20 光日64
「時刻0615より兵員区画控え室前にて立哨待機します・・・」
しかし等三特務新兵となった娘の復唱はそこで終わらなかった。その声に劣情の魔法の余韻のいま少し残る婀娜っぽい隈取りがなければ大尉の対応はたぶんちがい、耳を貸しはしなかったかもしれない。
「あのう・・・少しよろしいでしょうか。劣情の呪縛は解けてきているようですけど、自分の場合、ハニートラップとは少々違っていたんです」
「そうだとしてもそれが何か」
「はい、もししこまれたトラップがあるなら土鉱が塔に対して意図したもので、自分がこうして帝国の大尉のもとにあるのは完全に想定外の事態です。それに実はトラップはなくて、ハニーだけでした」
「・・・魔法が謀略の類いではなかったと言いたいのか・・・夜も遅い、それで相談ごとなると、頭をすっきりさせたい、そのまま少し待て」
大尉はそう言うとベルトにつけた収納よりその種の効果の強い魔光苔の実を黒くなるまで乾燥させた漿果入りの小さな包みをふたつ出してきた。
「知っているかもしれないが、これは覚醒の漿果の紛薬だ。本当に急がねばならぬ要件と確信しているなら包みひとつ分を飲め」
娘は中身の正体を聞いて包みを受け取るのを少し逡巡したものの、いささか癖があるなれぬと微妙にまずさのある甘酸っぱいそれを口に含むやいなや、躊躇はなかった。吐き出すそぶりも見せず呑み下した。
娘が飲んだからには、娘以上に覚醒の必要を感じていた大尉は、実を相伴するほかなった。
『まずいな、副反応のほうも面倒なことにならねばよいが』
味もさることながら、抑制された魔法にも覚醒的に働くことがまずいかもしれなかった。
「大尉殿、自分はここ塔に対峙する土鉱の間諜でした。それが裏切り者と誤解され、塔にトラップなしのハニーとして差し出された・・・そうなら、どうしてだと思います?」
「その裏のない直な見方は前提にし難いな・・・」
「私はこんな雛子な見えでも成人していますよ。大尉からすればど辺境の無尾の土鉱のあだ花でしょうが、卵に精を許す、繁殖することができますよ」
「・・・・・・」
「ひと種である限り、雌雄が交われば卵から雛が孵りますけど、孵る雛の種はかならず母体と同族です」
「・・・帝国はあまねくひと種の卵と孵化の守護をまかされたものであり、そのことは、もちろん本官も周知している」
「なら、わかりますよね、私、土鉱を絶やさぬために、劣情の魔法をかけられて塔に向かわされたのです」
娘はぐいっと間を詰めて大尉の胸の記章に華奢な両の手を添えて見上げた。
大尉が見おろせば、娘の顔のおおかたが、蠱惑する上目で・・・ああこれはもう制御している、覚醒された劣情の魔法を多少なりとも自家のものにしているとわかった。
「ちょっとまて、この地の土鉱が滅びる、絶える可能性、それが蓋然であるといいたいのか」
「隣領軍に土鉱は先鋒を強いられて・・・私は土鉱の下っ端でしたけど、そんな成り行きを感じていました」
「土鉱と西の隣領が塔に対して緊張を高めている情報はつかんでいる」
「なんとかならないでしょうか」
そう言いながら娘は大尉の胸に頭を預けてきた。さらさらの洗い立ての、大人になりきれてない雛似の光輪も艶やかなみぐし、咲きはじめの花の蕾の甘い香りがふわりと匂いたって、誘いに誘われた。
「・・・帝国に反旗を翻すものと本官が判断すれば介入できるが、現状はそうでない。それにこの塔の魔法力は、土鉱や隣領軍が何倍であろうと圧倒するものがある。そして塔は土鉱の孵化の巣まで手をつける気はないだろう」
「でも、領軍は、領軍は違うんです。土鉱の孵化の巣は、代えのない孵化の巣は・・・」
大尉の背に細い腕をおずおずと回して控えめな胸のやわらかなふくらみを押しつけてくる娘。
「・・・隣領軍の手が及んで、人質も同然とでも言いたいのか」
