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村人たちの選択 後編 生き残るということ

「つまり、アレか。お前ら全員グルか」

「「「すいませんでしたっ!」」」

 村の集会所みたいのようなところに案内されて話を聞くことしばし、事情を聞いた結果が不満そうなルイーザと俺の目の前で頭を下げる村人たち、という構図。その中にはこちらを攻撃してきた竜人の少年5人に加えて、ほぼ同年代の竜人の少女も居る。

「おてんとさんの機嫌が悪くて、不作での」

「…………」

 竜人に襲われたことを装って腕に覚えのある旅人を誘引。村人全員で袋叩きにすればいかに腕っぷしが強くてもなんとかなる、と。強い旅人であればそれなりに貴重品も持っているはずだからそれを町に持って行って、ということらしい。

(まさか全員で山賊やるとは……)

 だが見たところ畑は荒れていなかった。一種の隠れ里……おそらく普段は普通に村人をしているのだろう。しかし収穫が落ち込んで食い物に困れば村一丸となって生き残りをかけた盗賊稼業……。故郷は捨てず、幼い子供や老人を切り捨てない辺り、ある意味優しいのかもしれないが襲われる側からしたらたまったものじゃない。

 正直なところをいえば、この村のことなど知ったことではないのだ。

 竜人がこれだけ居るんだから、何かできることがあるだろうに……。

「ん? 竜人?」

 村人の顔を見回す。

 ……居ない。

 子供の竜人は居る。

 おおよそ10人ばかり。

 たが彼らの親たる竜人の姿がない。

 目の前に居る人間の女性は、さっき「母ちゃん」と呼ばれていたからあの竜人の母親は彼女なのだろう。しかしその相手の父親の姿が見当たらない。

(まさか……いや、そう考えたほうが自然なのか)

「あー……ルイズたちは、外に居ろ」

「え? でも……」

 ますます不満の色を濃くするルイーザ。

「こっから先はまだ聞かない方がいい。そのうち教えてやるから」

「ハルトくん……」

 子ども扱いしないでほしい、というのはわかる。だけど、まだ聞かせたくない。さすがに刺激が強すぎる。

「悪い、ほとんど俺のわがままだ。だけど……頼む」

「わかり、ました。でも……ひとりで抱え込まないでくださいですの」

「ありがとう」

 エルの手をとって出ていくルイーザを見送ってから再び村人を見回す。

 竜人の子供たち……その誰もが15歳前後……そして親の姿が見えない。

「これは質問というより、確認なんだが……この村が竜人に襲われたこと自体は事実だな?」

「ああ、そうだよ」

 やはり頷く村人たち。

「そしてそれはおよそ15年前。この子たちは……その時の」

 村が襲撃を受け、その時に襲われた女性たち。そして身籠り……生まれた子供たちだ。

 だから年齢が同じで、父親が居ない。

「それも正解じゃ」

「…………」

「軽蔑するかの?」

「いや……迫害するでもなく、隔離するでもなく、共に生きる道を選んだんだろ?」

 キッカケを肯定する気はないが、竜人と人間が共に暮らすこの村を否定する気はない。

 これも竜と人が共に生きるかたちのひとつ。

「うむ。生まれてくる子供たちに罪はないからの」

 加えて竜人というのは人間より頑強だ。

 農業という体力のいる仕事にはむしろ重宝されたのだろう。

 子供たちの表情は不安そうにしながらも卑屈そうには見えない。村の一員として大切にされ、自信をもって生きているのだ。

「けど強すぎだろ? 普通襲われたこと自体を利用しようとするか?」

「村人全員が体験しているからのぉ」

 演技に現実味が増す。加えて村人全員で勝利することで嫌な思い出を乗り越えようとした部分もあったのかもしれない。

 それでも旅人としては迷惑極まりないが。

「憲兵でも呼んでくるかね?」

「うーん、それが普通なんだろうけどなぁ」

 しかし、現実的ではない。

 ルイーザの要請であれば首都からですら部隊派遣は可能だろうが、こんな辺境まで軍隊を派遣するコストは計り知れない。

 加えて村人全員を押し込んでおくだけの余裕は牢屋にはないし、牢屋に入れてしまえば食料を用意しなければいけない。おそらく目の前の女性はそれを踏まえたうえで聞いているのだろう。

