飛べない翼
「うぅ……」
末っ子くんは小屋の中でうずくまりながら泣いていました。
「大丈夫?」
子猫が小屋の外から心配そうに声をかけます。
「だい……じょうぶ……」
末っ子くんは擦れた声で答えました。
あれから傷ついた末っ子くんを小屋の上まで運んだ黒猫は、お母さんと一緒に看病をしていました。
黒猫は末っ子くんに付きっきりのお母さんの代わりにネズミを捕ってくることにしました。
お母さんと末っ子くんと自分の分。
三人分の餌を一人で取ってくるのはそれなりに大変でしたが、お母さんと末っ子くんの気持ちを考えると投げ出す気にはなれませんでした。
「ネズミ、ここに置いておくね」
黒猫は捕ってきたネズミのうちの二匹を小屋に入れました。
「ありがとうね。助かるよ」
お母さんがお礼を言います。
「ううん。ぼくに出来ることってこれぐらいしかないから」
「そんなことないよ。いつも助かってる」
「うん」
お母さんはネズミを末っ子くんに食べさせてあげます。
弱った末っ子くんは少しずつ食べていきました。
末っ子くんは日が経つにつれて回復していきました。
しかし元通りにならなかった部分もありました。
「ねえ、黒猫のお兄ちゃん」
回復した末っ子くんはすぐ傍にいた黒猫に呼びかけました。
「何?」
「ボクを地上まで降ろしてくれないかな」
「いいよ」
黒猫は末っ子くんを腕に抱えてそっと地上に降りました。
「遠いね」
「うん?」
「ボクたちの小屋ってあんなところにあったんだね」
「ああ、そうだね」
末っ子くんは小屋のある位置を見上げてから、その高さに驚いていました。
「………………」
末っ子くんは翼を広げて飛び立とうとしました。
ばささ……
ばさささ……
ばさばさ……
「………………」
「………………」
末っ子くんが何度羽ばたいても、飛び上がることは出来ませんでした。
あの日、風に吹かれて地面に落下したとき、末っ子くんは怪我をしてしまいました。
命に関わるほどの怪我で、お母さんと黒猫の必死の看病で何とか持ち直しましたが、それでも末っ子くんの翼だけは治りませんでした。
翼の付け根をうまく動かすことが出来ません。
飛び上がるのに必要なだけのパワーを生み出すことが出来ないのです。
「う……」
うまく力の入らない翼を見て、黒猫はとても痛ましい気持ちになりました。
「うぅ」
末っ子くんはとても悲しくなって泣いてしまいます。
お兄ちゃんも、真ん中くんも、無事に独り立ちして飛んでいきました。
末っ子くんもそれに続く筈でした。
些細なきっかけでそのチャンスを失ってしまった末っ子くんは、もう一生飛び上がる事は出来ません。
「ボク……一生飛べないのかなぁ……」
「……そんなこと」
ないよ、とは言えませんでした。
黒猫は知っています。
小屋から離れた木の上で、お母さんが泣いているのを何度も見ました。
一人だけ空を飛べない末っ子くんを思って、お母さんは毎日涙しています。
どうしてこんな事になったんだろう、と。
あの時風が吹かなければ、と何度も何度も泣いています。
黒猫もあの時のことを何度も悔やんでいました。
もう少しで助けられた筈でした。
黒猫が手を伸ばして、末っ子くんを捕まえることが出来たはずなのです。
ほんの数センチの距離が、とてつもなく遠かったことを思い知らされます。
あの時、もっと速く飛ぶ練習をしていれば。
あのツバメみたいに、もっと速く飛ぶことが出来ていれば助けられたかもしれないのに。
何度も何度も、その時のことを思い出して、そして悔しい気持ちになります。
泣いているお母さんを見るたびに。
泣いている末っ子くんを見るたびに。
自分はどうしてこんなにも無力なんだろう、と思わずにはいられません。
「空が遠いよ……お兄ちゃん……」
「ちび……」
末っ子くんにとって空はもう目指すものではありませんでした。
見上げるもの。
焦がれるもの。
夢見るもの。
それだけでしかありません。
「……そら……ボクがもう目指せない……ソラ……」
「っ!」
その時、末っ子くんの瞳から光が消えかけました。
全てを諦めた、闇色の瞳。
「あ……」
それを見たとき、黒猫は胸を締めつけられるような苦しさを感じてしまいました。
『無理じゃない!』
諦めていた黒猫にそう言ってくれたのは誰だったか。
『君は諦めなかったからその翼を手に入れたんだろう? 足掻いて、願い続けたから今の君があるんだろう? だったらどんなことでも挑戦しないまま諦めたら駄目だよ』
そう言って新しい翼を与えてくれたのは、誰だったのか。
『大丈夫。出来るって信じて。君も僕と同じように飛べるはずだから』
どこまでも前向きな、無理だって克服してくれそうな力強い声。
『飛べるよ。君の心が、僕と同じ場所を目指してくれるのなら』
未来を示してくれたのは……
「そうだったね。ツバメさん」
黒猫はそっと目を閉じて、そして心を決めました。
あの時教えてもらった大切なことを、今度は黒猫が末っ子くんに教えてあげるのです。
「ちび! 諦めるのはまだ早い!」
「わあっ!?」
がしっと末っ子くんの翼を押さえこんで、黒猫は力説しました。
「心の翼だ! 心の翼を手に入れるんだ!」
「こころの……つばさ……?」
涙目の末っ子くんがゆっくりと黒猫を見上げます。
「そう! 見てよ! ぼくの翼は実体がない。ぼくの心がかたちになった翼なんだ。だからきっと、これがあればちびだって飛べるはずなんだ! 諦める前に、やるだけやってみようよ!」
くるりと背中を向けて心の翼を広げる黒猫を見て、末っ子くんは期待するように呟きました。
「もう一度……空を目指せるの?」
諦めかけていた夢にもう一度、炎が灯ります。
光を失った瞳がもう一度、力を取り戻します。
「目指せる! きっと大丈夫!」
黒猫は力強く頷きました。
諦める前に挑戦すること。
最後まで足掻いて目指すこと。
それが、きっと大切なことだと思うのです。
空への夢はきっと叶うと、信じて真っ直ぐに目指すのです。
「流れ星を探しに行こう!」
黒猫は真っ直ぐな瞳で手を差し伸べました。
そこには諦めも迷いもありませんでした。
夢を目指す光だけが、そこにはあったのです。
冒険の旅が少しだけ。
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