オールドメディア対SNS戦争の佳境
2024年11月5日、斎藤元彦氏は但馬で演説をした。
「今回の兵庫県知事選挙、兵庫県だけの問題ではないんです。メディアのあり方、政局の政治、そういったものから、県民のみなさんの為の県民本位の政治を取り戻していく、これが今回の兵庫県知事選挙の大きなテーマ。それができるのは、皆さんお一人お一人なんです。支援の輪が広がれば、大きなうねり、大きな風をこの兵庫県から作り出していくことができる。もしかしたら、兵庫県から日本を変えられるかもしれない。」
観衆は感動し、共感の輪が広がっていった。
この状況に、オールドメディア界隈が危機感を覚えた。
関西テレビキャスターから「日本維新の会参議院京都支部長」に転身した新実彰平氏は、増山誠兵庫県議の発言「兵庫県知事選挙はネットメディアとオールドメディアの戦いです。私が百条委員会で松本サリン事件のような報道被害を出さないよう、メディアに警告したにもかかわらず、偏向報道を繰り返し訂正もしないマスコミ。今こそネットのチカラを示そうではありませんか!」を引用して、次のように呟いた。
「 増山さん、先日はお世話になりました。本投稿をお借りして、私見を述べさせて頂くことをご容赦ください。
元“オールド”メディアの人間として、テレビ含むマスメディアをこのような二項対立的構図の中で批判の対象とされてしまうことには、悲しい思いが致します。
一方で、前知事を擁護的に捉える方の言動が時に先鋭化している現状には、(先日もポストさせていただいた通り)これまでのマスメディアの報じ方の不行き届きの“反動”的側面があることも否定できないと思っています。だからこそ、マスメディアの側も、メディア批判に対して心を閉ざし貝になるのではなく、今からでもできることを模索して頂きたいと一国民として思っています。
一つは、斎藤前知事にまつわる個別事案の事実関係の検証です。
当初一部のメディアは、いわゆる“パワハラ”や“おねだり”とされる案件について、「告発文書にあった…アンケートにあった」あるいは「百条委員会で言及された」との形で伝えました。その事案自体の裏どりが独自に完ぺきになされていたわけではないものも含まれていたと認識していますが、一方で、当時日常的に行われていた知事会見でなされるご本人からの反論とセットでお伝えすることによるバランスの担保を一定程度図っていたケースが主だったとも思います。
ただ、厄介なのが、「アンケートにあった」ことや「百条委員会で言及された」こと自体は“事実”であり、それを第一報として伝えることは報道の自由(であり責務)だ、という価値観(時にジレンマ)が存在していることです。私もメディアの人間としてこのジレンマには直面していました。有罪未決時点での“逮捕”報道などは、その最たるものです。
アンケートや、百条委員会での委員の発言、また(前2者と完全に同一視はできませんが)警察当局による逮捕発表など、「独自の裏どりが完全には済んでいない第三者による言及」をすべて「報じない」とすると、国民の知る権利は相当程度に侵害されます。ですから、一定程度これからも維持されることになるメディアの行動体系なのかなと思います。
しかし重要なのは、報じた“その後”なのだと思います。“パワハラ”“おねだり”として言及されてきた事案の中に、のちに関係当事者が否定したり、事実関係に誤りがあったものが散見されました。一方で、知事本人が明確に反論できずおおむね事実関係に誤りがなかったような事案も、特に“パワハラ”案件については存在していました。
その中で、こうした「裏が取れた」ものについては強調的に報じる一方で、「裏が取れなかった」ものについては言及しない、というメディアの行動原理が、残念ながら見受けられたように思います。
