第十七話
第十七話
愛知県小牧市に中部管区警察学校と機動隊の駐屯地が置かれている。元々は帝国陸軍管轄の陸軍名古屋地方幼年学校が置かれていた。現在も、中部管区警察学校内部には幼年学校時代の名前、観武台の石碑が掘り返されて直されている。
また、警察学校の道路を挟んだ正面には、幼年学校跡地の石碑が立ってられており、こちらは誰でも訪れて見ることが出来る。
そして、警察学校の一角、教室に数十人の魔法少女が座っていた。
慶太郎は魔法少女として登録されておらず、正式な番号を与えられていない。種類は丙種だ。能力は雷を扱う力である。人を殺すのは楽に出来る程の電力は出るし、彼が本気を出せばちょっとした町工場ぐらいの電力を賄うことは出来る。
が、本人は能力を扱う事もしていなければ、魔法少女としての戦い方は勿論、通常の戦いすら出来ない。故に、力を持った素人で他ならない。そして、この場にいる数十人の魔法少女は誰もが同じような物である。一部の魔法少女を除いて。
「あ、あの、クアトロ・セブンですよね?」
「ええ、そうでございます」
慇懃に答え、体ごと慶太郎に向ける所作は正しくクアトロ・セブンだ。
そして、その奥にはジェーン・ザ・リッパーとベルサイユに新人のテン・バーが座っている。ベルサイユとクアトロ・セブンはこの近辺を中心に活動する魔法少女であることは有名であるが、ジェーン・ザ・リッパーは東京を中心としている筈だ。
全員の視線は教室後部に座る彼女達に集まっているのは間違いない。ジェーン・ザ・リッパーはカチンカチンと親指で鍔を押上げては離しという動作を繰り返し、鯉口を切る音を周囲に響かせていた。奇妙な緊張と高揚が教室を満たしており、それを誰もが理解し、酔っている。
教室の扉が開かれ、柳葉と数人の担当官と思しき男、警察制服を着た男達が入って来た。
「スマン、少し遅れたな」
開口一番柳葉がそう告げると教室内を一瞥する。
「ここに居る者は全員、警察業務の一部行使を容認したという事で、相違ないな?」
そして、柳葉が尋ねる。異論がある、やっぱり止める、そういう者は教室から出て行けと告げた。此処が最後の分かれ道。此処から先はもう戻れない。柳葉の言葉はそう言っている。柳葉が教室中を見渡し、誰も出て行かないことを確認すると頷いた。
「先ずは、ありがとう。
君達の協力は、ある意味ではキメラとの戦い以上に重要なファクターを占める事になるだろう。勿論、様々な場所から、色々なことが言われるであろう。だが、これだけは覚えていて欲しい。君達のお陰でまた、助かる人間は居る。
特に、キメラとの戦闘よりも多くの人間を救えるだろう」
柳葉はそう告げると脇に居た警察関係者に視線を移す。全員の視線がそちらに移動した。
アイロンが掛かった紺色の制服だ。色々と装飾があるり、よく見る“警察官僚の制服”である。慶太郎は警察オタクではないので、その制服の名前は知らない。
男は銀縁のメガネを掛けており、神経質そうな、“エリート”的な印象を受ける。実際、エリートなのだろう。警察の階級や昇進の仕組みはわからないが、男は30代程である。後ろにいる警察関係者よりも歳が若いだろう。
「君達には警察官の仕事を手伝って貰う。
テレビや漫画のように、刑事の様に事件の捜査はしない。と、言うよりか、犯人を捕まえる人が居ないのだ。キメラと戦うよりは楽であろうが、人間はキメラより脆い。例えば、クアトロ・セブン、ベルサイユ。彼女達が扱う馬鹿でかい機関銃なんかを犯人にぶっ放して見ろ。アッと言う間に死んでしまう。
日本はアメリカのようにバカスカ犯人を撃って殺すことを容認されては居ない。乙種、丙種の魔法少女は特にその点を注意して欲しい。甲種魔法少女も、力任せにぶん殴ったら犯人は死んでしまう。我々が諸君等に望むのは“容疑者を出来る限り五体満足、無事に取調室に座らせる”この一点だけだ」
ハイと手を上げるのはジェーンザ・リッパーだ。
メガネエリートは少し不愉快そうに何か?と告げる。
「いや、何。
手足の一本ぐらいなら切っても良いだろう?相手は犯罪者なんだ」
「違う。容疑者、だ。
容疑者、とは罪が確定していない。まだ、疑いのある段階の人間を指す」
「確定犯は?
