16 干し柿 その2
三成は、お香の動きを懸命になぞる。
しかし、その動きはぎくしゃくしていてばらばらだ。
治部様は、なんと踊りがお下手なのだろう、お香は、そのことに驚いた。
世の中に、こんなに踊りがお下手な方がおられたのか。
そのことにお香は、びっくりした。
治部様は、若様とご一緒に何度か公演をご覧になっておられるはずなのに、どこをご覧になられていたのであろう。
お香は、笑いだしたくなるのを懸命に押さえた。
横を見るに、恵瓊様と行長様は、この場で自分達が、何を求められているのか既に弁えられ、剽でた動作で、宴席に連なる領主たちの笑いを誘っている。
が、治部様は、
「こうか、えーと、こうするのか」
とお香の動きをなぞることに懸命になられている。
若様と一緒に公演をご覧になっていらっしゃる治部様。
公演のあとの握手会で、いつも私のところに並んでくださっている若様が、私との握手が終わるまで舞踊場内でずっと待ってくださっている治部様。
そのお姿は何度か拝見している。
が、その治部様を伏見十六の他の娘たちは、真面目が着物を着て立っていらっしゃるよう、と評している。
私もそう思う。
治部様が、いかに真面目な方かということは、今のご様子を見てもよく分かる。
でも、その治部様は、・・・可愛い。
お香は、そんなことも思った。
お香が、あのお香が、にこやかに、優しく、儂の踊りを見て、色々と何やら言っている。
が、お香が何を言っているのか。
三成の耳には入らない。
ただ、訳もわからず、ばたばたと、手と足を動かしているだけ。
何やら大きな笑い声が聞こえてくるような気がするが、一体何がおかしいのだろう。
胸がどきどきする。息が苦しい。
「治部様、治部様」
お香が、儂を呼んでいる。どうした。
「あの、曲はもう終わりましてございます」
気がついたら、まだ手足を動かしているのは、自分だけだった。
三成は、動きを止めた。
息遣いが荒い
「お香どの」
お香は、治部様のようなとても偉い方が、自分のことを呼び捨てにしなかったことに驚いた。
「はい、なんでございましょうか。治部様」
「み、水。水がほしい」
「はい」
お香は、直ぐに舞台の袖の控えの間に走った。
そこには、竹筒に入った水がある。
公演の休憩時間に飲めるよう、そこに用意してある。
が、さきほどの休憩時間の際、すでに半分近く飲んでいる。
私の飲み残しの水を、治部様にお渡しするなどあまりに無礼。
お香は、そう思った。
他に何かないか。
干し柿がある。休憩の際に、体力が尽きないようにと、時にごく軽いものを口にいれる。今日は干し柿を用意している。これをお持ちしよう。
お香は、干し柿を持つと、石田治部のところに駆け戻った。
「治部様、干し柿がございます。どうぞ」
干し柿、なぜここで干し柿なのだ。
三成は、思った。
何も食べたくない。今はただ水がほしい。
しかし、それをそのまま言うのはお香に申し訳ないと思った。
「いや、今、拙者、腹の具合が悪いのでな。遠慮しておく」
そのお香と、三成のやり取りを聞いていた万座の領主たちがまた、どっと笑った。
お香がぱっと、顔を赤らめた
「申し訳ございません。至らぬことでございました。」
お香が涙を浮かべたような気がした。まさか。
舞台に呼び上げられた三人は、舞台を降りた。
公演は、そのあとも続いた。
三成は、その公演が続いている間中、なぜあのとき、お香が差し出してくれた干し柿をとっさに断ってしまったのか、なぜ、かたじけないといって、その場で食べなかったのか、そのことを後悔していた。
公演が終わって、十六人が控えの間で、公演のあとの始末を終え、部屋を出てしばらくすると、そこに石田治部少輔三成が、真面目が着物を着たような表情で立っていた。
お香の姿を認めると、手招きした。
さきほどのことで何かお叱りを受けるのかと、お香は緊張して、三成のもとへ駆け寄った
「お香どの。さきほどは申し訳なかった」
「はい?」
「お香どののお心尽くしの干し柿、あのような断りかたをして。すまなかった。お気を悪くなされたのではないか」
お香は、なぜここに治部様が、立っていたのかが分かった。
この方は、とても偉い方でいらっしゃるのに、私のような小娘のことを、その気持ちを気遣ってくださったのだ。
こんな偉い方が、身分の低い、私のようなもののことを気遣ってくださったのか。
「そんな、とんでもござません。至らぬことでございました」
三成は、ほっとしたような顔をした。
「そのこと、気になってのう。ひとこと、謝らねばならぬと待っておりもうした」
それを言うためにここで待っておられた。
お香は、胸がいっぱいになった。
もう少しだけ、治部様とお話したい。
お香は、そう思った。
「治部様、今日は、ご一緒に踊っていただきありがとうございました。躍りは、いかがでございましたか。」
「ふむ、躍りとは何とも難しいものでござるなあ」
石田治部少輔三成は、しょんぼりと肩を落とした。
だめだ。
お香は、思った。
私は、この方のことが好きになる。
いや・・・
もう好きになってしまった。
「お香どの」
「はい」
「さきほどの干し柿じゃが、もしまだお持ちであれば、あらためてこの治部にくださらんか」
干し柿は、残っていた。
あのあとお香は、食べる気になれなかったのだ。
「治部様、どうぞ」
「おお」
三成は受け取り、干し柿を食べた。
「おお、これは美味い。美味しいぞ。お香どの」
お香は、また涙ぐんでしまった。
三成の気持ちが嬉しかった。




