さよなら日常
「くらげになりたい。できることなら捕食されずに生きたい。」
今日何度目かのくらげ変身希望を呟きながら、ポテトチップスを食べる。パリパリと小気味のいい音を立てて咀嚼すると、持っていたコーラで流し込む。
俺、不知火 衣の変わらぬ日常である。
今でこそ堕落を貪る無気力人間であるが、昔からそうだったかと言うとそうではない。学生の頃は平凡ながら勤勉に学び、よく食べよく寝ていた。しかし働き始めてすぐのことだった。
両親と俺の乗った車が土砂崩れに巻き込まれた。幸い後部座席にいた俺は運良く助かったが、両親は巻き込まれたまま行方不明となった。警察も捜索隊も必死に探してくれたが見つかることなかった。何処で眠っているか分からないが、安らかに眠って欲しいと祈るしかできない。
俺は思った。人生は何が起こるか分からない、しんどい思いをせずに安らかに生きたいと。
こうして無気力な人間が1人この世に誕生した。
ポテトチップを流し終わると、残っているコーラをちびちびと飲みながら通販サイトを眺める。この間までセールをしていたので目ぼしいものは購入しているが、ダラダラと眺めてしまうのは習慣づいているからだろうか。外に出る回数を極力減らすために飲食物はまとめて箱で注文している。そのため、今のあちこちで段ボールの箱が積まれているがかまわない。
1人で住むには広すぎるし、注意する人ももういないのだから....。
いつの間か寝てしまったのか、時計を見ると朝の8時になっていた。
「また食べてそのまま寝てしまった。テレビでも付けるか.....なんだこれ?」
寝ぼけなまこのままテレビをつけると、いつものニュース番組が放送されていた。しかし何処か様子がおかしい。いつもは眩しいほどの笑顔で原稿を読んでいる司会が、汗の滲んだ声でこちらに叫びかけている。
「繰り返しお伝えします。現在国内のあちこちで暴動が発生しています。警察が対応していますが、その規模は拡大する一方です。彼らは無差別に暴れており非常に危険です。皆さんは直ちに近くの建物へ避難をお願いします!」
ここまで必死な声は、昔大地震が発生して津波が押し寄せてきた時以来だろうか。眠気が一気に消し飛んだと同時に、目に飛び込んでくる光景に息を呑む。
都心だろうか、あちこちで煙や火災が発生している光景が映し出される。けたたましいサイレンやクラクションに負けず人の悲鳴も聞こえてくる。スタジオからだろうか、絶えず人の慌てふためく声やバリケードを張るように指示を出す声がする。
画面が変わり、道路で人がフラフラと歩いる光景になる。頭をフラフラとさせて歩く人々は顔色が悪い。全員青白い顔をしている。中には身体から出血する人や一部が欠損している人もいる。その様子はまるで、
「.....ゾンビみたいだ。」
テレビのニュースを呆然と見ていたが、外が騒がしい。ニュースのように様々な声が聞こえてくる。震える手でカーテンを開ける。いつもと変わらない光景が目に飛び込んでくることを祈りながら。
しかしそんな願いも虚しく、非日常となった街がそこにはあった。あちこちで煙が立ち昇っている。人々が逃げ惑うのがここからでも良くわかる。
20xx年 春 日常は突如として消え去り混沌と絶望の世界がやってきた。