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第四話 ④

 *


「…………ん」

 ジャラ。

 鎖の音でリンダは眼を醒ました。

「ああ、これか」

 首に伝わる冷たい感触。錆付いた鉄の首輪だ。

「あたしもこれを付けるのね」

 代々失敗作のリンダが着けて来た首輪。

 先代、先々代のリンダは一体どんな気持ちでこの夜を過ごしたのだろう。

 明日の朝にはリンダは壊され、次のリンダへ核が引き継がれる。

「ああ、嫌だなぁ」

 リンダは死にたくなかった。

 確かに自分の本体足る核は次のリンダ・サンドリヨンへと引き継がれるだろう。だが、そこには今のリンダの人格も記憶の何も残っていない。

 なぜなら、リンダには過去の自分の残滓が何も残っていないからだ。

 少しでも過去の自分の事を覚えていれば救われる。

 連続した自分が続いていく。

 大なり小なりの変化はあれど、あたしはあたしだ。

 そう言える。

 だが、そうではない。新しいリンダに成るという事は今の自分の全てをリセットするという事だ。

 そんな物、死と何が違うと言うのか。

 リンダは両手で首輪を掴み、外そうと力を込めた。

 ジャラ。ジャラジャラ。

 だが、鎖も首輪もビクともしない。

 リンダはゴーレムだ。

 だが、他のゴーレム達と違って、愛玩用ゴーレムだ。

 筋力は見た目どおり。鉄の首輪を引き千切る事など不可能だ。

「ナックルなら壊せるのかな?」

 思い浮かべるのはナックル・L・ゴールドマン。

 自分を助けようとしてくれた人。あの時、怯えさえしなければ助けてくれた人。

 リンダは後悔していた。何故あの手を握れなかったのだろう。

 後悔が強過ぎて、ボーッと何も考えられなかった。

 部屋は暗い。真っ暗だ。

 地下にあり、月明かりも届かないこの部屋は今真の闇だった。

 あまりに暗いからリンダはもしかして自分はもう死んでいるんじゃないのかと思った。

「いや、生きているわね」

 声が出せる。声が聞こえる。鎖の重さも、首輪の冷たさも、リノリウムの床の固さも、全部が分かる。

 認識できているのだから、今の自分は生きているのだろう。

 今、何時だろう。ルカードにこの部屋に連れられ、首輪を嵌められてからどれくらいの時間が経ったのだろう。

 後、自分にはどれだけの時間が残されているのだろう。

「死にたく、ないなぁ」

 呟きは闇に呑まれ、何か届く事は無い。

 ジャラ。

 鎖は音を立てるだけだ。

「そうだ。あたしはこんな日に生まれたんだっけ?」

 暗くて暗くて、リンダは自分が生まれた日の事を思い出した


 リンダが生まれた時、まだ瞳がちゃんと出来ていなかったから、リンダが認識したのは今みたいな暗闇だった。

『リンダ、ああ、リンダ。私の声が聞こえるかい?』

 暗闇の中、ルカードの声が聞こえた。

 デフォルトで設定されたデータから、リンダはこの声の主がルカード・サンドリヨンである事、自分がこのルカードが作った愛玩用ゴーレムである事、そして、自分の名前がリンダ・サンドリヨンである事を知っていた。

