7話 土中の脅威と、故郷への道
※イラストは生成AIによるものです。
麦畑を貫く一本道を、俺とアセナは、並んで北へと歩いていた。
日はまだ高い。刈り入れ前の穂が、風のたびに金色の波を立てて、地平の際までうねっている。その遥か向こうには、都市と外界を隔てる最外壁が、うっすらと横たわって見えた。
(それにしても……遠いな)
エツァを発ってから、もう半日近く。乗合馬車を途中で降りてからは、ずっとこの調子で歩き通しだ。
「なあ、アセナ」
俺は、隣で軽やかに歩く少女へと声をかけた。
「やっぱり、どこかで荷馬車を一台雇わないか。それくらいの余裕はあるだろう?」
「だーめ」
アセナは、即座に切り返してきた。獣の耳が、きっぱりと横に振れる。
「馬車なんて、もったいないでしょ。歩けば、タダなんだから」
「いや、でもさ……」
「テオはすぐお金を使いすぎなの。この前だって、あたしの登録料をぽんっと立て替えて、大剣の整備に二百も出して……気づいたら、財布すっからかんだったじゃない」
(ぐ……返す言葉もない)
「お母さんの治療費を稼がなきゃいけないんだから。一ゴールドだって、無駄にできないの」
腰の後ろで、ふさふさの尾が、力説するみたいにぴょこぴょこ揺れている。
(まったく……しっかり者っていうか、なんていうか)
俺は、苦笑を噛み殺した。ほんの数日前まで、ギルドで門前払いされて泣きべそをかいていた子とは思えない。稼いだ三百ゴールドを胸に抱いて以来、アセナはすっかり財務大臣気取りだった。
「わかったよ。歩こう、歩こう」
「うん。そうしよ」
アセナは、満足げに頷いた。その胸元には、街で買い込んだ薬の包みが、大事そうに抱えられている。臥せった母親のための、なけなしの土産だ。
(まあ……歩くのも、そう悪くはないしな)
前世の俺なら、この距離を歩き通すなんて、想像すらできなかった。足が棒になるのも、汗が背を伝うのも、今の俺にはいちいち嬉しい。
*
俺たちが向かっているのは、外壁の最北端――アセナの村の、少し手前にあるという村だった。
目的は、依頼にあった土潜獣タルパゴの討伐。牛ほどもある、肉食の巨大モグラ。土の中を潜って移動し、家畜や人を襲う魔獣だ。
(アセナの村の近くで、ちょうどいい依頼が見つかったのは、運が良かった)
母親の顔を見に行くついでに、近場で一稼ぎする。一石二鳥の道行きだった。この依頼を片づけたら、そのまま歩いてアセナの村まで足を延ばす手はずになっている。
(それにしても、こう北の外れまで来ると、ずいぶん景色が寂れてくるな)
歩くにつれ、豊かだった麦畑は、石ころまじりの土と、岩の目立つ荒れ地に変わっていった。畑もまばらで、実りも心もとない。
(このあたりは、平地が少ないんだったな)
北端は、なだらかな畑地に恵まれた他の方角と違って、土が痩せ、農業には向かない。だからこそ――この一帯が、リカントに割り当てられたのだ。
(都市の一番割の悪い土地を、一番立場の弱い種族が耕す、か)
同心円の外縁は、どこも貧しい。その中でも、最も条件の悪い一角。アセナの村も、これから向かう村も、そういうリカントの集落だった。
隣を歩くアセナは、生まれ育った土地が近づいているせいか、どこか落ち着かなげに、しきりに前方へ目をやっていた。
*
目的の村が見えてきたのは、昼を少し過ぎたころだった。
土の薄い畑の合間に、木とわらの粗末な小屋が、身を寄せ合うように建っている。柵の中では、数頭のロバが所在なげに佇んでいた。
俺たちが村の入口に足を踏み入れると、畑仕事の手を止めた村人たちが、ぞろぞろと近づいてきた。みな、頭の上に獣の耳を生やしている。リカントの村だ。
「よ、余所者だ……」
「ヒューマンの子どもと……おい、あっちの子、リカントじゃねえか?」
村人たちは、俺とアセナを、遠巻きに見つめてざわめいた。とりわけ、腰に短剣を差したアセナの姿に、驚きの色を隠さない。
