黒白相立つLv2
神奈は苦戦していた。
グリーン将軍を護衛する四つの炎の玉。目玉がついたそれは自立稼働して敵を見つけては火炎を放射するのだ。
空を飛び、炎を掻い潜り、さらにはグリーン将軍の対処もしなければならない。
やることが多すぎる。
その時、グリーン将軍が口を開いた。
灼熱の炎が吐き出される。
それを回避した先、炎の玉と視線が重なった。
再び、炎。
神奈は辛うじて回避する。
家の屋根に浮かび上がった神奈の影から、ライトが抜け出てきた。
「嫉妬斬とやらはどうした、勇者殿!」
「こんな一杯一杯で嫉妬を練れるか、馬鹿! 影縫いはどうしたのよ、ライト!」
「こうも光源が移動していては影を固定できない!」
「無能!」
「雑魚専!」
罵り合って、二人は別れた。神奈は敵を引きつけ、ライトは影の中に溶け込むように消えた。
その時だった。
白い流星がグリーン将軍の腹部に真横から突進した。マシロだ。グリムの光る盾を持っている。
グリーン将軍は体勢を崩し、よろけた。
「流石に硬いね」
そう言って、マシロは突撃に利用した剣を持つ手を軽く振る。
「マシロ! 戦えるの?」
「コミュニケーションも取れる。僕は正気だ、黒の勇者」
「……良かった。リンネとグリムは?」
不良生徒が更生したのを見た教師のような気持ちで、神奈は言う。
「最低限の応急処置はした。命に別状はない」
その一言で、神奈は胸をなでおろす気持ちになった。
炎の玉は二手に別れた。それによって、回避が多少容易くなった。
「こうも逃げていてもジリ貧だよ、黒の勇者!」
「攻撃はしてみた、けれども効いてる様子がない!」
「覇者の剣なら、傷は与えれるんだよね?」
「うん。グリーン将軍……この化物に多少の手傷は与えた。けど、炎は自立稼働みたいだ。反応が変わらなかった」
「僕の剣ではダメージを与えられない。敵は僕が引きつける。黒の勇者は急所に突撃を!」
「引きつけるって?」
マシロは追跡してくる炎の玉二つを引きつけながら、神奈を襲う炎の玉にグリムの盾を掲げて体当たりをしかけた。
内部を突破され、炎の玉が大きく瞬きする。そして、マシロを追い始めた。
「わかった、マシロ!」
雄々しく叫んで、神奈は突撃する
黒い刃がグリーン将軍の爪を掻い潜り、首を深々と十字に切り裂いた。
しかし、出血がない。まるで血が流れていないかのように。
「これ全部、内蔵とか血管の外の筋肉ってわけ?」
神奈は絶望したように言う。
そして、素速いパンチを回避して空を飛んで遠ざかる。
さらに灼熱の炎が口から放たれ、それも回避する。
リンネの前例がある。念のため避けておくに限る。
「どうやら本体は……核は奥深くに隠れているらしいね」
マシロが炎の玉に追いかけられながら、時に光の盾で防御しながら返す。
「手詰まりか……」
神奈は敵の突き出してくる爪を断ちながら、歯噛みする。
そして、全ての爪がなくなったのを見て、グリーン将軍が空へと浮かび上がった。
その体が、神奈に向かって大きな口を開いて突進してきた。その口内から、炎が吐き出される。
神奈は、回避したその先で大きな腕を押し付けられた。
そのまま、グリーン将軍は地面へとダイブする。
地響きが起こり、グリーン将軍の巨体ごと神奈は地面に叩きつけられた。
常人なら圧死していただろう衝撃。それに、神奈の強靭な肉体は辛うじて耐えた。しかし、意識はやや遠くなる。
「黒の勇者!」
マシロの声が響き渡る。
神奈は痛みに震えながら、その声を聞いていた。
グリーン将軍の蜘蛛の足の鋭い切っ先が神奈に向かって振り下ろされていた。
その時、神奈は体が浮き上がるのを感じた。
抱えられて移動している。
朧気な意識の中で、それをしてくれているのがライトなのだと悟った。
「まったく、割に合わねえ。俺はこんなことしなくても貴族の後継ぎとして遊んで暮らせるのに」
ライトはぼやきながらも、影の中に入った。
そこは、一面の闇だった。何も知覚できない。ただ、ライトの温もりだけが傍にある。
神奈は意識を取り戻した。
「リンネ嬢みたいに炎の奴に狙われてなかったのは助かるところだ」