 仮に強制労働をさせられるのだとしても、それで生きられるのであればまだまし、と。

 しかしそれでは意味がない。

 この村は自立できず、食料的な不安が(ぬぐ)えない。国も、民に寄生(きせい)され続けれは疲弊(ひへい)するだけだ。

 何かないか。

 せっかく竜人という戦力がいるんだから、もっとこう……建設的な。

 竜人と人間が共に暮らしているこの村に協力する気になった俺は視線を宙にさまよわせた。

「……ん?」

 視界の端をチラチラと動く影に視線を向ける。

(窓の向こうのあの角は……ったく)

  

 俺は村人たちに少し時間をくれ、と断って一端集会所を出た。そして壁伝いに回り込むと、窓の下に座り込んでいるルイーザを発見。

 膝の間に顔を突っ込んだまま体を震わせている。

「聞いてたろ?」

「すいません……」

 涙声。

 ぽんぽん、と頭を()でながら隣に座る。

「エルは?」

「村の……子供たちに連れられて遊びに行っちゃいました」

 今まで同年代の子供……特に人間の友達なんて居なかった。巣穴では俺とあの竜との3人暮らしだったし、王城に戻れば王族扱いされる。当然、近くに居るのは竜人ばかりだ。俺を除いて。

 加えて人間の子供は親から近づくなと言われているからか、竜人の子供を避ける。ただでさえ腕力の強い竜人。幼い子供同士のじゃれ合いすら致命的な怪我になりかねない。

 でもこの村には竜人が居るから、子供たちもエルを受け入れてくれた。何かあったらブリューナク片手に駆けつけよう。

「アイツは……ま、聞かれなかったのであればいいか」

「わたくしは……わたくしたちは……」

 瞳に涙をたたえたまま呆然(ぼうぜん)(つぶや)く。

「こらこら、こんな事で落ち込むな」

「こんな事ってっ!!」

 金品略奪とか食料強奪とかなら想像もできただろうが、(たわむ)れに女性が襲われたなんてことをどう受け止めていいかわからない。そしてその結果として生まれてきた子供が目の前に居て、そんな彼らに王族としてどう対応すればいいのか、と。

「アイツらはもうとっくに乗り越えてんだ。それをおまえがぐちぐち言ってどうするんだよ?」

「でもっ!」

 何かできたんじゃないだろうか、何か過失があったんじゃないだろうか……。

 王族として、王族として、王族として……。

 そんな重責(じゅうせき)に押しつぶされそうになっている。

「お前は神様にでもなったつもりか? こんな田舎の村にまで目が届くわけないだろ?」

 そもそも村の存在自体知らなかった。襲撃自体長時間にわたって行われるものでもないだろう。軍隊を派遣したところで到着した頃にはもう襲撃者は居なくなっている。

 村のひとつひとつに軍隊を常駐させるなんてできるはずもない。

「そう、ですけど……でも、でも……」

 自分の知らないところで、知らない誰かが苦しんでいる、それをどうにかしたくて王族として、為政者として生きる覚悟を決めたのに。

「生まれる前の事なんか気にするな。今後どうすればいいかを考えよう?」

「その前に謝罪を、わたくしたち王家は……」

 何もできなかったから、と。

「為政者として、なんの策もないままする謝罪は無責任だよ」

「……っ」

 ちょっとキツい言い方だったか、とも思うが。

 そもそも謝罪する時点で間違っているのだ。国として謝罪する必要がある場面はあるだろう。しかしそれは国民全体に対してであって国民1人1人に対してではない。

 問題なのは制度……仕組みであって、王族個人ではない。

 村そのものが認知されておらず、襲撃にあったという報告もきておらず、ましてや村総出で盗賊行為まで行っている。村として生き残るための方策だ、と言われればそれまでなのだろう。だが、じゃあ認めます、というわけにもいかない。