「リカントが……ハンター?」
「そんな話、聞いたこともねえぞ」
アセナは誇らしげに胸を張った。
「まだ駆け出しだけど、れっきとしたハンターなんだからね!」
リカントは魔力に乏しく、この都市ではほとんどが農奴として働く。ハンターになる者は稀だ。同じ種族の娘がハンター面している光景は、彼らにとって奇妙に映るのだろう。
「ギルドの依頼で来ました。タルパゴの討伐です。村長さんに、お会いできますか」
俺がそう告げると、村人たちは顔を見合わせ、そのうちの一人が、村の奥へと駆けていった。
*
村長は、腰の曲がった、白髪交じりのリカントの老人だった。垂れた獣耳の先が、年老いてすっかり色を失っている。
「……よくぞ、こんな辺鄙な村まで。ハンター様が来てくれるとは、思うてもみなかった」
老人は、俺の差し出した依頼書を、皺だらけの手で抱くようにして受け取った。俺の歳や、アセナの種族を訝しむ言葉は、ひとつも出てこない。ただただ、藁にもすがるような目だった。
「話を聞かせてください。タルパゴのこと」
「ああ……ここひと月ばかりでな。土の中から、あの化け物が湧くようになった」
村長は、柵の中のロバへと目をやった。
「ロバが、もう三頭もやられた。土の下から、いきなり引きずり込まれるんじゃ。畑に出ておった者も、脚に食らいついてな……幸い、命は取り留めたが、もう、おちおち畑にも出られん」
(土の中から不意打ち……農民からしたら、厄介この上ないな)
タルパゴは嗅覚に優れ、土中を高速で潜り、獲物の真下から襲いかかる。姿が見えないぶん、まともに待ち構えていても後手に回りやすい。
(だが……あいつの攻略には心当たりがある)
土の下で獲物を探り当てるのも、鼻頼み。裏を返せば、匂いさえ操ってやれば、こっちの土俵に引きずり出せる。
「村長さん。ひとつ、お願いがあります」
俺は、柵の中のロバ――のさらに向こう、鶏小屋のほうを指さした。
「あそこの鶏を、一羽、譲ってもらえませんか。囮に使いたいんです。もちろん、代金は払います」
*
村はずれの、開けた荒れ地。人家からは、十分に離れている。
俺は、村から譲り受けた鶏を、手早く絞めた。そして、その血を地面に大きくまき散らし、肉と内臓を、あたり一面に散らしていく。
(悪いな。お前の犠牲は、無駄にしないからさ)
濃い血の匂いが、ぷんと荒れ地に立ち込めた。俺とアセナは、そこから十分に距離を取って、岩陰に身を潜める。
「……ねえテオ。ほんとに、これで出てくるの?」
アセナが、鼻をひくつかせながら、小声で尋ねてきた。
「ああ。あいつは、血の匂いに目がない。……それと、アセナ」
俺は、隣の相棒に、あらためて釘を刺した。
「今日は、無理に前に出なくていい。基本は、俺が仕留める。お前は、後ろでよく見ておけ。危なくなったら、避けることだけ考えろ」
「……うん。わかった」
アセナは、こくりと頷いた。
(前回のこともある。今日は、ちょっとした経験を積ませるだけにしておこう)
俺は、腰の物入れをまさぐり、街で仕入れておいた小さな布袋を確認する。中には、香草の種を挽いた粉が、ぎっしりと詰まっている。
(アセナの薬を買ったついでに、香辛料屋で仕入れた秘策。鼻の利く相手には、鼻を潰す。BHの基本だ)
仕込みは完了。あとは、待つだけだ。
*
一時間ほどが、過ぎたころだった。
(……ん?)
俺は、灯していた聴覚強化の感度を、そっと上げた。
うっすらと――地面の下から、何かが蠢く音。土を掻き分け、押し進む、湿った摩擦音だ。
(来た……!)
地面は盛り上がらず、表面は静かなものだった。それでも確かに何かが、血の匂いのもとへ向かって、土の中を掘り進んでいる。
俺は身を低くしたまま、布袋の口をゆるめ、じっと機をうかがう。
――そのときだった。
ずぼっ、と。
肉片を撒いた地面が、突如、内側から崩れ落ちた。ぽっかりと空いた黒い穴。その底で、何かがのたうっている。
(――今だ!)
