6. 本当に望んだもの
最終話です。
俺の願いを誰かが聞いていたらしい。俺は確かに、シンの持っているモノが欲しいと求めた。その求めに誰かが応じたらしいんだ。
俺の心に誰かが話しかけた。
『シンを殺すのではなく、助けたとき、お前は欲しいものを手に入れることができる』
助ける?
助けるってなんだ?俺たち火人には分からない言葉だ。誰だって自分の身は自分で守ってるんだ。他人に助けられることも他人を助けることもしない。
だから俺が欲しいものは、手に入らないのか?
だったらシンを助ければ良いのか?そうしたら本当に俺の欲しいものが手に入るのか?
誰がくれるんだ?俺の欲しいものを知ってるのは誰だ?ガングー様か?
いや、ガングー様のはずはない。ガングー様は俺を褒めてはくださるが、俺の本当に欲しいものを知らない。じゃあ、誰だ。
俺は薄々気づいていた。ガングー様より強い存在の奴だ。ガングー様が憎んでいるその絶対的な存在だ。それは、シンを守っているアルジンだ。
つまり、俺がシンを助けるということは、俺はガングー様よりもアルジンを強者、つまり神だと認めるということだ。ガングー様を裏切るということだ。
だけどそれは果して裏切りか?
ガングー様は俺をただ褒めては下さるが俺の本当に欲しいものをくれもしないのに、俺はガングー様のただの捨て駒でしかないのに、裏切るもなにもないだろう?
じゃあ、アルジンに付くのか?
今まで思いっきり敵だったのに。打倒アルジンでやってきたのに。
いやいやいやいや、ムリだろ!
なんでアルジンに付いちゃうんだよ。極端すぎだろ、俺!
だけどアルジンは確かに絶対的な存在だと、俺はもう知っていた。シンを見ていると、本当にそう思わされるんだ。アルジンはすげぇ。
戦いは俺たちに有利だった。シンを盾にして、どんどん近づいて行き、あっちに火を放つ。アイツらは面白いように燃えた。肉の焼ける良い匂いがする。
俺はシンの後ろについた。
「シン、もっと前へ行くぞ。歩け」
シンは俺に押されて、だが俺に寄りかかるように、それ以上前へは行きたくないという風になりながらも、少しずつ押し出されて歩いた。
俺はシンの陰から火を放ちまくった。これは良い。
だけど、また俺の心には変な葛藤が渦巻いていた。畜生、戦いの間はやめてくれ!俺は頭を振って戦いに専念した。
俺たちとホクコメ人はかなり近づいていた。シンのおかげで町に近づくことができたってもんだ。もう一息すれば、町に入り込める。町に入っちまえばこっちのもんだ。そうすれば走って行って、赤ん坊を狩ってくればいい。もう一息だ。
武器を持ってるやつらとわざわざ戦う必要なんてないんだ。狩りに来てんだから。
もうあとちょっとというところまで来た。ここまでくればもうシンは用済みだ。盾はなくとも町へ入れる距離だからだ。
つまり俺は、シンを殺すことにした。
それが俺の使命だからだ。悪く思うな。なんてな。
俺はシンの耳にそっと囁いた。
「お前の名前、鷲野次郎って言うんだってな」
それが何を意味するのか、シンは理解していた。つまり、本当の名前を言われたということは、俺がシンを殺すことができるということだ。
シンは驚愕の顔をして振り向いた。
「ベイ?」
シンは初めて俺を呼んだ。だがここで情け心を出しては仕損じる。俺は心を鬼にしてもう一度言った。
「鷲野次郎、覚悟」
「ベイブレード!」
シンの必死の叫びを聞きながら、俺はシンに火を放った。
背中に火の付いているシンを俺は思いっきり突き飛ばした。
もう目の前にはホクコメ人たちが待ち構えている。そのうちの一人が走り出てきて、シンを抱きとめた。そうして、シンの背中の火を消していた。
俺たちは盾を失った。
その瞬間、信じられないくらいの弾丸が俺たちを襲った。そうだ、ホクコメ国にはこういう武器があるんだ。強力な避けようのないヤツ。
俺たちは全員、体中ハチの巣のように穴が開き、そうして塵になってしまった。
それが俺が覚えている全てだった。
◇◇◇
シンは無事だろうか。
なんでそう思うのかって?俺がシンを殺すために本当の名前を言って火を放ったというのに、シンの無事を案じているなんておかしいって?