 知らないことは罪ではない。知ろうとしないことが罪なのだ。

 そして知ったうえで動かないのも、また。

 俺に言わせればその場限りの謝罪など、何もしません、と言っているようなもの。

 ルイーザの求める国家像はまだはっきりとはできていないのかもしれないが、ここでこうして傷ついている彼女は知った上で何もしないことを望まないはずだ。

 だから、安易な謝罪に逃げることを許さない。

(下手に謝罪から入れば相手に付け入られる隙を与えることにもなるしな)

 この村の住人が、という意味ではなく。将来、外交等で他国と交渉を行うことを見越して、だ。既についている気もするが、謝罪癖をつけさせたくはない。

「あの……」

「うん?」

 こてん、と俺の腕に頭を預け……いやほとんど角か。体重を預けてきたルイーザがおずおずと声を出す。

「その……食料を持ってくればいいんですのよね?」

「まあ、あの長老が言うには、な」

 厳密にいうと彼らが欲しいのは食料というより安心……安全か。村人が(そろ)って冬を越せるだけの方策。

「だったら、その……国のほうで……」

 食料をどこかから調達してきて、不足している村々に配る、か。

 それが理想ではあるのだろう。そうすれば村は安心して運営することができる。

 だが。

「その費用はどう捻出する?」

「え?」

 きょとん、とした顔で見上げてくる王女様。

「食料の金額。ここに運ぶまでの輸送費……荷馬車のレンタル料、御者の日当……村の近くまで街道は伸びていないから荷馬車からこの村まで食料を担いで運ぶ人工(にんく)も必要になるな」

「う……」

 もはやそこまで行くと、それ専門の一機関を国に設ける必要がある。軍隊でいうところの輜重隊(しちょうたい)

 いつなるかもわからない凶作に備えて、無駄飯くらいを養うだけの余裕が現政権にあるのか。

「だいたい、飢饉(ききん)になるたびに派遣するのか? 凶作ってのは地域一帯が同時になるんだぞ? 周辺の村全てに物資を届けられるだけの人出を集められるのか? それに凶作になれば物価が高騰する。その費用も……あ」

 つまり、普段は無駄飯くらいの癖に、いざとなったら他の機関の予算を文字通りに食い潰さん限りに飲み込んでいってしまう。と、ひとり勝手に興がのりはじめたところで気が付いた。ここでルイーザを理詰めで責めてどうするのか。

「うぅぅぅぅ~」

 たった一言でそんなに言い返さなくてもいいじゃない、と。

「ごめん、言い過ぎた」

「いえ、その……浅はか、でしたの……」

(うわ、(いじ)けた……)

 またも膝の間に顔を埋めてしまう。

「あー、あのな。考え方の方向性を変えよう? 今、ルイーザはこの村だけを救うにはどうすればいいかって考えてるだろ?」

「はい……」

 顔は向けてくれないけど、返事はしてくれるのでそのまま続ける。

「けどな、ここに金を投入したらほかの村だってうちもうちも、って言いだしちゃうだろ? そうしたらいくらお金があったって足りない」

「…………」

「国が国民のために労力を使う、っていうのは間違ってない。だけどそれは際限なく財源を投入することじゃない。うまくお金を回すにはどうすればいいか、うまく国民の力を有効に使ってもらうかを考えること……その仕組みを作って、いかに回していくか。それが国家の役割だ」

「うまく使ってもらう……」

「もちろん搾取(さくしゅ)していいって言ってるわけじゃないからな」

 一方だけが得をし、もう一方が損をし続ける方策など長続きしない。

 国家だけが得をすれば国民は苦しみ、逃げ出すか国家転覆を画策するだろう。

 国民だけが損をすれば国家は疲弊して、治安は乱れていくだろう。

 双方が得をする。双方が利益になる。そんなやり方を簡単に見つけることはできない。だけど考えていくことは、きっとルイーザの求める国家像につながる。まずは現行の制度の中で模索し続けていくことで今の制度を理解して……。