「たぶんすでにそのとおりです。土鉱は死兵を強要され、強襲したその戦果次第では領軍も塔に突入する。そうはならないのだとしたら、無力化された土鉱は孵化の巣をはじめ秘密裏に浄化されて、土鉱の領分は隣領の新入植地・・・それが最初から領軍の狙いなんだわ、きっと」
「貴様の懸念憂慮はそれか。孵化の巣を犯し損なう禁忌が事実と確認されれば帝国は介入する。ただし」
「ただし?」
「紛争それ自体の勃発を未然に止めさせるまでの大義がまだない」
「そんな、孵化の巣をやられてからは遅いんです。同胞を失いひとり生き残るなんて、そんな未来は嫌です」
「土鉱の孵化の巣が襲撃を受けてもすぐに全てを滅せられるものではない。土鉱にも貴様が知らされてない非常時の備えがあろう。かような事態は平易に進むものではない。それに貴様ひとりが塔にいる土鉱の出自ではない、確かに数は多いとは言えないが、下は下働きのものから、上は尾まで生やしてみせた上師の魔法者までいる」
大尉も娘の細い腰と尾に触れないことが妙にそそられる尻の丸みに手腕を回し抱き寄せながら耳元に囁きかけた。
「なあ、焦らずとも良い、土鉱の孵化の巣の状況は至急に視察しておこう。帝国の目が及んでいることを示威して、蛮行の凄惨の抑止をはかろう」
「・・・大尉殿、ご配慮をいただき、有り難うございます。それでは自分にあてておられる硬くなったもののお相手を。あたし、いえ自分は有尾の殿方が初めてでも嫌じゃないですよ」
「それもそう焦らずとも良い。視察の成否もまだわからんぞ。こうなってしまっているのは貴様の劣情の魔法の技に応じてみせたからである。自分の意に沿うように導く誘惑の手管は、おぼこにしては上出来だ」
大尉は互いの体にまわした腕をほどくと、身ひとつぶん離れた。
「しかしな特務兵、よいか、いかに貴様が魅するものであろうと、万人が屈するわけではない、そしてそうなれば相手にかけ損ねた魔力は反転する」
「あうう・・・大尉殿・・・・・・ご教授、有り難うございました・・・」
「・・・予定をさらに変更とする。本官は明朝、定期外の視察に出る。貴様はここは鍵つけされ、本官が戻るまで外室してはならん。貴様の面倒みは室の魔法知性の選択枝、訓練官を起動しておく。時刻0900より、訓練官の指示に従い、級2準の戦闘語検定に備え初期発声訓練にかかれ」
大尉の声もいくぶん上ずっていたが、魔力の支配を受けていたと知らされたあまたの交わりの経験が慎重にさせ、据え膳に溺れることを踏みとどまらせた。
『隣領軍とて帝国の介入は予想のはず。まだ表に出てきていない紛争の事情、裏があるか、それを探らねば。土鉱の状況を視察後、隣領都にまわろう。共和政体・・・厄介で面倒な連中だ。面倒と言えば、特務兵もおのれの色情に溺れぬことを学ぶ必要がある。可哀相だが今宵はその身の色欲に悶えてその面倒から魔力の反転について学べ』
大尉はそう思い、あえて娘を突き放して鎮静の漿果薬を与えることを控えたのだが・・・・・・
娘が初めて覚醒できた魔法の劣情は有尾の大尉の攻略を果たせなかった。反転逆流してきた魔力が滞留して、からだが胸が股が芯から火照っていた。もし尾持ちで尾まで火がついたら、大尉の敏感に頬ずりついて情けを請うまでしたかもしれなかった。
おぼつかない足取りでふらふらと兵員区画にもどると、洗身室に籠もった。好きではない、身を切るような冷水を浴びて震えた。
『大尉の腕の中、気持ちよかった。安らかで、守られる気分があんなに幸せだとは思いもしなかったけど、そこまでしてくれたのに、あたしをそでにするなんて信じられない。でもあともうほんのちょっぴりだったよね。この次はいける。あたしはいける子。いけいけあたし。あたしのお相手におとしてあげるよ』
娘は大尉のことばかりを考えた。大尉の理性への対抗心にすがれば、同胞への憂慮の苦念の余地は遠くなって行った。ひとりの異性を思う若い牝の情動、温かい卵を求める甘く切ないうずきが夜を支配していた。母性が今からでも繁殖せよとそれを焚きつけていた、種の危難のいよいよの切迫を密かに予見の魔法で気づいたかのごとく。
