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棺の皇国  作者: 天海りく
終天崩落
68/115

4-5

***


 マリウスは土煙をあげるゼランシア砦を見据えたまま、肩で大きく息をする。

 片腕さえあれば魔術は使える。だが、思った上に魔力を全力でつぎ込んだことが、まだ塞がりきっていない傷口に大きく響いた。

 暑さだけのせいではなく、汗が噴き出し顎から伝い落ちる。歯を食いしばっていなければ、痛みに呻き声をあげてしまいそうだった。

 主君がひとり最前線に立っているというのなら、もっと援護がしたいと無理に前に出てきた手前、醜態は見せたくなかった。

「マリウス、よくやったわ。後ろで指揮に戻りなさい」

 横についていたヴィオラに従い、マリウスは後退する。

 ただでさえ片手で持つのが困難な両手持ちの片刃の剣が、ことさら重く数歩歩いただけで息が切れる。

(少しでも、皇主様のお役に立てただろうか……)

 やっと煙が晴れて見えたゼランシア砦の西部の壁は大きく崩れて内部の部屋や廊下が剥き出しになり、その下に瓦礫が山となってなっているのが見えた。

 下敷きになった敵も多いはずだ。しかし、東側へと敵を引きつけているバルドはまだ敵将と相対していた。

 自分の腕を切り落としたゲオルギー将軍がバルドと拮抗しているのを見据えるマリウスは、緩んでいた柄を握る手の力を強める。

 もはや自分ができるのはこうして戦況を見極めながら兵達を動かすことだけでしかない。それもまた、重要な役目と分かっていても直接剣を振るって戦えないことがもどかしい。

 ジルベール家嫡男として剣を振るいたいのか、主君を側近くで護りたいのかどちらだろう。

 ふとわき起こってきた疑問に、魔術の力に魅せられた幼い日のことが蘇る。

 この力は恐れるものではなく素晴らしい皇祖様からの恵みだと教えてくれたのは姉だった。

(……今、自分がすべきは皇主様の援護だ)

 マリウスは大きく深呼吸をして乱れる息と感情を落ち着かせ、真っ直ぐに戦場を見据えた。


***   


 マリウスの放った魔術に力負けすると直感した後、フランツは一旦防護の魔術を解いたものの少し遅かった。

 無理に魔術を押し破られた反動で、フランツの杖を持つ腕は大火傷をした後のように赤くただれていた。

 攻撃を受けた箇所はこの最上層の露台から確認しきれないとはいえ、甚大な被害を被ったことは確信できた。

 皇祖グリザドがこの島に降り立つ以前から、祖先が築き護っていた砦をこれ以上破壊させるわけにはいかない。

「御当主様、まだお休み下さい!」

 玉の魔道士の応急手当を受けてすぐに、フランツは再び杖を持って前へと出ようとするが臣下に止められる。

「休んではいられん、次が直に来る」

 マールベックの当主たる自分がそうやすやすと退くわけにはいかないのだ。

 フランツが再び壁を築き始めた時、彼の元へリリーの脱走の報告が入った。

「すでに砦内の兵が少なくとも百名以上戦闘不能に陥り、内部の廊下や壁が崩され砦の外と往き来に支障が出ています!」

「馬鹿な。一体なぜそんなことになった!! 手引きをした者は誰だ!」

 予想を超える被害と脱走した上に武器を所持しているというありえない事態に、フランツは驚愕し唖然とする。

(まさか、フリーダが……)

 一瞬、リリーの脱走に手を貸したのが妻だと疑ったがそれはないはずだと否定する。

 これだけの被害を及ぼすには、使い慣れた武器をリリーは所持しているはずだ。ならばクラウスかと思えば、今はフリーダと共にリリーを食い止めに行っているということだ。

 もし、クラウスがこちらに寝返っていないとなればフリーダはリリーとクラウスのふたりを相手することになる。

「東側からも援護を出せ。……リリー・アクスをなんとしてでも食い止めろ」

 フリーダを死なせるなと、喉元まででかかった言葉をフランツは無理矢理呑み込んだ。

 妻はけして積極的に死にたがっているのではなさそうだった。だが生きる意味を見いだせずにいるのだろうと察せた。

 フリーダは戦うことで、答を探しているのか

 生きる意味を決めるのはフリーダ自身でしかなく、本当の意味で彼女を生かすことはきっと誰にもできない。

(この戦が終わった後に……)

 お互い、生き延びれば何かが変わるのではないだろうかと、フランツは杖を持って露台に向かいながら考える。

 共に生きるか、それともフリーダは自分の行きたい場所を見つけるのか。

 どちらでもいい。今はただ、彼女の望みが知りたい。

 痛む腕に顔を歪めながら、フランツは杖を構えて再び魔術で防壁を築く。臣下達は不安そうな顔をしながらも、止めはしなかった。

 見下ろした戦場では、雷の塊がふたつぶつかり合っている。そのふたつが弾けた衝撃だけで、砦が揺れた。

 両軍の将が直接剣を交えてから、もう時間は大分経つ。決着の時がくるのはそう遠くなさそうだった。 

 