「……つまり、村からも何かを差し出してもらえばいい、ということですの?」

「ん、まぁ……」

「でも、この村には差し出せるものがもうないから、山賊なんてやっているんですのよね?」

「そうだな。少なくとも村人たちは自分たちはなにも持っていない、と思い込んでいるな」

「……どういう意味ですの?」

「うーん……」

 あんまり俺から答えを提示してしまうのは甘すぎる気がする。少し回り道だが……答えではなく、考え方を教えてみるか。

「ルイズ、この村が持っているものを列挙してみてくれ」

「持っているもの? 土地とか、家とか……農具とかですの?」

「ああ、いいぞ。目に見えるものからどんどん言ってみてくれ」

「? わかりましたの……えっと……木、木材……ですか。それから、あ。農作物とかは特産品にできそうですわね。お花とかもいいかもしれません」

 ルイーザは視線を上げて村を見回しながら目につくものを言っていく。

 俺の視線の先では子供たちと追いかけっこしていたエルが、足を滑らせて田んぼの中にダイブしている。翼あるんだから飛んでくれよ、その泥だらけの服、洗うの俺なんだぞ、と思わず思ってしまった。群がってきた子供たちに、尻尾で泥を跳ね飛ばして、お互い泥だらけで楽しそうに笑っているのはいいんだが……。

「ハルトくん、聞いてます?」

「ああすまん。聞いてた、聞いてたよ」

 意識がエルに向いているのに気が付いたのだろう。ぐりぐりと角を腕に押し付けながらルイーザが不満そうに言う。

「ハルトくんが言えって言ったんですのよ?」

「ああ、わかってる。聞いてはいたよ。ただまぁ、今言った中には俺の考える正解はないんでな」

「なっ!」

 じゃあ、今まではなんだったのかとショックを受ける。

「目に見えるもの……つまり現物の場合は売り払ってしまえばそれまでだろう? それじゃ長続きしないんだ。だから今言ったもの以外……目に見えないもの、目には見えるけど物じゃないモノ。それを考えてみてくれ」

 あくまで目に見えるものを除外するために言ってもらったんだよ、と伝えてまた考えてもらう。

 でも、難しいかな。

「…………」

 目に映らないモノ、って言ったからか、目を閉じているルイーザの口が開く気配はない。

 きっとそれだけはダメだって思っているから、無意識に意識の外へ追いやってしまっているんだろう。

「ヒントは村人だ」

「……ハルトくん、本気で言ってるんですの?」

「本気だが?」

「人身売買なんて……」

「なんですぐに売り買いに走るんだよ」

「え?」

「この村には普通の人間の村には居ない、竜人がいるんだぞ?」 

 そう。この村の利点は竜人が居ることだ。

 出自が出自だけに普通だったら触れないほうがいいことだろう。だがこの村に限っては大丈夫だ。既に1村人として受け入れられているし、本人たちも堂々と生きている。

「いいか? 人間には弱すぎてできないけど、竜人だったら国がお金を出してまでやってほしい仕事があるだろう?」

「仕事……お金を出してまで…………」



「軍隊へ?」

 外での相談を終えて、ルイーザ共々戻ってきた。エルはそのまま子供たちと遊ばせてある。本当は目を離したくはないのだが、泥だらけでは部屋に入れるわけにいかない。

「いろいろ考えたんだがな……。この村が求めているのって食料なんだろうけど、要はそれを買えるだけの収入だろ?」

「そう……じゃの……」

 長老は俺の言いたいことがわかったのか、素直にうなずく。あと幾人かも。ただ、大多数はなぜいきなり軍隊という話なるのかと首を傾げている。

「この村には竜人が居るし、全員とは言わないけど何人か出せば、その給料で食料を買ってこれるんじゃないか?」

「「おお……」」

 そこでようやくその場に居る人の理解を得られた。あくまで認識を一致したという意味で。

「しかしの……こう言ってはなんじゃが、うちのガキどもがおいそれと入隊できるものなのかの?」

 ほらきた。

 形式の上では入隊できるのかという聞き方をしているが、本音を言えば労働力を取られたくないといったところか。のこのこ行ってはみたものの、送り返されたでは全くの無駄足だ。その間の彼らの労働力の喪失、加えて旅には金がかかる。

