4章 未来へ5
ヴィルドラの加入により練習方法なども大幅に改善された。
特に走塁やバント、ラインナーを想定した守備位置など実践的な練習は細かく設定され反復することで体で覚えさせる。
「ソリス君、今の待ち方では君の良さを出し切れていないんじゃないか?」
「僕の良さ・・・ですか?」
ソリスはフルスイングで遠くに飛ばすことで足の遅さをフォローするバッティングを心掛けていた。
「俺もマリーグじゃ足が速いほうじゃなかったんだ、むしろ遅い。だから長打が欲しくなるわけだが。」
ヴィルドラは右打席で構えゆっくり振る動作を交えながら説明する。
「当然スイングは速いほうがいい。でもね、しっかり芯に当てることも大事なんだ。」
バットの当てる部分や回転力を活かす、それが出来るのはソリスの動体視力にあると言う。
「つまり今の打ち方は1,2の3で振りぬいている。でもそれじゃ変化の大きい球種には対応できないよ。」
そしてソリスのもう一つの長所、リストの強さを活かす。
「強引に引っ張る(レフト方向)だけじゃなく君の力なら逆方向へも強い打球が飛ぶはずだ。それくらい体の回転がしっかりしている。」
「なるほど、今まで練習試合では直球中心のピッチャーばかりでしたけどこれから高いレベルになるとそれでは通用しなくなるということですね。」
「そうだね、より高いレベルに順応する必要がある。」
それからヴィルドラの細かい指導を受けソリスは新フォームを作り上げた。
他の選手達もアドバイスを受け細かい部分を修正していった。
ある日の練習中、いつも通り河原にて走り込みをしていたルチアとルイスがなにやら騒いでいる。
「てぇへんだぁ、てぇへんだぁ!」
「マジっすか、やばくないっすか!」
皆が駈けつけてみると白いもふもふした毛玉が数匹走り回っている。
「コッコッコっ。」
「おぉ、ビアンコッコじゃないか、懐かしいなぁ。」
ヴィルドラらビアンコ出身の人間にとって馴染みのあるその毛玉はビアンコッコという鳥型のモンスターだった。
丸くて白いもこもこの羽毛に赤いトサカ、いつも怒っているような目つきの悪さも逆に愛らしい風貌だ。
成鳥でおよそ60cm程度で危険度の少ないモンスターだ。
普段はダンジョンの外に出てくることは少ないが極まれに野外でも見られる。
「ビアンコッコさんの卵はですねぇ、とっても栄養価が高いんですよぉ。」
見学に来ていたマドカはアスリートの食事にも精通している。
「これは滅多にできないチャンスだ、あの練習ができるぞ。」
ヴィルドラのいう『あの練習』とは地鶏トレーニングと呼ばれる伝統的な練習法だった。
動く鳥を追うことでフットワーク強化とイレギュラー対策を行う狙いがある。
これは野球の始祖と言われる異世界から来た田中健太氏の世界で実際に行われていたと伝えられている。
現在でも効果は証明されていないにも関わらず世界中で行われているメジャーな練習法だ。
「ビアンコッコは捕まると卵を産む習性があるからな。みんなで連携を取って囲むんだ。」
ドミニクが奮起を促しソリスが立てた陣形でビアンコッコを追い込んでいく。
「あ、そっち行きます!」
それまで会話どころか声を発することも少なかったロビンも声をはっている。
たまに練習がつらくなるときもあるが、こういったレクレーションを取り入れることで産まれる連帯感もある。
フットワークの強化やらはこじつけで本当はこういった狙いがあったのかもしれない。
それから協力して捕まえたビアンコッコが産んだ卵はマドカが調理した。
ついでにソリスとアストラが買い出しに行って調達した材料を皆で鉄板で焼いて囲んで食した。
お酒も入り今まで言いづらかったことも自然と話せる雰囲気になっていた。
気が付けば夕暮れ時、練習は中断する形になったが必要な時間だったと思える。
皆が帰り始めるとき、ソリスはヴィルドラがどこか遠くにアイコンタクトを送っているのに気が付いた。
皆に混じることなくその赤髪の監督はチームのことをいつも一番に思っている。
滅多に出現しないビアンコッコを放ってヴィルドラに地鶏トレーニングを行うよう促したのだろう。
ソリスはそんな素直じゃない行動を「ああ、社長らしいな。」と思い、一人でひっそりと笑いをこらえた。
思ったより進捗が遅いぞ、ピンチ。
少々急ごうと思います。