毎回でなくとも、数日に一度程度は状況を整理して、「告発文書にあった〇〇の件については知事が一部認め謝罪」、「アンケートで言及されていた〇〇の件については当事者が完全に否定」等、丁寧に整理することで、有象無象すべて横並びで、半ばその存在自体が“事実”であるかのように受け取られかねなかった当初の「告発文書…アンケート…百条での言及」の内容に、きちんと〇と×を付けていく。
このような作業が行われていれば、前知事への評価も0か100かではなく、「ここは問題ない…ここは少しおかしい」という形で、塩梅のある、適正なものとなっていたと思います。
もう一つは、県(知事)の法的瑕疵の程度の整理です。
私は今も、県(知事)による早期の探索は「県の体制整備義務違反状態を示唆し得るもの」だったと解釈していますし、その探索に(結果的に)基づいて行われた懲戒処分は「のちに公益通報該当性が正式に認められる可能性が現存している以上、違法な取り扱いであったと認定される可能性があるもの」だと考えています。
ですので、他ポストで言及したように、「それらへの反省と再発防止に言及しないままなのであれば知事職にあられるべきではない」というのが、残念ながら前知事に対する立場です。
権力者の側に対して厳格な法体系であるとは思いますが、それが法(を通じた国民)の要請なのであれば、権力にある人は甘受せざるを得ないと考えています。
一方で、当初より一部の専門家(とされる方)が、極めて断定的に「県(知事)の行為は公益通報者保護法違反だ」と言及されることには、違和感を覚えていました。
告発文書における真実相当性の有無が議論の一つの要素ですが、それに関連する情報を“専門家”の方が、百条委員会の委員やメディア関係者以上に熟知されているとは考えにくく、当時の“あの程度”しか事実関係しか表出していない状況下においては、少し断定が過ぎるのではないか、これでは「真実相当性なし…公益通報該当性なし」と早期に判断した県(知事)サイドと(結論こそ逆ですが)同じことをしてしまっていないか?と、感じていました。
言えるのは当時も今も「探索=県の体制整備義務違反状態を示唆するもの…懲戒処分=のちに違法行為認定される可能性の残るもの」とのレベルなのではないかとの立場です。
しかしながら、当時一部のメディアは、“専門家”の方々の発言をそのまま報じ、場合によってはその発言をニュースリード(VTR前の導入でアナウンサーが伝えるニュースの要旨)に持ってきたり、WEBニュースのためのサムネイルにしたり、あるいは“専門家”の方に番組に出演してもらい持論を展開させるなどしていました。
これも、上記の「アンケート」の話と同様で、メディアからすると「実際に“専門家”がしかるべき場所で話したことなのだから報じて当然(逆に報じなければ説明がつかない)」とのロジックが通用してしまう(からこそ難しい)ものなのです。
本当はできることなら、「果たしてこの“専門家”の説明は完全無欠なのか?」との慎重さのアンテナを張り、「発言がキャッチーで引きがあったとしても粒立てて使うのはやめよう」とか、場合によっては「異なる論を示している“専門家”も呼んでバランスを担保しよう」などの発想を持てるとよいのですが、残念ながら(あくまでも私から見ると)そうではないケースもあったように思います。
結果的に、(あくまで私見ですが)県(知事)側における法的瑕疵の程度や確定度合いは、実態よりも強く大きく視聴者の方に伝わった可能性があるのではないかと考えています。
(繰り返しますが、だとしても法的観点から一切の反省が示されないのであれば、今なお前知事のお考えには、大いに課題が残っていると考えています)
以上2点、大変僭越ながら、メディアの在り方について問題提起させて頂きました。
いま、一部においては「真実を語らない“オールド”メディア…真実を教えてくれるネットメディア」との、私から見ると極端な二項対立が見受けられます。「正義の前知事…極悪人の前知事」といった「0か100か」の議論も、同様です。
