20 天女の舞
お香は、伏見十六を卒業した。
そして、ただひとりで踊るようになった。
いや、それはもう踊りではなく、舞いというのがふさわしかった。
舞踊の天才、観音お香。が、ひとり舞うお香のその舞いは、天才という最大限の賞賛ではあってもあくまで人間を意味する形容では足りない。見る人に、そう思わせてしまう、神域と思わせるようなところまでの高みに達した。
人びとはお香の舞を「天女の舞」と称した。
伏見十六舞踊場の公演の演目。その最後の演目のみ、お香が舞う。
それが恒例となった。
そして公演のあとの握手会には、もうお香が出ることはなかった。
お香が変わったのは、お香がわが屋敷を訪ねた、その直後からではないか。
重家はそんな気がした。
が、父に
「何かあったのですか」
と訊ねても、父は何も言えない。
とにかくお香については、公演の最後の演目、その舞を見るだけ、となってしまった。
その舞は、恐ろしいほどに美しい。
が、それ以外の場所では、もうその姿を見ることはない。
話すこともできない。
その事情は、三成も変わらない。
領主たちの宴席でもそれは同じ。
「干し柿隊」は、以前ほどではないにせよ、今も時々、要望により、舞台に立ち、皆を笑わせる。
が舞台に立った三成の横に、お香はいない。
秋になった。
聚楽第でまた宴席が設けられることになった。
その途中、はばかりに立った三成は、宴席へ戻る途中、その日も最後の演目で舞うことになっていたお香と、ばったりと偶然に出くわした。
「治部様」
お香が頭を下げた
「お久しぶりでございます」
ああ、お香だ。お香の声。
お香は、やはり美しい。
「お香どの。お変わりござらぬか」
変わりましたよ。とっても。
「治部様、しばらくお姿をお見かけいたしませんでしたが」
「うむ。この夏から秋にかけては、久しぶりに佐和山に行っておりもうした。」
「佐和山、治部様のご城下でございますね。どのようなところでございましょうか」
「みずうみ、琵琶湖の畔に城があってのう。天守閣から見る湖、さらに彼方には比良の山々も見えて、綺麗な景色でござるよ」
「治部様のお城。見てみとうございます。その景色を」
「お見せしようか。お香どの。」
お香は、びっくりしたような顔をして、三成を見やった。
「お連れいただけますか、治部様。お香は嬉しゅうございます」
自分は一体、今何を言ってしまったのだろう。
そんなことを言うつもりはなかった。
でも、お香が喜んでくれた。
伏見の石田屋敷については、数日間、不在にすることは問題ない。
上つ方より機密を要する命があった。しばし屋敷には戻らぬ。と言えばそれですむ。実際、そういうことは何度かあった。
佐和山は、家臣だけでなく、そこに住む民びとにも領主である三成の顔は知られている。
女人連れで黙って佐和山の城に入るのは難しい。本来であれば。
がこれも可能だ。
誰にも知られず、佐和山の天守に登ることは可能だ。
石田重家の恋 次回が最終回です。
本日(12月4日)、夜、投稿いたします。




