第二十九話
第二十九話
少々甘い話をしよう。
仁は昇の彼女である。この2人が恋仲に成るには一言では言えないが、ともかく今は恋仲である。昇は似非オタクといえる存在だ。似非、と言うのは桜が大変だった頃に何か趣味を見つけろという担当官や祖父母の提案から、流行っているアニメやゲームなどを購入したからである。
軍事オタクと言うには余りに乏しい知識にはただ単に仕事仲間の武器を調べてその特性を見出すために調べているからである。なので、現在は仁の“趣味”に付き合うべく愛知県名古屋市にある大須商店街に来ている。
大須商店街には中部地方のオタクの街といえるだろう。年に一度、コスプレサミットと称した世界規模のコスプレ大会が行われるのでその筋の人間にも有名な筈だ。現在、昇は仁と共に大須の万松寺と呼ばれる寺の近くにあるまんだらけに来ている。目的は三階の同人誌コーナーである。
「僕は、この店は嫌いだ」
棚に並べられた同人誌を凄まじい早さで捲っていく仁の隣、適当にビニールに入れられた同人誌を手に取る昇はそう告げた。
「え?何か言いました?」
「僕はこの店が嫌いだ。
通路が狭すぎる」
昇は人一人すれ違うのにも苦労する店内に不愉快さを隠さずに告げる。仁は昇の言葉に、苦笑しながらそれならそれもまた一興と告げる。名古屋まんだらけは3フロアに分かれてあり、一階がコミックと漫画のフロア、二階はプラモデルやフィギュア等の造形品、三階はコスプレと同人誌、エロゲーに少女漫画と成っている。何故、この階層に少女漫画が置かれているのか不明であるが、どうやら腐女子向けコーナーと少女漫画を一緒にして置こうという魂胆らしい。
昇は奇妙な笑いを浮かべながら男性同人誌を凄まじい早さで捲っていく仁を放置し、コスプレコーナーに向かう。アニメや漫画、ゲームの衣装の中には魔法少女のコスプレ用衣装が置かれており、東海地区で最も活躍するクアトロ・セブンの制服は勿論置いてある。昇はその衣装を手に取り、実によく出来るな、と感心した。
クアトロ・セブンの衣装はドッチかといえばミリタリー系に入る。基本的なドレスの上からマガジンポーチやダンプポーチ等を取り付け、頭部のヘルメットはドイツ軍のシュタールヘルムだ。正確に言えば、第一次大戦後期に登場したM1918シュタールヘルムと呼ばれるものであるが、流石にそれはコピーしなかったのか、出来なかったのか不明だがカバーを外したアメリカ軍のPASGTヘルメットが一緒に成っていた。
最も、それを言ってしまえば、マガジンポーチやダンプポーチは全て偽物だが、クアトロ・セブンのものはMAGPUL社製の物を使用している。これは中国製なのか、タグが何処のものかすら書かれていない。
昇はヘルメットのあご紐や内側のインナーを確認するために色々と触っていると、声を掛けられる。
「お客様、申し訳有りませんが、お手を触れないで下さい。
そちら、たいへん壊れやすいものになっておりまして……」
店員はコスプレをしており、昇は店員の格好に度肝を抜かされそうになりつつ、分かったと頷きヘルメットを戻す。
「これは僕の興味からなのだが、このヘルメットは何故、シュタールヘルムではないのだ?