たぶん、推死測るに強い衝撃で微塵に吹き飛ばされた全身が逆回しで再生された。
その瞬間、心が脈打ち、意識が死から覚醒させられていた。
目の奥まで飽和した激痛。それがすぐさまひいて、すべてを圧倒する白熱光となった。それもさっと東の空へと急速に退いて行き、追うようにその後から万色の景観が現れていった。
そこには逃げ惑おうとする人々の姿も含まれていた。みなが光と逆の西方に走りかけていたわけではないが、それと同じくらいの数で、当惑と恐怖がせめぎ合う顔が東方に向いていた。そこには西に大きく傾いた日の光輪を比較にせぬほど輝きを強める巨大な光の壁の爆発が地平より立ち上って襲いかかろうとしていた。そしてこちらに超のつく高速で渡ってくるなにか透かした屈折のような怖ろしい帯びの波が見えていた。
その手前には雲少なく青く深い平穏なはずの秋の空に浮かぶ大小の月が四つ。それらがいつもの控えめな昼の希薄な白ではない、東をむいた面が銀色、それも目を刺さんばかりの光を放っていた。
『いったいなにが起こったのか』
もちろん、天文博士にはわかっていた。ついに赤火星が破局にいたったのだ。ただ、手ひどい思い違いをしていた。その正確な時刻まではさだかではなかったが、そのことではない。これほど迅速で地平の向こう側からでもすべてをなぎ払う化け物だろうとは想像もだにしていなかった。まだ赤火星は空に昇る前だ、それであわてることはないと、それで逃げ遅れて、天の劫火から隠れ遅れてしまった。もはや、取り返しがつかない。自分の時はなすすべなく恐慌に捕らわれるなか、そこで終わってしまっていた。
その終わりの刻限はやり直しができない。取り返しのつかぬ、罠におちたとわかった。
『後悔は先に立たないとはこのことか』
助手が月の異変を告げに来た。その時点で空を見ようと表に向かわず深く逃げ込むべきだった。この地にもあつらえた星夜巣に、地底の強固な岩盤の下に外界より隔絶された、清涼なる地底湖をようする84の避難所のひとつに。
『えっ、84もの巣をなしてきたのだろうか。いつのまにそんな覚えのあることがあるのだろうか』
合ひとつ前の近接は、魔力をもっても抗しようのない天候の気まぐれ、観測地を襲った強大な暴風雨のために、準備は成果をだせぬまま徒労に終わっていた。その後の赤火星として知られる半透過の球状星雲は、その近接時の未測の何かの結果だろう、不透過の度合いを増していた。その光の源である三つ星がたどる軌道、重三の螺線は断続的にしか、追うことができなくなって、予測は不正確を増した。
そしてその日、その時刻に、重三の螺線が集束した結果が届いてきた。
帝都近郊の大天文台の大魔晶盤を前に観測手順の再確認、予行の最中だった。助手が月の異変を知らせる直前に東方に配した観測管群からにわかに短い幻影が届いてきた。
『これが小紅斑だろうか、深紅に輝く歪にゆがんだ涙滴は激しく渦を巻く白輝の合体らしきものにまでとどく長い尾をひいていて、合体であるはずのものの渦その中心には、あれは何か、あれは見てはならぬ、ならないという本能までが抗しようもなくその闇に引き込まれて喰われて・・・・・・』
すべてがまばゆい光の大渦の中心に貪食の暗黒がひとつ露出していた。
そこからのとてつもなく極大の闇の負の魔力に、焦点が引き寄せ合わせられてしまった高品質の魔法物質の大魔晶盤が異音を発しひび割れ、砕け散る寸前だった。因果の時順の結界とでも言うもののが先に綻んだ。そこより極大を振り切るレベルの魔力が暴発、その時点で知る限り初の時空転移が、はかられたものにあらず未制御の自然現象として発生した。
そのタイミングはまったくの偶然でも存在のありようの必然でもあり、まぢかで正面にそれを受けてしまっていた。飛ばされた。その先で時の流れが再び反転して・・・・そこが過去の側の、近似の状況、時空の特異なる結節点だった。
「神よ、遠き神よ、恵賜、星夜の下、巣を守り給ふ」
