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たまにはまじめな焼智先生 ~プロットのいらない物語構築法~

「やあやあ諸君、今日は『物語の中での時間を制御する』方法について教えちゃうよ!」

「なんですか、先生、そのSFっぽい話は」

「いやいや、SFなんかじゃあないんだよ、ごくふつうに、小説を書いている人ならば、誰でもが、無意識のうちにやっていることなんだよ」

「無意識のうちにやっていることならば、わざわざ説明する必要なんかないんじゃないですか?」

「そうじゃないんだよ、KO林君、無意識のうちにやるのと意識的に制御するのとでは大きな差が……そういえば、私が話し始めてから何分ぐらいたったかね?」

「なんですか、唐突に」

「いいから、何分ぐらいたったかな?」

「そうですね……せいぜいが数十秒……いっても一分程度ってところでしょうか」

「それだよ!」

「ええ、なにが『それ』なんですか」

「つまり、会話一つとっても、どうしても身振り手振りの時間、言葉を発する時間というのが発生するわけだ、これは時間というものの特性上仕方のないことだ」

「なんだか、今回はずいぶんと概念的なことを言うんですね」

「ふふん、どうだ、哲学的だろう? 賢そうだろう? 惚れ直したかね?」

「いや、別に最初から惚れていないので、惚れ『直す』ってのはないですね」

「ああン、いけずぅ」

「ふざけてないで、とっとと解説を始めてください。タイムイズマネーですからね」

「では!」


 一つの物語世界が開かれた瞬間から、その世界の『時間』は動き出す。

 私たちが実際に生きていく中でも、時間だけは止められないだろう?

 だらだらと意味なくツイッターをたどってみたり、ぼんやりテレビを見ていたり、眠っていたり、どんな行動をしていても『時間』は必ず経過する。

 物語の中も同じ、登場人物の時間も物語中に書きこまれる書きこまれないにかかわらず絶対に経過する。


「そんなの、当たり前ですよね。誰でもわかっていますよ」

「そうだろうか、それにしては小さな、例えば冒頭のようなワンカットシーン的な時間経過をつなげるばかりで、物語自体は停滞している作品が多いように見受けられるのだが?」

「ま、まってください、先生、ワンカットって、映画の話ですよね、いましているのは小説の話ですよ?」

「うん、そうだね」

「あと、読者の中にはワンカットがわからない人もいると思うんで、説明」

「は~い」


 ワンカットとは長回し……つまりカメラ一台のみを止めずに動かしてとった一つのシーンを指す。

 ところで、おそらく読者の多くが、小説よりも映像になじみが深いことだろう。小さいころからアニメを見て、年頃になれば映画を見て、最近ならば動画配信なんて映像コンテンツもある。

 ところが、それだけ映像になじんでいながら……いや、なじみすぎているからだろうか、多くの作者が『作者』という立場にいながら、『カメラの切り替え』ということにあまりにも無頓着であり、例えば長い会話シーン中に自分の頭の中だけで勝手にカット切り替えをして満足してしまっているのだ。

 何を言っているかわからないと思うので、画像を思い浮かべてもらおう。ワンカットというのは動画コンテンツで配信者が「はいどうも~」とカメラを見ながら話し始める、あの雰囲気を思い浮かべると分かりやすいだろう。編集上、途中でワイプなど入れてあるが(これは厳密にはカット切り替えにあたるが)、いまは雰囲気をつかんでもらうのが優先なので今回は気にしない。要するにワンカットで会話を撮ろうとすると、カメラを引き気味にして登場人物全員を映すこととなるわけだ。

 ところが、映画など見ていると『セリフを言う人物』を画面に映す、そしてまた次のセリフを言う人物を映して……などということができるわけだ。これ、ワンカットじゃないよね?


(A少佐のバストショット)「よって、明朝、本隊は作戦決行のための行動を開始する!」

(ブーイングする隊員たち、そこからB小隊長が歩み出る)

(B小隊長バストアップ)「少佐さんよぉ、それはあんまりにも無謀ってもんじゃアないのかい?」


 はい、短い言葉のやり取りの間に、いくつ画面が切り替わったか、わかったかな?

