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たどり着いた場所は。

 翌日、一行はついに魔王城へと足を踏み入れた。

 魔王城は予想以上にテンプレでおどろおどろしい場所だ。深いグレーの外壁には黒い面格子がすべての窓にとりつけられ、あたりをギャアギャアとけたたましい声をたてる大きな鳥形の魔物が飛び回っている。空はどんよりと深く雲が垂れ込め、時折どこかで雷鳴が聞こえてくる。


 城内の魔物を倒し、魔王のいる部屋へと進む一行。けれど外見のおどろおどろしさからは考えられないほど探索は考えていた以上にサクサク進んでいく。

 どうやらここにたどり着くまでにサックリと四天王を倒してしまったので、城内はかなり手薄になっているようだ。一行は正直肩すかしを食らった気分になっていた。


 あまつさえ、たどり着いてしまった。

 重厚で彫刻の施されたいかにもな大きな扉の前に。


「おそらくはここが――魔王のいる部屋だ」


 いつになくダンテも緊張している。その証拠に無意識に剣の鞘に手が行っている。

 その緊張した空気を感じてか、胸ポケットの中から千香が語りかけた。


『ダンテ様、いよいよですね』

「聖女様――はい、やっとです。もうすぐこの旅も終わろうとしています。魔王を倒した暁にはお約束通り元の世界へお送りいたします。あと少しだけご助力下さい」

『――』

「でもその前に、ぜひ貴女に心からの感謝を捧げたいです。ここまで来るのは女性の身でさぞや大変だったろうと思います」

『それは、だってダンテ様がいて下さったから。それに私は祈ることしかできないし』

「その祈りにどれだけ助けられたか。力をいただけることはもちろん、聖女様の言葉は殺伐としたこの旅の中で、私の心を支え続けてくれました」

『ダンテ様――』


 人の形をしていればきっと頬を淡い桃色に染めているだろう聖女の反応に、ダンテの心はきゅうっと締め付けられるようだ。


「聖女さ、」

『ダンテ様。聞いていただきたいお話があるんです』


 たまらず胸元の聖女様を手に取り抱きしめたい衝動に負けかけたダンテを引き留めたのは他ならぬ聖女からの言葉だ。どこか思い詰めたような口調にダンテの熱が少し冷める。


「何でしょう、聖女様」

『あ、いえ――今じゃなくても。この戦いが決着がついたら、そうしたら聞いていただけますか』


 聖女はそう言った。だがその言葉は本当に後でいいのだろうか、そう思わせるような空気が混じっている。

 今聞かないといけない気がする。何かがダンテの背中を必死に叩いてせかされるような気分だ。人はそれを「フラグ」と呼ぶが、もちろんダンテが知るよしもない。

 ダンテは思わず口を開いた。


「もしよろしければ今聞かせてもらえませんか?」

『今――ですか?』

「はい」

『で、でもこれから魔王の部屋に入ろうという時に、ダンテ様の気持ちを揺らすような話は――あっ』


 聖女が自分の失言に気がついて言葉を切った。が、ダンテはもちろんその機微に気がついている。


「お聞かせ下さい、聖女様。このダンテ、それがどんな話であったとしても決して揺らぐことはないとお約束いたします」

『い、いいえ! 魔王を倒すには私とダンテ様の心がひとつにならなければと聞きました。なのに――あああ、本当に失言でした。お願いです、今は忘れて下さい』

「忘れろなどと。私が大切な聖女様のお言葉を忘れられるわけがありません」

『大切な話じゃないです! ちっとも! ええ、ちっとも!』

「それ、大切な話だと言っているようなものですよ聖女様。いえ、【大切な】は【話】ではなく【聖女様】にかかるんですが――この際だから言わせて下さい。私は、聖女様のことをお慕いしています」