そう思う。俺もそう思うよ。だって、俺はシンを殺したいと思っていたんだから。
アイツはあんなにみじめな存在なのに、この世の神であるアルジンに宝と言われて守られているなんて、贅沢すぎだろ?
だから俺はシンを殺したいほど憎んでいた。
だが、俺はシンに手をかけるその時、シンの腕を掴みながら思い出していた。
俺がみじめにケンカで負けて、折れた腕で転がっている時に、アイツは俺の腕の痛みを取ってくれたんだ。アイツの腕を握ると、アイツの腕は柔らかくあたたかかった。それが何か優しいものだって気づいたんだ。
シンは俺のことを慕っていた。俺しかいないからしょうがないんだろうけど、俺はそれが嬉しかった。
仲間だって、親父だって、ガングー様だって、俺が死んでしまえば俺のことを忘れるだろう。多分いや絶対これっぽっちも覚えていないはずだ。確信できる。
だけど多分シンは、俺が先に死んだりしても、俺のこと忘れないんじゃないかな。って思ったんだ。俺はそれが信じられる。
シンの心の中で、俺はある意味“大切な存在”なんじゃないかって思うんだ。
俺は、シンがアルジンの宝として大切にされていることをうらやましいと思ったが、俺はそのシンの中で大切にされる存在になったことに気づいた。それに気づいた時俺はシンを殺せなかった。
『シンを助けたとき、お前は欲しいものを手に入れる』と、誰かが俺の心に話しかけたアレは、真実だ。
俺はシンを助けることにした。
あの戦いのさなかにあって、シンを助けるのは難しいことだった。だって、助けるってどういう意味だ?
俺は考えた。とにかくシンが火人の国にいる限り、シンには地獄だ。いいことなんてひとつもないんだから。
だったら「人間の国」に返してやろう。これがシンを助けるってことになるはずだ。
俺は、シンをホクコメ人の前まで連れて行き、火を付けて、シンをホクコメ人の方へ突き飛ばした。
それしかできなかった。
シンはきっと、ホクコメ人に保護されただろう。俺が付けた火傷は痛むだろうが、そのうちきっと治る。それで「人間の国」に帰れるならそれがきっと良い。
火をつけられる直前のシンは、悲しい顔をしていた。兄と慕っていた俺に殺されるところだったのだから当然だ。俺に裏切られた悲しい目をしていた。
ああ、そうだ。俺はお前に辛く当たったからな。憎まれても当然だ。
だけどシン、俺は本当はお前を助けたかったんだ。俺は火をつけたけど、それはお前を助けるためだったんだ。
理解されなくても、俺が死ぬことになっても、お前を助けたかったんだ。
辛いけど、それで良いんだ。
「お前はシンを殺したね?」
誰かが俺に言った。怖い声だ。ガングー様の声に勝るとも劣らぬ怖ぇ声に聞こえる。
「殺してない!殺してない!」
声が恐ろしくて俺は必死になって否定した。
「だが、火を付けただろう?」
「付けたけど、殺すつもりじゃなかったんだ!」
「殺すつもりはなかったと、悪者はみんなそう言う」
そうかも、とも思うが、それとも違う。本当だ、殺すつもりがあったんじゃない。
「じゃあ、何のつもりで火を付けたんだね?」
「助けるつもりだよ。少しの火を付ければ、ホクコメ人がシンをすぐに保護してくれると思ったんだ」
「そんな言い訳が通用するか。お前はもう何人もの人間を焼いて食べてきたではないか。なぜシンだけは助けようと思ったのだ」
声はガングー様に似ている気がした。穏やかだけど、威圧的だ。
「それは・・・シンがアルジンの宝だからだ。俺はアルジンを神だと思う。そのアルジンの宝を俺が殺しちゃダメだろう?」
「お前の言い分では、アルジンを神として認めるというのだな?この期に及んで、お前はアルジンを神と認めれば許されるとでも思っているのか。狡猾な者め」
「そういう意味じゃない。うまく言えないけど、シンは・・・シンは、アルジンに大切にされてるんだろ?だからシンは大切にするってことを知ってるんだ。だから多分俺のことも大切に思ってくれると思ったんだよ」
自分で言ってて意味がわからない。
しかし声はわかっていた。
「お前は大切にされたいと願うのだな?」
俺は思わず震えてしまった。そうだ、俺はそれを認めたくはなかったけれど、シンが持っていて俺にはないもの、それが欲しかった。それを声が知っていたから、震えてしまった。
「おう」
「だから、ガングーの言葉ではなく、アルジンの言葉に従ったのだね?」
「アルジンの言葉?」
アルジンの言葉ってなんだろう?だいたいガングー様は会ったことがあるが、アルジンなんて見たこともないのに。しかも敵だし。アルジンの言葉なんて知るわけない。
『シンを殺すのではなく、助けたとき、お前は欲しいものを手に入れることができる』
え、それアルジンの言葉が言ったの?
