第四十二話
第四十二話
「綺麗な肌ですな、フヒヒ」
仁は両の手に軟膏を広げ、まるで雪のように裸を露わにして、回転ベッドにうつ伏せで寝ているクアトロ・セブンの背中を見る。所々青紫色に内出血した痣が浮かんでおり、仁は其処に軟膏を刷り込むように塗っていく。
クアトロ・セブンこと昇はその痛みを眉間に皺を寄せると言う行為で表して、声には出さない。魔法少女と一般人では魔法少女の方が数段治りの速さが違う。部屋には他に人はおらず、皆、捕まえた捕虜の護送や聴取の方に行っているのだ。
一番の功労者達として2人は一足先に家に帰ったのである。
「後ろは済みましたぞ、昇殿、フヒヒヒ」
「その怪しい笑みと手付きを止めろ」
クアトロ・セブンは何時もの慇懃さは無く、完全に昇に成っておりワキワキと手を動かす仁を睨む。仁も無事とは行かないが乙種魔法少女よりも高い防御力の防具を身に纏っていた事もあり全体的な傷は近距離からマトモにライフル弾を受けたクアトロ・セブンよりは軽いものだった。
仁は良いから良いからとクアトロ・セブンを仰向けに寝かせて、その豊満な乳房をゆっくりと持ち上げる。寄せては離しを数度繰り返し自分の胸と見比べる。仁も着痩せするタイプで脱げば凄いのだがそれを上回るのがクアトロ・セブンの胸である。
「ック、負けた気分……」
「アホな事をやってないで塗るならとっとと塗れ」
昇は自分も軟膏を手にとって体に刷り込み始める。腹や腕、足、いたるところに着弾し青痰に成っている。長い髪は仁の手によって纏め上げられているので体には付いていない。
「み、見てる方が痛いお」
「実際痛いからな」
昇は全身に軟膏を塗り終えてバスローブを纏う。仁は手を洗ってから何か摘める物を作ると告げるとキッチンに入った。昇も手を洗い、テレビを付けると東名高速道路にヘリが一機不時着をして通行止め中であると早朝ニュースでやっている。自国は既に5時だった。
不思議と眠気はない。事の成り行きが気になるり過ぎて眠気どころではないのだ。体は疲労を訴えているが、意識がそれをシャットダウンする。どうにも落ち着かないので、昇は仁が料理をしているキッチンに足を運んだ。
「どったん?」
「いや、何を作っているのか気になったから」
特に理由も無いので仁の前に並んでいる料理を見る。チーズとトマトを薄切りにしたものにサラミやハムが出ている。脇にはパンもあるのでサンドイッチを作っているようだ。
昇はトマト以外の野菜も入れろと告げるも、それ以外はピーマンにもやし、キャベツしか無いと返ってくる。レタスは無いらしいのでキャベツを入れれば良いじゃないかと昇が言うとサンドイッチにキャベツは聞いたことがないと仁が答える。
昇にしても緑系野菜が入って居ないと気が済まないという訳でもないのでそうかと答えて野菜を切る仁の後ろでその作業を見詰める事にした。冷蔵庫に背を預けようとして丁度痣の部分が当たり、顔を顰める。凭れ掛かるのは止めにする。
しかし、落ち着かないからキッチンに来たが、キッチンに来たとしても結局昇は何もしないのでやっぱり手持ち無沙汰に成る。そうなると彼方此方と戸棚を開けたり、冷蔵庫を開けたりと動き回る。
「何してるん?」
そして、ウロウロとしている昇に仁が尋ねるが仁は何時もどおりの無表情で何もしていないと答える。実際、ウロウロしているだけであり、有意義な行動はしていないのは事実なのでそう答えるより他はない。仁は中々珍しい昇の行動、しかもクアトロ・セブンの姿で子供のようにキッチンの扉を開けたり冷蔵庫を開けたりしているに思わず笑みが漏れる。
昇はその笑みに何だと尋ねるが、仁も何もと答え料理の続きをする。物の10分もアレばサンドイッチは完成してしまう。パンの耳は切っていない。手間を省いたのだ。
サンドイッチが完成し、大皿を片手に回転ベッドに戻る。仁はベッドの中央に小さな丸い板をおいて其処にサンドイッチとコーヒーの入ったマグカップを2つ置く。仁はコーヒーはストレートで飲むが昇は大量の砂糖と牛乳を注ぎカフェオレにしてしまう。
苦いのは嫌いだと前に言っていた。変な所で子供なのである。
仁はテレビで垂れ流されているニュースを替えて録画しておいたアニメに切り替える。人気漫画をアニメ化した最近よくあるアニメである。
昇もそれをボーッと眺めている。クアトロ・セブンがベッドの上で寝っ転がってサンドイッチを咀嚼しながらアニメを眺めているのだ。2人がサンドイッチをモシャ付いていると、昇の携帯が鳴る。昇はモゾモゾとベッドを這うように移動しようとして、痣に響いたか小さく舌打ちをしてから立ち上がって携帯を取る。着信は柳葉だった。
「もしもし?」
「おう。黒子の魔法少女の正体が判明した」
「誰です?」
「聞いて驚くなよ?