しかし、この極端で荒れてしまった言論、議論を嘆いていても仕方がないと思います。一方当事者が先鋭化しているときには、もう一方当事者の振る舞いにも原因がある可能性に思いを致すべきです。
今こそ“オールド”メディアは、自分たちの論理(時にジレンマ)を正直に語り、その上で、法的問題ついての多角的な論考や、“パワハラ…おねだり”等各事案についての事実関係の整理(分かっているものについては〇×を示す)を丁寧に行うことで、この「完全悪か完全正義か…“オールド”メディアかネットメディアか」のような極端な議論に終止符を打って頂きたいと切に願います。
その過程をたどることこそが、“オールド”メディアが国民の信頼を取り戻す契機となり、ひいては穏健で丁寧な議論ある日本を近づけると、(ひいき目なのは自覚しつつも)信じています。
故渡瀬康英氏の親友だと名乗る酒呑童子氏が次のように主張した。
「平成27年4月14日に最後の記事を掲載して以来、実に3492日ぶりにこのブログを書くことにした。
もう居ても立っても居られない心境に陥っているからだ。
現在兵庫県下で繰り広げられている兵庫県知事選挙のことである。
そもそも今回の知事選挙は、本来実施されるべきものではなかったが、
今年の3月に元西播磨県民局長が発した内部告発文書に端を発し、
全国からの注目を浴びる中で、
86名の県議会議員全員の賛成による不信任決議を受けた齋藤元彦兵庫県知事が失職し、
それに伴って実施されているのは周知の事実である。
そもそも今回の問題は、3月27日の知事定例記者会見において、
まだ調査も始まっていない内部告発文書を取り上げ、
齋藤元彦元知事が内部告発者に対して、
『事実無根』、『嘘八百』、『公務員失格』
といった罵詈雑言を浴びせかけたことに端を発する。
知事の記者会見での発言は重い。
だからマスコミも当初は、
頭のおかしい職員がありもしないことを縷々並べ立ててて怪文書をばらまいたといった、
齋藤氏が会見で説明したニュアンスの取り扱いでしかなかった。
また、会見では告発者に対する刑事告発も辞さない構えを見せ、
告発文を手に入れた者がこれを公然と流布することは、
刑事告発の対象となるので注意するようにとマスコミに対する脅しまでかけた。
怒りに任せて口走ったこの言葉が、後々大きな波紋を呼ぶこととなる。
その後原田産業労働部長が産業労働常任委員会において、
県内の某メーカーからコーヒーメーカーを受け取っていた事実が発覚したことで風向きが変わる。
告発文の内容が嘘八百ではなく、
ある程度事実を踏まえた内容なのではないかとの疑念のもと、
在阪は言うに及ばず全国ネットのニュースに連日取り上げられるという
兵庫県民にとっては全く恥ずべき日々が続き、
実に半年以上に及ぶ県政の混乱を引き起こす事態となったのである。
齋藤元彦氏は3年前、若干43歳の若さで兵庫県知事の座を射止めた。
坂井時忠氏、貝原俊民氏、井戸敏三氏と知事から現職副知事への禅譲とも言える
知事交代が50年ほど続いた兵庫県庁にあって、
私はこの時、
総務省の大先輩である現職副知事の金澤和夫氏と張り合うべく、
知事選挙に名乗りを上げてくるとは、
随分と思い切った行動をとる人だなという印象を抱いた。
就任後3年を経過し、そして今回の内部告発。
その後マスコミの追及をのらりくらりとかわし続け、
観ている方がストレスを感じて血圧が上がりそうな記者会見を繰り返し、
最終的に全会一致の不信任決議を叩きつけられた齋藤元彦氏。
常識的に考えれば彼が再選して知事に返り咲くというのはあり得ない。
しかしここに来て雲行きが大いに変わりつつある。
駅頭で行われる立会演説に連日多くの聴衆が集まり、
『斎藤頑張れ!』『マスコミに負けるな!』
の声が飛ぶ。
いったい何が起こっているのか?