ぼやくようにライトは言う。
「ライト、外へ出て! マシロ一人に攻撃が集中しちゃう!」
「マシロなら多少は持ちこたえる。その前に、相手を倒す策だ! 勇者殿、ここで必殺技の準備をしろ!」
神奈は理解した。なるほど、敵の攻撃に晒されない今こそ、嫉妬を貯めれる時間ではないか。
神奈は覇者の剣を握って、考える。
頭が真っ白になった。
敵が強すぎて、それがプレッシャーとなって神奈は余計なことを考えられない。
「駄目だわ、外に出して!」
「ああ、もう、本当雑魚専ヒーローだなお前は」
ライトは嘆くように言うと、影から出た。そして、再び物陰へと移動して行った。
マシロが光の盾を構え、敵へと突撃していく。それはグリーン将軍の口から吐かれる炎を二つに割りながら、マシロの前進を支えた。
その速度に、炎の玉の火炎放射も追いつけない。
マシロは、神奈のつけた十字傷に流星のように突進した。
そしてそのままの位置に陣取って傷を突き続ける。
盲点だった。あの位置ならば、炎の玉は同士討ちを恐れて攻撃できない。
しかし、それも長くは続かない。
腕が伸びてきて、マシロを掴もうとした。
それをマシロは、空へと飛んで回避する。グリーン将軍とは、再び離れる形になる。そこに、炎の玉の火炎放射が次々と襲いかかった。
「黒の勇者、こうだよ! できるでしょう、貴女なら!」
マシロが叫ぶ。
その意図を察して、神奈は頷いた。
神奈もグリーン将軍の体に向かって突撃した。
そして、肩の上に乗って、念じる。
一度はできたのだ。二度だってできるに違いない。
覇者の剣を縦に長く伸ばす。それは、深々と敵の内部に突き刺さった。
グリーン将軍が雄叫びを上げる。
「効いてる……!」
腕が伸びてくる。それを、マシロが蹴り飛ばした。そしてマシロは、神奈の隣、グリーン将軍の肩の上に乗ると、頭上に向かって盾を掲げた。
己が身を巻き込む火炎放射。それを、光の盾は見事に四散させていく。
「かき混ぜて! こんな悲しい生き物、終わらせてあげて!」
マシロが叫び、神奈も頷く。
覇者の剣を内部を抉るように動かす。
グリーン将軍が痙攣を始めた。
そして、その腹が大きく膨らみ始めた。
そこから、巨大な魔核が吐き出された。
核を失ったグリーン将軍の体が力なく倒れる。
そして、魔核を囲むように、新たなグリーン将軍の肉体が形作られた。神奈に断たれた爪も再生している。
「嘘……」
「キリがない……」
二人して、絶望に叩き落された。まるで、この闇夜のように、先が見えない。
そして、爪がその巨体に似合わぬ速度で突き出された。
マシロが神奈の手を引いて、頭上に向かって飛んで行く。
光の盾を先頭にして、炎の玉の包囲を突破した。
「他に、手は……?」
神奈は、自分でも目一杯に考えながら呟く。
マシロは、険しい表情で黙り込んでいる。
「手はある」
そのうち、マシロは呟いた。
「僕が、自爆する」
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「戦況はどうなっているのかな……」
リンネが、倒れたまま呟く。
「マシロも尋常な使い手ではない。白の勇者と黒の勇者。二人が揃えば、奇跡は起こるさ」
「けど、敵も尋常じゃないよ……」
「まあな……」
グリムは、ふらつきながらも立ち上がった。
「足手まといになるだけかもしれないと思っていた」
グリムは、ためらいながら言う。
「しかし、何かできぬものか」
「無理だよ、グリム!」
グリムは歯を食いしばる。
「行く時は一緒だ」
その言葉に驚いて振り返ると、リンネは脂汗をかきながら微笑んでいた。
彼女の腕と足を、光が包んでいる。
「リンネ。その光……」
「痛みが麻痺してきたのと、多少慣れたのと。待っていてくれれば、魔術を完全に使える程度に回復する」
「……激痛だろうに、よくやる」
「意識が朦朧としているし、時間はかかるよ。十全の状態になるには、まだまだ足りない」
「……我々が行って、何かできるだろうか」
「できるよ。私達も含めて、勇者一行なんだから」
