第五話 ③
*
なるほど。門番型メイドと言うだけの事はある。
ナックルはメルの蹴りを右腕で弾き、続くアルの拳をバックステップで避けながら自分が置かれた状況を確認した。
戦闘が始まって五分。敵影は小さいのが二、大きいのが十一。小さいのは門番型メイドゴーレムのアルとメル。大きいのは昨日も戦った土塊の巨人型ゴーレムだった。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
巨人型のゴーレム達が心臓を揺らす様な叫びを上げながら拳を振り回して突撃してくる。
一度でも生身にあの攻撃を喰らったら挽肉に成るに違いない。
「邪魔だ!」
だが、土塊の巨人に対してナックルに焦りは無い。一昨日、昨日、今日と三回の戦闘で行動パターンは大まかに掴めた。
巨人体と成った彼ら、いや、マリアの言葉を聞くからには、彼女らは格闘の素人だ。
拳を振り上げ、振り下ろす。攻撃が失敗した場合、距離を詰めて体当たり。
対象の回避速度が巨人体のスペックを上回る場合、打撃から拘束へ優先順位を切り替える。
せいぜい、こう言った所だ。
複数体のゴーレムが居ると言うのに連携を取るという思考回路は備わっていない。
当たり前だろう。この社会でゴーレム達が兵士の様に戦う意味など無い。
あれらは唯の攻勢プログラムだ。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
またゴーレム達が手を伸ばしてくる。ナックルは軽く左、右とステップを踏む事で避けた。
しかし、その直後、ゴーレム達の巨大な手を隠れ蓑にして、人間体のアルとメルが現れる。
「「喰らいなさい」」
無感動に槍の如き蹴りが、ナックルの心臓と腹を突き刺さらんと繰り出される。
「甘いな!」
だがナックルはそれを軽く右半身を突き出す事で無効化する。
ガキン!
アルとメルの蹴りは金属音を立ててナックルの金属製の右半身と金属音を立てて弾かれた。
ダァン!
すぐさまナックルは右足から爆風を生み、敵と距離を取った。
アルとメルが邪魔だ。
ナックルは思考を回す。
単純な行動理念を持つ巨人体と違い、人間体のアルとメルの攻撃は複雑だ。ナックルを排除するという唯その一つの目的だけは巨人体と共通だと言うのに、その動きには明らかな知性の輝きがある。
巨人体達の動きが反射だとしたら、人間体達の動きは反応だ。
「やり難いな」
反射だけなら最適解が、反応だけなら最善解がある。だが、反射と反応が混ざってしまったらそこに生まれるのは混沌だ。
それに先ほどから一体たりともゴーレムを破壊できていない。
絶妙なタイミングでアルとメルが仕掛けてきてゴーレムの核を破壊するに至らないのだ。
ナックルはもう一度ゴーレム達の数を数えた。
敵影は二つ増え、合計十五。まだ引き付けが足りない。最低でも後二体は引き付けなければ。
「巨人体の性能はイマイチだが、人間体の性能はピカイチだな。こんな場じゃ無ければ色々とスペックについて聞きたい所だぜ」
時間稼ぎも兼ねてナックルは軽口を叩いた。
これで相手が反応するなら良し。しないならばしょうがない。
期待はしていなかったが、アルとメルは一度動きを止め、恭しく頭を下げた。
背後に立つゴーレム達も同様に動きを止める。
「スペックを褒めていただきありがとうございます」
「私とアルへの賛美は我らが主への賛美」
その顔は無表情だ。が、確かな誇りに満ちている。
アルとメルは頭を上げ、言葉を続けた。
「されど、訂正を要求します」
「我らが姉妹に劣等品などございます」
「我らへの侮蔑は我らが主への侮蔑」
「主の発明に不完全な物などございません」
ゴーレム達が動きを再開する。
「「「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」」」
「ハッ! 本当に発明者にはそういう奴が多いよな! どいつこいつも自分の発明こそが至高で完璧だと思い込んでやがる!」
ダァンッ!
ナックルは悪態を吐き捨て、手近に迫ったゴーレムの手へと鉄拳を放つ。
ゴーレムの腕は砕け散り、同時にアルとメルが走り出す。
「その通り。私達は至高の人形」
「主の作りし英知の極致」
「貴方の死を持って」
「私達の性能を」
「「証明します」」
アルが拳を中心とした小回りの効いた動きでナックルの懐に潜り込もうとする。
ガン! ガン! とナックルの右腕とアルの拳が衝突する音が鳴る。
ナックルは右腕を振りアルの猛攻を食い止めた。
懐まで入られたらナックルの大柄な右腕では捕らえるのは至難の技だ。
アルの攻撃は重くないが、決して無視出来る程ではない。
その動きは先ほどまでと違う。ナックルの生身の部分。左半身を狙わんとアルはステップを踏んでいる。
ナックルは不死者だ。しかし、その体が特別製なのは鋼鉄の右半身のみ。左半身はただの肉。簡単に抉れ、内臓が飛び散るだろう。
時間をかければ肉体部分も回復するが、今、この場で攻撃を受けたらアウトである。
「冷静じゃねえか」
ナックルは口元で無理矢理笑いながら右腕を振るい、アルの回り込みを妨害する。
だが、アルばかりを気にして入られなかった。
「フッ!」
ナックルの背中側に回り込んだメルが槍の如き蹴りを放ってきたからだ。
そんな物、ナックルの想定内だった。
彼女達は格闘のプロではあるが、戦闘のプロでは無い。
挑発に乗ってしまうのだから。
「惜しかったな!」
右に一歩ステップを踏み、ナックルの左脇腹を皮一枚でメルの右蹴りが通過する。
その足首を左手でナックルは掴んだ。
「!」
「メル!」
メルの驚愕が左手越しに伝わる。まさか生身部分で行動に出るとは思わなかったのだろう。
「ラァ!」
雄叫びを上げ、ナックルはメルの体を力任せにアルへと振り回した。




