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第十八話

第十八話


 山口真は、最近精神的に色々と参っていた。理由は同じ部活で片思いをしている深見昇だ。別に、彼がどうしたというわけではない。彼の周りを取り巻く環境が、彼女を悩ませている。ミステリアスな少年で、住所は勿論よく考えれば一度も私生活の話をしたことはない。

 真が昇に惚れたのは高校に入学した時だった。剣道部に入学し、初めての大会。男女合わせて10名にみたいない彼女達の部活は嘗ての栄光に慢心し没落していた。

 大会に出れば他校が鼻で笑い、没落校と後ろ指を指される。真はそれが我慢ならず、思わずその後指をさした相手と喧嘩になってしまったのだ。


 団体戦は基本的に5人のメンバーが必要になる。先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の5人だ。この5人が居ないと、基本的に団体戦には出ない。勝ち抜きのルールがあれば4人でも3人でも勝ち目は見えるが、勝ち抜きなんて基本的に無い。

 故に、個人戦に出場しても団体戦は出ないのである。そんな個人戦で有望なのが、女子は真、男子は昇だった。二人共剣の神様に見初められたか、その腕は確かなものである。昇は中学から有名だったが中学2年、3ヶ月ほど怪我をして剣道が出来なかったらしいが、その後が見違えるような動きになった。

 中学生とは思えない打ち込み、情け容赦の無い責めで全国大会を制覇出来るのでは?と言われていたが、彼が全国大会に出ることはなかった。また、身内にも不幸があったとか、中学2年生から人柄までガラッと変わってしまった。


 そんな、昇と高校で運良く部活仲間に成った。

 当時の真は今よりも暴走気味だった。自分が絶対に盛り返してやる、そう意気込んでいただけに他校からの非難は耐えられなかったのだ。売り言葉に買い言葉、お互いに手にしていた竹刀で殴り合いの喧嘩になりそうになった所を見兼ねた昇が割って入る。

 高校生にしては落ち着き払った所作と言動。真には「それが事実だ。認めろ」と告げ、相手には「そういう事はこの程度の大会で優勝出来てから言うのだ」と。

 男子女子共に優勝はこの2人だったのだから。


 それから、個人戦では2人が表彰台の常連で、特に昇は常に優勝のトロフィーを貰っている。その活躍は剣道雑誌の一面にも載った。インタビューで必勝の秘訣は?と聞かれただ一言「練習でしょう」と答えた。インタビュー記事の内容は面白くなければ、読んでるだけでアクビが出る。そんな内容だが、実に昇らしいと思った。

 また、学校内で不良の溜まり場と化していた剣道場で、不良を追い払おうとして逆にピンチに陥り、昇に助けられた事もあった。何時から昇が好きだったのか?と聞かれれば答えるのは難しいだろう。しかし、真が昇の事を好きなのは確実であり、事実である。

 剣道一直線の人生を送ってきた彼女が初めて恋をした。その言動は周りの者ですら分かる。特に慶太郎はそんな真を苦笑して見守り、時に手を貸していた程である。


 そんな真は現在、体調不良という名のサボり、少なくとも真はそう思っている、と言う理由で昇が居らず、慶太郎は家の事情、仁は寝不足と言う4人しか居ない部員が真1人になり、部活を中止、1人帰路についていた。

 中途半端に部室に居た為、学校では他の部活動が始まり、部活に入っていない、つまり帰宅部の生徒は既に居ない。珍しく最初から1人の帰宅である。下校時間を過ぎ、見送りの教師も居なければ、通学路に人は居ない。朝と夕、登下校時は騒がしい通学路が全く持って静かなのが逆に不気味なのである。


「はぁ……」


 まるで君はいらない。そう言われたかのような何とも言い難い寂しさに襲われつつ、何時になく重い足取りで真は家に向かう。

 家に帰ると、両親は居ない。共働きで、母親はパートに出ている。夕方、5時以降でなければ帰ってこないのである。父親は10時11時の帰宅が基本である。マンションを買い、25年ローンを組み、未だに支払いの最中だ。

 自室に入り、制服からトレーニング用のウェアに変えた。日除けのキャップを目深に被り、クラシックの詰まったiPodと小銭が入ったウェストポーチを片手に家を出る。無性に走りたく成った。


 軽い柔軟をマンションのフロントで済ませ、軽いウォーキングをしながら河原まで。河原に付いてからは本格的に足腰の柔軟をしてから、走り出す。程よく引き締まった手足にくびれの出来た腹回り、胸は余り無いが、健康的で小麦色に焼けた肌には調度良い大きさである。