「ここにいるのは真祖だぞ? 親衛隊に入るってわけじゃないんだ。一般兵くらいなら、ルイズが一筆書けば無条件で入隊できる」

 王族であるルイーザなら一般兵どころか親衛隊直属にすらできるとは思うが、逆にそんな事されても困るだろう。この場で立場を明かす気もないしな。

「しかし……」

 そして次は母親……だけじゃなくて女性全般か。入隊が現実になれば次は命の危険。あとは入隊してしまえば簡単に連絡を取れなくなる、という寂しさ。

「別に今は戦争しているわけじゃないし、今後ともおっぱじめるつもりはない。除隊はそんなに厳しくないだろ?」

「はい……ある程度の事前期間は必要ですが、作戦行動中でもなければ除隊はそんなに難しくないはずですわ」

 さすがに、今日止めますというわけにはいかないだろうが、除隊に待ったをかけるほど逼迫(ひっぱく)しているわけではない。

 もちろん安全と言うつもりもない。運が悪ければ訓練でも死ぬ者はいる。盗賊の相手をすればより死ぬ確率は上がるだろうが、それでも刑として強制労働をしたり、ここで座して死を待ったりするよりましだろう。

「我流の武術じゃない。本物の体術を叩き込んでもらえるぞ?」

「おお……」

 男の子たちは乗り気。

「しかしこの村の労働力が……」

 結局はそこに落ち着くか。

 竜人の体力は農業の大きな力になる。ここで使えないというのはたしかにデメリットかもしれない。

 そしてやはり信用できない……不安なのだ。

 ルイーザの強さ。彼女が真祖であると本当の意味で理解しているのは竜人の子供だけ。人間の大人の中にはこんな小さな娘に何ができるのか、と思っている者も少なくないはず。

「食い扶持(ぶち)は減るし、入隊者の食料は軍隊持ちになるが?」

 こちらが示せるのはメリットとしてはこんなところだろう。

 それで全部か、という長老の目線に一つ(うなず)く。

「ふむ……そうじゃの。今度はこちらに時間をもらえるかい?」

「もちろん。俺たちができるのは提案だけだ。実際にどうするかはこの村で決めてくれ」

 俺はルイーザを促して集会所を出る。

「しかしまるで口減らしの様じゃないか?」

「いやそれは言い過ぎだろう。いずれ帰ってきてこの村の守りになると思えば」

「お前らはどうなんだ? この村から出ていくことに……」

 人数が多く、さすがに時間がかかりそうだ。この間に村を見て回るか。

 パタリ、と扉を閉めて再び壁沿いに外を歩く。



 エルの姿は、さっきまで遊んでいた東側の畑から、南側の田んぼへ移っていた。

 もう泥だらけというか、泥水だらけだ。落ちるのかなあの泥汚れ。さすがに本国に帰るまで衣服が持つとは思えないが、せめてもう少し気を使ってくれないかな。

「あ、ハルくんだ」

「よお、楽しそうだな」

「楽しいよぉっ!」

 ぶんぶん、と腕を振ると茶色液体がこっちにも飛んでくる。

「あ、でっかい剣の兄ちゃんだ」

「強いおねーちゃんも一緒ぉ」

「つ、強いお姉ちゃん?」

「だって、グラートたちに勝ったんでしょぉ?」

「エヴァルドは泣きべそかいてたって」

「えー? エヴァルドはこっちの兄ちゃんが倒したんじゃないのー?」

「なぁなぁ、兄ちゃん。オラに剣のけーこつけてくれよぉ」

 男女混じった7人の子供たちが寄ってきては口々に(しゃべ)り出す。最初に(しゃべ)りかけたエルはあっという間に輪の外に。

(全員泥だらけだからあんまり近づいてほしくないんだが)

 ルイーザのほうも好意を向けてくる泥だらけの子供を振りほどくこともできずに困惑顔。今はちょっと泥が付くぐらいだが、このまま一緒に居たらこっちまで泥だらけになってしまいそうだ。