そもそも彼のこれまでの言動、行動、態度を見るに、
人間性や品格、資質といった点において、県民のリーダーたる知事に当然あるべき要素が十分彼に備わっているとは言い難いことが、
今回の問題の全ての出発点である。
しかし今回の選挙戦にあたり、
自分をマスコミや議会、改革(の名のもとに実行されてきた彼御自慢の施策群)を快く思わない既得権益にまみれた既成勢力から弱い者いじめをされ、いびり出された若き薄幸の被害者に仕立て上げた。
この見事なまでの問題のすり替えに騙された県民が、
これまでの経過をすっかり記憶から消去され、
齋藤氏擁護派に転じてしまっているのではないかと推察する。
そもそも思い出して欲しい。
マスコミが執拗に追及の手を緩めなかったのは、
彼が質問に真正面から答えることなく、
ずっとずっとはぐらかし続けたからであり、
議会が第三者委員会の設置を求め、百条委員会を設置し、
遂には全会一致による不信任決議という不名誉極まりない判断を下したのも、
齋藤元彦氏が知事として相応しい人物ではないと判断したからに他ならない。
そのことを棚に上げて、いやむしろ逆手にとって、
改革を断行しようとしていた自分は既成勢力に束になって押しつぶされた、
むしろ被害者なんだというストーリーを作り上げた。
そしてそれを連日の立会演説でしきりに主張し、
人々の喝采を浴びている。
事情を詳しく知らない一般の方々は、
若い知事が頑張っているのに既得権益にまみれた既成勢力に足元を掬われたんだという、
同情を誘う単純で非常にわかりやすい主張を鵜呑みにし、
内容を吟味することもなくこれまでのマスコミの論調や混乱を極めた経緯は、
あっさりと忘れ去ってしまったかのようだ。
集まった県民に対して彼は声高にこう叫ぶ。
『マスコミや議会に負けるわけにはいかない!』
大きな拍手がわく。
恐ろしいことである。
そこへ持ってきてN党立花孝志氏の謎の参戦。
自分は齋藤氏を支援するために立候補すると宣い、
告発文書を作成した西播磨県民局長や百条委員会の奥谷委員長、
その他の百条委員会メンバー、今回の問題に真正面から取り組む子守康範氏をはじめとする情報発信者など、齋藤氏にマイナスとなり得る立場の人間を片っ端から物理的かつ精神的に攻撃し、その人格を否定するような発言を撒き散らす。
西播磨県民局長が押収された職場PCに記録されていたプライバシー情報。
これは先日の総選挙で落選した維新の堀井健智氏が加古川駅前で口走り、
大問題になったものであるが、
この件に関しても立花氏は、尾ひれはひれを付けて吹聴しまくり、
他者を貶めることで齋藤氏の正当性を主張する。
あろうことか記者会見で煮え切らない発言を繰り返したのは、
齋藤氏がそうした告発者の名誉を傷つける事実を敢えて暴露しなかったからだ。
そういう意味で齋藤氏は男の中の男だとも言ってのけた。
記者会見をのらりくらりと交わしていたのは自らの責任の追及に対してであり、
PCに保存されたプライバシー情報の内容など、
いったいどの記者がどのように質問したというのか?
事実の捻じ曲げ、捏造も甚だしい。
とにかく刹那刹那の情報を絶妙につなぎ合わせ、
自分たちの都合の良いようにストーリーを再構築し、
それを材料に相手に攻撃を仕掛けてくる。
悪質ではあるが極めて高等な戦術を展開していると認めざるを得ない。
しかし私が今回、居ても立ってもいられずこの記事を書く気になったのは、
昨日(11月3日)、地下鉄名谷駅での立花氏の演説の中で元西播磨県民局長が、
『彼が人事権を握る立場を利用して女性職員に圧力をかけ、
不同意性交に及んだ。』と発言したことである。
全く証拠も明らかでない中でこんな発言が許されて良いはずがない。
〇百条委員会が告発には関係のないプライバシー情報の開示はしないと決めたこと。
〇告発者本人がプライバシー情報の取り扱いには配慮して欲しいとの依頼を行ったこと。
〇そして最後に自らの命を絶ったこと。
こうした表面的、断片的な事実をとらえて、