 目鼻立ちが通っており、ボーイッシュな印象を受ける真である。街を歩けば時々モデルにならないか?と誘われるのがちょっとした自慢である。正し、言動がガサツであるために男女からは“友達”として認識される。一部の女子から告白されたこともあるが丁重にお断りした。

 ブランデンブルグ協奏曲第五番第一楽章。バッハの作った曲だ。ハープシコードと呼ばれるピアノの原型になった楽器が使われており、軽やかな印象を受ける曲であるが、何処と無く不安な気分にさせられる。ハープシコードのせいだ。

 食堂で流れると少し優雅な気分で昼食などが食べられるだろう。ただし、ハープシコードのせいで何処と無く不安になる。


 そんな不安な気配が真の背後からピッタリと走って来る。真は出来るだけ無心に走ることにした。昇の様に無表情、無感動の顔を作り、昇の様に一切に無駄のない動作をする。

 そこでハタと気が付いた。結局、私は無心に成れていないではないか、と。ホトホト自分が情けなくなった。iPodを切り、3kmも走っていないが、既に走る気は無くなっていた。こう言う時は無理に走っても無駄だ。雑念に囚われ過ぎている。

 こうなると、もう時間が解決するより他ならない。スランプと同じだ。ただし、スランプと違って何の成長もなければ、堂々巡りに成る。

 真は小さく溜め息を吐いて脇のベンチに腰掛けた。ボーっと正面を見据える。対岸には犬の散歩をしている老人、何処に行くのか自転車に乗った少年達、学校帰りか他校の生徒。そして、昇と仁。


「は?」


 間違いない。昇と仁が対岸のベンチに座っている。服装は、仁がアホのように明るいオレンジ色をしたジャージ、昇はカーゴパンツにパーカーだった。

 二人共真に気が付いてない。二人揃ってベンチに座り、手元に置かれた仁のパソコンを注視している。何の話をしているのか、全く聞こえない。川幅が40メートル近くある大きな一級河川だ。

 二人の間は恋人のように近い。何の話をしているのかは不明である。仁がキーボードを触っており、昇は画面を覗き込み、囁くように何かを耳打ちしている。時折、仁がそれに首を動かして反応していた。二人共体調不良だという話だし、この前は二人共親戚だと言っていた。

 5分程眺めていると、仁が昇に何かを耳打ちする。昇は周囲を見渡し、そして仁の顔を手で支え、自分の顔を近付けた。キスをしたのだ。


「……嘘よ」


 真はそう呟き、目を見開いて二人を見る。キスは一回だけ。後はパソコンをしまい、暫く仁が腕を組んだり、凭れ掛かったりした後、昇が立ち上がり、仁の手を引いて歩き出した。対岸だ。気付かれていない。真は、二人が何処に行くのか気になった。

 出来ればそのまま分かれてくれ、そう胸に抱きながら。震える手足を動かし、顔は前を、目だけ対岸に向けて。真は途中の橋を渡り、二人の後方10メートルに付く。会話は聞こえない。ただし、昇は仁より一歩先を歩き、仁はその後を付いている。手を確りと握り。

 心臓が痛いほどに早鐘を打っている。手の内にシットリと汗を掻いている。擬装用のiPodはブランデンブルグ協奏曲第三章が流れだした。ランダム再生にしてあるので、普通、同じ曲集が連チャンすることは珍しい。

 バイオリンが真の心を不安にする。

 2人はそのまま繁華街の、学校では近寄るなと言われている区画、風俗店がある場所に向う。愈々真は神に祈りはじめた。二人は此処を通るだけであってくれ、と。

 現実は非情である。昇は手短なラブホテルに入っていった。真は両の目から熱い涙が流れだした。初めての失恋である。何と生々しく、残酷な失恋なのだろうか?

 真は思わずその場に崩れてしまう。涙が溢れる。嗚咽が漏れる。そんな真の正面からハンカチを差し出す一人の男。40代ぐらいだろう。紳士的な男だった。この場所には不釣り合いだ。


「辛いね」


 紳士は取り敢えず、立ちなさいと告げ、ポケットから一枚の名刺を取り出す。名刺には防衛省の文字。この紳士は一体何の用なのだろうか?


