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2-2

***

 

 園遊会の日はあいにくの薄曇りだった。雲の切れ切れに青空が垣間見え雨は降りそうにないが、あちらこちらに天幕が張られて狭苦しさがある。

(デニス様とお話どころではありませんわ)

 リリアは天幕の下に用意された席へ座り、挨拶で疲れた喉を蜂蜜入りの紅茶で潤す。

 フィグネリアが言っていた通り、次から次へと適齢期の貴族の男子が挨拶にやって来るのだ。適齢期どころか十二、三の少年も混ざっていたのはただの挨拶なのか見合いなのか。

「リリア大丈夫?」

 同じく挨拶疲れしているサンドラも隣にやって来て同じように紅茶を啜る。

「殿方のお顔を見るの嫌になってきましたわ。知っているお顔も知らないお顔も全部が同じに見えてきますのよ」

「あたしは知らない顔が多いからまだ半分も覚えられないわ。ちょっと休んだらイーゴルの所戻るけど、リリアはここでいる?」

「わたくしも一緒に行きますわ。お兄様には申し訳ないけれど壁になっていただかないと」

 それこそひとりでいたらまた婚約者候補がぞろぞろ集まってきそうだ。

 そしてサンドラと一緒に衛兵や侍女に囲まれてイーゴルの元に戻る途中、デニスの姿をやっと見つけた。

(ずっと素敵な方ですものね)