 あげくに。

「スキありぃっ!」

 自分に背を向けた子供たちの足元をエルの尻尾が一薙ぎ。

「「ぎゃあああっ!!」」

「あははははっ!!」

 大爆笑して逃げていくエル。

「やったなぁっ!」

「エルちゃんをこらしめろぉっ!」

「みんないくぞぉ」

 耳やら服の間やらに入り込んだ泥を掻き出した子供たちも駆け出していく。追いかけながら、そこらへんの泥水に手を突っ込んだ子供たちが掬い上げた泥を固めて、エルにぶつけていく。銀色の尻尾や髪があっという間に泥だらけ。

 ただ俺たちにはそれを観察する余裕がなかった。

「おぉ……」

「あ、はは……」

 エルの尻尾の一薙ぎで舞い上がった泥水は子供たちだけでなく、その背後に居た俺たちにも降りかかり、全身ずぶ濡れ……というか泥だらけだった。

 俺は呆然自失。ルイーザも……いや。

「何、お前そのわくわくした顔」

「え? いや、そんな顔してませんのよ?」

「いやいや、なんかすんげーニヤケてるし……なんていうか、捕食者の顔というか……」

 ちょっと怖いけど、でも見ようによっては子供らしい顔と言えなくも。

「「…………にん」」

 見つめ合うことしばし。どちらからともなく笑いあうと、きゃあ、きゃあとエルを囲む子供たちに向かっていく。

「おーまーえーらー」

「覚悟はできてますのー?」

 わざとゆっくり、低い声で近づく。

「にーちゃんと、ねーちゃんがキレたぞー!」

「みんなにげろー!!」

「きゃああーーーっ!!」

 途端に逃げ出す子供たち。田んぼの中だというのに走り慣れているのか、あるいは体重が軽いからなのか、足も取られずに走っていく。

 ただし、子供たちに囲まれていたエルは出遅れていた。というより自分が攻撃されるとは思っていないのかもしれない。当たり前のように抱き着こうとするエルの手を取り……その場で一回転。

「エルも同罪だーっ!!」

「きゃああっ!!」

 一瞬驚いた顔をしたエルが楽しそうに笑いながら投擲(とうてき)された先は、逃げる子供たちの眼前。  

 ばっしゃああんっ!!!

 無意識に落下速度を落とそうと開かれた翼のお陰で広範囲の水面が叩かれて、放射状に泥水が跳ね上がる。

 そこに突っ込んでいく子供たち。

「「ぎゃああああっ!!」」

 再び巻き起こる悲鳴と歓声。

「まだ終わりではありませんわっ!」

 ばしゃああっ!

 ルイーザの放つ小さな炎が水面に着弾、今度は子供たちの背中側から泥水が降りかかる。

「「きゃあああっ!!」」

 前後からの攻撃に転げまわる子供たち。

「「ぷっ、あははははっ!!」」

 そして顔を上げると、誰一人として無事なものはおらず。エルの顔面も泥だらけになっている。

「よぉーしっ! にーちゃんとねーちゃんをたおすぞぉ!」

「「おおーっ!!」」

「なんでそうなったっ!?」

「エルちゃんはこっちね」

「そぉなの?」

「りゅーじんが片方についちゃったらふこーへーなのっ」

 こっちはオシオキのつもりだったのに、なぜか「俺&ルイーザ VS エル&村の子供たち」という構図に。

「負けませんわっ!」

 なぜかルイーザまでやる気だし。

「みんな、いっせーこーげきじゅんびー!」

「は?」

 なぜか全員中腰で尻を向けるこどもたち。そしてその手が勢いよく振り下ろされる。

「んげっ!」

 左右の手が掬い上げた泥水が俺たちに向けて巻き上がる。1人1人は大したことはないがなんせ総勢7人。前面をほぼカバーした波状攻撃。

(回避できないっ!?)

