13 握手会における石田父子
重家は時間の許す限り、いや許さない時でも、伏見十六舞踊場に、伏見十六の公演を見に行く。
伏見十六のその踊りの凄さを知る三成は、今は仕方ないか無理もない。そのうちさすがに飽きるであろう、とその舞踊場通いを黙認した。
伏見十六舞踊場の入場券は、なかなか手に入らない。しかし、今や歌舞美奉行となった石田三成の嫡男である。
重家が行けば席は用意された。
重家は十二歳。その年齢のものがひとりで舞踊場にやって来るというのは、重家以外にはほとんどいない。
連日のように公演を見に来る重家。その重家が、お香を見ることが目当てだということも直ぐに分かった。
伏見十六の少女たちの間でも重家のことは、知れ渡った。
「お香をお好きな石田の若様」として。
石田の若様は、好感をもって見られていた。
愛らしい少年だったし、公演の間も熱心にではあるが、静かな態度で見ていた。
伏見十六は、公演が終わると、その公演の見物衆に対して握手会を開く。十六人の少女が舞台の前で、横にずらりと並ぶ。二百五十人の見物衆は、自分が贔屓にしている少女の前に並ぶ。
お香の前にはいつも概ね百人程度が並んだ。
お香の前に並んだ者は、握手して一言短い言葉をかけ、それに対しお香が、一言言葉を返す。それで終わりである。それがお香の前に並ぶ見物衆の慣例となった。
お香以外の少女の前に並べば、もう少し多くの言葉をやりとりできる訳である。
重家は、いつもきちんと並ぶ。
公演のあとは握手会という慣習が始まった最初の日。
その日も重家は、公演を見に来ていたわけだが、だいたいがおっとりしている重家は、最前列に近い場所に座っていたにも関わらず、お香の前の行列の後ろのほうに並ぶことになった。
「若様、どうぞお先に」
と声をかけられたが、重家は、
「そういう訳には参りませぬ」
と断った。
そのあとの握手会でも、やはり後ろの方に並んでいる重家は、「どうぞ前へ」と声がかけられたが
「いえ、待っている間も楽しいのです。どうかご放念ください。この公演を見るために皆様、大変な思いをしていると聞いております。
私は来れば席を用意していただける。そのこととても有り難く思っております」
とこれを断った。
この重家の言葉は、伏見十六の少女たちの間でも知れわたり、重家の評判はまた上がった。
権力者の息子でありながら、そのことをいっさい態度に出さない慎み深さ。
重家は、公演に行けば、握手会の時に、伏見十六の少女たちから声をかけられるようになった。
少女たちは、自分の前に並んだ見物衆との握手会を早めに済ませて、お香の前でまだ並んでいる重家のところに行き、言葉を交わすのである。
重家は、決してお香だけを見ている訳ではない、ということは直ぐに分かった。
話しかけられると重家は、その少女に対し、その日の公演でのその少女の踊りについての感想を言う。批評がましいことは一切言わない。常に賞賛の言葉。
さらに、それは具体的で適切だった。
石田の若様が、公演をいかに熱心に子細に見ているかということはよく分かった。
年下であるにも関わらず、何人かの少女が重家に恋しい気持ちを持ち、重家が、お香のことが好きだということを残念がった。
恋はご法度、伏見の娘。
だが、心の中の思いまで禁じることが、出来る訳もない。
その重家だが、お香に対しては違った。ようやく順番が来ると、お香と恥ずかしそうに握手する。
「今日も素晴らしかったです」
「ありがとうございます」
それだけである。
お香のその言葉を聞くと、重家は、そそくさと次の順番の者に代わる。
重家がお香に対して馴れた態度を取ることは全くなかった。
このような重家の様子は、阿国を通して、三成も聞いていた、
であればこそ、重家の舞踊場通いを黙認していたわけだが、さすがにこの頻度では、と思った。
重家は、まだまだ学問に励まねばならぬ年齢。これでは本来の学業に障りとなろうし、棒鞠の普及についての熱心さも薄れよう。
さてどうしたものか、
三成は思案した。
その歌舞美奉行、石田治部少輔三成も、時に伏見十六の公演を見る。その際は父子は並んで座る。
三成には、お役目柄、時に公演を見ることが必要という名目もある。
来れば、やはりお香の踊りに魅せられる。
重家がお香を大変に贔屓している、ということはよく分かる。そう思った。そしてほとんど話しかけることもない、ということも。
お香の踊りのあの神々しさ。
女性として見るというよりも、三成は、あたかも宗教的崇拝対象であるかのようにお香を見ていた。
ひとは、神に対して、対等に話すことはできない。
公演のあと、三成はさすがに握手会に並ぶことはない。
少女の誰かの前に並んでみたら、そのこと直ぐに知れわたり、民びとの格好の話題になるであろうな、そんなことも思ったが、三成には出来なかった。
従って握手会の間、三成は、重家が終わるのを立って待つことになる。
一度、阿国に、治部様とうぞこちらへ、と控えの間で待つよう誘われたが、いや、民情の視察にもなるのでな、と断った。
が、三成に対しては、少女の誰も話しかけない。
三成は、少女たちが話しかけることができるような、そんな表情では立っていなかった。




