1章 湧き上がれ!衝動-1
「社長、大変です!ハンマーズの主力、アナトール内野手が金銭トレードでギガントラビッツに移籍が決まりました!」
「・・・ふぅん。それよりソリス、今日締め切りの原稿はできてるの?」
社長と呼ばれた女性はソリスが持ってきた一番新鮮でビッグなスポーツニュースに顔色一つ変えない。
「え・・・?原稿ってあのコーナーですか?あれまだやるんですか?アナトール選手のニュースのほうが」
「だーまらっしゃい!へいらっしゃい!そんなニュースなんて他の新聞が報じてるでしょうが!」
社長は机をバンと叩いて激昂している。
社長というには若々しく顔もスタイルも決して悪くない・・・どころかかなりの美女と言えるだろう。
透き通った肌は年齢を感じさせないし、燃えるような赤い髪はそこはかとない生命力を感じる。
実際彼女がこの街に来たときは週刊誌にも取り上げられ面接は彼女目当てで列をなしていた。
しかしヒステリックな一面が露見して以来、彼女自身もこの『ハッピースポーツニュース』も激しく評価を下げてしまっている。
「あんたの仕事は『ぼやき王子ソリスの今日の配球はあれやなぁ・・・』の原稿を仕上げることでしょうが!」
「社長、前から言ってますけどそのコーナー連載3回目からずっとアンケートで最下位なんですよ?」
「ばっかもーん!記事の良し悪しは現状の人気だけじゃ決まんないでしょうが!」
確かに社長の言ってることは一理ある。
最初は不人気のコーナーでも続けていくうちに人気が出ることもあるしその記事を読みたくて買ってくれるディープファンも大事にしなければいけない。
しかし、それにしても・・・だ。
ソリスはすでに12回記事を書いてきるが、10回連続最下位でしかも毎回
『ツマンネ』『自分で王子とかw』『理論に根拠がない。10点』などとコメントを書かれては心が折れてしまう。
そもそもコーナーを考えたのもタイトルを付けたのも社長だ。
「あれ、先輩まだあの記事続けてたんっすかぁ?」
おかげで一年後輩でまだ新人のランザスにも超舐められるしいい迷惑だ。
「おいランザス。お前他人のことはいいから早く食レポのやつ持って来いよ!」
通りかかったランザスに怒りが向いたようでソリスはこっそり退室し自分のデスクに向かった。
『ハッピースポーツニュース』で働き始めて二年。ソリスは同僚達が辞めていく中、密かに苦悩していた。
10倍以上の面接を突破した喜びそしてなにより大好きな野球を仕事にできることに希望でいっぱいだったかつての姿はない。
だた毎日社長に用意された不人気コーナーの締め切りに追われ時には職場で寝泊りすることもあった。
最も社長は社長室に毛布一枚持ち込んで頑固な油汚れくらい机から離れない。
簡単に言えば毎週発行しているスポーツ週刊誌の売れ行きが芳しくないのだ。
当然給料も安い。
当時いた30人を超える従業員は11人まで減っている。
それでもソリスは辞められない・・・辞めたくない理由があった。
「はぁ・・・またアンケートで悪口書かれるんだろうなぁ・・・」
ソリスはつけもの石くらい重く感じる羽ペンを取ってちょびちょびと文字を連ね始めた。
しかし書き始めると不思議と楽しくなってくるもので小一時間ほどたった頃には十分な文字列が並んでいた。
「社長、今週分終わりましたよ。」
書きあがった原稿を持っていくと社長はお気に入りのプリンを片手にすっかり上機嫌になっていた。
嫌な気持ちを引きずらないのは容姿以外で数少ない長所と言えるだろう。
「どれどれ・・・なるほど。」
なにやらうんうんとうなづきながら熟読する。
この間ソリスは閻魔大王に行先を判定されているような緊張感の中、身じろぎせずに待つことになる。
「ほぉ。よーしよし、やればできるじゃぁーないか。」
どうやら合格のようだ。ほっと息をなでおろす。
「それじゃあ今週も明日で終わりだ。週末はホームでクラーケンズの試合だ。気合い入れて遠征するぞ!」
つらい金曜をなんとか乗り切った。
仕事は忙しいが特定の週末になるとソリスと社長は欠かさず遠出するのだ。
ここビアンコの街から100キロ程度離れた王都デュアーロで行われる『デュアーロ・レッドクラーケンズ』の試合を観戦するためだ。
二人とも、特に社長は熱心な赤烏賊ファンでことあるごとにソリスを連れ出しては遠征している。
そしてソリスが会社を辞めたがらない理由もまさにそれだった。
後で書きます。