十六 グウゾウスーハイの国
結局、また戻ってきちまった。テンイムホウ。
{講和会議に参加するのは、サンサンにとってもいい経験となるだろう}
ギルドの重鎮の、会長さんに言われちゃったら、俺も断ることはできない。
この国はあのブライトとやらとの戦いから二年を経ても、あまり変わってないらしい。
{オークの身体を持っていると分かれば、あなたが強盗に襲われるかもしれない}
王都に入る前、通訳からこの全身を覆う服? を渡された。目元だけ穴がいくつか空いていて、{かっこいいですね!}とお世辞を言われた。そこまで言うなら、養蜂家でも始めようかなあ。
まさかあの決戦で、負けるとは思っていなかった。馬鹿みたいな量の食料の輸送が確認されたから、可笑しさは感じていたが、オークはそこまでいないと分かってか、舐めてかかっていた。俺が王に仕立て上げたスナーがテンイムホウ王国の軍にやられたと聞いて、近くまで駆けつけてみたら、予想外のヒトが居た。どういうことだよ、全員祟られた跡があった。精強なるヒトの兵士の後ろには、おぞましい屍が積み重ねられていたに違いない。
しかし、戦争自体はオカメハチモクの勝利で終わった。そもそも、屍で出来たヒトの兵士たちは、すぐさま補充できるようなものでもない。こっちのオークや混血は、所詮同盟都市からいくらでも購入できる。それにしてもまあ、停戦まで一年半もかかるとは思わなかった。
昨日、和平文書が発行した。こっちはなんだかんだ言って商人の寄り合い所帯だ。{これ以上戦争は続けるな!}と同盟の総会で各都市の評議員から言われちゃったら、何にも返せない。あいつらが、兵の維持費を分担している訳だし。
長々と書かれた文言を要約すれば、{テンイムホウ王国はアイマイモコの領有権を金輪際放棄します}となる。まあ、俺らの独占交易も維持できたわけで、損はしていない。妹のニキーズも弟のマトトもスナーの後継にはならないことも決まったので、あの取り合いで負けた分もチャラになった。まさか一回売ったマトトが王宮に居るとは思わなかったが。
そう、命を引き換えに決戦で勝ったブライトとかいう混血。テンイムホウでは珍しい。差別されていただろうに、決戦の場ではテンイムホウの王国の建国記の真似事始めちゃって。よっぽど国王陛下ラブ! だったんだな。
国王も、講和会議で取り乱すことは無かった。普通、敗戦国のお偉いさんは癇癪起こす奴もいるのに。吹っ切れている感じだった。まあ、言葉は分からないが。
正妻との子は王太子の不審死以降まだ授かっていないようだが、代わりに側室のニキーズとの間に俺らの滞在中、男の子を産んだ。何で戦勝国の外交官が出産おめでとうパーティーに出席しなきゃいけないんだ。ふざけてるのかよ。上司に聞いたら{出ろ}とだけ言われた。
ただそれから、良いこともあった。あの養蜂家コスプレをしなくて良くなった。次の王が混血だと噂されてから、人でも変わったようにオークファッションがブームとなった。ハイカラな嬢ちゃんたちが腕を緑色に染めてるんだから、苦笑いしか出ない。案外、あっさりと文化って変わるもんだな。
そうそう。少し休暇を貰って、例の奴のお屋敷まで行った。中からメイドが出てきた。怪しがっていた。ペンダントを出した。泣き始めた。ご主人を呼んだ。何か言っていたから、通訳に聞いたら、{ありがとう、と言ってます}だとよ。
酷い。ここまで来るのに、俺がどれだけ苦労したと思っているんだ。わざわざテンイムホウに詳しい伝手に頼んで、ブライトの親がこのパール地方の領主と分かって、長旅したんだ。{何か礼は無いのか}と文句を言うと、{家業の商いで仕入れたワインです}と通訳が紹介したものを、一ダースほど貰った。まじかよ、これ、原産地オカメハチモクだぞ。頭おかしいのか。
