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世界の代行者  作者: 星之矢
第1章 始まりの過去編

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第31話 忘れてはいけないもの

第1部 過去への贖罪

 同じ頃――生徒会室を出たあとも、胸の奥のざらつきは消えなかった。


 廊下は静かで、窓の外にはまだ夕方の光が残っている。

 けれど、そこにあるのは、どこにでもある放課後の学院じゃない。


 不審事件の影響で、一般生徒はもう下校を終えている。

 部活へ向かう声も、生徒同士の呼び声もない。

 時折、遠くで教師たちの足音や扉の開閉音が響くだけで、校舎全体が薄く息を潜めているように見えた。


 なのに、胸の奥のざわめきだけは鳴り止まない。


 一年C組。

 被服室。

 管理棟資料棚周辺。

 講堂。

 図書室に隠されていた魔術痕。


 そして、誰の記憶にもない『魔族侵攻災害被害報告書』。


 点だったものが、もうすぐ線になろうとしている。

 そんな嫌な確信だけが、頭の隅に沈んで離れなかった。


 隣を歩く蓮次も、いつもより少しだけ口数が少ない。

 重護は腕を組んだまま前を見ていて、八神は最初からずっと無言だ。

 有栖川も何かを考え込むような顔で、手元の端末へ視線を落としている。

 シエラだけが一度だけ俺を見て、小さく「大丈夫ですか」と目で問いかけてきた。


 大丈夫かどうかで言えば、よく分からなかった。


 ただひとつ分かるのは、今日見つけたものが、俺たちの手に余る類のものだということだけだ。


「じゃあ、今日はここで」


 久遠の声で、そこでいったん流れが切れた。


 玄関の手前で解散になる。

 みんな短く言葉を交わして散っていく中、俺は一度だけ校舎を振り返った。


 不朽桜はここから見えない。


 見えないのに、学院の真ん中にあれが立っているという事実だけが、妙にはっきり意識に残った。


 ――あそこが、中心だ。


 誰に言われたわけでもないのに、そんな感覚だけが胸の底へ沈んでいく。


------------


 その夜。

 S.C.A.L.E.本部、内部監理区画の小会議室。


 机上には、学院の見取り図、反応波形、撮影記録、そして管理棟から持ち出された報告書の写しが並べられていた。


 部屋にいるのは四人だけだ。


 神城源侍(かみしろげんじ)総監。

 仙道遼司(せんどうりょうじ)

 エイミー・ターナー。

 そして如月光月(きさらぎこうげつ)


