第四十三話
慶太郎がどうやら捕まったらしい。その報告が真に知らされたのは慶太郎が高速道路で敗北した5時間後だった。現在、慶太郎は名古屋市東区に有る名古屋拘置所に勾留されているらしい。何故拘置所なのか?と言えば一番近くて最も監視がし易いからだそうだ。準備が整い次第名古屋刑務所に移送されるそうだ。
現在の管轄は魔法少女協会に置かれており、自衛隊に管理が移され次第宇山江が回収すると言っていたがそれが何時に成るのかは不明である。が、最速でも1週間以上は係るだろうと予測されており、一番の狙い目は移送される時だ。
現在、真は愛知県に向けて宇山江と共にC-130の貨物室に座っていた。手にはHCARと軍刀が握られている。
「そろそろ、連中と決着付けたらどうよ?」
「ええ、決着は付けますよ。
広江君を移送する際に襲撃、その時警護をするだろう昇に告白します」
真は手にしたHCARを握りしめる。
「振られると分かってるのに告白するのか?」
「ええ、振られるかもしれない。でも、もしかしたら、もしかしたら私の告白が通るかもしれない」
「通らなかったら?」
「きっと、広江君が私に告白してくれますよ。
彼は私の事が好きなんです。じゃなきゃ、同じ部活の先輩後輩ってだけでこんな、こんなクソみたいな場所まで着いて、しかも人を殺しの手伝いなんてしません」
真はそう告げると背凭れに寄り掛かる。
「多分、昇は言うでしょう『知っているだろうが、僕は井上と付き合ってる。悪いが、お前の申し出には答えられない。申し訳ない』だから私は言うの『知ってた』って」
「それで?」
「それだけよ。
それだけ。人生は長いんだもの青春は甘酸っぱいの。失恋だってしなくちゃ」
真の言葉に宇山江は鼻で笑う。曰く、ガキだ、と。真はそんな宇山江の言葉に同じように鼻で笑う。曰く、ババアだ、と。夢を見ることを忘れ坊主よろしく悟ってみせるクソみたいな大人のババアだと。
「まぁ、良い。
お前は人工魔法少女だ。例え告白が成功したとしてお前は我々の呪縛からは逃れられんし、私達は逃さん。お前を骨の髄までしゃぶり尽くすつもりだ」
「知ってるわ。
先生ってそーゆー人間だもの」
「お前、最近腹立つな。マジで深見みたくなって来たな」
宇山江の言葉に真は少し複雑な顔をした。
真は昇の過去を知ったからだ。目の前で親を殺され、その影響で彼の妹は一時期精神が退化してしまったそうだ。そんな真の常識では計り知れない様な経験をした彼だからこそ、彼の達観があるのだ。真は昇の事を何も知らなかった。知ろうとしなかった。嫌われたくないという思いで深く立ち入ろうとしなかった。
今思えば臆病だったのだ。臆病だった結果、こんな現在に繋がっている。
もし、仁の様に臆すること無く踏み込めば、自分の横にはこんな胡散臭い女ではなく今ではもう手に入らない彼が座っていたのだろうか?自分の立場に高を括らず、積極的に言っていれば仁の様に彼とキスが出来たのだろうか?
歴史に“ifもし”は無い。それは恋愛も同様だ。“if”は希望でしか無い。真はこの一ヶ月ちょっとの間で“if”と言う実に甘美かつ無意味な単語を頭につけて考えてきたか。
今の真には出来る限り上等なクソッタレな結末に終わるよう全力で努力するしか無いのだ。その先何か知らない。それを考えるのは宇山江の仕事であって、真ではない。宇山江が何も言って来ない内は自分の好きにできるのだろう。真はそう思いつつ、手元にあるHCARを見る。
硫黄島で日本兵と米兵の英霊から案内された先にあったのがボロボロの日本刀とBARと呼ばれる機関銃だった。彼等が何故自分にこの銃達を案内したのか分からなかった。宇山江達はその銃を修理して使いたいという真の言葉にNoと言った。理由としては、修理できないレベルでの劣化と硫黄島この島から石どころか砂1つでも持ち出すとソイツは怪死すると言う現実的な理由とオカルトめいた理由の2つであった。
その代わり、HCARと呼ばれるBARの近代化改修型と現代の技術で作った刀を貰ったのだ。HCARは真が恋焦がれていた相手である昇ことクアトロ・セブンが使用しているM1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃の近代改修型だし、刀は真の恋敵であり真より勇気を持っていた仁ことジェーン・ザ・リッパーが使用している武器だ。
因縁浅からぬ装備に宇山江はニタニタ笑っていた。慶太郎は複雑そうな顔をしていた。
「慶太郎のアホは出動部隊と共に捕まったそうだ。
現地では残りの部隊と共に慶太郎とその際共に連れて行かれるであろう仲間を回収する。その際、魔法少女への攻撃や警護の者への攻撃は許可するが、民間人への攻撃はダメだ。それやると上の連中が何故か五月蝿いからな」
「一応、自衛隊ですしね。
自衛隊が日本国民攻撃しちゃダメですよ」
宇山江の言葉に真はアホだな此奴はという顔で告げる。