クアトロのはM1918シュタールヘルムなのだが」
店員は昇の言葉を聞き取れなかった、というよりも理解できなかったというか表情で言葉に詰まる。昇は所詮その程度かと自己解決して気にするなと告げると、仁の隣に戻った。仁の膝には大量の同人誌が抱えられており、昇はそれを受け取ってかごに入れる。プラスチック製のかごはその重みにギシギシと音を立てており、壊れないだろうか?と少々不安になる。
「仁、そろそろ腹が減ってきた。
良い加減、そのエロ本漁りに切りをつけてくれ」
昇の物言いに、仁は勿論、周囲の者は少しビクッとした。昇の顔は不愉快そうに歪んでおり、眉間には小さな皺が出来ている。声も若干ぶっきらぼうである為にその場にいる全員が「オタクの彼女に付き合わされて来たくもない場所に連れて来られた可哀想な彼氏」という認識を持った。
仁はそのまま昇と一緒に外に出る。
「何食べる?」
「矢場とんに予約を取った」
「おぉ、矢場とん。
行こう行こう」
2人はそのまま矢場とん本店に向かった。
矢場とん本店の前には大量の人が行列を作って並んでいる。大人気店で、昼時に行けばまず入店出来るのが昼過ぎだろうと言う程に行列が出来ているのだ。
「おぉ、凄い」
「新しくなった矢場とんに入るのは、初めてだ」
「えぇ!?
の、昇氏は改装前のや、矢場とんに入ったことが?」
仁は驚いた顔で昇を見た。昇は何時もの無表情でああと返事をする。
入り口に立っている店員に予約した深見だと告げるとすんなり中に案内される。エレベーターに入り、店員の後に続く。個室を頼んだのだ。
「殺された父親と小学校の頃に一度来たんだ。
その時はわらじ何とかって言うデカいとんかつの味噌で食べた。今でも覚えている」
昇の言葉に仁は成る程と相槌を打ち、店員は何か重いな~と気不味そうにしていた。
個室に案内されると2人は席に座り、昇と仁はわらじとんかつ定食頼む。それから、和やかと言うには少々オタクっ気が強い話を仁が一方的に話ている所に、2人の携帯が鳴る。仁は冒険の旅、昇は突撃ラッパである。
直ぐに席を立ち上がり、机に1万円を置くと外に飛び出た。そのまま裏路地を走り、変身しながら携帯に出る。電話の相手は担当官である。
「キメラだ。
場所は中区大須。大須観音前の広場だ。現場警官が1人重傷」
場所はすぐ近くだった。クアトロ・セブンは30秒もすれば着くと告げ、電話を切る。そして、M1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃を取り出してアーケードの上部やビルの側面を蹴って大須観音へ向かう。
直ぐ隣をジェーン・ザ・リッパーが走り、正に風のような早さで2人は現場についた。現場では既に一般人は逃げているが、逃げ遅れた一般人達が境内や近くの商店の影に震えている。キメラは変異種で針を飛ばすタイプであった。
「変異種ですか」
「厄介な奴ね」
クアトロ・セブンは倒れた警官を引っ張りながら拳銃で牽制をしている警官を見付けた。
上空で直ぐ様狙いをつけ、キメラに発砲。発射された弾丸は寸分の狂いもなく、キメラの頭部に着弾した。キメラは脳みそを地面にぶち撒けるとそのまま倒れる。ジェーン・ザ・リッパーは倒れた警官の元に駆けつける。
警官の胸には大きな針が突き刺さっており、同僚の警官が彼のアダ名であろう名前を叫んでいる。しかし、警官は返事をしていない。ジェーン・ザ・リッパーは脈を計るが既に止まっていた。
「AEDを!」
ジェーン・ザ・リッパーは鋭く狼狽する警官に怒鳴り付けると、警官はハッと我に返ったように商店街に走って行く。ジェーン・ザ・リッパーは警官の胸に突き刺さった針を抜かず、装備を全て取り外していく。警官の着用しているベストは基本的に防刃ベストと呼ばれる物でナイフや包丁といった刃物用の物であり、音速を超えて射出されるクロスボウのボルトめいた針を受け止めることは出来ない。と、言うか自衛隊のプレートアーマーですら貫通こそしないが危ういので、普通、変異種相手にはより一層の警戒と距離を開けるよう言われている。