俺は岩陰から飛び出し、香草の粉を詰めた布袋を、その穴めがけて叩き込んだ。
袋が穴の底で弾け、むわりと強烈な香りが噴き上がる。
次の瞬間。
「――ギィイイイエェェッ!」
耳をつんざく、絶叫。
血の匂いに誘われて鼻先を突っ込んだところへ、強烈な香草の粉を浴びせられたのだ。敏感な鼻を灼かれ、タルパゴは、たまらず穴から地上へと躍り出た。
*
姿を現したそいつは、牛ほどもある、巨大なモグラ。
鈍く光る、黒い毛皮。顔の先には、桃色の鼻がひくひくと蠢いている。目は、ほとんど埋もれて見えない。かわりに恐ろしいのは、両の前脚だ。土を抉るための、湾曲した巨大な爪。あれで引っかかれれば、革鎧ごと肉を持っていかれる。
(でかいな……けど)
俺は、大剣を構えながら、内心で冷静に見積もっていた。
(相手は、一頭だけだ)
アルミラージの群れも、ヴェロクスの群れも、厄介なのは数だった。
(それに比べりゃ……単体で、しかも鼻を潰されて混乱してる今のこいつは、いい的でしかない)
香草の粉に鼻を灼かれたタルパゴは、頼みの嗅覚を失い、混乱しきっていた。ほとんど見えない目で、闇雲に頭を振り回している。
「ブモォッ!」
やがて、荒れ地を踏み鳴らし、タルパゴが突進してきた。だが、その進路は――俺じゃない。混乱のまま、岩陰のアセナのほうへと逸れていく。
「アセナ!」
「――わかってる!」
俺が声を上げるより早く、アセナは横っ跳びした。巨体が、さっきまで彼女のいた地面を抉り抜く。
「これくらい、楽勝よ!」
(……見事なもんだ)
強張ってもいない。悲鳴も上げない。相手の巨体を見切って、涼しい顔で躱してみせた。
(ずいぶんと成長したな。――さて。さっさと片づけるか)
タルパゴが、標的を見失い、たたらを踏む。その無防備な横腹へ、俺は踏み込んだ。
「――身体強化」
かっと膂力が跳ね上がる。研ぎ上がった刃が、黒い毛皮を裂き、肉に食い込んだ。
一撃目。鮮血が噴き出す。
「ギィッ!」
タルパゴが、痛みに身を捩り、闇雲に爪を振り回す。だが、狙いが定まらない。俺は難なくそれを見切り、返す刀で、もう一撃。
二撃目。深々と、脇腹を抉る。
「ブモォォッ……!」
血を撒き散らし、タルパゴの動きが、目に見えて鈍っていく。もう、突進する力も残っていない。よろめき、倒れかける、その首筋めがけて――
「これで、終わりだ」
三撃目を、渾身の力で叩き込む。
牛ほどの巨体が、荒れ地に沈んだ。桃色の鼻が、力なく地に伏せる。溢れ出した血が、乾いた土に、みるみる吸い込まれていった。
(……失血死か。あっけないもんだな)
その骸から、うっすらと魔素が立ちのぼり、俺とアセナの魔力回路を刺激する。ささやかだが、確かな器の広がりを感じる。
(ま、こんなもんだよな。単体のF級なら、これくらい手早く狩れなきゃ話にならない)
俺は、額の汗を拭って、大剣を下ろした。
「テオ、すごい……! ほんとに、あっという間だったじゃない」
隣に立つアセナが、目を輝かせた。
「今日は、相手が一頭だったからな。それに、アセナがしっかり自分の身を守ってくれたから、俺は狩りに集中できた。……上出来だ」
「……えへへ。だから言ったでしょ、あたし、やればできるんだから」
照れくさそうに、アセナの獣耳が、ぴこぴこ揺れた。
*
そこからは、いつもの後半戦だ。
俺はタルパゴの巨体から魔石を抜き取り、金になりそうな爪を外していった。日が傾き、荒れ地が赤く染まるころには、剥ぎ取りも一段落した。
村へ戻って討伐を報告すると、村長は、皺だらけの顔をくしゃくしゃにして、幾度も頭を下げた。
「本当に、本当に……なんと礼を言えばいいか。これで、村の者も、安心して畑に出られる」
「無事に片づいて、よかったです」
村長は、震える手で、討伐報酬と、ギルドへ提出する完了証明の羊皮紙を、俺に手渡した。
