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第十六話

第十六話


 広江慶太郎の母親は所謂魔法少女排斥派団体の筆頭である。魔法少女排斥派にもいろいろな種類がいるが、慶太郎の母親はそこに加えて左翼主義で、所謂自衛隊排斥派でもある。幼い頃には彼女に連れられて自衛隊関連法案の反対デモや嘉手納、普天間等の米軍基地へのデモへも行った。

 そんな慶太郎は左翼主義なのか?と聞かれればNoである。どちらかと言えば右翼主義に近い思考を持っている。事の発端は小学校の中学年後期、つまり小学校4年生の頃だ。


 夏休みに入り、学校が無くなると母親は毎日の様に幼い慶太郎に非常に偏った見方の現政府の体制とそれに伴う魔法少女の話ばかりをしていた。

 勿論、最初はそれを信じていたし、魔法少女は凶悪の殺人犯だとも思っていた。小学4年である。彼は悪くない。子供の思考は親を中心とした周りの環境によって構成されていく。しかし、小学4年生だ。しかも、男子だ。

 はっきり言って毎日のように聞かされる、よく分からない話に飽き飽きしていたのだ。小学4年生に対して55年体制だの日本列島改造論だのと言って果たして1時間後に再度同じ単語を覚えているだろうか?いや、無理であろう。


 ある日、彼はクラスメイトと近所の公園に遊びに行く約束をしていた。しかし、母親の訳の分からん難しい話をされる。母親は熱が入ると何時迄も話がループするタイプの人間で、所謂討論が出来ないと言うタイプの人間だ。

 そのくせ、自分の主張ばかりを話、相手の話を聞かないタイプである。其処に関しては慶太郎は彼女が嫌いであった。人間的に相容れない存在であると同時に、母親というどうしても形容し難い矛盾があった。


「そろそろ遊ぶ時間だから、帰ったらね」


 とうとう、約束の5分前になった。慶太郎はそう告げて母親の話半ばにサッカーボールとグローブ、バットを持って家を飛び出した。確りと帽子をかぶり、お気に入りの戦隊ヒーローの描かれたカバンには携帯ゲームとそのカセットに、充電器。小銭が入っている。

 走れば公園に間に合う。きっと、気の早い友人達は既に公園に着いているだろう。今日は何をするのだろうか?多分、最初はサッカーだろう。そんな事を考えながら交通量は多いくせにろくすっぽ整備がなされない公園前道路を飛び出してしまった。

 慶太郎の目の前にはトラックが猛スピードで突っ込んできたのだ。

 よく、自動車が突っ込んできて動けない人がいる。慶太郎の場合はその非日常な現象に頭が付いて行かないのだ。


「おいおい、道を飛び出すんじゃねーよ?」


 そして、そんな慶太郎を救ったのは真っ赤なドレスを着た少女だ。背は慶太郎と同じぐらいである。彼女の顔はニッカリとまるで太陽のように笑みだった。テレビで何度も見たことがある顔だ。


「ベルサイユ……」

「おう、ベルサイユだ。

 しかし、ちっとばかし間が悪かったな……」


 ベルサイユは慶太郎を公園の入口前に立たせると、絶対に此処から動くなと、公園の奥に走って行く。公園の手前には大量の警官がおり、ベルサイユは少年をよろしくと告げた。公園、世間一般では自然公園とか呼ばれる場所で、かなり広い公園だ。

 公園の入口から少し行った先にある休憩所が慶太郎達が集まる場所だった。しかし、そこに行くには警官達の規制線を超えねばいけない。

 慶太郎ははたと思い出した。全くもって意味のない抜け道がある。入り口以外の場所から中に入れるという物で、しかも、入り口の近くであるから、それこそ何に使うのか?と言うレベルである。

 最も、公園を囲っているフェンスの点検用扉であり、そこの鍵が壊れているだけで、公園管理者が気が付けば直されてしまう程度の抜け道だ。慶太郎はバットを持って“抜け道”に走った。此処は警官も居ない。ノブを捻ると鍵は開いていた。壊れたままだった。


 バットを片手に中に入ると突然、小さな爆発音が聞こえてくる。ダカダカダカと言う音である。それが銃声であると直ぐ分かった。魔法少女ベルサイユ。彼女は機関銃でキメラを殺している。キメラ、母親はもっと難しい言葉で言ったが、慶太郎はキメラと言っていた。母親はその都度訂正するが、外的身体変形及び反社会性人格障害者、なんて呼ぶのは4年生ではまぁ、ムリだろう。