 実は文章では、このカットの切り替えが自動では起きない。作者が意図して起こすなら別だが、普通に会話を書くと、それは『会話』というシーンとしてひとくくりになってしまうのだ。


「ところが、人が言葉を話せば必ず『時間経過』が起きる。同じように物語中でキャラが動けば、動作に対して『時間経過』が起きるだろう? だから、

 人は物語を書くとき、無意識のうちに時間の流れを作り出しているものなのだ」

「じゃあ、いいじゃないですか。つまりあれでしょ、ワンカットでとった会話の後で、『この話はここまで。さあ、飯にしよう』とか言わせて、場面を切り替えれば済むんでしょ」

「ほら、ほらほらほら」

「な、なんですか」

「そのあとは何をするシーンだい? 本当に会食シーンとか書いちゃう感じかな?」

「ダメなんですか?」

「ダメかダメじゃないかを決めるのは私じゃない。そのシーンが物語に対して意味があるように組んであれば、ちっともダメじゃないんだよ」

「あ、ならば簡単です。会食シーン中に、次の目的地についてのヒントを話すとか……」

「な~んで『会話』を時間軸の中心に据えちゃうのかね、君は」

「ええっ、訳が分からない……」

「そうだろうね、今回はすご~~~~~~く難しいことを話しているからね」


 さて、KO林君と違って、賢明な読者様の中にはお気づきになった方もおられることだろう。

 つまり、会話というものには単純に時計の針を進める機能はあっても、それが物語のキーポイントとなるとは限らないのである。

 そもそも、物語において『セリフ』というものは、作者が思うほどに重要視されない。例えば敵拠点の所在だの、能力のチュートリアルだのを長々とキャラクターに語らせても読者はまず読み飛ばす、もしくは流し読む。つまり作者が思うほどに『重要な情報だ』とは思ってくれないのである。

 ところが、である。私たちが読書をするとき、そうした重要な情報は登場人物のセリフの中にちりばめられていることが多い。それゆえに私たちは『この情報は登場人物に語らせねば!』と思ってしまうのである。

 これが実はワナ。確かに重要な情報はセリフによって確実に語られるべきではあるが、その前提条件として『セリフはその内容よりも、どのような場で話されるかが重要なのである』というものがあるのだ。

 つまり、わざわざ会話のためのシーンを用意して無駄に時間経過だけを発生させるのではなく、物語の進行と登場人物の行動をシンクロさせて、しかるべきところで必要なセリフを放させる、これが大事になる。


「そのために、単なる時間経過ではなく『時間の流れを制御する』ことがものすごく重要になるんだよ」

「具体的には、時間の制御って何ですか?」

「ありていにいえば長期的展望でもって、『期間を設定する』ということかな。例えばハ○ー・ポッターなんかは、当初の予定では『主人公が学生でいる間』という期間設定があったと思うよ。他にも伊豆の○子なんかは、旅行に出かけて東京に帰るまでという期間設定がされているはずだ。つまり、そうした大きな枠が『どのくらいの期間の間に』起きる出来事なのかを設定する、これが『時間の流れを制御する』ということなのだよ」

「それだけ?」

「そう、これだけ。ところがだよ、この期間設定を作っただけで、物語は大きく動かすことができるようになる。なぜなら物語の中の時間の流れは、必ずしも一定ではないからだ。ここは現実とは異なるね。ところが、ここを理解していないと、やれ飯を食っただの、やれ会話をしただの、そういった『単なる時間経過』をうっかり書きこんでしまいがちになるんだよ」


 たとえば、重要な作戦会議(だと作者が思っている)シーン、これを「その夜開かれた会議で、○○は~~~地方への侵攻を決めた」の一文で表すことができてしまうわけだよ。なのに、なぜそれをしないか、簡単だね、作者はそのシーンが重要な情報を含む『会話』をするためのシーンだと思い込んでいるからだ。

 しかし、前述したように、セリフは『どの場で発されるのか』が重要であって、言葉そのものにはさして重きなどないのだよ。

 物語に重要なのは、その物語をゴール地点へと導くエピソードであって、セリフはそのエピソード中で『登場人物が実際に発するから』書きこまれるだけのものである。

 さて、エピソードとは何かというと……日記だと思えばいい。日記には「その日に起きた鮮烈な出来事」を書くだろう? その鮮烈な出来事一つがエピソードだ。

 考えてもみたまえ、『みんなで集まって話しました』や、『ご飯を食べました』や、『お風呂に入りました』が、日記に書きこむほど重要な出来事かな?

 時にそれが鮮烈な出来事となることはあるよね。例えば『旅行に行って大きなお風呂に入りました』や、『合宿で布団にもぐって、みんなで恋バナしました』とか、そういうところには自分の感情を交えて精細に書くことができるだろう? 

