エピローグ
冬の気配がだいぶ和らいだ晴れやかなある日、テスタ王国王都では盛大なパレードが行われていた。
騎馬隊の隊列、楽器を奏でる鼓笛隊、それに続くのは背の高い馬車に乗ったダンテだ。
魔王討伐の旅で着ていた動きやすい旅装や鎧は脱ぎ捨て、今は第二王子として威厳のある出で立ちだ。勇者を示す真っ白な上着には金の房飾りが飾り付けられ、ダンテの瞳の色である緑のラインが入っている。
ダンテが沿道の民衆に手を振ると、みんな一気にテンションを上げて歓声が響き渡る。
民衆の誰もがこの王子の英雄的な所行を伝え聞いているからだ。
曰く、異世界から召喚された聖女とともに苦難の旅路を越え。
曰く、激闘の末魔王を倒し。
そんな噂を浮かれた民衆が口にしているのをリゴラスは内心ため息をつきながら聞いていた。
はっきりいって余裕だったじゃないか、勇者様。どれも片手間に倒してしまったのに、まあ盛大な尾ひれをつけたものだ。
それもこれも今日のこの凱旋パレードというイベントを迎えるためなのはわかっているが、ちょっとだけ遠い目になってしまうリゴラスだった。
そこに人々の噂話が耳に飛び込んできた。
「なあ、それでその聖女様ってのは元の世界へお帰りになってしまったのか」
「そういう話らしいぞ」
「ダンテ殿下と聖女様は恋仲だったっていうじゃないか」
勇者と聖女の悲恋はこのパレードまでの短い期間に噂となって巷を駆け回っている。ただし、聖女の姿が四角い板であったこととか、その四角い板に向かってダンテが熱心に愛をささやいていたことはうまいことなかったことにされている。
聖女は黒髪に黒い瞳の絶世の美女で、あまりの美しさに心を奪われた勇者が人目につかないよう大切に隠していた、と。
一方の聖女も勇者のことを愛していたが、役目が終わったために元の世界へ神によって戻されてしまい、
愛し合う二人は離れ離れになってしまったのだ――
それが今や人々の間で流布されている物語だ。
それが真実を一部織り交ぜた作り話であることは、ごく一部の人間しか知らない。
その「一部」に含まれるリゴラスはもう一度ダンテを見た。にこやかに手を振る姿は堂々とした勇者そのもの。
民衆の理想とする英雄像がそこにはあった。
晴れ渡る空の下、民衆の熱狂的な歓声は続く。
それはいつまでも続いていた。
その後、勇者ダンテは旅に出た。
窮屈な王族の生活よりも勇者としての旅路が肌にあっていたのだろう、とか、世の中の困っている人を助けるために自ら旅に出たのだ、などと人々は噂した。
ただ、国が危機に陥ったときは必ず戻ってくる。彼は兄である王太子にそう約束したと、その真実だけが残っている。
★☆★☆★
「うぁ〜……ただいまぁ」
一日の仕事を終え、疲れ切った様子で玄関扉を開けた千香は間延びした声で帰宅を告げた。
テスラ王国での一件が終わった千香は、無事大学を卒業し、今は役所に勤めている。住まいは前のアパートよりは不便だが、家賃も安く物価も安く、何より自然の多い地方都市にあるマンション。駅前の再開発も著しく、ちょっと車で出れば大きなショッピングモールもある。
通勤には車を使っている。青色の軽自動車は千香のお気に入りだ。
誰かの瞳の色と同じだから。
「おなか、すいた……」
靴を脱ぎ、コートをかけ、お腹の切なさにたまらずつぶやいた千香の耳に声が飛び込んできた。
「おかえり。手を洗っておいで」
振り返った先にはイケメン。
「ただいまぁ、ダンテ!」
そう、そこにいたのはダンテ。カジュアルなボーダー柄の長袖シャツとデニム、その上にモスグリーンのカフェエプロンが板についている。
「晩ごはん、何?」
「うん、今夜はおでんにした」
「やった! もち巾着、入れてくれた?」
「もちろんだとも。我が最愛の聖女様の好物を入れずにどうする」
手慣れた仕草で千香の腰に腕を巻き付け額に唇を落とす仕草はさすが王子様といったところだろうか。
そう、ダンテは日本にいて、千香と一緒に暮らしている。今ではすっかり主夫が板についている。