元西播磨県民局長が人事権(当時)を振りかざして女性職員に圧力をかけ、
不同意性交に至ったことがPCから発見されたことから、
本人が刑事告発を恐れて逃げ場が無くなり死を選択したのだということが、
あたかも事実であるかのようなストーリーを仕立て上げ、声高に吹聴して回る。
このような言動は、明らかな名誉棄損であり、
死者に対する冒とく以外の何物でもない。
そしてなにより卑怯なのは、
最後にこう付け加える。
『まあ確認してみないとわかりませんけどね。』
明らかに自分の発言に対する逃げ道づくりである。
自分で勝手に他者を貶める捏造ストーリーを何の根拠、証拠もなく作り上げ、
それを声高に吹聴して人心を収攬する。
こうした告発者を貶める一連の発言は、
聴衆の耳に残り、脳裏に深く刻み込まれる。
明らかにそれが彼の狙いである。
しかもこれらは全てYouTubeで配信され、
アップされるや否や恐ろしいスピードで閲覧数が上がっていく。
立花氏本人のチャンネルだけでなく、
彼のシンパと思しき複数の発信者がほとんど同時に同様のコンテンツを配信する。
おぞましいとしか言いようのない現象である。
そして、立花氏の行動を止めようともしない、
むしろ歓迎しているかのように見える齋藤元彦氏。
彼もまたこのようなおぞましい行為を肯定する同じ穴のムジナと断ぜざるを得ない。
かくして『齋藤氏は悪くない』、『齋藤氏こそが被害者だ』という印象が県民の間に広がっていく。
亡くなった元西播磨県民局長の親友の一人としてここに断言する。
そのような事実は一切ない。
彼の死の意味。
それは紛れもなく無自覚で資質の無い知事を諫めるための
『諫止』である。
それは彼が最後に家族に託した文書に書かれた言葉。
『死をもって抗議する。』
この言葉に言い尽くされている。
齋藤氏の演説を聴いているとこの3年間で、
自分がいかに実績を上げてきたかの自慢話しか出て来ない。
しかしそれらは県民やそれを代表する議会が評価するものであって自分が評価するものではない。
そして知事として今後何がしたいのか、兵庫をどこへ導きたいのか、
将来に対するビジョンが全く見えてこない。
立花孝志氏は齋藤氏には全く何の問題もなくむしろ英雄かのように持ち上げる。
しかし、告発文書に対する第三者委員会の評価も百条委員会の結果も未だ出ていない現状で、
全く問題がなかったと言い切ること自体が矛盾である。
まあ頭の良い立花氏は、
第三者委員会や百条委員会も齋藤氏を袋叩きにする既成勢力の装置と主張することも忘れていないのではあるが。。。
要するに彼の主張は流行りの浅薄な陰謀論でしかないのである。
そして何より、それらは問題の本質ではないにせよ、
パワハラやおねだりが一切なかったという立花氏の街頭演説での発言は、
全職員を対象としたアンケート結果を完全に無視したものであり、
聴衆に公然とウソを擦り込んでいると言わざるを得ない。
このような嘘八百、事実無根の内容を声高に叫ぶ立花氏の発言に踊らされ、
多くの善良な兵庫県民が目を曇らせられてしまうことに言いようのない危機感を覚える。
立花孝志氏は人心収攬の天才である。
悔しいがそれは認めざるを得ない。
聴衆を引き付ける話術にも長けている。
今回齋藤氏が再選することで彼にどのようなメリットが生じるのか私は知らない。
しかし元県民局長の名誉を傷つける発言、そして兵庫県民を愚弄しているとしか思えない言動だけは、
決して看過することはできない。
選挙制度について、彼は過去にはっきりと明言しているのである。
『選挙で勝つ秘訣はいかに愚民票を集めるかだ。』と。
要するに何も知らない愚民の人心を収攬して注目を集めて流れを作り、
一票でも多く集めることが選挙に勝利する秘訣だと公然と言ってのけているのである。
とにかく選挙に勝ちさえすればよい。
そこには政策議論も最も大切にされるべき県民の姿も全く存在しない。
兵庫県民は絶対にこの欺瞞に満ちた人心収攬術に騙されてはいけない!
