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泥まみれのフィスト  作者: 色飴 遥火
異界からの案内人
23/23

この世で一番 8(一時閉幕)

 ばかな! なぜだ……こんなはんにん相手に。

 ふらふらじゃないか、血塗れで。精神もボロボロのはず、なのにどうして?

 タイヨウのカウンターパンチを食らい……後ろにさがりながらギペンテの姿をした何者かが足をふるわせている。

「なぜ、なぜなんだ?」

「あなたが教えてくれたんじゃないですか。おれが全力のフルパワーを発揮できる精神状態について」

「今のあなたは……死にたいとは」

「擬似的に同じような状態にしているんですよ」


 あなたはおれにも変身できるはず。なのにおれが天才だってことを知らなかったのか?

 とあおるようなタイヨウの言葉をきいてかギペンテの姿をした何者かの頭の中は。

「もういいや……お前、死ねよ」

 怒りや殺意、ギペンテの姿をした何者かが本来はもちあわせていないマイナスの感情に染まる。

 ただただ日永にちながタイヨウを殺す。

 シンプルなそのゆがんだ感情を表現するかのように辺りにあるビル……フィールドをかたちづくっていたそのすべてが全盛期のギペンテへと変化する。


 タイヨウが短く口笛を吹く。

 自分を取り囲む、数えきれないほどのギペンテの姿をした何者かたち。

「これからはじまるのはリンチ……というものなのでしょう。これだけの人数、到底あなたに勝ち目があるわけありません」

 死にたくないんでしたっけ?

 死ぬほど後悔させてあげますよ。まずはあなたを半殺しにしてから、ゆっくりと目の前で月宮つきみやクモラさんを。

 ギペンテの姿をした何者かがふきとばされる。


 ひとり。ふたり。つぎつぎとタイヨウがくりだすこれまでにきたえあげてきた、一撃必殺の武術の技の数々がギペンテの姿をした何者かたちを蹴散けちらしていく。

「これで終わりか?」

 残りひとりのギペンテの姿をした何者かをにらみながらタイヨウがつぶやいた。

 ギペンテの姿をした何者かが拍手をする。

「なるほど。なるほどなるほど……見事ですねえ。全盛期のギペンテでも、これだけの数がいても今の日永タイヨウさんには勝てないと」


 では、今の日永タイヨウさん。あなたをコピーをするのはどうでしょうか?

 満身まんしんそうの状態ではなく体力も気力もフルパワー状態の今のあなたにね。

 それでも勝てなければ、しかたありません。

 ぼくが死ぬことは決してない。

 日永タイヨウさん……あなたが死ぬまで何度も。

 目の前にいるタイヨウに変身をしようとしているのであろうギペンテの姿をした何者かが。

「こぉ、こここ……これはなん。なんなんだ」

 なぜだ、なぜこんな精神状態で。そもそも嘘を。


「どうして……こんな精神状態であなたは生きて」

 悲しみ。孤独。絶望。

 そんなていどのなまやさしいものでは。

 これほどのつめたさ、どす黒さをかかえていて。

「この、嘘つきが! こんな、こんなどす黒いものを擬似的に同じようにできるわけが」

「だろうな。今すぐに楽にしてあげますよ」

 タイヨウの正拳せいけんきが……日永タイヨウへと変身しかけていた、ギペンテの姿をした何者かのからをつらぬく。


 ギペンテのもつ神の目で、黒髪の彼をさらに深く観察する。

 からっぽだ。なにもない。支えてくれているはずの月宮クモラさえも日永タイヨウの中には。

 どうして? なぜ……生きていられ。

「クモラの泣き顔を見たくない、それだけですよ。もう死んだんでしょう……クモラは。だったら残りの人生はすべて笑っていてほしい」

 そう思うのが大好きな女の子に対する、精一杯の男の子の気持ちってやつですよ。


 などと口にしているタイヨウの表情は。

「勝てるわけ、なかった。こんなおやさしい」

 何者でもなかった何者かは消えてしまう。

 臨戦態勢りんせんたいせいを解除するとタイヨウが大きく深く息を吐いていく。

「そっちこそ嘘つきじゃないですか。死ねないとか言っていたくせに……うらやましい」

 そうつぶやいているタイヨウを。




 何者でもなかった何者かが消え……風景がもとに戻っていく。いくつもの人工的につくられた建物に囲まれるように、ぽつんとタイヨウは立っていた。

 クモラをさがそうとしてか、ゆっくりと歩く。

 太陽が沈みかけているようで……黒髪の彼の目に見えるもののすべてにオレンジ色がまじり。

「タイヨウじゃん。なにしてんのよ、こんなところでさ」

 あっけなく月宮クモラが見つかったからか、タイヨウがまばたきをくりかえす。


「平気なのか?」

 そう言いつつ、私服姿の茶髪のセミロングの彼女に異変がないかタイヨウは確認している

「それはこっちのせり! また武術の技の特訓とかでむちゃをしたんでしょう。ボロボロじゃん」

 ほら、さっさと病院にいこう。金剛こんごうさんに教えてもらった腕のいいお医者さんを紹介してあげるからとクモラがタイヨウの手を握り……ひっぱる。

 黒髪の彼の鼻がひくつく。

 かすかに茶髪のセミロングの彼女のからから火のにおいがしてか。


「なに笑ってんのよ、ばかタイヨウ」

「いんや、シノハはいいやつだと思って」

「シノハ? なんで土守つちもりちゃんのことを呼び捨てにしてんのよ。恋人でもないのに」

「友達だけど。当の本人から名前で呼び捨てにしてほしいって言われたんだ。そんなに焼くなよ」

「だれがヤキモチなんか」

 はしゃぎ……これまでと同じようにたのしそうにしているタイヨウとクモラの姿を、建物の後ろから見つめている女の子がひとり。


「しーちゃんはいいやつだね。その気にさえなれば火の魔術で……タイヨウくんを自分のものにできるのにさ」

 声をかけてきたヒオリのほうにシノハがゆっくりとふりむく。

 にたにたと笑うセミロングの黒髪の彼女を火色の髪の彼女がにらみつけていた。

「わたしは悪いやつだから。日永くんの過去を絶対に消してあげたりなんかしない」

「自分でいやしてあげたいからかな?」

「殺されたくなかったら、さっさと消えてくれる」

「なぐさめてあげようかと思ったんだけど……今のしーちゃんには必要なさそうだね。いい顔しているよ、ますますほれちゃいそう」

「願い下げ」


 べぇえー、とふだんと変わらない表情のシノハが舌を見せていた。

「そうそう、ひとつだけわからないことがあって。なんで月宮ちゃんを殺さなかったの? しーちゃんにとっては邪魔でしかないのに」

 簡単に殺せたでしょう? しーちゃんならさ……とヒオリがひややかな目つきで質問している。

「負けたくないから」

「だったら、なおさら」

「それと……あんなにがんばった日永くんにはプレゼントが必要じゃない。月宮さんが一番よかった、それだけのことよ」

「そういうものかな?」


 ヒオリは首をかしげ、右足をひきずりながら放置したままのミカゲのところへと移動していく。

 辺りから、セミロングの黒髪の彼女の気配が完全に消えたのを確認し。

「ふざけんな! なにが友達だ。あんなに苦しんでいたこともわからなかったくせに……なにが」

 ぽろぽろと大粒の涙をながすシノハの全身から、いつまでも青みがかった黒い炎がはげしく勢いよく放出され続けていた。

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