気がつけば、合ふたつ前の近接をみた日刻。帝都から遠く離れたあのオアシス要塞の地下にいた。
魔晶盤をのぞき込むように観測する助手が上奏する呟きを、順行する時間線に沿って聞いていた。
『そんなはずはない』
合二つ前の近接ではなくて、彼方ですでに赤火星として知られる半透過の球状星雲。その光の源であるうちなる三ツ星がたどる軌道、重三の螺線はその二つは完全に、残る一つもほぼ集束していたのはすでに見ていた。
『ここで魔晶盤に映し出されていた事象と、大天文台で見た事象との違いは何故だ』
そのとき初めて事象を伝えたのは光、そして光にも速さと言うものがあることで説明がつくと思いいたった。時空の有り様にそこまでも無知だった。赤火星のありさまがおよそ日64先にそれが届くと言うことは、赤火星は光でおよそ日64もの先にあった。それほどに遠く、遠くにあってなおあの大きさに見えるとは、赤火星の実在の規模の途方のなさに心魂が震えた。決して魔晶盤に拡大されて映し出される天の采配の象徴などではなかったのだ。さればこそ、受け入れがとうが事の理にはかなった凄まじい終末の体験だった。
不意に啓示が展開した。
あらざるものの深淵を見た刻限と、生きて観測可能な終わりの刻限が今や二つの得意な結節点となって、時空の孤はおよそ光日64の確たる弦で結ばれ仕切られて、その間の事象は弦の振動、時空の震動だった。
それより下流の時間は閉じて何も感知すること能わず、未来の時空が見えぬこと、それを確かめるため、昼の白月の異変を告げる助手の声に応じてしまった失策の終末を何度も再演し、それこそ後悔の念がすり切れるまで何度も何度も繰り返し、それがやり直しのきかない事象、弦の固有の振動であると思い知った。
下流が閉じられた振動はそこで反跳して、上流の側では結節を越えてそこより過去を遡る、およそ日64の倍数で結節が定常の状態の波となって拡散していた。
過去には結節までに合流にいたるあまたの可能性の支流がおよそ光日64が基本の単位で存在を揺らがせて混沌としていた。
下流の未来は行き止まり、閉じて自由はなく、一方、過去は時流を遠く遡るほど時空の支流が膨大に増えて混沌としてどの支流を本流に選ぶことのその自由が開いていた。
ここの結節点に集束していたる枷はあるが、時空の自由度を探求せずにいられなかった。実際のところ、それをするかしなかの択二の選択肢しかなかったのだが、既知のはずの過去の集合が今や未知の巣窟に転じ、学究の徒らしく倦くことなく時空の相の解明に没頭した。
結節から結節へ、支流から支流へ、探求は人種の寿命を超越し幾星霜にも及んだ。そして学んだ経験知はやがて過剰となり制御すること追い着きがたく、混沌に同調同化しゆく存在になった。
だがそれでも性は悪には決して傾かず、機会あればその身が孕ませた血統のみならずあまねく人の種の生き残りのために、帝国の皇族に干渉して卵守護を司る遠き神の神殿を建立させ、また権勢もたぬ民と卵のための84の避難所、星夜の巣窟をもうけ、人材を発掘し能力の覚醒を導いてまわった。
気がつけばいつしか天文博士の名は廃り、やしと仮名乗り、やしと呼ばれる存在になっていた。矜恃と博愛が深い孤独を正気の残渣につなぎ止めていた。果てしない時の流れの繰り返し、その遠い遠い、さらに遠い果てに、のぞみを託していた。
「見て鏡也」
大日女こと天照大御神が妹分神、稚日女は時読命の御神体を降ろした連れ合いに呼びかけた。
目の前には希薄なR過程元素(金とか白金とかレアアースとか)の雲、可視光では赤色の球状の星雲。そのおよそ一光日の宙域のなかで三重の軌道の螺線がもつれてまさに合しようとしていた。
螺線のうち二つは刺さる激光をはなち高速で自転する対の小星のもの。いずれも径は小なるとも地球の主星、太陽の4倍に近い異例の質量を有する中性子星だった。