あの旅のあと、千香とダンテは二人のこれからについて話し合った。千香としては自分がテスラ王国に行く覚悟はできていたのだが、その結果、ダンテが日本へ行くと頑として譲らなかったのだ。
今回の魔王討伐でダンテは勇者としての仕事を成し遂げた。名声は一気に高まり、民衆は彼を世界を救った英雄と賛美する。
だが一方でそれは国の内乱を予感させるものだ。
ダンテは第二王子。兄である第一王子アベルが現在王太子として立っている。
アベル自身は将来の為政者として申し分ない資質を持っていて、また弟であるダンテとも仲が良い。にもかかわらず、ダンテが「英雄」ともてはやされると「第二王子が王の座を求めるのでは」「第一王子を廃して人気の出た第二王子を王太子にするのでは」という疑惑が貴族たちの間で持ち上がる可能性がある。
ダンテ自身は全く王座には興味がないが、兄弟を旗頭に国内を二分する争いになってしまうのでは――と懸念していたのだ。
「まあ、勇者として選ばれた時点でそこまでは予想していた。だから私はテスラ王国にいないほうがいいんだ」
ダンテはそう言って笑ったが、千香の目にはやはり淋しそうな微笑みに見えた。
だから千香はダンテが日本へ行くという提案に最終的にうなづいたのだ。王侯貴族のような生活は無理でも、自分が安定した職につけば二人で暮らせるんじゃないか、と。
そしてアベルとも話し合い、スマホをテスラ王国に残したままダンテが転移してきたのだ。スマホはアベルが持っており、離れ離れの兄弟はいつでも連絡が取り合えるし、万が一のときはスマホのつながりを辿ってダンテをテスラ王国に戻すこともできる。そう説得してアベルを納得させた。
さて千香のヒモになるかと思われたダンテだったが、なぜか宝飾デザイナーになっている。
テスラの文化独特なデザインで作ったハンドメイドアクセサリーをネットで売り出したところ、爆発的に人気が出てしまったのだ。
最初はコスプレイヤー達から人気に火がつき、そこからじわじわと広がった人気は今やセレブ達もご愛用になるほどだ。さすがは王族、ダンテは目が肥えているので宝石の良し悪しも判別でき、そのおかげですっかり顧客のハートをわしづかみにしている形だ。
今やダンテは覆面デザイナーとしてバリバリに稼いでいる。
ちなみに素性を隠しているのはもちろんダンテに戸籍どころか国籍すらないからだ。
勇者の力も健在だ。一度山に出た暴れイノシシを一撃でのしてから猟友会のオジサマ方に気に入られ、時折手伝いをしていたりする。ハッキリ言って力の使いどころを間違っている気がしなくもない。とはいえ手伝いと称して連れ出されてはジビエな肉やらきのこやらを持って帰ってきてくれるのでよしとする。
食卓の真ん中でほかほかと湯気を立てているおでん鍋の前で千香とダンテは乾杯する。何とも幸せな瞬間だ。
(勇者じゃなくても王子様じゃなくても)
千香は思う。
「こうして二人でいられるのが一番幸せだなあ」
「うん、私も幸せだ――チカ、私だけの聖女」
二人の視線が絡み合い、蕩けるような笑顔に自然に顔と顔とが近づいて――
プルルルル!
唇が重なる寸前に無粋な着信音が聖女なスマホから流れ出す。ダンテの口が「ちっ」と小さな音を立てたのを千香は気がつかなかった振りをした。
不機嫌に元聖女にされていたスマホを取り出し慣れた手つきで操作する。着信音が鳴り止み代わりに聞こえてきたのは、ダンテが日本に来てから何度ともなく電話をかけてきた相手の声だ。
『ダンテ、お前が処理してた騎士団再編の話なんだけどな』
「兄上――」
ダンテがため息交じりにつぶやいた。淋しいのか、たまにこうやって兄アベルが電話をかけてくるのだ。
まだまだ異世界とも関わりつつ、平凡な毎日を楽しむ。
(そんな日常を送れる人なんてなかなかいないよね)
ダンテと王太子の言い合いを横目に千香はおでんのもち巾着をぱくりとほおばった。
4日間おつきあいいただきありがとうございました!