グリムは苦笑して、その場に尻餅をつく。
「お前はいつも真っ直ぐだ。そこに、俺も負けたのだろうな」
「そっか。私の勝ちか」
「ああ。お前の勝ちだ」
そう言って苦笑して、グリムは前を見る。
遥か遠くでは、炎が、黒い紙に乱雑に引かれた赤い線のように飛び交っていた。
グリムは、心臓を握られているような気持ちでいる。
白の勇者か黒の勇者。どちらが倒れても勝ちはないのだ。
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場所を空中に変えて、二人と一匹の戦いは続いていた。
巨体に似合わぬ速度で、グリーン将軍は爪を、尖った足を、振り回してくる。
それだけならまだ回避のしようがある。
しかし、ここに来て前後左右上下からの炎の玉の攻撃が響いた。
マシロが光の盾を掲げてグリーン将軍の爪を受け止め、そのまま地面へと叩きつけられた。
炎の玉がその周囲を囲む。
神奈は全魔力を使って、マシロを守るように炎の障壁を作り上げた。
世界が赤に染まる。
神奈は、なんとか炎を相殺できているようだ。
「ありがとう、もう大丈夫だ、黒の勇者!」
マシロは空にいる。
神奈は背後から振り下ろされた蜘蛛の足を辛うじて回避しながら、空へと飛んだ。
そして、即座に四つの炎の玉からの攻撃に晒される。
回避しながら、相談する。
「後試してない手はある?」
「炎の玉は倒しても復活する。急所狙いをすれば体を捨てて他の場所で再生する。とにかく、生存に特化している」
「一撃で核を貫ければ……」
「この濃厚な匂いの中では、それも無理だろうね。だから、言っただろう」
マシロは、寂しげに微笑む。
「僕が、自爆する他にないと」
「それだけは駄目だって言ったでしょう? 魔王との対決がまだなのよ。貴方は生き残るの」
マシロは返事をしない。
「ダメージを受けた肉体を捨てているということは、その分の魔核は消耗していると考える。持久戦で行きましょう」
「僕は眠いのは平気だよ。しかし、果たして黒の勇者。貴女は睡魔に耐えられるのかな」
「現代の社会人を舐めないで」
グリーン将軍が動きを止めた。
その体が、光を放ち始めた。
まるで、神の使いでもあるかのように。
グリーン将軍の体が変形していく。
彼が飲み込んだ魔核は果てしないほどに多い。
その魔核が、より敵を屠れるようにと進化を促したのだろうか。
グリーン将軍の腹部がへこみ、背に、巨大な禍々しい悪魔の翼が生えていた。
雄叫びが周囲に木霊する。
「……化物、か。僕と、同じ」
マシロが、苦い顔で呟く。
その次の瞬間、グリーン将軍は二人の頭上にいた。
「空戦特化?」
神奈は、回避行動に移りながらも叫ぶ。
グリーン将軍の蜘蛛の足が、力を貯めるように内部に傾き、そして外へと大きく開いた。
炎の玉の火炎放射を炎の障壁で相殺しながら、神奈は絶望を味わった。
「やられる!」
「やらせない!」
何かに蹴り飛ばされて、神奈は吹き飛ばされた。
背中に鈍い痛みがある。
振り返ると、さっきまで神奈がいた場所にマシロがいた。
マシロは蜘蛛の足に手足を貫かれたが、地面へと落ちる前に離脱した。
「マシロ!」
「大丈夫。僕は痛みに疎い。多少の損傷があっても稼働できる」
空でマシロと神奈は並び浮かぶ。
黒の勇者と白の勇者。人類最高峰の戦力の結晶である二人が揃っても、目の前の化物に、勝てない。
そこからは、悪夢のような時間だった。
避ける、避ける、避ける。
攻撃に転ずる暇はない。
どれだけの時間が経っただろうか。マシロが、呟いた。
穏やかな、微笑み顔だった。
「離山の魔女に伝言を頼むよ、黒の勇者。マシロは立派に戦った。無駄死にではなかったと」
「マシロ、何を?」
マシロは剣と光の盾を捨てると、雄叫びを上げて突進する。
足を焼かれ、爪に肩を抉られながら突進する。
その体が、グリーン将軍を押し、大地に押し付けた。
そして、マシロの体から眩い光が放たれ始めた。
周囲は、真昼のように明るくなった。
次回決着。
シリアスな話が続いたので次々回は緩い話にしたいと思います。