「ねぇ、心臓マッサージをする時のコツって知ってる?」
「知ってますよ」
キメラの完全沈黙を確認したクアトロ・セブンがジェーン・ザ・リッパーの隣にやって来る。ジェーン・ザ・リッパーは胸の針を出来るだけ動かさないようにしながら心臓マッサージの体勢を取る。クアトロ・セブンは喉を上げて軌道を確保。
「アンパンマンマーチに合わせて押すんですよね、確か」
「ええ、そうよ。他にもドラえもんのうたとかあるわ」
心臓マッサージをする際には手を重ね、手首の近く、つまり掌底をするようにして動かす。小さな子どもや赤ん坊相手には片手でいい。また、魔法少女が一般人にやる際にも同様に片手である。両手でやると圧迫が強すぎて心臓や肺が潰れてしまうのだ。
人工呼吸に関しても別段やらなくて良いと言う決まりになっており、下手に空気を吹き込んで肺を破裂させてしまったり、感染症が感染ったりと問題がある、また、嫌悪感というのも有る為にやらなくても良い。それよりも心臓を正しく確り押す方が重要なのである。
「まさか本当に心臓マッサージをすることに鳴るとはね」
「歌いますか?」
「ああ、頼む」
周囲の一般人達も徐々にやって来てどうする事も出来ずそれを見ているしかない。そんな中で唐突にクアトロ・セブンがアンパンマンマーチを歌い出す。隣ではジェーン・ザ・リッパーが片腕で心臓マッサージを始めた。BPMが100以上と言うかなり早い動きで心臓マッサージをしていく。
そして、漸く警官と商店街の人がAEDを持って戻って来る。警官はジェーン・ザ・リッパーにどうぞと差し出すので、アンパンマンマーチを歌っているクアトロ・セブンがそれを受け取り、素早くAEDを開けてセッティングしていく。
警官は別段胸毛が濃いというわけでもないので右胸と左脇近くにAEDのパッドを貼り付ける。そして、スイッチを入れると計測をするので離れろと告げる。ジェーン・ザ・リッパーは一旦心臓マッサージを止めると
「この針刺さったままで電気流していいのかしら?」
「骨や歯と同じ成分なので大丈夫です。
離れて下さいまし」
クアトロ・セブンの言葉に全員が警官から離れる。するとピピーっと警告音がし、バシンと電気が流れる。警官の体がビクンと震た。
「心臓マッサージ続けなさい。
貴方はアンパンマンマーチを歌いなさい」
クアトロ・セブンは目の前の警官に告げるとジェーン・ザ・リッパーは心臓マッサージを再開する。クアトロ・セブンは警官の軌道を確り確保すると30回数え、30と告げるとジェーン・ザ・リッパーが心臓マッサージを止め、クアトロ・セブンが躊躇いもなく人工呼吸をする。
周囲の者、特に男がおぉ!と声を上げるが、ジェーン・ザ・リッパーがそれを睨み付けた。クアトロ・セブンが二回息を吹き込み30回心臓マッサージをする。再度計測しますとAEDから音声が流れ、電気ショックが必要ですと告げるので、再度全員が警官から離れて電気ショックをした。
そんな事を3回ほどやってると消防車とパトカーがやって来る。
時間にして7分程だ。
「救急車は?」
「まだです!
ですが、救命隊員も乗ってますから」
消防士の一人が無線で何処かに連絡しながら2人に詳しい状況を尋ねた。心臓マッサージは何分ほどしたのか?どういう状況だったのか?等だ。
警官は消防車から救急用の道具を持ってきて針を確りと固定する。消防車に遅れること4分ほど、漸く救急車がやって来て警官と付き添いのための同僚警官を乗せて去っていく。
「帰りましょう」
「そうね」
2人は救急車と共にやってきた担当官達に報告をすると、帰宅をする。今日はもう外で何かするという気分ではないのである。
「しかし、よく人工呼吸したね」
「やらないよりはマシでしょう。
彼は民間人を守る為に命がけで戦ったのです。我々は彼のために出来る事を全力でやるべきです」
「そうね。
しかし、夕方のニュースが楽しみだ。ウリテレビ系列の1番は要チェックね」
「朝日、読売も実に楽しみですね」
2人はそんな自傷めいた話し合いをしながら仁の家に行く事にした。