黒子の魔法少女は慶太郎だ。広江慶太郎」
柳葉の言葉に昇は思わず「は?」と声に出して言ってしまった。それもそのはず、慶太郎が魔法少女だということを知らなかったし、そもそも何故慶太郎が自分達を襲ってきたのか理解出来なかったからだ。ウィークエンドが真であるという仮定はあったが、その脇にいる黒子の魔法少女に関しては完全に不意打ちだった。
昇の様子が可笑しいことに気がついた仁はどったの?と尋ねる。昇は柳葉の言葉をそっくりそのまま仁に伝えると仁も真同様に驚いてた。
「取り敢えず、今からそっちに行きます」
「ああ、来てくれ。向こうもお前達と話したがっている」
昇は携帯を切ると仁に慶太郎に会いに行くぞと告げる。昇は魔法少女のなりをどうするか考え、仁に服を借りて魔法少女のままで行くことにした。魔法少女でこの痛みなのだ。元に戻ったらヘタをしたら歩けないかもしれない。
黒子の魔法少女、否慶太郎は現在名古屋拘置所に勾留されている。仁はマクラーレンF1をチョイスし、昇はその脇に座る。
「お前の総資産は一体幾らなんだ?」
「ビルゲイルには負けるお」
ヒッヒッヒと仁は笑う。多分、魔法少女界で最も設けているのはこの仁であろう。魔法少女単体での収入に加え、株や印税等を合わせるとかなりの額に成る。昇は余りメディア露出はしておらず人気もネットが中心であるが、仁は当世具足の様な衣装に刀を扱う魔法少女で世界規模でも人気がある。
ジェーン・ザ・リッパーがアメリカのコールドスチール社と提携して「ジェーン・モデル」と呼ばれる刀を作っている。また、日本でもコスプレ用に刃を潰したモデルも販売しているし、彼女の衣装も同様に販売しているので「公式コスプレ衣装」として大人気なのである。
クアトロ・セブンですらカナリの金持ちなのだが、それを上回るのがジェーン・ザ・リッパーだ。
「お前と結婚すれば一生左うちわだな」
「ふ、ふふ、け、けけけ結婚したい?」
昇の言葉に仁が酷く動揺した様子で昇を見る。昇は冗談だと告げ良いから出せと言う。
「取り敢えず、向こうは俺達の正体を知っているようだから、正体を隠さなくても良いらしい」
「こ、個人情報駄々漏れ乙」
「俺達に会いたいとだけ言って後はだんまりだそうだ」
「うい」
F1はそのまま東区白壁にある名古屋拘置所に向かった。道中カーナビの住所を見て昇はなごやんを思い出す。なごやんとは名古屋市東区白壁に本社を置く敷島製パンが作っているカステラ饅頭の一種だ。なごやんの裏の住所に名古屋市東区白壁と書いてある。
昇は急になごやんを食べたく成った。暫く考え、仁に近くのコンビニに寄るよう告げる。仁は素直にそれに従い、早朝の5時半、マクラーレンF1がヤンキーたちが屯するコンビニの駐車場に堂々入場したのであった。
「トイレ?」
「違う」
昇がF1から降りるとヤンキー達が携帯を片手にスゲーとかカッコイーとか言いながら写真を撮ろうとしたので、昇はヤンキー達の前に立つ。
「勝手に車を撮るんじゃない。
写真を撮る時はその持ち主の許可を取れ。肖像権の侵害で裁判所に引っ張るぞ」
昇は体の痛みと相まって中々ドスの利いた声で、更には眉間にも皺が寄っており中々に恐ろしい。クアトロ・セブンの顔形であるからして、美人は怒ると怖いというように中々の迫力がある。ヤンキー達は御免なさいと告げ、撮っても良いですか?と昇に尋ねるも、昇は僕の車ではないと告げる。