宇山江はそういえばそうだったなと笑った。そして、そこでクアトロ・セブンとジェーン・ザ・リッパーとの決着を付けろと笑う。言われなくともそのつもりである。最初の時は向こうを圧倒出来た。今回ももう一度という訳にはいかないだろう。向こうも強い。雷使いの慶太郎を捕まえたのだ。話しによれば慶太郎が引き連れていた6人の兵士は大怪我をした者もいるそうだが全員生きている。魔法少女としての戦闘経験があり、更にはより訓練を積んだのだろう。
だが、それはコチラも同様だ。銃の扱いにも慣れたし、刀での戦い方も出来る。ジェーン・ザ・リッパーの様に石川五右衛門よろしく何でも切り裂くのは無理であるが弾丸程度なら彼女も切り落とすことはそう難しいことではない。
また、魔法少女の理性にキメラの強靭さが合わさりちょっとやそっとのことじゃ死ぬこともない。真は緊張と興奮で体が火照っていた。
◇◆◇
慶太郎が捕まった本日の深夜に身柄の移送が決まった。警備にはクアトロ・セブン、ジェーン・ザ・リッパーにベルサイユと言った名立たる魔法少女も加わる。
しかし、魔法少女以外の護衛は殆ど居ないそうだ。向こうも真達の襲撃を予想しているのだろう。そんな彼等に対して真達は2台の大型トラックと12名の宇山江率いる自衛官と真の計13名で襲うのだ。数ではコチラが優っているが、戦力では乙種2名に甲種1名の向こうが圧倒的に強いだろう。
「先生達って魔法少女と戦って勝てるの?」
ブリーティング中、真がふと尋ねると、隊員の1人が二佐は知らんが俺達は無理だと大真面目に答えた。戦車やヘリとは戦ったことがあるが、魔法少女は無いとのこと。
魔法少女と遣り合うならまだ戦車や戦闘ヘリと戦った方が易いと全員が答える。しかし、一応の手立てはある。そう言って取り出されたのは84mm無反動砲Bと呼ばれるM3カール・グスタフ無反動砲である。空挺用に開発されたこれは元々M2カール・グスタフとして開発された物の発展型に位置する。
基本的な形や構造は変わらないが、重量が軽くなっているのだ。自衛隊ではこれを多用途ガンとか84mm無反動砲Bとして採用している。
「言っちまえば、対戦車無反動砲だな。口径は84mm。直撃させれば魔法少女は即死だし、至近弾でも重大な損害を与えられる。
此奴は6つトラックに3:3で別ける。装填と弾薬運搬手は余った6名だ。いざと成ったらこれでお前を支援するが、ぶっちゃけ支援砲撃に近いから巻き込まれるかも知れん」
宇山江の言葉に何といい加減なと真は憤慨する。しかし、宇山江にそんな事を言った所でどうにも成らない。故に、真はそうならないように頑張るしか無いと結論付ける。無反動砲での全力射撃何ぞ堪ったもんじゃない。
やろうと思えば戦車ですら破壊できるのだ。そんな攻撃を受けたら先ず間違いなく無事では済まない。作戦内容は完全勝利を目指すならば、真が昇に告白し、昇がOKをする。そして、慶太郎を奪還して誰の犠牲も出さずに終了。
しかし、真の告白は必ず失敗に終わる。真としてはジェーン・ザ・リッパーこと仁にビンタの一発でも入れてやりたい所だが、出来るかどうかは不明だ。つまり、慶太郎を奪還する戦略的勝利に収めるより他はない。
悔しいな、そう真は思うと同時に、変身をした。顔をTシャツで隠そうとして、宇山江は止める。
「おい、今日は此方のTシャツ使え」
宇山江に渡されたTシャツには『失恋乙女』と描かれている。真はそのTシャツを受け取ると、無言で宇山江に中指を立て顔を隠した。
口元に『失恋乙女』と現れる。それを見た全員が笑い、真は全員に中指を立てる。
そして、C-130は着陸態勢に入った時刻は午後10時を少し回ったところだった。県営名古屋空港に降り立ったC-130はそのまま自衛隊が管理している格納庫に向かう。格納庫の中には無地の何処にでも有るような業務用トラックが2台並んでいる。
脇には見知らぬ自衛官達が立ってQBZとQBBを持っていた。
「誰ですかね?」
「ああ、彼奴等は慶太郎が率いていた部隊の待機班だった連中だ。
下準備させた」
「宇山江二佐、自分達も参加させて下さい!」
「良いぞ。
ウィークエンドの盾となって死んで来いよ」
宇山江はそう笑うと第666部隊の面々を見やる。第666部隊の面々は全員が真に敬礼をした。
「貴方達もその、慶太郎君を?」
「いえ、自分達は竹内さんと他の仲間の救出です。
広江隊長ははっきり言ってどうでも良いです。でも、竹内さんは俺達の恩人ですから」
真はその竹内さんとやらを知らぬのでそうかとしか言い様がなかった。しかし、どちらにしろ、真達の撤退条件は真の戦死、部隊の全滅、捕虜の奪還であるからして、作戦内容とは一致しており、更に言えば味方が増えて戦力が増強されるのであれば文句をいう事はない。
真はよろしくお願いしますと一応頭を下げてから左手にHCARを付けた。そして、トラックの1台、宇山江が指示した方の助手席に乗り込む。スモークガラスで外からの視界はない。トラックの2台は跳ね上げ式の扉が2つあり、横付けにした際に開いてそのまま射撃出来るようにしてある。
また、中には土嚢のような物と複数台の逃走用バイクが置かれていた。
「この作戦は迅速かつ手早く遣る必要がある。ブリーチ用のコンポジは大丈夫か?
