第四話 ③
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ナックルは瞳を開けた。
すぐ目の前ではマリアが膝を付いてナックルの事を見ている。
「ナックル様」
マリアはナックルの言葉を待っていた。
だが、ナックルはマリアへ何か言う前に、スマートフォンを起動し、フィーネへと電話を掛けた。
『はいはい、フィーネだよ。どうするのか決めたのかい?』
「ああ、フィーネ、手伝え。明日までに決着を着けるぞ」
その言葉にマリアは弾かれた様に立ち上がった。
「ナックル様!」
ナックルは軽く苦笑する。
リスクだけが高い選択だった。
だが、ここでリンダを見捨てたら、ナックルは昔見た憧れを裏切る事に成ってしまう。
死ななくて良い命ならば、死なせたくない。
そう思うのはおかしい事だろうか。
『はぁ。まあ、お人良しのキミだったらそうするだろうって分かっていたけどさ。やれやれ、で、ボクは何を手伝えば良いの?』
フィーネの嘆息にナックルは謝らなかった。ナックルがフィーネに迷惑を掛けるのは何時もの事だし、謝罪をフィーネは嫌うからだ。
「占いでマリアをサポートしてくれ。ゴーレムの方は俺が担当しよう」
『キミの話を聞く限り、ゴーレムは十体以上居るんだろう? 普通のキミじゃ無理じゃない?』
「そこは、アレだ。俺には〝切り札〟があるだろう?」
ナックルはニヤリと笑った。
普通にやればナックルは負ける。
だが、普通にやらなければゴーレムなどナックルの相手では無い。
『そう言うと思ったけどさ。何を言ってもキミは聞かないんだもんね。良いだろう。事後処理もボクに任せな』
「感謝する」
『決行は?』
「六時間後」
『分かった』
ピッ。
通話が切れたのを確認し、ナックルはスマートフォンをポイッとマリアへと投げた。
ナックルとフィーネの言葉に呆然としていたマリアは慌てて放物線を描くそれを受け取り、ナックルを見た。
「リンダを助けてくれるのですか?」
「出来る限りの事はするさ」
「では、今すぐに行きましょう! さあ!」
マリアはナックルの左腕を掴んでグイグイと引っ張り、サンドリヨン邸へと連れて行こうとする。
だが、それをナックルは止めた。
「俺の話を聞いていなかったのか? サンドリヨン邸に行くのは六時間後。夜明けの時間だ」
「そんな! リンダは今こうしている間にも何をされているのか分からないんですよ!?」
「知ってる。さっき聞いた。少なくとも後八時間は無事なんだろう?」
「ですがっ! あの子はきっと不安で恐がっています。早く助けてあげないと!」
「少しでも助ける可能性を上げるために、今は一回休むんだよ。マリア、俺の半分は人間だ。人間の部分がそろそろ疲れでヤバイ」
ナックルはヒラヒラと左手を振った。
事実だった。先ほどからナックルの左半身は疲れで悲鳴を上げている。
このままサンドリヨン邸に突撃しても目的を遂げられないだろう。
「でも」
マリアはまだ諦められないようで視線を右往左往させている。
「少しでもリンダを助けられる可能性を上げる為だ」
「……分かりました」
マリアは不承不承だが頷いてナックルの左隣に腰掛け、そのままゴロンと寝転がった。
「では、すぐに寝ましょう」
ナックルは沈黙するしかない。この女は何を言っているのか。
「……隣で寝る気?」
「今から他の部屋を借りるのは非効率です。追手にも見つかるかもしれません。それに一分でも長く回復しなければ」
「……まあ、そうか」
反論を諦めてナックルも体をベッドへと倒した。
ベッドは少々手狭だった。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさいませ、ナックル様」
ピッ。
枕元のスイッチを押して部屋の明かりを消し、ナックルは瞳を閉じた。
左耳にはマリアの寝息が届いている。
スースーとした寝息を聞きながらナックルはゆっくりと眠りに落ちた。