「深見昇と井上仁の秘密を知りたくはないかい?」


 紳士の言葉に真は冷水を浴びせられたかのようにハッとする。それまで出て来た涙が嘘のように止まった。紳士は此処では何だと告げて二人が入ったラブホテルの入り口に真を連れ立った。



◇◆◇



 仁と昇の関係は一言で言って、複雑な関係だった。

 結局、仁は昇と付き合うことは出来なかったが、体だけの関係でも良いからと仁が押し切り、昇を関係を持っている。昇も昇で今まで誰にも頼れなかった部分を仁と体を重ねている時だけ甘える事が出来たように感じられた。

 爛れた関係、そう言うのは簡単だ。だが、そう言い切ってしまうには余りに儚く脆い関係だ。仁は自分が悪い奴だと思い、昇も自分は酷い奴だと自覚している。昇はまだ高校生だ。それまで妹の為に色々と犠牲にしてきた物を仁と言う存在に見抜かれてしまったのだ。

 一度知った甘味を諦めることはそうそう出来ない。


 桜も仁に慣れたようで仁を「さだちゃん」と呼んでいる。貞子が原語であろう事は昇も仁も祖父祖母も把握出来たが、悪い意味で使ってる様子はないし、桜に変えさせようとすると無くので已む無く「さだちゃん」とした。

 事を致した二人がホテルから出ると、何とも言えない纏わり付くような殺気に襲われる。思わず身構える二人であったが、その正体が何処から出ているのかはわからない。とにかく執拗で執念深い殺気である。ホテルの周りは人が居ない。何処を見ても、それらしき人影はない。

 二人は一旦ホテルの中に戻った。車庫の出入り口から出る為である。


「何だ?」

「わ、分からない……」


 二人はそのままガレージに向う途中で魔法少女に変身。そのまま独特な暖簾の掛かる出入口から外に飛び出る。正面の壁を蹴って一跳躍でホテルの屋上に上がる。お互いにお互いの背中を守るよう立ち、神経を研ぎ澄ます。すると、ホテルの貯水タンクの裏から人影が現れる。奇妙な格好だ。キメラの様に生々しい表面だ。

 体の皮膚が変質しているようにも見える。仮面ライダーに出て来るボス役、そういえば適当だろう。イルカやサメのビニールめいた皮膚だ。顔は分からない。顔をTシャツで作った“ニンジャマスク”めいた覆面をしている。

 体はランニング用のスウェットめいた物を纏っていた。


「……何、いえ、誰だ、と言えばよろしいでしょうか?」

「キモイわね。ショッカーにでも作られたのかしらね」


 少なくともマトモではない。

 ニンジャマスクの口元から漏れる吐息は白く熱が篭っている。左手には銃身を切り詰めた上下二連装の中折れ式のショットガンを右手にはブッシュナイフ、つまりマチェットが握られている。


「新手の強盗でしょうか?」

「金なんか持ってないわよ」


 二人の言葉に襲撃者は銃撃で答える。左手に握ったショットガンを二人に向け、特にジェーン・ザ・リッパーに向けて、トリガーを引く。2つ有る銃口の内上部から弾丸は飛び出る。粒数40のバードショット呼ばれる散弾である。日本で流通している散弾銃の弾、装弾で最も威力が低いのはこのバードショットと呼ばれる弾丸だ。ショットガンが使われる犯罪は大抵はこのバードショットである。と、言うのも日本でショットガンを使うに当たり、狩猟用かクレー用の何方かである。

 故に、今回の弾は手に入れやすいバードショットが使われたのだろう。


「ッチ!」


 通常の装弾、通常のショットガンである。つまり、この銃は魔法少女の武器ではない。と、成ると二人は警戒をするのはブッシュナイフである。散弾は彼女達にとって何の脅威もない。あたっても服が少し破けたりするだけだ。

 小石の束を思いっきり投げ付けられた程度で、かなり痛いが、その程度。致命傷には至らない。


「不愉快ですね。

 貴女には色々と聞きたことが有ります。申し訳有りませんが、捕まえさせて頂きます」


 クアトロ・セブンは立射の姿勢で襲撃者の足を狙ってトリガーを引く。ドガガと短い指切りバースト射撃。襲撃者は大きく後ろに飛び退き、その銃撃を避ける。後ろに一回、右に一回。ステップを踏むような可憐な動きで銃弾を避ける。

 5点バースト射撃だ。的確な射撃、極めて正確な射撃である。

 故に、避けるのも容易い。クアトロ・セブンの銃撃を避けた襲撃者は悲鳴のような、咆哮のような声で威嚇する。

 クアトロ・セブンは思わずその声に固まってしまう。怯えた訳ではない。兵士の勘、と言うには余りにお粗末であるが、直感に訴える、危険な雄叫びだった為である。


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