始めにその二つから伸びるプラズマが繋がって短い旋回をした。そしてにわかに角速度を失い、互いに落下しあうようにほぼ正面衝突。高速の自転で擦りつぶし合うがごとく互いを吞みこみあい融合合体して、数秒のうちに全天でも有数の明るい輻射、10光年以内の惑星生物には、仮に透明な大気の底に届けば百グレイを越える絶滅必至の放射をはじめた。そして恒星質量の中性子が主構成の塊であれば、その合体で地球質量のなん十倍ものR過程元素(金、白金、レアアースなど)が一挙に生成され、その濃密で重い荷電粒子が速秒数万キロで星雲の既存の同種の希薄な粒子を叩きながら恒星空間に爆散をはじめた。
「なんともものすごい、ものすごいと光景としかいいようがないね」
「でもこれからが本番だよ」
その瞬間だった。中性子星合体に太陽質量の3倍を越える赤色矮星が高い角速度で突入、最大で星の径1/2ほども内なるように軌道を交叉させた。質量と運動エネルギーの追加。死徴光の暴威はいっきに百光年を越えるものに拡大した。
赤色矮星の内部の主構造は核融合の果ての産物、重力で圧縮された鉄。億年もまえに中心核での融合はかなわなくなっていた。その核のかなりの部分の質量が、一時の重なり巨星を貫通する接合体の道連れになった。
その移行と衝突の熱量の生成は瞬間的には非常に莫大なものであったが、鉄では新たな融合のエネルギーはない。星合体の径を内側からささえる役に足りず、あわせて太陽質量の8倍を凌駕することになった質量が勝利を収めた。中性子星合体の止まることのない重力崩壊が始まった。
崩壊の圧縮を止めるに足る熱量はなかった、局所に重すぎてプランク長で編まれた時空の背景格子が持たなかった。格子はそこで破綻して時空に観測可能の穴が開いた。その漆黒の闇に渦流を捲いて流れ込む粒子雲。光速に限りなく加速されて時の速度を失い重積して、穴の淵では億度の単位の恒星中心核を桁違いに上回る超高温2.5兆度オーバーにあらゆる原子は分解され、素粒子が沸騰するスープとなって呑み込まれて行った。
「R過程元素の源の候補が中性子星合体なのは知っていたので、そこまでは予想がついていたが、まさか、ブラックホールと回りの降着円盤の形成の過程を見させられるとは」
「いただくのは訳ありのR過程元素なの、それはもう少し時間を加速して行けばわかるの」
穴の開いた重力の底からプラズマの尾を引き離れ行く壊れた赤色矮星の残りの部分。登り切るには重力の傾斜がずいぶんときつかった。それでも歪な涙滴の紅いまとまりは降着円盤につなぎ止められたまま楕円の軌道に載った。
再構成の赤色矮星が楕円軌道の遠地点にむかうにつれ、降着円盤との臍索のごとき繋がりに限界がきた。重力傾斜と電磁力に寸断されたプラズマが鞭の様にしなって、濃密となったR過程元素雲に衝撃波面を起てていく。それが赤色矮星が楕円軌道で周回を重ねる都度おこった。元素雲の爆散の不均一はよりいっそう著しいものとなって行った。
「ほら、鏡也、そこ爆散の濃い部分、1024日後くらいの位置を見てみて。すぐそばの恒星系のハビタブルゾーンの惑い星と衝突する」
「ああ、でも、こことは随分と近い、星合体の放射と衝撃波だけで冥府落ちなのでは」
「生き物は鏡也が思うよりしぶといの、深海まで蒸発して干上がろうが地殻の奥底ではなにかしらが生き延びていつか神格に達する可能性が全くのゼロではないの。秒速数万キロの重荷電粒子の小星質量塊に叩かれマントルまで破瓜され貫通される大穴を開けられたりしなければだけど。だから、こうするの」
稚日女はそういうと神の手腕をのばし、およそ7.34×10の11乗億トン量(地球の月の質量相当)をすくい取った。
「うん、これだけじゃないけど、ちょっとの間は大丈夫」
「なんてむちゃくちゃなんだ、君は」
「あら、それを見ている今の鏡也とおなじ、神格よ。うふっ」
やし様のネタ、回収しました。
炸裂星雲(第1話参照)のネタ、回収しました。
破瓜:爪は八の字を重ねて八・八の64。数字の語呂合わせです。稚日女が遠回しに誘う意もあります。