その晩は、村長の家の隅を借りて、二人で一夜を明かした。
*
翌朝、俺たちは村人たちに見送られて、さらに北へと歩き出した。嵩張る素材は、村に預けさせてもらった。
「ここから、アセナの村までは、どれくらいなんだ?」
「んーと……歩いて、二、三時間くらいかな」
そう答えるアセナの声は、昨日までより、いくぶん硬い。近づいてくる故郷を前に、緊張しているのが、傍目にも分かった。
「……ねえ、テオ」
「ん?」
「お母さん、あたしのこと……怒ってるかな。黙って、村を飛び出してきちゃったから」
垂れた獣耳の先が、心細げに震えている。
「怒ってるかもな」
俺は、あえて軽く言った。
「でも、それは、心配してくれてる裏返しだろ。……ちゃんと顔を見せて、自分の口で話せばいい。アセナが、何のために村を出たのか」
「……うん」
アセナは、胸元の薬の包みを、ぎゅっと握りしめた。
*
アセナの村に着いたのは、昼前だった。
石まじりの土に、粗末な小屋が寄り集まる、昨日と変わらぬ貧しい集落。だが、そこへ足を踏み入れた瞬間――
「……アセナ?」
畑にいた女が、目を見開いて、鍬を取り落とした。
「アセナだ……! アセナが、帰ってきたぞ――!」
その声を合図に、村じゅうが、どっと沸いた。あちこちの小屋から人が飛び出し、みるみるうちに、俺たちの周りに人垣ができていく。
「無事だったのか……!」
「急にいなくなって、みんな、どれだけ心配したか……!」
村人たちは、口々にアセナの名を呼び、その無事を確かめるように、小さな肩や頭に触れた。昨日の村とは、まるで違う。ここでは、アセナは、みんなに愛された村の娘なのだ。
――と、その人垣が、割れた。
「アセナ!」
畑から走ってきたのだろう。泥のついた鍬を放り出し、息を切らせて人垣を掻き分けてきたのは、日に焼けた、細身のリカントの男だった。耳の形がアセナによく似ている。
「……お父さん」
アセナの声が、ふっと小さくなった。
男は、娘の前で足を止めると、何か言いかけて、けれど言葉にならなかったらしい。数拍のあいだ口をつぐんだあと、その大きな手で、アセナの頭をくしゃりと掴んだ。
「……よく、帰った」
それだけだった。叱る言葉も、問いただす言葉も、そのあとには続かなかった。
(……よかったな、アセナ)
揉みくちゃにされながら、アセナは、泣き笑いのような顔で、こくこくと頷いていた。
*
父親に連れられて、俺たちは村のはずれへと向かった。
アセナの家は、ひときわ小さな、傾いだ小屋だった。その戸口の前に、二人の子どもが並んで立っている。アセナによく似た、幼い妹と弟だ。
姉の姿を認めた瞬間、二人は、弾かれたように駆け出した。
「ねえちゃん!」
「ねえちゃんだ……!」
小さな体が、左右からアセナの腰にしがみつく。アセナは、よろめきながらも、その二つの頭を抱え込んだ。
「……ただいま。ごめんね、ひとりで行っちゃって」
尾が、ぱたぱたと、落ち着きなく揺れていた。
「お母さんは……?」
アセナが尋ねると、妹が、こくんと戸口のほうを指さした。
*
薄暗い室内。奥の寝床に、やつれた女が、横たわっていた。アセナの母親だ。
「……アセナ……? ああ、アセナ……! 帰ってきてくれたのね……」
かすれた声で、母親が、細い腕を持ち上げる。ひどく汗ばみ、頬は落ちくぼんでいた。長引く高熱に、体力を削られているのが、一目で分かる。
「お母さん……! ごめんね、黙って出てったりして……!」
アセナは、寝床にすがりついて、わっと泣き出した。それにつられて、戸口で見ていた妹と弟までが、わんわんと泣き始める。
母親の容態は、酷い風邪のような、流行り病だった。それが何週間も長引いて、床から起き上がれずにいるらしい。
「お母さん、これ……街で買ってきたお薬だよ。飲んで……?」
アセナが、震える手で、薬を煎じて飲ませる。しばらくすると、荒かった母親の息が、少しずつ、落ち着いていった。頬にも、わずかに血の気が戻る。
