160.「郁ちゃん、そろそろ限界でしょ?」
食事が終わっての帰り際。教会部外者組のイーシュがマムちんに、オークの捕虜だった女性たちの処遇を決めたいので、関係者は明日、集まって欲しいと依頼してきた。
処遇?
彼らが帰ると、みーよとあたしは、院長室に呼びだされた。
「青の教会からの正式依頼ですね。明日のご予定は?」
あたしは、みーよの方を見る。
「特に予定はございません。先生のお心のままに」
みーよが真面目に答えている。
なによ、お心って。
「判りました。聖女ミヨ、私の名代として明日の集まりに出席なさい」
「承知致しました」
名代?
「お心を頂戴しても宜しいでしょうか?」
お心? また?
「宜しくてよ。杖を」
「はい」
大きな院長机の後ろに座るマムちんに向かって、ゆっくりと杖を差し出すみーよ。
マムちん、杖の頭を両手で掴み、そっと、額を当てて何か祈っている。
「終わりましたよ」
「はい」
みーよも、杖をゆっくりと引き下げる。
先端が、ほのかに光っている気がする。気のせいかもしれないけど。
「方針と予算は、いかが致しましょうか?」
「そうですね。あなたの意見を伺っても?」
逆に振られて、みーよが少し考える。
「最低1名は、引き受けるべきかと思われます。その上で、他の教会の方々と協議致します」
「よろしい。私も同じ意見です。聖女ミヨ、成長しましたね」
優秀な弟子を褒める、マムちん。
まあね、あたしの大好きな親友ですから。これ位は、ね。
って、そろそろ説明して欲しいなぁ。
「付き人イクミ。あなたの意見を伺っても宜しくて?」
あら、あたし?
「ん-その前に、明日、あたしらは何をどうしたらいいの?」
マムちんが、固まっちゃった。
あなた、ちゃんと教えてないの? ダメな弟子ねぇ。
いえいえ先生、私が教える事じゃないですよ?
マムちんとみーよの間に、例のアイコンタクト。
さっきまでの真面目な態度はどこにいったのよー
先生、ガッカリしてるじゃないのさー
ため息を、ついて。
「まあ、ミヨが説明する立場では無いのかもしれませんね。それにしても……」
それにしても、なんなのよー
マムちんの、あたしへの視線が、なんか冷たい。
ため息が、物凄く深いんですけど?
気を取り直すのに、少し時間を掛けて。
「イクミがしばらく通っていた青の教会では、闇の種族に囚われていた人たちを再び人族に還しているのは、分かりますね」
なんか、そんなこと言ってたね。
頷くと。
「あそこは教義の関係で、治癒が済んだ者たちの身元を再び取り戻しているのです」
身元、か。
この世界では、身元がとても大切なんだったね。
だから孤児は、身分が低くてどこからも雇って貰えないんだったっけ。
で、患者の身元を確かめて、ご家族に引き渡すってことでいいんじゃないの?
「境遇故に、周囲の無理解のために、元々の身元を得られない者たちのために、街の教会関係者達が集まって身元を保証する集まりが、明日行われるのですよ」
へえ、そんなことするんだ。
「ちなみに、わたしの時もそうだったよ」
横で、みーよが補足してくれる。
んと、街の前で行き倒れてて、ほっといたら街の奴隷扱いだったところをマムちんに拾って貰ったんだったっけ?
「一つの教会だけでは、全員を引き受けることが出来ませんので、皆で集まって協議するのです」
なるほどね。大体分かった。
「誰も引き受けない場合は?」
「街の奴隷に落とされますので、競売にかけられて奴隷商の買い取り次第になります」
あーそれで青の教会は奴隷管理区に建っているのね?
それで、あの奴隷商ども、青の教会の付き人がいなくなったんで、メンドクサイ協議とか止めにして、オークの捕虜だった女性たちを全部よこせ、と詰めかけていたわけだね。
なんかムカついて来た。連中、殴りに行こうかな。
「協議は、なにするの?」
「教会関係者同士で、一人一人に値段を付けて、救済します」
「値段付けるの?」
と言われて、マムちんも説明に、少し困っている。
「私は、青の教会のものではありませんので……ただ、そのように価値が付けられると、引き取る事に困難を覚える家族や親族も、気持ちを変える場合があるそうです」
引き取るのを嫌がる家族もいるのか。
ん-死んで貰っていた方がマシって感じ?
難しいんだね……
「郁ちゃん、そろそろ限界でしょ?」
頭がプシューしているあたしを気遣うみーよ。
い、いや、もう少し頑張ってみるよ。
大切な事を教えてくれてるんだと思うからね。
「教会関係者から提示された金額の半分は、青の教会へ。残りは本人に渡されます。家族の場合は寄進になりますので、全額が教会に渡されます。奴隷に落ちる場合は競売の金額次第になります」
な。なるほどね。
治療もタダではないもんね。
でも、それにしても、シビアだねぇ。
「街で援助して貰えると良いのですけどね。あそこの聖女がオラクルの大聖女に成れれば、そうした道も開かれたのですが」
大聖女?
