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練習終了後、長瀬が明に話しかける。
「明、帰りにバッティングセンターに寄ってかないか?」
バッティングセンター、か。
明はバッティングセンターには行ったことがない。
普通の高校球児ならバッティングセンターの一つや二つぐらいは行っているのだろうが、明はめんどくさがって行かなかったのだ。
「へぇ、スタメンじゃないのに行くんだ」
美穂がいたずらっ子っぽい笑顔を長瀬に向ける。
「うるせぇ!な、なんかの拍子で俺がスタメンになるかもしれないだろ!」
長瀬が美穂を殴る真似をする。
経験者の明は、なんともいえない表情を浮かべて笑った。
「長瀬はベンチの方がいい仕事するからな」
美穂の横にいた立脇も援護射撃する。
「オイ!お前らなんなんだよ!」
笑い声が響き渡る。
そうか。あの頃はこんな感じで長瀬たちと笑いあってたな。
そう思うと、バッティングセンターに行きたくなった。
「よし、バッティングセンターに行こう」
明がそう言うと、長瀬が振り返り、
「本当か?行こうぜ行こうぜ!」
と目を輝かせていた。
「長瀬はホントに子供だな」
立脇はため息をついた。
「確かこの角を右だな」
長瀬が指で道をたどりながら言った。
「バッティングセンターってこんなにところにあったんだ」
美穂が言う。
「俺はそこに毎週通ってんだけどなぁ」
「その割には、成果が表れてないな」
立脇が嫌みを言うと、
「うるせぇ!」
と長瀬が殴る真似をした。
「着いた!ここだ!」
長瀬が指さす。
そこには「明北バッティングセンター」と書かれた建物が立っていた。
「なんか、そのまんまの名前だな」
立脇がしれっと言う。
「細かいことはいいんだよ」
長瀬が言う。
「なんか、もっとスゴいものを想像してたんだけど…」
明がしみじみと言った。
「明まで…」
長瀬もしみじみとなった。
「ま、とりあえず入ろうよ」
美穂が促して、4人は中に入った。
中は普通のどこにでもあるバッティングセンターといった感じだった。
「どこでやろうか?」
長瀬が聞く。
「俺は90キロぐらいでいいや」
立脇が答えた。
「俺も90キロでいいや」
明も答える。
「じゃ、私座ってるね」
美穂はそう言うと、椅子に腰かけた。
「よし、打つか」
「そうだな」
明と立脇は90キロのコーナーに向かった。
「あれ、先客がいる」
立脇が指さした先には、3人の人物が打っていた。
「しょうがねぇな、ちょっと待つか」
明が言うと、
「そうだな」
と立脇が言い、2人は椅子に腰かけた。
3人の中の背が高い男が快音を響かせ、ボールを飛ばしている。
よく飛ぶなぁ。
明はずっと目で追っていた。
それから2時間。
いつまでたっても3人の男は離れようとはしなかった。
「立脇、遅いな」
明が立脇の方を見た。
立脇は下を向いて、ブツブツ言っている。
「立脇…?」
明が立脇の方を見ると、
「遅ぇよ…。何時間いると思ってんだよ…」
と立脇の呟く声が大きくなった。
「早くどけよ…。ボール頭にぶつけてボールみたいなたんこぶできろ…」
「おい、立脇!」
明が呼びかける。
「我慢できねぇ!ちょっと文句言ってくる!」
立脇が立ち上がり、3人のところにスタスタと駆け寄っていく。
明もその後に続く。
「おい!お前らいつまでやっているんだ!早く代われ!」
立脇は3人に向かって叫んだ。
すると、ノッポの男が気付き、
「え?俺たち練習してんだけど」
といぶかしげに言った。
「もう2時間だぞ!いい加減に俺たちに譲れよ!」
立脇は興奮してきたのか、顔が真っ赤になっている。
「それなら後ろで待つべきなんじゃないの?俺たちわかんないからさ」
ノッポがしれっと言う。
「古館さん、正論!」
古館と呼ばれたノッポの右のメガネが言った。
「そういうこと。じゃ、他のとこで打ってよ」
古館はそう言うと、またコインを入れ打ち始めた。
「お前らのやっていることは、いけないことだぞ!」
立脇は頭に血がのぼりすぎて、言っていることが支離滅裂になってきている。
「俺たちは野球部の練習に来たんだよ!練習できなきゃ困るんだよ!」
立脇がそう言ったとき、
ドアが開く音がした。
「え?君たち野球部なの?」
古館が明たちの方を向いて言った。
「そうだよ」
立脇が睨む。
古館はしばらく考えたあと、
「わかった、貸してやるよ」
と言った。
「本当に!」
と立脇が目を輝かせた。
「ただし、俺とホームラン競争をして勝ったらね」
古館が指を指す。
「え?」
明と立脇は同時に声を出した。
「どうする?やる?」
古館が聞く。
「立脇、もうこんな時間だしさ、諦めよっか」
明が言い終わらないうちに、
「やる!」
と立脇がまだ顔を真っ赤にして言った。
「よし、じゃあ君からね」
古館はそう言って、回れ右をした。
「やったるで!」
立脇は自信満々だ。
なんでこんなことになったんだろ。
明は時計に目をやる。
時計は何食わぬ顔で動き続けていた。