『――っ!』


 ☆★☆★☆


 アパートの部屋で握りしめたスマホを千香は凝視した。

 手の中には通話状態の四角いスマホ。ダンテも同じスマホを持っているはずだ。

 ダンテと千香を繋ぐ唯一のもの。

 なのに今すぐこれを溶鉱炉に叩き込みたい衝動に駆られる。よりにもよって無機物がライバル確定とかハードルが高すぎる。

 まあ、溶鉱炉なんてないけど。


『聖女様?』


 スピーカーから聞こえるダンテの声に今は答えられる気がしない。

 何度かダンテが呼ぶ声がした。


 でも、と千香は視線をスマホに戻した。

 ダンテも言っていたように、魔王を討伐すればすべて終わり、聖女は元の世界に返すことになっている。ダンテと一緒にいられるのはあとほんの僅かな時間なのだ。

 なら、きちんと話をするべきなんじゃないのか。いつもダンテと話している自分は普通の人間だと。そう思って「後で話がある」と言ったのだが。


(いやまて、ダンテ様だって人間の形をしているとは限らない。だって私もダンテ様の姿を見たことがないんだから)


 肌色の長い手足、とは聞いているが、肌色が自分と同じ肌色を示しているとは限らないし、長いのも地面につくくらい長いのかもしれない。

 もしタコイカとかカエルみたいな風貌だったらどうしよう。可能性はゼロではない。

 ここはお互いこのまま相手の姿を知らずに別れるべきなんだろうか。お互い美しい思い出のままの方が――


 そんな考えが千香の頭を巡った。

 けれど。


「不誠実なのはもっと、いや」


 好きになった人に、もうすぐ会えなくなるとはいえ嘘をついたままでサヨナラするのはどうしても嫌だと思い直した。

 いっそのこと幻滅されてしまえば、スマホを日本に戻したあとダンテも悲しい思いをしなくて済む。


『聖女様?』

「ダンテ様。もし私が今と違う姿でも同じことを言ってくれますか?」

『――え?』

「私、実は――ダンテ様が今持っている四角い板は、私自身ではないんですっ!」


 言った。言ってしまった。


『それは、どういう』


 戸惑う声だけが聞こえる。

 千香とダンテは違う世界にいて今そばにいないというのに、まるで二人以外誰も存在しないような気がした。


 千香は緊張でかすれた声でなんとか説明する。ダンテの持っているそれは通信するための装置であること。召喚陣から逃げてしまったために、その時落としたスマホが召喚されてしまったこと。そして違うと否定できずにズルズルきてしまったこと――


「私っ、私ダンテ様の気持ちを聞いて本当にうれしかった。でもダンテ様はそのスマホのことを好きみたいだし、私は」

『ちょ、ちょっと待ってください。つまり私が今手にしているのはそのスマホというもので、それを通して異世界にいらっしゃる聖女様と話していたということですか?』

「そうです。だましていてごめんなさい。私の姿、お見せします」


 震える指で通話をビデオ通話に切り替えた。

 途端に画面が石造りの建物の中に切り替わり、青年のどアップが映し出された。少し癖のある髪は暗めの茶色、鼻筋の通った端正な顔立ち。もちろん肌は千香と同じような肌色だ。青や緑の肌をしているから千香とは違う色を「肌色」と認識しているわけではないらしい。

 よかった。どこをどう見てもタコイカでもカエルでもない。普通に人間だ。というかただの人間ではない。


 イケメンだ。千香の理想を詰め込んで圧縮したものを一気に爆発させたかのようなイケメン花盛りがそこにいる。

 千香は心臓か潰れるかと思った。その証拠に心臓ポンプはいい仕事をしている。スペックの限界ギリギリまで振り切って体中に血液を巡らせまくり、千香の体中が沸騰してしまいそうだ。

 有り体に言えば鼻血噴きそう。きっと顔は耳まで真っ赤だろう。


 そのテライケメンが目を見開いてこちらを見ていた。


『あ、貴女は』


 その驚いた様子にはっと頭が冷めた。


「ごめんなさい! 私、普通の人間です!」



 ☆★☆★☆


 これからボス戦に挑もうという扉の前で勇者と聖女の言い合いは続く。周囲を固める精鋭部隊の面々は思わず呆けてしまった。


「なあ、これよくわかんないけど痴話げんかだよな」

「ああ、痴話げんかだな」

「さすがにここではまずいだろ、誰か止めろよ」

「止められるわけないだろ、相手は聖女様と王子様だぞ」

「というわけでリゴラス隊長、よろしくお願いします」

「ひでえ貧乏くじだな」


 仕方なくリゴラスが声をかけようとした、その時だった。


 ギギギィ――


 重苦しい音を立てて扉がゆっくりと開き始めた。中からは莫大な魔力が流れ出てくる。普段魔力は目に見えないが、まるで煙のように流れ出してくるのが見えるようだ。精鋭部隊の面々は一斉に臨戦態勢に入る。