齋藤元彦氏が再選されることになれば、
兵庫県政はさらに混乱を極めることになるだろう。
齋藤氏が声高に聴衆に呼びかける
『マスコミと議会に負けるわけにはいかない!』
というセリフ。
議会を敵に回して県政運営が成り立つなどと考えているとしたら、
地方自治の基本すら理解できていないと言わざるを得ない。
そして何より、
知事を支える立場にある兵庫県職員の心は、
既に齋藤元彦氏から大きく離れている。
もし彼が再選されれば、今後も県政の混乱は続くことになるのは必定であり、結果として大きく迷惑を蒙るのは我々兵庫県民である。
我々県民が本当に求める知事の資質、
それは、自分が知事になるためなら手段を選ばない人ではなく、
『県民のために命を懸けてくれる人』
である。」
僕は、酒呑童子氏の主張に対して次のようにコメントした。
「主張を要約すると、
1)『事実無根…嘘八百…公務員失格』は、齋藤前知事が内部告発者に対して怒りに任せて口走った言葉
2)原田産業労働部長が県内某メーカーからコーヒーメーカーを受け取っていた事実が発覚したことで、告発文の内容が嘘八百ではなく、ある程度事実を踏まえた内容なのではないかとの疑念のもと、全国ネットのニュースに連日取り上げられた
3)齋藤前知事は、マスコミの追及をのらりくらりとかわし続け、最終的に全会一致の不信任決議を叩きつけられた
4)齋藤前知事は、自らを『マスコミや議会、改革を快く思わない既得権益にまみれた既成勢力から弱い者いじめをされ、いびり出された若き薄幸の被害者』に仕立て上げた
5)問題のすり替えに騙された県民は、これまでの経過をすっかり記憶から消去され、齋藤氏擁護派に転じた
6)マスコミが執拗に追及の手を緩めなかったのは、彼が質問に真正面から答えることなく、ずっとずっとはぐらかし続けたから
7)事情を詳しく知らない一般の方々は、既成勢力の弱い者虐めという主張を鵜呑みにし、これまでのマスコミの論調や混乱を極めた経緯は、あっさりと忘れ去ってしまった
8)N党立花孝志氏が参戦して斎藤氏に不利な言動を為す人物(告発文書作成者、奥谷百条委員長、百条委員の一部、子守康範氏ら)を物理的・精神的に攻撃した
9)告発文書作成者が押収された職場PCに記録されていたプライバシー情報に関しても立花氏は、尾ひれはひれを付けて吹聴しまくり、他者を貶めることで齋藤氏の正当性を主張した
ということ。
拙見解は、
1)『事実無根…嘘八百…公務員失格』は、齋藤前知事が内部告発者に対して怒りに任せて口走った言葉でないことは明らか
https://web.pref.hyogo.lg.jp/governor/g_kaiken20240807.html
2)知事は『高価なものはいただけない』と断ったが、原田氏が翌日『自分宛てに送ってほしい』と送付を依頼した
https://www.yomiuri.co.jp/national/20240905-OYT1T50091/
3)齋藤前知事は、マスコミの執拗な誘導尋問に対して、事実を淡々と説明し続けた
4)『マスコミや議会、改革を快く思わない既得権益にまみれた既成勢力から弱い者いじめをされ、いびり出された若き薄幸の被害者』像を浮かび上がらせたのは、斎藤氏自身ではなく、傍観者達
5)マスコミに騙されていた県民は、これまでの経過をしっかり記憶に留めているが故に、齋藤氏擁護派に転じた
6)マスコミが執拗に追及の手を緩めなかったのは、彼が誘導尋問に屈しなかったから
7)事情を詳しく知らない一般の方々は、これまでのマスコミの論調や混乱を極めた経緯を見て、既成勢力の弱い者虐めという構図を確認した
8)N党立花孝志氏が参戦して斎藤氏に不利な言動を為す人物(告発文書作成者、奥谷百条委員長、百条委員の一部、子守康範氏ら)を物理的・精神的に反撃したことは、斎藤氏とは全く関りが無い
9)『告発文書』と称する『誹謗中傷文書』の作成者が使用していた公用PCに記録されていた情報は、停職処分の当否を判断する為に不可欠な証拠。個人のプライバシーに該当するか否かは、公開されなければ判断のしようもない。百条委の当該公開拒否は、正義に悖る運用
10)『誹謗中傷文書のバラ撒き』と『公益通報』の二つの行為が為されていたこと、
停職処分の対象は『誹謗中傷文書のバラ撒き』を含む多々の非行に対するものであったこと、
『公益通報』は停職処分の対象ではないこと、
を理解しなければならない」