 なぜかというと、『旅行に行く』や、『布団にもぐって恋バナ』など、具体的なテーマがそのシーンにあるからなんだ、これがエピソードの基本。

 で、実際に日記を書いてみると分かるんだが、大人になると日記に書くほどのことが起きない日っていうのも、けっこうあるんだ。日記に「いつも通り電車に揺られて出勤、いつも通り仕事をして、いつも通り退社」なんてのを毎日ドラマチックに描くってことはできないだろう?

 ところが、この出勤途中に電車の中で具合の悪い人を助けたとしよう。君は周りの乗客と連携を取って、その人が横になるだけのスペースを確保し、こう叫んだ。

「お客様の中にお医者様はいらっしゃいますか!」


「ね」

「何が『ね』なんですか」

「つまり、急病人を助けるための行動によって、時間が動いているのがよくわかるだろう? 期間設定は次の駅について駅員に急を知らせるまでの十数分、『ドラマが動く』わけだよ」

「そんなの、電車に揺られている日だって、時間は経過してるわけじゃないですか」

「そうだね、実際の時計は確かに。だけど、それがわざわざ日記に書きこむほどのことかい?」

「待ってください、つまりですよ……小説っていうのは日記と同じで、連続した時間の中の印象的で鮮烈な出来事だけをかけばいい……?」

「そう、その通りだよ!」

「しかも期間を設定したということは、その期間中に起きた大きなイベントだけをかけばいいんですね!」

「そう、大正解だ、KO林君!」


 つまり、書かれるべきは『印象的な』部分であり、この要件を満たしているなら作戦会議だろうが食事風景だろうが構わないのだ。

 よく考えてほしい、これは今までとは発想が逆であるはずだ。

 この書き方をすると、例えば作戦会議ではそれが登場人物や物語にどのような影響を与えるかの方が重要になり、会話の内容はさほど重要ではなくなる。

 例えば主人公がとある作戦の概要を説明した、しかしそれに反対する仲間がいる、さあ、これをどう説き伏せるか……となると会議シーンに意味が出てくるだろう?

 つまり『登場人物がどのような行動をするのか』のほうが、セリフよりも重要なんだ。


「そして、登場人物には濃厚で濃密な一日と、そうではない一日が当然あるよ。文章というのは時間経過に対して万能だから、登場人物に大した変化がないのならば何十年という年月を『そして○年が過ぎた』の一文にまとめてしまうことができるんだ」

「例えば期間設定が『○○の一生』だったりした場合、普通に会社に行っている日の出来事は書かずに『そして○年が過ぎた』で済ませてしまうわけですね」

「そうなのだよ、KO林君! だから期間設定はとても大事なのだ!」

「でも先生、今回のサブタイトルは『プロットのいらない物語構築法』じゃないですか、期間を設定しちゃったら、逆に綿密なプロットが必要になるのでは?」

「逆だよ。例えばハ○ー・ポッターのように『寄宿学校に通っている間』という期間設定をしたとしよう、この場合、イベント管理が容易になるのだ」

「イベント管理ですか?」

「そうだ、くだんの物語は、まず学校に『入学するまで』というイベントが発生している。さらに『クラス分け』というイベントや、『初授業』というイベントを経て物語は進むわけだよ」

「なるほど、そうしたイベントの一つとして『楽しい食事』や『部活動』なんかもあるわけですね」

「しかもこの期間設定、逆に今手元にあるエピソードをどのぐらいの期間で消化しようか、という使い方もできるのだよ」


 例えば『ギルドで依頼された仕事』というエピソードを書くとしよう。この時、期間設定が短すぎると「依頼受けたぞー、倒したぞー、わーい」みたいな速足で薄っぺらいエピソードになってしまうのである。

 これを例えば三日間と、少し期間を延ばしてみよう。そうすると何としても三日分の行動を登場人物にとらせる必要が出てくる。結果、罠を貼ってみたり休息があったり、わくわくの温泉回があったりといったふうに、『依頼を解決するまでの三日間』という幅のあるエピソードが構築できるのだよ。


「逆にこれができないと時間経過のための単調で短いシーンをつないだような物語になる。つまりダイナミックに物語を動かしたいのならば、まずは時間を設定せよ! なのだよ、わかるかね?」

「わかりました!」

「ほう、わかったのかね、じゃあ宿題だ。いまここまでKO林君にとくとくと説明をしたこの物語、これの時間設定はどのぐらいだと思うかね?」

「えっと……」

「おおっと、言ってはいけないよ、たまには読者諸兄の考える余地というのも残しておかなくてはね」

「なるほどです……」

 そう言ってKO林君は、長考を始めた。長く長く、永遠に続くかと思われるほど長い、沈黙が続いたのであった。



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