『ハイ ゴシュジンサマ』

 声帯が未完成なのか、低く、捩じれた声が出る。

『お前は私の希望だ。私の理想を体現してくれ』

『オオセノママニ』

 あの時のリンダにはルカードの理想とは何なのかを理解できていなかった。

 ただ、ルカードの求める自分に成らなければいけないという漠然とした感情に支配されていて、他に何も考えられなかったのだ。

 それが変わったのはいつ頃からだろう。

 連日の調整の結果、瞳や声帯も完成し、今と変わらない姿に成った頃。リンダは最も幸せな時間を過ごしていた。

 屋敷の誰もがリンダの言う事を聞いて、毎日毎日新しい事を知れるのが楽しくてしょうがなかった。

 マリアと出会ったのもその頃だった。

 あの頃、鼻唄混じりに屋敷を歩いていたリンダへ世話係としてゴーレムが与えられたのだ。

 確か、リンダは始めこう話しかけた。

『はじめまして、あたしはリンダ! とってもきれいなブロンドのあなた。名前は何て言うの?』

 その質問に眼鏡を掛けたメイドはこう答えた。

『はじめましてお嬢様。私には名前が無いのです。お好きにお呼びください』

 まだ何も知らなかったリンダは、ムムッと悩んだ。この屋敷に居て、名前が無いメイド型ゴーレムに出会ったのは初めてだ。

 名前が無いのは困る。呼ぶのに不便だ。

 それに、何と言うか、それはダメな気がした。

『それじゃあ、あたしはあなたに名前をあげるわ。そうねぇ、マリア、はどうかしら? あなたはとてもやさしそうだもの。きっと似合うわ』

 リンダの言葉にマリアは少しだけレンズの奥の眼を丸くして、頭を下げた。

『ありがとうございます。では、私は今この時より、マリアと名乗りましょう』

 それからマリアはどんな時もリンダと共に居た。

 初めは無感動だった言動も途中から色づき、姉の様に親友の様にマリアはリンダを見守ってくれていた。

 リンダは最高の友を得たと、自らの生は何と素晴らしい物なのだろうと思っていた。

 あの頃のリンダは外の世界に憧れなどしなかった。

 けれど、あの日、リンダが初めてルカードの獣欲を見た日からリンダに見えていた世界は一変した。

 リンダは恐怖した。

 自分と言う存在がルカードに尽くすために創られたとは知っていた。

 それでも、恐怖した。

 理性を失った瞳で見つめられ、服を脱がされ、ルカードの肌の熱さが押し付けられた。

 だが、リンダはその間、一度足りとも抵抗しなかった。

 抵抗してはならない。

 ルカードを否定してはならない。

 それが自分の役割だと、理解していたからだ。

 行為が終わり、ルカードの唾液の味も、肌の感触も覚えた後、日の出を待たずしてリンダはフラフラと自室に戻った。

 そこにはマリアが居て、彼女は無言でリンダをシャワー室へ連れて行き、その体を洗った。

 リンダは呆然と聞いた。

『マリア、あなたは知っていたの?』

『ええ』

 マリアはその日リンダが辿る運命を知っていた。その上で何もリンダへ伝えず、いつもの調子で『リンダ、ご主人様がお呼びです』と伝えたのだ。

 リンダにはそれを責める事ができなかった。マリアもまたルカードによって作られたゴーレムであり、彼女もまたルカードの命令には逆らえない。

 だが、リンダの胸中には言語化できなかった感情の嵐が渦巻いていた。

 この日を境に、ルカードのリンダへの執着は加速度的に強くなっていった。

 リンダが毎日何処へ行ったのか。

 誰と話したのか。

 何を話したのか。

 何を思ったのか。

 その全てを把握しようとした。

 リンダは抵抗しなかった。

 知りたいと言うのなら自分の全てをルカードに報告した。

 だから、リンダは町を歩いていたら、とある少年に告白されたという事も馬鹿正直にルカードへ伝えたのだ。

 次の日、少年は死体で発見された。

 身体中を銃弾で撃ち抜かれた凄惨な死体だった。

 リンダは知った。ルカードからリンダ・サンドリヨンを奪う可能性がある人間は全て殺される。

 それ以降、リンダへ少しでも好意的な行動をした人間は悉く殺されるように成った。

 殺された人間の中にはリンダがルカードへ伝えていない者の姿もあった。

 マリアがルカードへと報告していたのだ。

 リンダがメルヘンシティで死神と呼ばれるように成るのに時間は掛からなかった。

 もう町を歩いていてリンダへ挨拶をしてくれる者は居なかった。

 笑顔を向けてくれたパン屋の店主はリンダを見た側から視線を逸らす。

 大道芸をしていたピエロ達はリンダが近付いたら舌打ち混じりに場所を移動する。

 この頃からリンダは外の世界への憧れを強くしていった。

 だが、一度メルヘンシティの外に出ようかとした時、後方からマリアの声が掛かった。

『お嬢様、それは駄目です』

 リンダは気付いてしまった。

 唯一無二の親友だと思っていたマリアは只の自分を監視する眼だったのだ。


「結局、最後まで出られなかったなぁ」

 リンダは最後の最後までメルヘンシティの外の風景を知る事ができなかった。

 本でしかリンダは外の世界を知る事出来なかった。

 ジャラッ。

 リンダはもう一度鎖を引っ張った。千切れる気配は欠片も無い。

「死にたくないなぁ」

 もう一度呟いて、リンダは暗闇の中瞳を閉じた。

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