暴力団、外国人窃盗団、ジャンキー、詐欺師、強盗。私達が出ると言う事は、相手が暴れるということだろう?警察官には攻撃が免除されているはずだ。私達は警察の義務と免除を与えられるということは、その攻撃も認められるだろう?違うかな?」
ジェーン・ザ・リッパーの言葉に、ベルサイユもウームと唸る。
そして、M1919を取り出し、テーブルの上に置く。
「私のは見ての通り、機関銃だ。お前等ポリ公の仕事は手伝ってやりたいし、そのつもりで来た。
ジェーン・ザ・リッパーみたいに故意に犯人をぶった切っちまおうとも思わねぇが、私やクアトロの銃は掠っただけでも、肉を抉ってく。クアトロのはどうかしらねぇが、俺のは二脚を展開するか、三脚に据えない限りは、命中率なんか有って無いようなモンだ。
自慢じゃないが、こっからアンタの弾を撃ちぬくとして、100発は消費する自信はあるぞ」
ベルサイユの言葉にエリートメガネは何でこんな奴を呼んだんだ?と言う咎めの視線を柳葉に向ける。柳葉は当たるまで近付けと告げる。機関銃が当たる距離なら殴った方が速い。そうベルサイユが言うと、柳葉はそういうことだと告げた。
つまり、殴って制圧しろと言うことである。
「ベルサイユさんは容疑者を殴ればよいのでは?
幸い、相手が一般人やチンピラなら、飛び道具は有りませんし、拳銃弾は我々には効きません。ライフル弾やスラグ弾ならまだしも、そんな装備なら、我々の銃を行使する正当な理由になります。
それに、機関銃を向けられてまだ抵抗しようと思う人間はいるので?」
クアトロ・セブンの言葉にその場にいる全員が、確かにと頷いた。
「皆様は私達の銃に付いて、テレビでよく見て居られるでしょうから問題ないでしょう。
問題は一度もテレビで出ない、サイトに取り上げられていないこの場の方々です。この中で乙種で、拳銃、サブマシンガンにライフルの方は?」
クアトロ・セブンの言葉に半分近くの人間が手を挙げる。
クアトロ・セブンは言葉を続ける。問題は、テレビで頻出する様な銃を持っておらず、尚且つ奇っ怪な形や小さい形をしている銃を持っている者である、と告げた。しかし、柳葉はその点はまた個別で対応するから問題ないと告げ、話を進める様に促した。
エリートメガネは鼻緒を指で押し上げると話を進めた。内容的には認められた権利とやってはいけないこと、また推奨されない行為等等で、最終的には配布した資料を見ろと言う、よくある面白くも、為にも成らない役所仕事である。
1時間程の説明の後、丙種、甲種、乙種で別れてそれぞれ隣の機動隊駐屯地に移動した。慶太郎達の班にはクアトロ・セブンが随行する。乙種であるが、丙種との共闘経験もあり、何よりも教え方が上手いとのことである。乙種にはベルサイユが行ったが、正直彼女の説明は「ガーンって感じで、ダーってやるんだ」と言う擬音語のオンパレードである為、警察学校の教官と機動隊から来た警官達に指導される。
甲種はジェーン・ザ・リッパーが付いていく。戦闘技術に関しては彼女が4人の中で一番上だろう。ちなみに、テン・バーもこの甲種の方に付いて行っている。
「さて、丙種は本当に数が少ないですね。
貴女達4名ですか」
クアトロ・セブンがグランドの端、芝生の上に慶太郎を含めた4人を横一列に並ばせる。周りには警察学校の教官2名にクアトロ・セブンの担当官である柳葉が着いていた。
「キメラとの戦闘で、丙種は完全な後方支援です。
なので、丙種魔法少女は必ずチームを組んで戦っています。それは貴女達も知っていますね?」
クアトロ・セブンの言葉に4人はハイと頷いた。全員少なからずの緊張をしているようだ。当たり前である。言ってしまえば、クアトロ・セブンはプロ野球の新人エースであり、慶太郎達は草野球チームのメンバーである。
相手は有名人、自分達は素人。そんな感覚がまだ彼等にはある。
「緊張していますか?