「尻尾を持っているのがエルちゃんだけだと思わないでほしいですわっ!!」

 そこで滑り込んできたのはルイーザだ。俺の前面に出たルイーザがその場で一回転。尻尾を泥水の中に突っ込んで横薙ぎにすると、泥の津波が発生。向かってきていた子供たちの泥水を飲み込んで押し返す。

「ふふんっ! 年上を甘く、ぶにゃっ!?」

 勝ち誇るルイーザの顔面に泥団子が命中。

「あ、ごめんね、ルイズちゃん」

 エルだった。

 そういえばさっきの泥水攻撃にエルは参加していない。

 そう思い至った俺にもエルがまとめて投げた泥団子がふり注ぐ。

「うげぇっ! ちょっ、待っ! おぅっ!!」

 ブリューナクで防ごう……いや、こんなものを受け止めるのに使うわけには、とか考えている間に、何発も命中してしまう。

「さくせんせーこー!」

「やったぁー!」

「きゃあぁぁっ!!」

 子供だてらに陽動とは。

「まだ、負けてませんわぁっ!!」

 目の周りを拭ったルイーザが1歩前に踏み出しながら体の周囲に火の玉を出現させた。子供たちに見せつけるように漂わせたあと、順番に泥水へと突っ込んでいく火の玉たち。突っ込んだ先から小爆発を起こして、子供たちの左右から泥が降りかかる。

「ねーちゃんがはんげきしてくるぞぉ!」

「にーげろー!!」

「きゃああっ!!」

 手をとられたエルも一緒に逃げ出して、その小さな背中をルイーザが追いかけていく。

「……ははっ」

 王族として生まれ、幼くして戴冠(たいかん)したエルに友達はいなかった。

 かつて自分がしていたように、友達と一緒に野山を駆け回る体験をエルにさせてあげることができないのかと半ば諦めていた。

 だけど今、エルが目の前で子供たちと楽しそうに転げまわっている。

「…………」

 エルヴィーネさんに見せてあげたい、と思ってしまう自分に、我ながら年寄り(くさ)いと苦笑する。

 まだまだ親離れできていないな、とも。 

「ハールトくーんっ! ひとりじゃ辛いですー!」

「おおー、今行くー! 覚悟しろよ、ガキどもー!」

 丸めた泥団子を適当に投擲(とうてき)しつつ、ルイーザの後を追って、子供たちを追いかけた。


 さすがに全身泥だらけでは集会所に戻れなかったので、子供たちの案内で沢へと向かった。

 全員を裸にして泳がせつつ、川下で一枚一枚、服を洗っていく。

 興味を持った女の子が手伝いに来て、手早く手()みで泥をとり、風が通る木にひっかけて乾かすことしばし。小一時間ほどで集会所に戻ってみたところ、メンバーの選出に手間取っているとのこと。

 仕方がないので、その日は空き家をタダで借りた。ルイーザには推薦状と共に、折角だからと姉への手紙も書かせて、暗くなったところで(そろ)って就寝。

 

 そして翌日。

 俺たちと共に村の入り口に立つのは4名の竜人。男性3名に、女性が1名だ。ジュリエッタというこの女性は入隊に際して男女の区別はしていないという話をしたところ、是非にと自分で志願したらしい。区別しないという事は、男性と同じものを求められるという事でもあるのだが。村人が認め、本人がその気なら俺たちがどうこういう事じゃない。

「しっかりやれよ」

「いつでも帰っておいで」

「期待してるぞー」

 普通の格好に戻った村人たちに見送られて7名でもと来た道を戻る。道といっても獣道。まだ2回目の俺たちにはよくわからなかったので、村の竜人たちに同行してもらったのは正直助かった。

