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明はさっきからずっとニヤニヤしている。
それもそのはず、初めてレギュラーに抜擢された試合で自分の活躍で勝ったとなればそのニヤニヤは止まらない。
そうして自分の家にこうして座っている時にも、ニヤニヤはなお一層止まらなかった。
「お兄ちゃん何さっきからニヤついているの?」
光莉が頬杖をつきながら聞いた。
「俺は、勝利の余韻に浸っているんだよ」
明はまだニヤニヤしている。
「余韻ねぇ…」
光莉は頬杖をついたまま答えた。
明は満足そうにソファーに寝そべり、テレビを見た。
ベッドに入った時も、明は今日の試合を思い出していた。
自分でもこんなことができるんだな。
タイムスリップしてよかった。
明はまたニヤニヤした。
「おい明、さっきからニヤニヤしてるぞ。大丈夫か?」
次の日の練習で長瀬が明に尋ねる。
「あ、うん、大丈夫だよ」
明は慌てて口元をキュッと引き締めた。
「昨日の試合は明くんのおかげで勝ったようなものだからね」
美穂が笑いながら言う。
「え?あれマグレじゃないの?」
「マグレでも当てただけスゴいよ」
長瀬と美穂が話していると、「みんな、ちょっと集まってくれ」
と森先生が声をかけた。
部員全員が森先生の所に集まる。
「今日はみんなに嬉しいニュースがあるぞ」
明ほどではないが、森先生がニヤニヤして右の方を向いた。そこには楢崎が立っていた。
「次の試合は楢崎が投げることになった」
森先生がそう言うと、驚きにも嬉しい声にも聞こえる声があちこちで聞こえた。
江南高校戦で戦線離脱した楢崎が帰ってきたのだ。
明は目を丸くすると同時に顔をほころばせた。
「楢崎…。もう投げられるのか?」
井川が尋ねた。
「あぁ。完璧だ」
楢崎が笑顔を見せる。
「よかった…。これで大丈夫だ!」
沢田が声を上げた。
それを合図に明北ナインは歓喜に沸いた。
明も喜んだ。もしかしたら優勝できるんじゃないか。そんな気にさえ思えてきた。
「ところで、次の対戦校はどこなんですか?」
臼田が聞く。
「次は、荒谷高校だな」
森先生が言った。
「え?」
「嘘?」
「マジか」
その名前を聞いたとたんに、明北ナインがざわざわし始めた。
荒谷高校。明は聞いたことがある。
高校球児にとって「荒谷高校」の名を聞いたものはいないというぐらい有名な高校だ。
毎年のように甲子園に出場し、好成績をおさめている。
高校球児たちは荒谷高校に入るために毎年3万人超の生徒が受験する。
荒谷高校の野球部になることが一つのステータスになっているぐらいだ。
「はい、みんな静かに」
明北ナインのざわざわを森先生が静める。
「相手がいくら強豪だからって、俺たちが勝てないって決まった訳じゃないだろ?勝てるように練習しなくちゃな。じゃ、練習練習!」
森先生が練習を促すと、部員たちは散り散りにグラウンドに戻っていく。
俺も練習するか。
明がグラウンドに向かおうとすると、
「おい、明」
と呼び止められた。
振り返ると、岩崎が立っていた。
「岩崎先輩、なんですか?」
明が聞いた。
岩崎は笑みを浮かべると、
「次の試合もさ、お前がサードを守ってくれよ」
と明の肩をポンと叩いた。
一瞬の間、沈黙が流れた。そして、
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?なななななななな、なんでですかっ!?」
と明は驚いた。
「いや、前の試合で投げちゃったからさ、俺、中休みすることになって」
岩崎は淡々と言った。
「いや、おかしいでしょ!岩崎先輩が守ればいいじゃないですか!」
「俺は、自分の健康を守りたいんだよ」
「うまいこと言ったつもりですか!」
明の心臓は鼓動を速めた。
冗談じゃない。相手はあの強豪・荒谷高校だぞ。
俺に守りきれるはずがない。
「あの、ホントに僕じゃ荷が重いので…」
明が遠慮がちに断る。
「いや、冗談で言っているんじゃない!」
岩崎は明の肩に手を置いた。
「俺、昨日言ったよな。明は誰よりも人一倍努力してるって。お前なら大丈夫だって!」
岩崎がまっすぐ見つめる。嘘をついていない目だった。
そうか。岩崎先輩は俺を信頼しているんだ。
「…わかりました。やります」
明はそう返事をした。
岩崎はまた笑みを浮かべると、
「頼んだぞ」
とグラウンドに向かっていった。
信頼されたのは初めてだ。明はグラウンドを見つめる。
やってやるぞ。
明は、ベンチに向かって走り出した。




