14 重家の願い
権力者の息子でありながら、そのことをいっさい態度に出さない石田重家。
が、心の中は必ずしもそうでもなかった。
重家は、まだ十二歳でありながら、お香のことを、おのれにとってのたったひとりの女性と思い詰めていた。
そして、いずれはこの人を妻にしたい。そう願った。
その願いが強く心に浮かんだとき、重家は、自分自身の立場というものを考えてみた。
私は、歌舞美奉行、石田三成の嫡男。
お香を妻にしたい。それは決してかなえることのできない夢ではないはずだ。
私は権力者の息子。
自分が望めば、そして父がそれを認め、阿国を通してそのことを申し入れれば、断ることはできないはずだ。
今、私は十二歳。今すぐにという訳にはいくまい。
が、あと二年か三年経てば、それくらいの年齢で妻を迎えるということは決して珍しい話ではない。
重家は父三成に、そのことを願った。
聞いた三成は、一瞬、何を馬鹿なことを申している、と言いそうになったが、ふと考え直した。
なるほど、たしかに全く不可能な話しという訳ではない。いや、むしろ、歌舞美奉行という立場にある儂が、その望みを阿国に伝えれば、阿国は断れまい。そしてそのことを阿国から告げられれば、お香も断ることはできない。
重家は今、お香に夢中。ここでまかりならぬ、と一喝しても、それであっさりと重家の心からお香が消えるはずもない。
要はこの願いを、どのようにして、重家の今後の生活をよい方向に向けるようにするかだ。
しばし思案したのち、三成は、重家にこう告げた。
「分かった。そなたの願い、お香を正室にというのは難しいが、身分の高くない娘、武家でもない娘を側室にする、というのは世間でもしばしばあることだ。
だが、そなたはまだ十二歳。今は待て。そなたが十五歳になれば、この話し、阿国に申し入れよう。
じゃがな重家。お香は身分低き娘とはいえ、「観音お香」の名は今や、この世間の誰もが知っている、そういうおなごじゃ。
あの誰もがその美しさに酔いしれる踊りを為す。この世の中でまだ何事かをなした訳ではないそなたが、ひととして対等に向き合うことのできる相手ではない。
これからの三年、そなたは研鑽を積み、ひとりの大人として対等にお香に向き合える、ひとかどの男になれ。自分を高めよ。
学問に励み、左近を助けて、棒鞠の普及に務めよ。
それから舞踊場だが、もう行くなとは言わん。月に三度までは許す。その日を楽しみにして、励め。
それからもうひとつ。三年経たったら、さきほどのこと、父から阿国に申し入れることは約束する。
じゃがその時、お香は、さらに踊りを続けたいと思うかもしれぬ。あるいは、他に好きな殿ごができているかもしれぬ。
その場合、父は無理強いはせぬ。その時、そなたはお香に、この方であれば、踊りをやめても嫁にいきたい、そう思わせるだけの男になっていよ」
父の言うこと、重家には理解できた。父がそのように考えてくれた、ということは嬉しい。
ただ私は、生涯、お香以外の女を妻にする気はない。
父三成が正室である母以外にひとりの側室も持とうとしないのと同様、自分もお香を正室とし、側室は持たない。
が、そのことを今、とりたててこの場で言う必要もない。
「父上、ありがとうございます。おっしゃってくださったこと。よく分かりました。これからの三年、重家は励みます。」
「うむ、得心がいったか」
「はい、ただひとつ、舞踊場への通いは、月に五度までとしてくださいませ。そのことで、この重家が本来なさねばならぬことに障りを起こすようなことは決していたしませぬ」
「・・・許す」
駆け引きができるということは、決して悪いことではあるまい、
三成は、そう思った。
そして、
この話がもし障りなく進んだとしたら、あのお香が儂の娘になるのか。
どう考えたらよいのか。
三成は、おのれの考えをまとめることが出来なかった。