***


 バルドの鎖骨から左肩からにかけてがゲオルギー将軍の剣先で引き裂かれ、鮮血が滴った。

 まともに受ければ骨が砕けていただろう、重い一撃だった。

 バルドは焼け付く痛みにも眉ひとつ動かさず、荒い息を吐きながらゲオルギー将軍に向けて雷撃を放つ。

 両者共に、傷だらけだった。程度でいえばゲオルギー将軍の方が酷く、白いローブが焼け焦げた黒と血の赤でまだらになっている。

 だがバルドのローブも裂け目がいくつもあり、その下の皮膚は焼け爛れていたり血が流れ出ていたりと戦場でこれだけ傷を負うのは初めてだった。

(強い……)

 バルドは相手の次の動きを探りながら、剣を構える。

 直感と力任せで動く自分は、計算され尽くされた動きというものと相性が悪い。それでも力押しで最終的にはどうにかなってしまっていた。

 だが、ゲオルギー将軍相手には通用しない。魔力が今まで対峙した誰よりも高いのもあるが、それ以上にこちらの動きを読んでくる。

 先にバルドは踏み込んでいく。

 剣先が届く前に避けられ、大振りの動きにできた隙に入り込まれそうになる。しかしバルドは脇腹に相手の太刀が叩きつけられる寸前で躱し、そのまま雷撃を打ち込んだ。

 ゲオルギー将軍も雷を放って相殺してくる。

 ふたつの雷の塊が弾ける衝撃から身を護るために、ふたりは再び距離を取った。

(まだ、魔力が尽きていない)

 これだけ魔術をぶつけあいながらも、ゲオルギー将軍の魔力はまだ余裕があるらしかった。

 とはいえ、最初の時よりも威力が落ちているが、それは自分も同じだ。

(強い)

 睨み合いながら、バルドは再び強くそう思う。

 この勝負に勝てたら、どれほど心地よいだろう。

 勝利への欲求が貪欲さを増していくと同時に、理性ある人間は失われて、獣の本性によって感覚が研ぎ澄まされていく。

 勝ちたい。

 今度はゲオルギー将軍が先手をかける。剣先がどこへ向かってくるか、バルドは直感で予測しそのまま剣で受け止める。

 がっつりとふたつの刃は噛み合い、退くことも押すこともできないほどに力が拮抗する。

 だが、バルドの持つ神器とゲオルギー将軍の剣とでは強度が違った。

 小さな、本当に小さな亀裂がゲオルギー将軍の太刀にできる。

「ぐ……」

 ゲオルギー将軍が力の拮抗が崩れるのを見計らって退く。

 それをバルドは鋭い雷の矢で追う。

 魔術でまた打ち払ってくるかと思えば、ゲオルギー将軍はローブで受け止め太い雷の柱を落としてきた。

 バルドは素早く避けて、そのままの勢いで突っ込んでいく。

 互いに魔力も体力も長くは続かない。

 全力を投じれば、決着はつく。

 一刻も早く、勝利の喜びを。

 心は急きながらも、微塵も冷静さを失っていない動きでバルドはゲオルギー将軍を押していく。

「……この、命にかけても皇主様に勝利を」

 バルドの剣を受けながら、つぶやいたゲオルギー将軍は再び剣を噛合わせて一歩も退かない気迫を纏う。

 彼の太刀に入っていた微少の亀裂が、大きく広がる。

 鈍い音を立てて刀身がまっぷたつになる。

 相手の剣をへし折ったバルドに僅かに隙が産まれる。

 ゲオルギー将軍が右手で刃が折れた太刀を持ったまま、バルドの懐へと入ってくる。

 捨て身の攻撃だった。

 バルドは切っ先が地についた自分の剣をそのまま振り上げる。

 心臓めがけて雷撃が放たれる寸前だった。

 振り上げた刃は下からゲオルギー将軍の剣を持った腕を、肩の付け根から切り落としそのまま首までも深く裂いた。

 腕が落ちる直前に僅かに注ぎ込まれたいた魔術が、胸に入ってバルドは少しよろけるものの膝をつくことはなかった。

 吹きだした鮮血をまともに頭被って視界がきかなくなったバルトは、乱暴に顔についた地をローブの袖で拭って足下を見る。

 ゲオルギー将軍は事切れている。

 勝ったのだ。

 強敵に打ち勝った喜びに声ひとつあげず、表情も微動だにさせないままバルドは、喜びに陶酔する。

 こんなにも心地よい勝利は久方ぶりだった。血を被っているのに、強い酒を全身に浴びているような錯覚すら覚える。

 もっと、戦いたい。

 滴るほどの返り血に濡れ勝利の高揚と果てしない闘争本能に瞳をぎらつかせるバルドに、声もなく将の敗北を見ていた白の魔道士が喉を引きつらせた。

 喰い殺されると、彼らの本能は恐怖一色に染め上げられる。

 バルドは新たな闘争と勝利を求めて、歩み出す。敗北したゲオルギー将軍の姿は彼の瞳

にはまるで映らない。

 大勢が恐怖に足を竦ませながら、果敢にも挑んでこようとする白の魔道士を薙ぎ払うバルドの姿に敵だけではなく、味方さえ戦いていた。

 彼らの目に移るバルドは、主君でも敵将でもなく魔術という強大な力の化身のような獣でしかなかった。


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