(……あくまで、その場しのぎだけどな)
俺は、その様子を、戸口のところで静かに見守っていた。
貧民街に流通するような薬で楽になるのは、ほんの一時だ。根っこから病を断つには、やはり、ちゃんとした癒術士に診せるしかない。そして、その依頼料を稼ぐには、まだまだ時間が必要だった。
*
母親の枕元で、アセナは、ぽつり、ぽつりと事情を語った。
自分が、街でハンターになったこと。危険な仕事だけれど、そうしなければ治療費は稼げないこと。だから、これからも街で狩りを続けたい、ということを。
「駄目だ、アセナ」
低く口を挟んだのは、壁際に腰を下ろしていた父親だった。
「ハンターなんて、命がいくつあっても足りん仕事だ。ちょっと身体強化と癒術がつかえるくらいで……」
「でも……! このままじゃお母さん、治らないんだよ!」
アセナは、引かなかった。
「あたし、リカントだけど……ちゃんとハンターできてるもん! あたしなら、やれる。お母さんは、あたしが助けるんだから……!」
親子の言い合いは、しばらく続いた。だが、やがて父親は、娘の必死の目に根負けしたように、深く長い息を吐いた。
そして――俺のほうへと、向き直った。
「……ハンターさん」
男が、床に手をつき、深々と頭を下げる。母親も、寝床から、震える手を合わせた。
「どうか……どうか、うちのアセナを、よろしくお願いします。この子と……治療費のことを、頼まれてはくれませんか。こんな貧しい村じゃ、お礼も満足にできんが……」
俺は、居住まいを正した。
「顔を上げてください」
そして、まっすぐに、アセナの家族を見た。
「アセナの歩む道は、確かに危険です。それは間違いない。魔獣を相手にする以上、絶対に安全だなんて、口が裂けても言えない」
家族の顔が、こわばる。
「でも――」
俺は、傍らのアセナへ、目をやった。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでも、まっすぐに前を見ている、この小さな相棒へ。
「アセナは、きっとやり遂げます。俺が、全力で助けます……だから、どうか、信じて送り出してやってください」
アセナの家族は、しばらく、俺の顔を見つめていた。やがて、母親の目から、つう、と涙が伝う。
「……ありがとう、ございます……」
アセナが、俺の袖を、そっと握った。振り向くと、涙でぐしゃぐしゃの顔で、それでも、精一杯の笑顔を浮かべている。
「……ありがと、テオ」
「気にするな。仲間だろ」
*
その日の午後、俺たちは、村人たちに見送られて、帰路についた。まずは、依頼をこなした手前の村へ向かう。
「アセナ、達者でな……!」
「兄ちゃん、この子を、頼んだぞ!」
戸口の前では、妹と弟が、父親の脚にしがみつくようにして、いつまでも手を振っていた。
温かい声に手を振り返し、俺たちは、来た道を、南へと引き返していく。
赤茶けた荒れ地を、赤みを帯び始めた日が、そっと照らしていた。
「……あたし、頑張るから。うんと強くなって、うんと稼いで……お母さんを、絶対に治すんだ」
「ああ……そうだな。片っ端から依頼をこなして、E級を目指そう。そうすればグッと時間を短縮できる」
「うん! あたし頑張るよ!」
隣を歩くアセナの獣耳が、夕日の中で、ぴんと立っていた。
その横顔は、もう、ギルドで門前払いされていたあの日の、心細げな少女じゃなかった。
(……子供の成長って、早いんだな)
俺はそんなことを思いながら、傾く日に向かって一歩を踏み出すのだった。
ここまでお読みいただき有難う御座います。戯演です。
今回は狩りパートはあっさりめ、本来のF級といった感じにしました。
もしお気に召しましたら是非ご評価いただき、気長に次話をお待ちいただけますと幸いです。