アオイが?
ああ、そっか。街の有力者になれば、そういう政治的な事にも口出しできるわけね?
「私は以前に大聖女だった時、同じように大切な務めを果たしている他の教会に対して寛大な配慮をしていたのですが、今はこの有り様なのですよ」
ちょっとニヒルな顔のマムちん。へえ、そんな顔することもあるんだ。
「でも、利害関係に悩むことも無くなりましたので、良かったのかも知れませんね」
「そんなことはないでしょ」
余計な事を言ってる自覚はあるけど。
でも、そんな風に思わなくてもいいと思うよ?
「ありがとう、イクミ」
礼を言われても、ねえ。
「それで、聖女ミヨが言うように、私たちの教会でも、一人は受け入れる必要があると思います。イクミの意見を伺いたいのですが」
うん、大体分かったよ。
「家事やちびちゃんたちの面倒を見てるアリやリコットに、聖女教育? の時間というか、専念させて上げたいんだよね。才能が関係するみたいなんだけど、チャンスをあげて欲しいな」
マムちんは、興味が湧いた、という顔をしてあたしを見る。
「そんな事を考えていたとは。面白いですね」
いや、あたしらの元居た世界では、そういうのが当たり前だったからね。
子供は学校に行って勉強するのが仕事だったよ。
ま、あたしはおべんきょー好きじゃなかったけどね。
「ただ、今まであの子たちが担ってきたことを、誰がやるの? って事になるよね。で、そういう事が出来る人がいたら、んと、身分? 引き取り? 受けてもイイのかな、とは思う」
へー、ほー、そーくるかー
マムちんの表情はとっても読みやすい。
でも、深い心の中までは、分かんない。
ヒドいことされた過去も、平気で語れるし。
昔の栄光は、もう過ぎた事だとかいう割りに、諦めて無いし。
中々、一筋縄ではいかないね、この人。
「メイドとして迎え入れるという事ですか? 給金はどうしますの?」
メイド。そういう感覚なのか。
トルモルト教会にもメイドさんがいたね。
当たり前だけど、給金が必要なんだ。
逆に、アリやリコットはどうなの?
「アリちゃんたちには、給金があるの?」
「ありませんよ、孤児ですから。教会としては、年齢相応の仕事を仕込んで、大人になるまで面倒を見るのです」
そうなのか。
タダ働きに見えるけど、食費と衣服、住まい、そして「身分」を提供してるわけだね。
「オークの捕虜だった女性を引き取るときも、同じなの?」
「彼女たちは孤児ではありませんから、給金を支払わないといけませんね」
そりゃそうだね。
んじゃ、今のところ、お金に関しては上手くというか、ズルくというか、ちゃんと回ってるんだね。
なんか、分かってきた。
教会関係者にとって、これって結構、厄介事だね。
つまり、引き受けた人が生きるための面倒を、ちゃんと見なきゃならないって事なんだね。
「給金の相場って、どれ位?」
なんかマムちん、楽しそうだね。
あれだ、マクロン閣下があたしに転移術の説明をしてた時の顔だ。
「大人が一日働くと、大銀貨一枚が相場ですね。貨幣の相場の事は?」
「うん、聞いてる」
「よろしい。住み込みの場合は、給金は半分から三分の一になります。生活する上で基本的なもの以外は、自分の給金で賄うのですよ」
んと、一日で大銀貨1枚。一か月で大銀貨30枚。
ってことは、住み込みじゃなければ、金貨3枚が経費で掛かるんだね。
結構、するねぇ。
「女の人は給金が安いとか?」
「仕事の内容によりますね。ただ、あまり安い給金だと、誰も来ないか、質の悪いメイドしか来ません」
そりゃそうだよね。
メイド、結構な贅沢だね。
でもまあ、そうやって給金を支払ったり貰ったりして、世の中は回っているんだよね。
んで、上手く立ち回るには、タダで使える孤児を引き取るのも、アリなのか。
でも、身分が保証されていないから、社会的には働き口が探しにくい。
でも、貧しい教会でも面倒を見てあげられる。
でも、たくさんいると食費や衣服の経費に困るのね。
ん-、難しいね。
「ま、給金はあたしらが稼げばいいと思うけど。でも、この商売、浮き沈みが激しいお仕事だからねぇ」
「そうですね。若い頃に修行して、ある程度財産が出来たら街で家や店を持ってゆったり過ごすのが、冒険者の成功した生き方ですからね」
へえ、そうなんだ。
んと、マクロン閣下みたいなもんかな?
迷宮も、自分では入らないでマイアミたちにやらせてるもんね。
「ン、分かった。メイドの話は、ちょっと考える」
出来なくも無さそう。
住み込みにして貰って月に金貨1枚半の給金なら、頑張ればどうにかなると思う。
「よろしい。では聖女ミヨ、青の教会へ恩恵分の大金貨を渡しておきます。名代として遣わしますが、あなたの判断で決めて貰って構いません」
「はい、先生」
机の引き出しから、大金貨が2枚。
みーよは、恭しく受け取った。