 街道まで戻れば今度は俺たちが先導役だ。少し戻ることにはなるがやはり急ぐ旅ではないし、ちょっと年上の彼らと話をするのもいい経験だろう。

「夜這いですの?」

「そうだぜぇ? 気に入ったヤツの……あいたぁっ!」

「おいコラ発情期。うちのルイズにはまだ早いだろうが」

「でもよ兄貴、早めに教えとかねえと変な男に引っ掛かっちまうし……」

「誰が、兄貴だ。お前みたいのがそうそう居てたまるか」

 まあ、中には変なのも居るが。

「ここをこうして……ほら可愛い」

「おお? ねえハルくん、ハルくんっ! どう? 可愛い?」

「ん? お、()ってもらったのか?」

 ジュリエッタと(しゃべ)っていたエルが走り寄ってくる。髪の毛の1房を三つ編みにしてそこに花飾りをつけてもらっていた。

「可愛いぞ、エル」

「えへへ~」

 嬉しそうに笑った後、とてとてとジュリエッタの元に走り寄って行ってハイタッチを交わしている。

 さすがにお洒落に関しては女性に勝てない。ルイーザも年上ではあるのだが、なんせ王族だ。身の回りの世話は他人任せなので、自分で着飾るという事に無頓着。

「そ、それが夜這(よば)いですか」

 おまけに素直すぎて危なっかしい。

「おいっ!」

「後は兄貴次第ですぜっ」

「やかましいっ!」

「あいたぁっ!」

 いい笑顔でサムズアップされたので問答無用でブリューナクで(なぐ)っておいた。

 

 そんなこんなで森を抜け、翌日の朝には野原の先に街道の分岐点が見える位置まで来た。あとは迷うことはないだろう。

「ここまでありがとうございました」

 深々と頭を下げる竜人たち。ここからは彼らだけで向かってもらう。

 ヴァルシオンまで戻ってしまうとルイーザやエルの素性がバレるし、里心がついてまた出発に時間がかかりそうだ。何より彼らだって困るだろう。王族の顔を立てて、下手に高級士官なんぞにされてしまっては休暇(きゅうか)をとって村に帰る、ということすらできなくなる。

「いや、こっちも楽しかったよ。できればジュリエッタにはもう少し2人の相手をしてほしかったんだけど」

「あら嬉しい」

「兄貴、俺は?」

「お前はさっさと行け」

「ヒデぇっ!」

「冗談……ってこともないが、頑張れよ。お前自身のためにも、村のためにもさ」

「わかってるよ、兄貴。ありがとう」

「おう」

「じゃぁねーっ!!」

 元気に手を振るエルに、4人4様に手を振ったり首を回して小さく頷いたりして別れの挨拶をすると、竜人たちは旅立っていった。

 しばらく見送って声が届かなくなったくらいで俺たちも歩き出す。

「それじゃ行くぞ」

「はい」

「うんっ!」

 元気に返事して腕に(すが)りつくエルと、遠慮がちに手を握るルイーザを引き連れてもと来た道を戻る。

「ハルトくん、わたくし頑張ります」

「えっと……おう」

 ほんと、素直すぎて危なっかしいなこの娘は。

「いいか、ルイズあんまり人の言うことを鵜吞(うの)みにするなよ? 今回だって他人をむやみに信じたから巻き込まれたんだぞ?」

「ですが、信じて着いて行ったから素晴らしい出会いがあったのではありませんか?」

 今度は寄り道をせずに森の中の街道を進んでいく。

「たまたまだ。たまたま。彼らに得になる案を提示できたからいい結果になっただけで、本来なら身ぐるみはがされて……」

 そして、ここらへんで街道逸れたなと思い始めたところで。

「てめぇぇらっ、金目のモノ置いてきなぁっ!!」

「「…………」」

 聞いたことのある脅し文句、聞いたことのある風体。

「あー、この人知ってる人だよぉ。ねー、ハルくん?」

「えっと……す、すいま……」

 いや分かるよ。

 いくら軍隊に人を出したといっても、その収入が入ってくるのは当分先の話。危険とはいえ、これで村を守ってきたんだからなかなか捨てられないって。

 だからって何も俺を襲う必要はないだろう。そんなに襲いやすいのだろうか。まあ隙だらけなのは認めるけどさ。

「…………」

「ぎゃああああっ!!」

 ただまあ、さすがに今回は自業自得という事で。

 軽く気絶する程度にブリューナクで一薙(ひとな)ぎする事にした。

 ルイーザが結構ショックを受けていたので、一応フォローしておいた。

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