「くっくっく、扉の前で言い合いとは何とも剛胆なことよの」


 扉の奥から低い声が響いてくる。


「本来なら出迎えなどせぬところだがな、その剛胆さに免じて扉を開いてやった。さあ入るがいい、脆弱な人間どもよ。ふあーっはっはっはっは」


 開いた扉の奥に一段高くなった場所があり、そこに据え付けられた豪奢な椅子に巨大な魔物が座っているのが見えた。遠目にもわかる黒い角は頭の左右でぐるりと渦を巻き、真っ赤な目が黒い毛皮の中でらんらんと輝いている。一見すると猫科の獣のような顔つきだが、脚を投げ出し肘をついて椅子に座るその姿はどう見ても二足歩行のそれだ。

 魔王。その二文字が全員の脳裏に浮かんだ。


「くっ、何という魔力――! 全員気をしっかり持て! ダンテ殿下と聖女様をお守りするのだ!」


 リゴラスは魔力の奔流に耐えかねて今にも崩れ落ちそうになる脚を踏ん張り部下を叱咤激励する。ダンテと聖女を守り、何としてでも魔王を倒すのだ――

 リゴラスはダンテを振り返った。だが肝心のダンテは。


「何とお可愛らしい――聖女様、ではそのお姿が聖女様なのですね」

『はい、黙っていてごめんなさい。でももしダンテ様が無機物しか愛せない方だったら、そうじゃなくてもスマホのその姿を気に入っているならひどく幻滅させるんじゃないかと思って本当のことが言えませんでした』

「幻滅など! 私の恋愛対象はもちろん人間の女性です! だからこそ人ではない姿の貴女に恋をしてひどく戸惑っていたのです。それでも貴女のことを好きにならずにいられなかった」


 ダンテは真剣に思いを伝えている。真摯な瞳が千香の心を射抜いた。

 ダンテはさらに続ける。


「ですから、むしろ今私の心は歓喜に包まれています。ああ今すぐおそばに行って貴女を抱きしめたい。いや、その前に聞かせて下さい。聖女様が私のことを、その――どう思っていらっしゃるのかを」