 現に、アナウンサーに最も嫌われる頻発用語としてこの『外的身体変形及び反社会性人格障害者』とその関連法案名が上がる。


「あっちだ……」


 慶太郎はバッドを握り締め、慎重に歩みを進める。慶太郎が3年生の頃に1年を掛けて大規模な整備が行われ、足元のペットボトルの樹脂チップを集めて作ったとか言う排水作用が高いタイルは足音を吸収する。歩みを進めるに連れて、どんどん銃声が高くなる。

 ちょっとした盆地になっており、生け垣などのせいで視界は不良だ。勿論、大人の腰丈ぐらいなので慶太郎がちょっと屈めばすっぽりと姿を隠せる。

 それを利用して進む。入り口で銃を持って見張っている警官は慶太郎に気が付いてない。


 慶太郎が何時もの倍以上掛けて休憩所に着く。

 休憩所はちょっとした囲いと屋根が付いており、その中にあるテーブルとベンチで何時もゲームをしているのである。今回はそのテーブルの上にベルサイユが陣取り、マシンガンを撃っているのだ。ベルサイユの正面には右手にデカい針を持ったキメラが居る。

 当時の慶太郎は知らなかったが、あれは針を飛ばして攻撃をするタイプのキメラで、鎌を持つタイプの通常種とは違う。


「大丈夫だって!

 男だろ?泣いてんじゃねぇよ!」


 ベルサイユは自分の後ろに隠れている慶太郎の友人達に声を掛けながらマシンガンを撃ってキメラを牽制する。キメラはベルサイユに近付くことが出来ない様子で30メートルほど先から針を撃って飛ばしている。しかし、針の命中率は悪いらしく、ベルサイユ達の隠れる休憩所の屋根や外壁に当たるだけだ。

その音は薄い鉄板の外壁に力任せに釘を打ち込むような、聞いていて余りここちの良い音ではない。キメラは唸り、ベルサイユは機関銃をぶっ放す。針が着弾するたびに友達達は悲鳴を上げている。慶太郎は手に持っていたバッドでは無力だと分かった。

 恐怖で足が動かない。


「もうちょっと待ってろ!

 もうちょっと待ってたらもう一人か二人魔法少女が来るし、自衛隊も来る。そうすれば家に帰れるぜ!」


 そして、そんな恐ろしい中でベルサイユは一人、陽気に声を出し友達を励まし続けていた。

 母親の言う程、魔法少女は悪い奴では無いのかもしれない。慶太郎がそう思った瞬間、シュバーッとロケット花火を撃った時のような音がする。一体なんだろうか?慶太郎が上空を見上げると一筋のグレーをしたひこうき雲めいた雲が空中に残っている。

 直後、チュドーンと爆発音。見ると、キメラが木っ端微塵に吹っ飛んでた。そして、その残骸が周辺に飛び散る。


「待たせたなぁ!

 アタイの参上だよ!」


 そして、タタンと休憩所の屋根に誰かが降りる。身長が140cm程の魔法少女であろう少女だ。服装は中東の民族衣装に似たドレスで、肩には筒を担いでいる。


「師匠!」


 屋根の下にいたベルサイユがそう叫びながら外に出る。師匠と呼ばれた魔法少女、乙種魔法少女の“ロケット・ガール”である。武器はRPG-7で、基本的に広範囲攻撃しか出来ない。しかし、乙種魔法少女の中でも攻撃力に関して言えばトップクラスに近い火力を誇る。

 顔は何処で買ったのか“魔法少女は揺るがない”と書いてあるTシャツをニンジャマスク風に巻いている。肌は褐色であった。


「おう!

 やけに時間食ってたじゃねぇか、弟子!」


 江戸っ子口調のロケット・ガールの言葉に、ベルサイユは休憩所の中に居る友人達を連れて外に出た。ロケット・ガールはそれを見てコイツつぁーおでれーた!とオーバーリアクション気味に反応してみせる。

 慶太郎は思わずその場に走った。友達の無事を確かめる為に。そして、母親の言葉を確かめるために。


「あの!」

「あん?」

「お前!」


 ロケット・ガールはどっから来た?と首を傾げ、ベルサイユは何でここに居ると叱り、友達は慶太郎!と名を呼んだ。慶太郎は三者の言葉を一切無視して、ベルサイユとロケット・ガールを両の眼に見据える。慶太郎の態度に二人は少し居住まいを正す。


