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一度は3点差にまでもつれ込んだ試合。それがあと1点差にまで追い上げた。
しかも二死満塁。一打逆転の大チャンスだ。
と書けばドラマチックなのだが、次のバッターは、1年坊主こと明なのだ。
まいった。暑いからか冷や汗なのか汗はダラダラで、全身は小刻みに揺れていた。
しかも相手のピッチャーは元気を取り戻したみたいだし…。
そう思うと、明の体はなおいっそうふるえるのだった。
「プレイ!」
審判が叫ぶ。明の体はなおもふるえている。
みんな、ありがとうな。
速水はボールを握りしめる。
そのまま速水は第1球を投げる。
「ストライク!」
審判がコールする。
ダメだ。明の体はさらにふるえた。
もう完全に立ち直っている。
こんな球を最後の最後に投げられてしまったらおしまいだ。
そうか。速水は「平成の奪三振王」と呼ばれるんだ。
こんぐらいのスタミナはあって当然だな。
「ストライク、ツー!」
審判が手をあげる。
スタメンなんか引き受けるんじゃなかった。
スタメンなんかになったから俺はこうして追いこまれているんだ。
いや、待てよ?俺をスタメンにしたのは森先生だ。
じゃあ、森先生が悪いのか…。
「タイム!」
その時、明北ベンチがタイムを取った。
「明、ちょっとこっちにこい」
岩崎が明を呼び寄せる。
「な、なんですか…?」
明は岩崎に恐る恐る聞いた。
「お前、緊張してるのか?」
岩崎は明に言った。
「あ、ハイ…。汗は止まらないですし、震えも止まりませんし、これが自分の体なのかどうか…」
明がそこまで言うと、
「大丈夫!お前は打てる!」
と岩崎が念を押した。
「え…」
「お前は俺の代わりにサードを守ってくれて、本当によかったと思ってる」
岩崎が女の子を口説くみたいな感じで明に話しかける。
「それに、明は毎日遅くまで練習してきた。誰よりも人一倍努力したお前なら絶対打てる!気持ちで負けんじゃねぇ!」
岩崎が激を飛ばす。
その一言で、明は目を覚ました。
そうだ。俺は練習が終わってからも自主トレを欠かさずやって、少しでもチームのためになろうと努力してきたんだ。
「岩崎さん、ありがとうございます!」
明は岩崎に向かって帽子を取ってお辞儀をして、バッターボックスに向かう。
やっと、終わったか。
速水はボールを握りしめたままバッターボックスを見つめている。
そこから田口をはじめ、今まで戦ってきた仲間を見つめる。
こんな最高の仲間ともっと一緒に戦いたい。
速水はまた強くボールを握りしめる。
「プレイ!」
審判がコールする。
これで、終わりだ。
速水はキレイなフォームからボールを投げた。
負けられない。
明はバットを握りしめる。
前の俺だったら、完全に諦めていただろうな。
だが、今は違う。
俺は必死で努力した。その努力を見て、信じてくれる仲間がいる。
だから、負けられない。
明はボールをバシッと叩いた。
当たった。
しかし、そのボールはピッチャーゴロ。
終わった。明が絶望していると、
「明ァ!走れェ!」
という岩崎の声が聞こえてきた。
速水の方を見ると、ボールは速水のグローブの前でバウンドし、センター方向に転がっていた。
この間に臼田がホームイン。あとは沢田が帰ればサヨナラだ。
「センター!バックホームや!」
速水が叫ぶ。沢田が3塁を蹴る。
センターからボールを受け取った速水は球をホームへ送球する。
「沢田!すべれ!」
明北ベンチから声が飛ぶ。
沢田はすべる。それとほぼ同時に田口がボールを受け取り、沢田にタッチする。
しばし球場には沈黙が流れた。
が、審判が、
「セーフ!ゲームセット!」
とコールした。
明北ナインは沢田に駆け寄った。
「よくやった!」
「お前は沢田の中の沢田だ!」
沢田はもみくちゃにされながら、笑顔を見せている。
「は、速水…」
田口をはじめ金橋ナインが速水のもとに集まる。
すると、速水は向き直り、
「すまん、負けてもーたわ」
と笑顔を見せた。
それに安心したのか田口が、
「惜しかったな」
と声をかけた。
「来年は僕たちに任せて下さい!」
「お疲れ様でした!」
と声をかけられると速水は、
「おう」
と小さく右手をあげた。
明は2塁でぽかんとしていた。
俺たちは勝ったのか…?
「明、こっちにこい!」
岩崎が明を呼んだ。
「お前のおかげで勝ったんだぞ!」
その言葉を聞くと、明は岩崎のもとに駆け寄り、岩崎と抱き合った。