多過ぎるとパッケージが月まで吹っ飛ぶぞ。日本の護送車は薄いからな」
「大丈夫です」
「OK、助っ人諸君。
お前達は何人死のうと我々は関係無いから、存分に戦って死んでくれ」
トラックの外では宇山江が最終チェックをしている。それが終わると、宇山江は真とは別のトラックの助手席に向かい、真の乗るトラックには宇山江の部下と第666部隊の隊員が別れて乗り込んできた。
運転席に宇山江の部下が乗り込み、トラックを始動する。ドルンとハイブリットエンジンが唸りを上げる。部下は着ているジャケットの裏からiPodを取り出すとオーディオに繋げる。暫く操作しているとDan The AutonomatorのLyrics to Goが中々大きな音量で流れだした。
「五月蝿いです」
「構いやしねぇよ」
真の言葉に隊員はそう答え、アクセルを吹かして空港から出た。そのまま1時間ほど掛けて名古屋市東区に移動。そして、コンビニで斥候隊が慶太郎パッケージの移動を確認するまで待つのだ。
「ほら、食っとけ」
そして、買い出しの隊員が真におにぎりとお茶を投げて渡した。変身は解いている。道中覆面被った奴が助手席に座ってると警察に一発で停められるからだ。それを言うなら女子高生が居るのは問題ないのか?と言えば「Tシャツ覆面よりマシだ」との事だった。
真はおにぎりを確認すると昆布とチャーシューであった。
「昆布嫌い。そっちのシーチキン頂戴」
「わがまま言うなよ」
真は構わず昆布を投げてシーチキンマヨネーズをゲットする。隊員はそーゆーところは二佐に似てきたなと中指を立てる。宇山江の部隊にいると基本口が悪くなり、素行も悪くなる。宇山江が平然とファックだのシットだの糞ッタレだのインポ野郎だのと喚きながらゲームをやり、任務中でも平然と使い、ハンドシグナルの代わりにブーイングやらファックサインやらのハンドジェスチャーをやる。
前にショッカーサインの意味を聞いて大恥をかいた事もあった。
真が時計を見ると午前1時を少し回っている。少し寝ておこうと思い、トラックの後部にある寝台に寝転がる。アイマスクをして、爆音が垂れ流されるオーディオの音を防ぐためにジョーン・バエズ&エンニオ・モリコーネのHere`s To Youをリピートで掛ける。
Here`s To Youとは英語でいうところの君に乾杯的な意味で使われるので最初はラブソングかと思ったのだが、内容は冤罪で死刑にされた男二人を歌った歌であるとの情報が宇山江に寄って齎された。内容的はニコラとバートが死ぬ時、そこで君達は開放され、今までの苦痛が君達の勝利に成るのだ的な事を繰り返しているそうだ。
宇山江の評価は「くっそみたいに辛気臭い歌」と余りに情緒に欠ける評価であった。
しかし、真はこの歌が好きだった。何となく、自分を悲劇のヒロインにしてくれる気がして堪らないのだ。
「ゼロ・アワーに成ったら起こしてね」
「おう。お前が今回の要だから、置きなかったら叩き起こしてやるよ」
真はそれからHere`s To Youを聞きながら眠りに落ちた。
Here`s To YouはMGSVGZで流れてた奴です
この歌のモデルに成った人達の話はウィキでサッコ・バンゼッティ事件で調べると出てきますね
因みに、上記の事件をモデルにした死刑台のメロディって映画の歌でもあり邦題は勝利への讃歌と言う内容とマッチしてない邦題が付いているので、日本人の邦題超改名には苦笑物だと思いました