まあ、得したので良しとする。二ダース目は貰いすぎな気がして断った。
さあ、帰るか。このテンイムホウ王国から。王都を出ようとすると、銅像が見えた。気になったのは、見覚えがあったからだ。馬に乗った勇猛果敢な姿。甲冑を着た可憐な乙女。大通りともあって、国際語たるオカメハチモク語でも説明があった。
{ブライト・エンライテンメント
パール伯爵のもとに生まれる
若くして神の声を聴き、戦場の女神となる
オカメハチモク同盟と戦い、秘術を使い圧倒する
国王陛下に忠義を尽くし、騎士団長となる
千二百十五年、アイマイモコの地にて戦死す}
うーん。脚色されまくっている。わざわざオカメハチモク語でこの文を書いているのが、キショクワルイ。別に秘術でも何でもなかったし。
銅像の方にケチを付けてみると、まず肌は単なる銅色。。これじゃ混血だとは分かりやしない。顔もこんな美人じゃなかった気がするな。
極めつけは剣。ここだけ刃に銀、持ち手には贅沢に金があしらわれている。戦時下で、わざわざ戦意高揚のためだけにこんなものを建造したのか。金や銀は、数十年で剥げるというのに。王国は、そういう国なのだろう。モッタイナイ。溶かして地金にしたい。幸い、ここは大通り。一本それたらもう人さらいがのさばっていると、厳しく通訳から指南された。この像も、溶かされやしないだろう。
ふと視線を逸らすと、像に膝まづいて泣いている、長袖の目障りな女が居た。しかしどこか気になるところがあったので、通訳に話しかけさせた。
{私は、この英雄の母なのです}
通訳は語った。
嘘だ。ワインを頂戴するときに、パール伯爵夫人も見た。こんなみすぼらしい、ガリガリのヒトではなかった。
いきなりでビックリした。いきなり女は長袖をまくった。折れそうな腕には、緑色のポツポツがあった。ファッションか分からず触ってみても、確かに祟りの後だ。同族みたいなもんか。少しばかり気休めになった。
{この娘が亡くなって私は悲しいです}
{そうか、気の毒に思うよ}
{あなたは、どこの出身ですか?}
{チューオッシだ}
{そこは、どこですか?}
{オカメハチモク同盟で、一番大きな都市だ}
ワンテンポ遅れて通訳から聞いた途端、女は震え上がった。そして、嗚咽を漏らした。きっと何かの恨み言だったのだろうが、幸い聞き取れやしない。
{この子は、オカメハチモク同盟に殺されたのです。あなたは知っていましたか?}
{初めて知った}
俺が殺した張本人とは言えなかった。流石にここで骨を埋めるわけにはいかないからだ。
{この子は、健闘したのでしょうか}
{健闘したと、ここに書いてあったぞ}
私は銅像の説明書きを指さした。
{そうなのですか。私は文字が読めませんから、知りませんでした}
それなら好都合だ。すこしばかり、救ってやれる。
{こう書いてある。{{ブライトは、決戦で白馬に乗り、赤き国旗をなびかせて、オカメハチモクの軍隊を蹴散らした。しかし、オカメハチモクのものと決闘を行い、そのサーベルで斬られてしまった。死体は、川に遺棄されることなく、丁寧に埋葬された}}と}
通訳は文字が読めるから、怪しがった。しかし、{そのまま訳せ}と凄んだから、多分そのまま言ってくれたと信じたい。
女は、もう一度銅像に頭をフカブカと下げると、スタスタどこかに行った。貧民にとってみれば、顔の見えない王よりも、銅像として拝めるブライトの方が崇敬の対象なのだろう。グウゾウスーハイはこれだから。
愚かだな。しかし、どこか親切にしてしまうのは、自分がオカメハチモクの代官に成りきれていないからなのだろう。
疲れた。家まではまだ遠い。
俺は通訳に、馬車まで行くように頼んだ。そこでお前の任務は終わりだとも告げた。




