そこ、駄目!キープキープ!!!
「美穂ちゃん...だ、大丈夫よ。ほら、私は新しいお母さんだから、ね?」
「おかあさん...。おかあさんいらない!いや!!!」
いや、ここではトラウマを思い出してる風が試されてるよね。やっぱり。まあ、まあまあ上出来だったかな?一安心だ...。
「あ、わ、わかったわ...。ごめんなさい。じゃあ、私は...おばさん。ね?お母さんじゃないわ。」
「おばさん?」
「そうよ。おばさん。...ね?」
ここは、とりあえず、頷く。
「じゃあ、おばさん美味しいもの持ってきたから、食べよっか?」
また頷く。まあここも、人見知り感をかもし出す。
「ふう。」
おお、疲れたああぁぁ。
「ありがとうございました!!」
はい、元気いっぱい五歳児はちゃんとアピールしておきましょう。まんざらでもないんだけどね。
「うん。良かったよ。」
「ありがとうございます!莉緒さんの演技、感動してしまいました。今日はありがとうございました。貴重な体験をできて、とても、楽しかったです!」
疲れているのでさっさと切り上げる。
「じゃあ、さようなら。これからもよろしくお願いします。」
「ええ。今日は私もいい経験になったわ。」
「ありがとうございます。では、」
お辞儀をしてステージから降りる。
「あ!もうこんな時間だ!」
ちょっと大袈裟すぎだったかな?
先生をちらりと見る。
「帰って良いわよ。」
「はい。ありがとうございました。」
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