無理もないでしょう。取り敢えず、このグラウンドを30周してみましょう」
クアトロ・セブンはそう言うと柳葉や教官達は少々驚いた顔をしていた。慶太郎達も同じである。クアトロ・セブンはM1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃を5丁取り出して、それぞれに配る。弾倉は付いていない。それでも8kg近くあるその重量は銃に不慣れた4人はとてつもなく重い。
「銃を持って走る事をハイポートと言います。
銃を落としたり、持っている腕が下がったら後ろから撃ちます」
クアトロ・セブンは自分だけ銃に弾倉を装填した。大丈夫、死にはしません。死ぬほど痛いだけですので、と告げグラウンドを見遣った。慶太郎達の顔が真っ青になり、柳葉や教官達も流石に顔が青くなった。
結果から言えば、慶太郎は30周走り終わるまでに7発、背中に弾丸を受けた。他の者は余裕で2桁を超えて、芝生の上に倒れこんでいる。
現在、クアトロ・セブンはどういう訳かやって来た他の魔法少女達をBAR片手に追い掛け回している。追い掛け回されている中にはテン・バーも居り、彼女は巨大な大剣を担いで走っている。
「鬼だなアイツ」
ベルサイユはケラケラと笑いながら、気張って走れ!と叫び、ジェーン・ザ・リッパーは倒れて動けない慶太郎達の足を刀の鞘で突き回している。
担当官と警官達は集まって彼女達が何をやっているんだ?と話し合っていた。
「あ、あの……」
「うん?
どうした丙種」
「何で走ってるので?」
慶太郎は疑問に思った事を口にする。すると、ベルサイユは暫く考えてからヴィクトリーサインを作り、理由は二つ有る、そう告げた。
「一つ目は、お前等の体力を知りたいから。
剣を振る、能力を使う、銃を撃つ。どれをとっても体力が必要だ。魔法少女は常人より遥かに体力、力があるといっても、お前等と私等じゃ一般人とアスリートぐらい有る。
見ろあの鉄仮面を。機関銃ぶっ放しながら走ってるんだぞ?キメラとの戦闘はこれ以上にキツイ。相手は人間でも、必死こいて逃げるんだ。警官達が何で日頃から鍛えてるのかって言えば、必死こいて逃げる犯人を必死こいて追い掛け、捕まえにゃいかんからだ。
お前は普段からスポーツをやってるみたいだが、実戦はスポーツとは違う。基礎体力は絶対に付けろ。それに、魔法少女と一般人の運動能力も全然違う。見てろ?」
ベルサイユはヨイショと立ち上がるとM1919を取り出し、それを肩に担いだ。そして、そのまま助走をつけて飛び上がった。ジャンプだ。飛び上がったベルサイユは国旗掲揚台に並ぶポール一番高い、国旗が上がっているポールの上に立つ。
そして、そのまま飛び降りてきた。
「な?
お前、彼処まで飛んで、ポールの上に着地してみろ」
慶太郎は言われるがままジャンプする。思いっきりジャンプだ。すると、高さ100メートル近くまで飛び上がってしまった。自分が想像以上に高く飛び上がり、思わずパニックに成った。手足をバタバタ振り、情けない悲鳴を上げながらの落下である。
直後、自分の体を誰かが抱き締める。見ると、甲冑のようなドレスを着た魔法少女、テン・バーだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、えっと、は、はい」
テン・バーはそのまま音もなく着地すると、慶太郎を下ろし、そのまま未だに走ってる列に加わった。
「な?
無理だろ」
「は、はい……」
「そんなお前等に行き成り戦い方を教えてって言われても無理なんだよ。
キメラ戦闘を考える魔法少女だって最初の3ヶ月は自衛隊でミッチリ扱かれる。朝から晩までキッツイぜ~初日から飛ばしていくからな。訓練は自衛官以上にハードだ。まぁ、魔法少女のブーストあるから一般の自衛官と同じ訓練じゃ意味ないって事かもしれないけどさ」
「今日は挨拶と軽い能力の扱いを教えてくれって言われてたのよ。
でもさ、私達って自分の能力と本格的に向かい合ったのはどーかんがえても3ヶ月の基礎訓練が終わった後に現場なのよね」
ジェーン・ザ・リッパーが慶太郎の横に座って告げた。ベルサイユもそうそうと笑う。
なので、彼女達3人は基礎訓練は大事としてこうやって走らせているのである。なら、最初からそう言えと担当官達は3人に告げるが、文句を言うならそっちが考えろ、そう言い返して終わった。この計画はまだ試案の段階であり、その実験体がこの数十名なのであるからして、しょうがないといえばしょうがない。
また、警察のメンツもあり、自衛隊の協力は借りないという方針であった。結局、下らないしがらみを捨て切れないのが警察の負の血統である。