何やらトラブルだと思ったらしい仁もF1から出てきたので昇は仁の方を見た。ヤンキー達は仁に撮っても良いか?と尋ねると仁はナンバー隠してねと告げてから許可をした。
昇はコンビニに入店する。そして、迷わずスイーツコーナーに向かった。其処には洋菓子和菓子が並べられており、なごやんも同様に並んでいる。
「何?なごやん欲しかったん?」
「途中で食べたく成った」
そして、籠に有るだけ手に持ってレジに向かう。昇はレジに行って気がついた。財布を忘れたのだ。
「財布を忘れたから、金を貸してくれ」
「あーはいはい」
昇の言葉に仁は苦笑しつつ代わりにクレジットカードを取り出した。世界広しといえどもなごやんをクレジットカードで購入するのは仁位だろう。会計をしている時にレジの店員がジッと脇に立つ昇を見ている。昇はそれに気が付き何だ?と尋ねた。
「あの、貴女ってクワトロ・セブンですか?」
「違う。クアトロ・セブンがこんな所に居るか。それと、おでんも。卵と大根にしらたき、牛スジ、ウィンナー」
「な、なら、私は同じものに餅巾。あ、あとうどん」
「ああ、僕もうどんを」
2人はなごやんとおでんを購入し、マクラーレンF1に乗り込んだ。ヤンキー達はありがとうございましたと頭を下げているので仁はそれに手を上げて答える。昇はそんなヤンキーを見ながらおでんを食べ始めた。
「お腹空いたん?」
「そんな様なものだ。
おでんの匂いがしたから食べたく成った」
昇の言葉に仁があるよね、そーゆーのと笑う。F1は爆音に近い音を立てて走りだした。昇はオーディオを付けると大音量でメタルが聞こえてくる。
見ると、CDが入っており、取り出してみるとSABATONと描かれたCDだ。仁がそういえばこの車は赤池に貸したことがあると告げ、その際に彼女が掛けたのだろうと告げた。取り敢えず、それを戻して音量を下げる。赤信号で止まったF1に道行くサラリーマン達は目を奪われる。
隣の自動車も同様だ。V12気筒エンジンがアイドリング音が周囲の視線を集めるのだ。
「しかし、広江がウィークエンドの仲間だったとは」
「そりゃ、幾ら探しても見つからん訳だよ。
広江君はウィークエンドの正体知ってるかな?」
「知ってるだろう。
知っているから僕等にこうして会いたいと、話したいと言って来たんだろう」
昇はおでんの具を食べ終えてからうどんを啜り始めた。
「キミィ~私も食べたいんだけど?」
「そうか。なら食べると良い。
少しぐらいなら待ってくれる」
昇はそう告げると仁は脇の路肩に駐車しておでんを食べ始めた。
「そこはあーん的な奴をやって欲しかったのだが?」
「バカを言うな。運転席と助手席が平行でないこの車でどうやってあーんをする」
マクラーレンF1はドライバーシートが車体中央にあり、その左右の少し後方に助手席がある。3人乗りであるが、中央に操縦席があるという実に不思議な自動車だ。
そして、操縦席の少し後ろにある助手席のためにあーんしようにも手が届かないのが現実なのである。昇の指摘に仁がそれもそうだと納得する。暫くおでんを食べていると昇の携帯が鳴る。見ると柳葉であり出ると今何処だ?との事だ。
後もう少しで通勤ラッシュに引っ掛かったと昇が嘘っぱちを述べると柳葉が納得した様子で分かった切れた。
「嘘も方便だ」
「せやね」
それから15分ほどでおでんとうどんを食べ終えて拘置所に向けて出発した。