いや、それなら、俺はシンを殺さなかったし、助けたんだから(無事かどうかわからないけど)欲しいものをくれよ。
「では、お前の望むものをあげよう。
お前は、ガングーを捨てアルジンを神と認めた。そしてアルジンの言葉に従った。
お前が、シンを助けたという言葉をわたしは信じよう」
声はそう言うと、光り出した。今まで声だけの存在だったのに、まるで今まで俺の前で立って話していたという風に、その存在感が光りとなって輝いていた。
『お前は私の目にかなう宝だ。わたしはお前を愛している』
これだ。
俺はこの言葉を理解すると、体中に血が巡る気がした。頭も妙に冴えたような、そうして俺は考えた。
シンはずっとこうやってアルジンに言われていたに違いないと。
だが、俺にもそれをくれるのか。俺がそれを欲したからと言って、どうして俺にもくれるんだ?
だって俺は鬼じゃないか。悪者じゃないか。今までずっと自分の思うままに生きてきて悪いことばっかりしてきたのに、どうして俺が宝だと言ってもらえるんだ?どうして愛していると言ってもらえるんだ?
だけどそれが欲しい。
わかってるんだ。アルジンだから、それを俺にくれることができるんだ。今までずっとシンを見ていてわかっているじゃないか。アルジンは何でもできるんだ。俺の欲しいものを知っているし、それを俺に与えることができるんだ。
だから、俺がそれを信じれば手に入るんだ。
どうして悪者の俺にそれをくれるかなんて、考えるだけ無駄だ。アルジンだから、俺を許すことができるんだ。それが神ってもんだろ?
もう一つわかったことがある。アルジンは俺を待っていたということだ。そうじゃなきゃ、俺の欲しいものがコレだって知ってるはずがない。アルジンは、火の山にいる悪者の俺を待っていたんだ。こんなことってあるか!
許す準備をして待っていたなんて。
それが愛ってものなんだ、きっと。
俺はアルジンが神であることがわかった。アルジンの愛もわかった。それ以上に、俺が本当にどうしようもない悪者だってわかって、俺は生まれて初めて詫びた。何にかはわからないけど、悪かったと思った。詫びたら負けだと思っていたけど、違った。
そして受け取った。
嬉しくてしょうがなかった。俺の欲しかったものを、俺ももらうことができたんだ。
許す準備をして待っていてくれたことがわかっただけで、俺は幸せなのに、さらに俺のことを宝だと言ってもらったんだ。
俺は泣きながら跪いた。
最後の最後で、アルジンを認めて、アルジンの言葉に従って、俺がシンを助けたことで、俺は許されて、ずっと欲しかったものが手に入ったんだ。
幸せだ。
シン、お前に会えてよかった。
ごめんな、ありがとうな。
ありがとうな。
終わり
これにて「森守りシンの景色」はすべて完結となりました。
長い長い物語でしたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
シンの成長を通して、森の景色が心に残っていれば幸いです。
ありがとうございました。