『どうって、えっ』

「もし私の望みと聖女様の望み、それが同じものであるなら――貴女には申し訳ないが私は貴女をこのまま離さない」


 この魔力の圧力の中でグイグイ聖女を口説くのに忙しいようだった。周囲の状況に全く気がついていない。

 手に四角い板を大切そうに捧げ持ち、その板に情熱的な言葉を投げかけている王子。そしてその板からは王子の言葉にほだされきった聖女のうっとりとした声が聞こえてくる。


 何やってんだこの人達は、この状況下で。


 その場にいた誰もがそう思った。おまけに魔王が出てきたことにすら気がついていない。完全に二人の世界に入り込んでしまっている。

 その間に魔王のあざ笑うような声が響いた。


「ほう、貴様が勇者か。この魔王を倒しに来たか。それがどれほど無謀なことか身をもって知るがいい。

 どうだ、先手を譲ってやろう。かかってくるがいい」


 勇者だ。この空気に切り込めるとは別な意味でこの魔王も勇者だ、とリゴラスは思った。いや切り込んでもらわないと困るんだけど。

 だがこの二人の世界って奴は予想よりも遥かに堅牢なようだ。魔王の言葉は二人の耳に届いていない。


「どうか聞かせて下さい。貴女の声で、貴女の言葉で」

『ダンテ様、わ、私は――』

「勇者よ、戦う気がないのか」


 魔王が無視されていらいらしてきたようだ。漏れ来る魔力がますます濃度を増し、リゴラスたちはついにその場に膝をついてしまった。

 だがその時ふとダンテが顔を上げた。そして魔王を見て言い放った。


「うるさい」

「――何だと?」

「うるさいと言ったのだ。今私はとても大切な話をしている。邪魔をするな」


 魔王の赤い瞳が一瞬ぽかんと見開かれる。何を言われたのか理解できないようだが当然だ。

 一方ダンテはふたたび「聖女」と向き合う。


「失礼しました、ちょっと邪魔が入りました」

『いいえ、あの、その、今お忙しいならあとで』

「ええ、忙しいです。貴女とお話することに。

 ですから今! 私は今貴女の言葉が聞きたいのです。さあどうか聞かせて下さい、かわいい人」

『ダンテ様――』


 その瞬間、ゴロゴロと雷鳴がとどろいた。出所は魔王、どうやら雷系の魔法を発動させたようだ。

 そりゃこれだけ無視されれば腹も立つだろう。


「ええい、いい度胸だ! その度胸に免じて一息に殺してやろう! 死ねええええい!」


 赤く輝く稲妻が魔王の手からほとばしる。

 轟く雷鳴、激しい衝撃。


 だがそのすべてから精鋭部隊を守ったのは勇者ダンテの張った結界だ。白く輝く薄い膜が部隊全員を覆っている。予備動作もなくあまりにスムーズに張られたその防御結界はもはや芸術と言っても過言ではない。ダンテはそれを「聖女」を口説きながら息をするようにやってのける。


「な! あれをすべて弾いた、だと!」


 毛むくじゃらの顔をしていてもはっきりとわかるほど魔王の顔から血の気が引いている。だが腐っても魔王、すぐに気を取り直し雷や炎の上級魔法を次々と放ってきた。

 魔王の部屋の扉付近で次々と怒る爆発で、あたりは炎と衝撃と煙、それに爆音が途切れることなく続く阿鼻叫喚の場と化している。しかしそこは安定の二人の世界、防御結界の中ではダンテと聖女がすべてを無視して甘い言葉を綴っていた。のだが。


「――それにしても騒がしいな。申し訳ありません、聖女様」

『え? すみません、ちょっと声がよく聞こえなくて』

「ああ、後ろで聖女様との会話を邪魔してくる悪いやつがおりまして」

『だめだぁ……やっぱり聞き取りづらい――あのー、後ろの人ぉー、少し静かにしてもらえないでしょうかぁー』


 さすがにこの地獄絵図の中、通話の音が聞き取りづらくなってきたようだ。聖女――千香もダンテに迎合する。

 ふたりの言葉は魔王の怒りに火をつけた。全身から魔力を練りだし、両手の間でそれを圧縮して固め始める。


「貴様らはわしを本気で怒らせた! このわしの最大の攻撃術で塵も残さず葬ってくれる!」


 魔力が集積し甲高い音を上げる。キイィイイイーッ、と耳に響く嫌な音だ。

 今まで自分たちを苦しめていたあの押し寄せる魔力すら波が引くように魔王の手の中へ吸い込まれていく。どれだけの魔力があそこに圧縮されているのか。あれを破裂させたらこの城どころかあたり一体が焦土と化すんじゃないか、その場にいる全員の脳裏にそう警報が鳴り続ける。

 リゴラスを始め精鋭部隊の面々はこの時さすがに死を覚悟し、固く目を閉じた。


「さらばだ勇者よ! 死ねえええええ!」

「『――うるっさああああああああい!!』」


 魔王が魔力の塊を投げようとした瞬間、ダンテと千香の声がぴたりと重なった。まさしく「勇者」と「聖女」ふたりの思いがぴたりと一致した瞬間だった。


 そう、ぴたりと。


 伝承にはこうある。

 勇者と聖女、二人の思いがぴたりと重なったとき、魔王を倒せる力が勇者に与えられる、と。

 確かにぴたりと思いは重なった。

 ただし思いの方向性は決して勇者と聖女らしくない。単にふたりの時間を邪魔されたくないというピュアなんだか下世話なんだかわからない理由だ。

 だというのに寸分の狂いもなく重なったその声は伝承通り刹那爆発的なまでの聖なる光を放ち、ダンテの剣に力を宿す。その剣をダンテが振り向きざまに一閃した。

 剣からほとばしるまばゆい光が高密度の魔力の塊を貫き消し去り、そのまま一気に魔王へと肉薄する。


「ば、ばかな! この魔王たるわしが、こんな、こんな馬鹿馬鹿しいことでええぇええぇ――」


 魔王の悲鳴も何もかもを飲み込んで、あたりは聖なる光に包まれていった。





 やがておそるおそる目を開いたリゴラス達が目にしたのは、真っ二つにされて息絶えた魔王の姿と、魔王と共に衝撃で破壊された豪華な椅子と壁の残骸、そしてスマホに愛をささやき続けているダンテの姿だった。


「俺、ちょっと魔王に同情するわ」


 ぽつりと誰かが言った。

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