 デニスは後ろ姿しか見えない令嬢と何やら話していたが、挨拶程度らしくすぐに相手は去って別の令嬢がやってくる。

 これまでも度々目にした光景だ。ちょっと面白くないものの、彼が誰も選ばないのを知っているからそこまで気にはしない。

「リリアもご挨拶に行ってくる?」

 サンドラがリリアの視線の先に気付いて、微笑みかけてくる。

 家族はみんな自分がデニスのことが好きなのは知っているけれど、子供の憧れぐらいの受け取り方である。

「……お忙しそうだから後にしますわ」

 あの令嬢達と同じ列に並ぶのはなんとなく嫌で、リリアはデニスから顔をそらそうとする。

 そのときふと、デニスがこちらを見た気がして視線を戻す。

 その瞬間彼が微笑んで小さく頷いて、誰かに声をかけられる前にこちらへとやってくるまで一瞬たりとも目を離せなくなる。

「皇后陛下、このたびはお招き頂きありがとうございます。リリア様も、ご機嫌ようございます」

「こちらこそ、来ていただいてありがとうございます。あ、よければ少しだけ、リリアと一緒にいてくれます? いつもより人が多くて疲れてるみたいで」

 サンドラの気を利かせた提案に、作法とはいえ先に声をかけてもらえずがっかりしていたリリアはぱっと顔を輝かせる。

 義姉のこういう所が大好きだ。

「ええ、かまいません、私も少し休もうと思っていたので、リリア様さえよろしければお側についています」

「お願いしますわ。あちらへまいりましょう」

 即答して疲れなど微塵もない笑顔でリリアはデニスを天幕の下へと案内する。

「ご相談いただいたというのに、まだ何もできずもうしわけありません」

 並んで座るデニスがそう言うのにリリアは首を横に振る。

「わたくしのほうこそご都合の悪いときにお願いしてしまって……」

「執務の方が急なことでしたのでお気になさらず。しかしこんなに人が多いとはお疲れでしょう」

「ええ。意外とまだご結婚相手が決まっていらっしゃらない方、多いのですのね」

 もうとっくに結婚もしくは婚約していそうな年頃の男性が次々と挨拶に来るのには驚いた。

「皇女殿下がおふたりもいて、九公家も独身の跡継ぎの男子がほとんどいらっしゃらないですから」

「わたくしとフィグお姉様が結婚相手を見決めるのを待っていらっしゃったのですの?」

 聞けば聞くほど自分と姉の結婚の重みが増していく。

「今日はフィグネリア皇女殿下がいらっしゃらないので、リリア様に集中してしまったのでしょう。フィグネリア皇女殿下は体調不良と聞きましたが……」

「それはご心配なさらなくてかまいませんわ」

 リリアはデニスならいいだろうとこっそりとフィグネリアが仮病だと耳打ちする。

「そうですか。あいかわらずお忙しくいらっしゃる。降嫁なさる気はないのでしょうし」

「そうですわね……ご令嬢も多い気がしますわ」

 人混みを眺めていると、なんとなく若い女性も多いことに気付く。招待客の名簿でも確かに子息だけでなく令嬢の同伴者も多かったようなと、うっすら記憶が蘇ってくる。

「ええ。結婚が決まっていない男子が多いということは同じく決まっていないご令嬢も多数ということで、第二候補として顔を繋げておくということもあるでしょう」

 どうやら今年の園遊会は大規模な見合い会場であるらしい。

「……わたくしとフィグお姉様の嫁ぎ先が決まらないと、あの方達も結婚が決まらないということかしら」

「早めに諦めて家の利益と個人的な相性の妥協点を探す方々が多いとは思います」

「結婚って大変ですのね……」

 ぼんやり抱いていた幸せな結婚への憧れが目の前の現実に輝きをくすませ、婚約者候補探しの気力が萎えてくる。

「まだ婚約者を決めないというのもひとつの決断です。リリア様が多くの候補をご覧になって、今ではないと思ったのならそれでよいのですよ」

 それに、どんな人が来てもやっぱりデニス以上に魅力を感じないのだ。

「……どなたが中立派か教えて下さる?」

 とりあえず候補だけでも絞るところからとリリアが問いかけると、いくつかの侯爵家と伯爵家の名前が上がりぼんやりと顔を思い浮かべる。

 だが今日は多くの顔を見すぎてそれぞれの印象が薄い。

「中立派、とは言っても情勢に応じてどちらかの派閥に入るために様子見をしている方々も多くいます。それはリリア様が上手く立ち回って中立派に留めておくということが大事になります」

「それは、なんだか難しそうですわ。そういう様子見の方が誰かは分かりますの?」

「あいにくそれは判断しかねます。現当主と次期当主で意見が違うこともあったり、派閥争いというのは難しいものです」

 ここまでくるともう心が折れてしまいそうである。

「自分で婚約者を探すってこんなにたくさん考えることがありますのね……」

 勢い任せに始めたはいいが、そんな簡単なことではなかった。

「リリア様は、どんなご結婚が理想なのですか?」

 何気ない問いかけに、リリアはうつむいてそのと言い淀む。

「……素敵な優しい旦那様と可愛い子供達に囲まれて幸せになることですの」

 口にしてみるとなおさら恥ずかしくなる。

 派閥争いや政の話を聞いた後ではあまりにも夢見がちで子供染みている。

「ならば、子供好きというのも条件に入れないといけませんね」

 眩しげに目を細めるデニスの優しさに赤くなっているのが自分で分かるくらい頬が熱くなる。

「なんだか考え足らずで恥ずかしいですわ」

「そんなものですよ。皆、家を盛り立てることばかり考えているわけではありませんから。私も、リリア様と同じ年の頃は妻に夢中でそんなことばかり考えていました」

 デニスがまだその頃の夢の中にいるように語る。

「ご再婚は、考えていらっしゃらないのです?」

 不躾かもしれないと思いつつそう問うと、デニスは苦笑する。

「家のことを考えれば跡目のこともありますし再婚すべきでしょう。この歳でいつまでも迷っていられないのに、なかなか踏み切れないものですね」

 デニスもまた、同じ場所で立ち止まり迷っている。そう思うといつもより彼を近くに感じられた。

「……今日はこのままここでいたいのですけれど」

 園遊会の主催側の立場である以上、このままゆったりとしているわけにはいかない。

「私も父の友人に挨拶をしなければと思うのですが、ご令嬢を連れ立ってくる方が多くて……申し訳ありません。リリア様にこんなことを言ってもしかたないですね」

 気が緩んだのか疲れ切っているのかデニスが愚痴めいたことをこぼして、リリアは笑みを浮かべる。

「デニス様、一緒にまいりましょうか」

「そうですね。お疲れになったリリア様のお側に、という名目で席をいただいているのでリリア様が動かれるならば私も動かなければ」

「まあ。なんだかわたくしが無理に連れて行くみたいですわ」

 冗談めかして言うと、デニスも思わずといった様子で相好を崩す。

 そうして先に立ち上がったデニスが差し伸べた手をそっと取る。

 暖かなその手にいつまでも触れていたいのに、立ち上がるとすぐに離れてしまって残念に思う。

「……腕をお貸し下さるかしら」

 ほんの少しわがままを言うともちろんとデニスは肘を差し出して、リリアはどきどきしながら彼と腕を組む。

「すっかり大きくなられましたね」

 リリアが難なく腕を組める背丈になっていることに、デニスが感嘆する。

「中身も同じぐらい成長できていたらよいのですけれど」

「十分立派な皇女殿下におなりですよ」

 並んで歩く自分達の姿はどんな風に見えているのだろうか。

 いつになく緊張するリリアは周囲の視線の意図を探りながらゆっくりと歩く。

 このまま兄夫婦の元に辿り着かなければいいのにと思っていても、すぐについてしまい名残惜しく腕をほどく。

「では、また」

「ええ。今日はありがとうございます」

 別れ際の挨拶は簡素なものだったが、胸がいっぱいすぎてこれ以上言葉はでなかった。

 その後も次々と婚約者候補が顔を見せるのだが、彼らのことが記憶に残ることはなかったのだった。

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