15 干し柿 その1
伏見十六の初公演から半年の月日が流れた。
太平は揺るぎないものになったこの時。はぅきりした決まりがあったわけではないが、日の本の各地を治める領主は、領地と
京、伏見への滞在とを任意の頻度で繰り返した。
その時、京、伏見に滞在している領主を集めて、
伏見城で、あるいは聚楽第で宴会の席がしばしば設けられた。
伏見十六は、舞踊場での公演。
これまで三回行われた、多くの見物衆を集めての特別公演。
そして、今は、領主たちの宴席にも呼ばれ、そこで歌舞美を演じたのである。
その日、聚楽弟での宴席での一度目の公演が終わり、休憩の時間となった。
三成は、安国寺恵瓊、小西行長と同席していた。
行長がさきほど見た歌舞美についての感想をふたりに向けて言った
「さきほど演じた中で「あなたと花祭り」という演目ですが、何とも分からぬ詞ですなあ。仏の教えを信じるものは、あのような詞を許しておくのですか」
恵瓊が答える
「いや、各宗派の門跡、管主などが連名で、あの演目は公演禁止としてほしい」
と訴え出ました。
が、そういうことに目くじらをたてるな。懐深く、寛容なのが仏の教えではないか、と殿下はおっしゃられ、この訴えを斥けられたそうです」
「恵瓊殿はどう思われるのです」
「殿下のおっしゃられるとおりと思っております。仏の教えの尊さ。これは自明のこと。世を救い、人びとを救う教えです。あのような詞の歌が歌われたというようなことで、それがゆるぐはずもない。そして、あのような詞を作ったからといって、それをとがめることもない。そうかそうか、そのような詞を作って、世の民びとを楽しませたか、と受け入れる、それも仏の慈悲。拙僧はかように考えております」
「おっしゃっておられること、分からぬでもありませんが、仏の教えは、温うございますな。耶蘇の教えでは、デウス様、イェス様のことをあのような詞で歌うこと、許されることではございません。父と子と精霊は神聖なるものなのです」
それからふたりは、仏の教えと耶蘇の教えについて、その比較論をたたかわせた。が、それは相手を論破しようとするような激しいものではなく、議論を楽しむといった風であった。
同席していた三成も、こういう議論それ自体を楽しむ、そのような話は嫌いではない。その議論の潤滑油的な言葉を時にはさんだ。
舞台で伏見十六の、この日二度目の公演が始まった。
恵瓊と行長は、議論をやめない。
三成は、嗜めた
「ご両所、公演が始まりました。もうおやめなされ」
秀吉の声がかかったのは、その時である。
「これ、そこの三人。可愛い娘さんたちの踊りが始まったというのに、いつまでぐだぐだと話しておる」
伏見十六の歌と踊りが止まった。
「三人に罰じゃ。今から舞台にあがって一緒に踊れ」
いや、拙者はとめようとしただけ、三成はそう言いかけたが、やめた。今さら言っても栓ないこと、殿下の命だ、ここは踊るしかない。
三成は、舞台にあがった。
三人は舞台の上で別れて立った。三成は中央。
さきほどとまった歌、再びはじめからの演奏が始まった。
「治部様」
となりに立っていた娘が声をかけてきた。
三成は、横を見た。
お香だ。
「どうぞ。私の動きに合わせて、お手とお足をお動かしください」
お香は、にこにこと、柔らかな笑顔だった。
この娘、このような表情もするのか。
この娘の躍りは何度も見ている。歌も聴いている。
概ね、笑顔を浮かべて踊っている。
が、三成は、その笑顔を、「硬質の笑顔」だと感じていた。
三成にとってお香は、「聖なる人」
であったのだ。
その聖なる人の、このようなにこやかな表情を見たのは、三成は初めてだった。
このような近い距離で相対するのも初めて。
いや、言葉を交わすのも初めてではないか。
三成は、ときめいた。