「あの、貴女達魔法少女は、悪い奴なんですか?」

「何でだ?」


 ベルサイユの疑問に慶太郎は日頃から母親が言ってる言葉を辿々しく注げる。不穏な空気の中、友人は駆け付けた警官達に保護される。ロケット・ガールはそっちの対応に出るので、慶太郎の対応はベルサイユに任せたのだ。

 ベルサイユは慶太郎の言葉を黙って静かに聞いた。


「だから、魔法少女は悪い奴、犯罪者なんですか?」


 そして、最後にもう一度、自分の疑問をベルサイユにぶつけた。

 ベルサイユは腕を組み、目を瞑り、暫く口を閉じていた。


「先ず、魔法少女が良い奴か悪い奴か、と言う質問であるが、キメラを人間と捉えたとしたら、私達は人間を殺す存在だ。つまり、お前のママの意見といっしょになる」


 ベルサイユの言葉に、慶太郎は頷いた。


「次に、これは受け売りなんだが、キメラは人間や、他の動物を襲う。とてもとても強い。

 ウルトラマンの怪獣や仮面ライダーの敵みたいに、警察官や自衛隊でも勝てない。それは知ってるな?」


 慶太郎は再度頷いた。


「私達はそんな警察や自衛隊の代わりにキメラを倒しているんだ。

 キメラを捕まえて、治そうって考えている医者も一杯いるし、日本だけではなく世界中にそういう研究をしている学者はいる。でも、ここ100年、キメラを治せるっていう治療どころか、その根本原因ですらハッキリとしていないんだ。

 ただ、わかっているのは、一度発症したら、死ぬまで他の生き物を殺し続ける。腹が減ったら、手当たり次第、人間でも犬でも猫でも食べる。魚も食べるし、野菜も食べる。

 人間が生きていく上で、殺生は必要だ。しかし、キメラは食べる以外にも殺生をする。少年。君は、食べる時以外で動物を殺すか?」


 慶太郎はそんなバカなと首を横に振った。ベルサイユは私だって違うと首を振る。


「私はそんな存在を私や君と同じ“人間”だとは思わない。

 君はまだ若いんだ。母親一人だけではなく、色んな人から色んな話を聞きなさい。この世でこれが本当に正しいという事はないんだから。ただ、私達魔法少女はキメラを殺す。キメラを殺し、キメラに殺される人を出さないようにするのが仕事だ」


 ベルサイユは慶太郎にそう笑い掛けると、頭をポンと撫でる。そして、事情を終えたロケット・ガールと共に公園を後にしようとする。しかし、ベルサイユは思い出したように慶太郎を見る。


「そうだ、お前!

 危ないから警察の包囲を掻い潜って現場に入って来ちゃダメだろうが!友達を助けに来るたぁ、良い度胸だが、アブねぇ事はしちゃダメだ。お前が怪我したら元も子もないだろう。今度からは気を付けろよ」


 ベルサイユ達はそう言って去っていった。

 あれから2年後、小学校6年生にして魔法少女に覚醒する。小中学生の場合、魔法少女として活動する際には親の同意が必要になる。未成年だからである。高校生に成ると自由裁量になるが、大抵の親は口出しをする。当たり前である。

 高校生とはいえ親にとってはまだまだ黄色い羽の子供である。防衛省もそれは承知しているので、文句は言わない。


「久し振りだな、慶太郎くん」


 久し振り、そう言うのは柳葉と名乗る魔法少女の担当官だ。地区担当官と呼ばれるその地区に居る魔法少女の統括も行っているそうで、役職は結構偉いのだとか。

 そして、魔法少女に成らなかった者の家にも定期的に訪問して様子伺いをする。この様子伺いは魔法少女に成らないか?と言うよりも魔法少女の力を使って悪いことをするなよ?と言う物で、勧誘行為よりその力で悪い事するなよ?という物に近い。魔法少女が敵に回ると、キメラよりも質が悪い。

 故に、魔法少女に成らないと言う者は厳しく管理されるのだ。


「お久しぶりです。

 定期の面談、ではないですよね?」


 場所は慶太郎の自宅ではなく、柳葉が指定した駅に近い裏路地にあるBARウィリアムズと言う場所である。

 柳葉が地図付きのメールを送ってこないと道に迷っていただろう。また、入るにしてもかなり奥まった、ビルとビルの合間にあるので正直、入るのに躊躇ってしまう立地条件である。

 中は案の定薄暗い。しかし、それを持って何処か隠れ家的な印象を受けた。ただし、隠れ家過ぎな気もするが、それに関しては慶太郎がどうこう言える立場でもなければ義理もない。


「ああ、君は魔法少女に逮捕権を与え、警察の一部を代行させようという話を知っているかい?」


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