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「…美穂のことか?」
立脇がそう言うと、明は目を見開いた。
「…聞いたのか、美穂に…」
明がそう言うと、立脇が頷いた。
「今朝、明が『美穂』って言った時、すごい動揺してたからどうしたのかなって美穂に聞いたら、転校するって言ったからさ」
「…そうか」
考えてみたらそうだ。
友達の自分に言ったんなら、同じ友達の立脇にも言うはずだ。
「ちょっと来てくれ」
明は立脇に付いて行った。
案内されたのは、立脇の家だった。
「…ここでゆっくり話そう」
立脇がそう言うと、明はうなずき、立脇の後に家に入っていった。
「あら、明くん、いらっしゃい」
立脇の母が明に挨拶する。
「あ、はい、こんにちは」
明も挨拶をする。
「今日はどうしたの?ゆっくりしていってね。私にできることならなんでも言ってね」
「ちょっと、母さん、ゆっくり話したいから」
「あら、つれないね。久しぶりなんだからいいじゃない」
難しい時期を迎えた子供と親がお互いを牽制し合っている。
「あの、気を使わなくて大丈夫です。僕達はゆっくり話したいので」
明が耐えきれずにそう言った。
これは本来なら立脇が言うような台詞なのだが、よりによって明が言ってしまった。
「あ、そう?じゃ、ゆっくりしていってね」
立脇の母はそう言うと、どこか寂しげに場を後にした。
「ここに座って」
明は立脇の部屋に通された。
なんの変哲もない、どこにでもあるような少し散らかっているような部屋だった。
明はその床に腰を下ろす。
小さい頃から何回も来たこの部屋が、今日は狭く感じた。
「あのさ…」
明は早速話そうとするが、言葉に詰まる。
こんなに話すことが出てこないのは初めてだ。
しばらく沈黙が続く中、
「俺、実は美穂のこと好きだったんだ」
と立脇が口を開く。
明は目を丸くした。




