プロローグ
そこそこの名家の貴族で、家族も優しくて暖かい家で、そこそこ心地よく話せる友人もいて。こんな素晴らしい恵まれた環境にて不満が出てくるのはよっぽどの贅沢ものだと思う。でも、それでも私は
死にたい。
夕暮れの蝉しぐれ、夏の終わりを感じさせない暑さの中、飯田月夜はある場所に向かっていた。広島県B市霜原大学医学部附属医院、妹の飯田日和が入院している病院である。
「おーい、来たよ日和。」
「つくねえいらっしゃい!」
カラカラと個室の戸を開ければ儚げにも向日葵の花のような笑顔で迎える妹がいた。
「頼まれた人形、持ってきたんよ。」
日和の隣に座りガサガサとビニール袋から出したのは、下半身がトカゲで上半身がちょんまげの男のゆるっとした人形と下半身が魚で上半身がロン毛の男のゆるっとした人形だった。
「え!サラマンダー清隆とマーメイド高藤持ってきてくれたん?ありがとう!」
「明日は頑張ってもらわにゃあいけんけぇ。まあ、ちょとこの人形のセンスはどうかと思うけど。」
「そこがええんじゃないねぇ。」
妹の日和は心臓の病気である。幼い頃から病気で体が弱くいままでも何度か入院を繰り返していた、そして明日その心臓の手術をする。成功すれば日の当たるところです走り回れるかもしれない、でも成功確率が低く、合併症のリスクもある。成功したからといっても必ずしも再発しないとも限らない。
明日、この子の先が決まるのだ。
「ねぇは来週からまた学校始まるんでしょ?いいなぁJKライフ!ワシもねぇの学校いーきーたーいー!文化祭するんでしょ!出し物なにするん?メイドカフェっていうやつとかするの?」
「......」
「......つくねぇ?」
私はこの時どんな顔をしていたかはわからない、でもけして良い顔をいてはいなかったのだろう。
日和はそっと目を細め眉を八の字にして柔らかく微笑む。
「つくねぇ、私は大丈夫よ。」
青白い細い手が月夜の手のうえに重なる。
「私ね。最強なんよ!ママもパパもいてつくねぇもいて、私と仲良くしてくれる友達もいて、優しい看護婦さんもかっこいいお医者さんの先生もいる。それにね。私も来年高校生になるんよ!勉強今頑張っててね、もし受かったらねぇが2年生で私が1年生になるんよ!ね、だから、だから最強!......だからね?」
泣きそうな目が私の目の目線が合う。
「そんな顔せんとってよ、お姉ちゃん。私は本当に大丈夫。私はまだまだやりたいことがある、私、お姉ちゃんのお話ももっと聞きたいから。だから大丈夫。」
あぁなんでこの子なんだろう。なんで私じゃないんだろう。日和を見て過去の自分と今の自分が最低で情けなくなる。
「お姉ちゃん。今日はどんなお話をしてくれるん?」
日和はさきほどのことがなかったかのようにまた優しく微笑む。
「......そうだねぇ。今日は『眠れる森の美女』の話でもしようかねぇ。」
「やったぁ!」
どうかこの子が幸せに走れるようになる未来が訪れますように。私はただ、祈ることしかできない。
病院帰り、もう当たりは真っ暗で街灯やお店の蛍光灯が道を照らし、気がつけば家の近くの横断歩道まで来ていた。ただ何も考えたくなくて横断歩道の向こう側をぼーと見ていた。すると視界にあるものが映った。
青い綺麗な目に綺麗なオレンジの髪、おとぎ話に出てくるような綺麗な臙脂色の豪華なドレス、そして青白い肌の美しい少女。
その子は驚いた顔でこちらを見て何か言おうとしているか口を開けた。その刹那
大きなブレーキ音が横から聞こえ、反射的に顔を向ければ目の前三メートル先に衝突してくるトラックが。そして私とトラックが接触しようとする直前、私の意識はブラックアウトした。




