18 石田家からの手紙
伏見十六の人気はもう揺るぎもない。
治部少輔様の手腕により、歌舞美総合学校が設立され、歌舞美という新しい芸能が今後とも、この日の本に、そして世界に発展していく、その仕組みも整った。
が、出雲阿国には、今、ひとつの悩みがあった。
お香のことである。
伏見十六の少女たち。そのひとりひとりの踊りの技量は、阿国の目から見ても素晴らしい、と言い得るところまで達している。
が、彼女たちの間にあってさえ、お香の踊りの技量は図抜けている。
阿国が、この新しい芸能、歌舞美について考えていたのは、十六人の集団としての踊り。その統一感の美しさ。
が、お香はどうしても目立つ。十六人の踊りのはずなのに、見物衆の目はどうしてもお香に目が吸い寄せられる。
阿国は、長兵衛と山三が新しい歌を作るたびに、その歌の振り付けを考えるわけだが、その振り付けは、お香をはっきりと中心にしたものを作るしかない。
ごく稀に他の少女を中心に据えた振り付けを。あるいは、十六人の少女がみな平等な役割を持った振り付けを作ったこともある。
が、どんな振り付けを作ろうと結局目立つのはお香。
阿国は考えた。そして結論を出した。
近く、お香を伏見十六から外す。
今、既に出来ている伏見十六予備隊からひとりを選び、新たな伏見十六を作る。
そしてお香は、単独で舞わせる。
そう、お香のあの舞踊における天才は、単独で舞わせることにより、さらに輝く。その躍りはいったいどのような境地にまで達することになるであろうか。
石田家から、お香を屋敷に招待したい旨の手紙が届いたのはそういう時期であった。
阿国は、お香を居室に呼んだ。
「お香」
「はい」
「治部少輔様からお香を石田様のお屋敷に招待したい、とのお手紙が届いた」
「それは、まことで、まことで、ございますか」
治部様が私をお屋敷に。お香の胸は高鳴った。
「若様が、お香に直接、踊りの稽古を仰ぎたい。また、できることであれば、お香と親しくお話もさせていただきたい、とのこと。」
若様か。そういうことか。
「当日は、治部様、そしてご正室のうた様もご同席なされるとのことじゃ、行ってくれるな、お香」
「はい、承りましてございます」
治部様と会える。舞踊場と宴席以外の場所で、治部様と。
お香は、あらためて考えてみた。
私は、治部様とどのようになりたいのだろう。
私は、治部様のお側にずっといたいのだ。
そして、治部様に愛されたいのだ。
途方もない望みなのだろうか。
いや、そんなことはない、とお香は思う。
治部様は、ご正室様以外、ご側室はひとりもおられない、と聞いた。
よほどにご正室様を愛されているのだろうか。
でも今のこの世で、治部様ほどにお偉い方が、ひとりの側室もお持ちにならない、ということは異例なこと。
ご正室様のことを愛していらっしゃるとしても、私のことをもっと愛されるように、そうすればよいのだ。
私は若い。それだけで、殿方には大きな魅力のはず。
ご正室様がどのような方かは存じ上げないが、どこぞの姫君で、世間のことを何も存じ上げないままに、治部様のもとへ嫁がれたのだろう。
そのような方に私は負けない。
治部様に女として愛されたい。さすれば、躍りはやめる、ということになる。観音お香が、舞踊をやめられるのだろうか。
やめられる、治部様のためなら、何でも捨てられる。
石田屋敷から招かれた。
そのことが、お香の心の奥底に眠っていた願いに火をつけた。
お香は、今回のことを、もう二度と得ることのできない機会と一途に思い詰めた。
そして治部様のお屋敷で、なんとしても、治部様と二人きりになることを図り、治部様にこの思いを告げるのだ。
お香は、そう決心したのであった。