 扉が閉まると同時に、室内の空気は外と切り離された。


「では、始めるとしようか」


 神城の低い声が落ちる。


「現時点で確認されている魔術痕の位置、反応、ならびに管理棟で発見された記録との関連性。順に整理する」


 仙道が見取り図へ手を伸ばした。


 学院全体を俯瞰した図面の上に、外周の五地点と中庭中央の異常反応が示されている。


 一年C組。

 被服室。

 管理棟資料棚周辺。

 講堂。

 図書室。

 そして、不朽桜近辺を含む中庭中央。


「最初は散発的に見えた」


 仙道が言う。


「けれど、点を結ぶと話が変わる」


 細い光線が、外周の五地点を順に繋いでいく。


 ひとつ。

 ふたつ。

 みっつ。


 やがて図の上に浮かび上がった形を見て、神城が目を細めた。


「……五芒星(ごぼうせい)か」


「正確には、不朽桜を中心支柱とした五芒星構造です」


 答えたのはエイミーだった。


「校舎配置に沿って仕込まれてるんじゃない。最初から樹を基点に組まれている。中庭の一点が中心で、他の魔術痕はその外周の点に合わせて配置されてる」


「不朽桜そのものが、術式の中心部材ということか」


「ええ。飾りじゃないわ」


 エイミーの声は淡々としていたが、その表情は硬かった。


「しかも問題は、それだけじゃない」


 エイミーは別の資料を開く。


「玖番隊の解析結果は?」


 神城の問いに、エイミーは一拍置いた。


「一次解析は終わっています。でも、まだ結論は出せていません」


「理由は?」


「現代魔術理論で解析をかけると、途中までは波形も合う。外周の流路、接続点、魔力の吸い上げ方までは追えるんです。でも、下層構造に入った瞬間に整合が崩れます」


 神城が眉を寄せる。


「崩れる?」


「はい。術式として成立していないように見えるんです。不朽桜側の反応を重ねた瞬間、流れそのものが別の意味を持ち始める」


 仙道が低く続けた。


「人間の魔術として読むこと自体が、もう前提からズレてる可能性が高い」


 室内が静まる。


「玖番隊は解析基準を切り替えた。現代魔術理論だけじゃなく、古代魔術理論――より正確には、魔法側の理屈まで含めて見ないと解けないと判断してる」


「玖番隊でも、そこまで踏み込まねばならんか」


「逆に言えば、それだけ従来の枠から外れてるということです」


 エイミーは資料を閉じた。


「少なくとも、現代の術者が組む通常の魔術式じゃない」


 その言葉のあと、短い沈黙が落ちた。


 誰も軽く受け取ってはいない。


 神城の視線が、机上の報告書へ滑る。


『魔族侵攻災害被害報告書』


 その題名を目にした瞬間から、光月は一言も発していなかった。


 表情はいつもと変わらない。

 背筋も、視線も、呼吸も乱れていない。


 だが、その沈黙だけが妙に深い。


「遼司」


 神城が言う。


「お前の見立ては」


 仙道はすぐには答えなかった。


 見取り図。

 波形。

 報告書。

 そして、不朽桜を中心に組まれた魔術痕の形を見下ろしてから、ようやく口を開く。


「断定はまだできません」


 だが、その前置きはほとんど意味を持っていなかった。


「……けど、覚えがある」


 エイミーも否定しない。


「私もよ。忘れられるわけがない」


 神城の目が僅かに鋭くなる。


「五年前の件と、無関係ではないと」


「はい」


 仙道の返答は短い。


「魔力波形の深部が似すぎてる。表層は違っても、その奥にある“質”が同じだ」


 エイミーが低く補足する。


「当時の残滓か、同系統の再現か、あるいは――再来に近い何か」


 神城は報告書へ手を置いた。


「名称は」


 部屋の温度が、そこでさらに一段落ちた気がした。


 仙道が視線を伏せる。


「……ゼルゲディア」


 その名を聞いた瞬間だった。


 光月の指先が、ほんの僅かに動いた。


 それだけだった。


 だが、その僅かな反応の奥で、別の夜が静かに蘇る。


 赤く染まった街。

 崩れた建物。

 血の匂い。

 倒れた両親。

 震える妹の手。

 そして、黒い何か。


 あの夜は終わっていない。


 終わったことにされた。

 封じられ、書き換えられ、広域災害という言葉に押し込められただけだ。


 だが、自分だけは忘れない。


 忘れた瞬間、本当にあの夜が消えてしまう気がするからだ。


 妹を守る。

 心配をかけない。

 いつも通りでいる。


 それが今の自分に課した誓約だ。


 平穏など、もういい。

 あれを殺すまでは、自分にそんなものは要らない。


「光月」


 エイミーの声で、意識が現在へ戻る。


「……何でしょうか」


 返す声は平坦だった。


「君にも、この件へ入ってもらう」


「最初から、そのつもりでした」


 即答だった。


 仙道が一度だけ光月を見る。

 止めない。

 分かっているからだ。


 神城は全員の顔を見回した。


「生徒たちにはまだ全容を知らせるな」


「はい」


「だが、もう校内の小規模異常としては扱えん。不朽桜を中心に、監視を強める。魔術痕だけでなく、点として捉えきれない違和感も含めてだ」


「鐡君たちが拾った感覚、ですね」


 仙道が言う。


「おそらく、あれも切り離せない」


「中心支柱が樹である以上、当然だろう」


 神城は資料を閉じた。


「先手を取れ。向こうが次の段階へ進む前に、こちらで崩せる部分は崩す」


 会議はそこで終わった。


 だが誰ひとり、何かが片づいた顔はしていなかった。


------------


 月明かりが差し込む廃ビルの一角で、辰巳剛毅(たつみごうき)は息を潜めていた。


 壁はひび割れ、床には砕けたガラス片と埃が散っている。

 吹き抜ける風が、どこか遠くで軋んだ音を立てた。


 その薄暗がりの中に、もうひとつの影があった。


 人の形をしている。

 だが、人として見ていいものではないと、本能が告げてくる。


 全身を覆うように黒い(もや)が揺らいでいた。

 煙のようでもあり、影のようでもあり、もっと別の、名づけようのない何かが輪郭を曖昧にしている。

 じっと見ていなければ、月明かりの陰へ溶けてしまいそうなのに、そこにある気配だけが異様に濃かった。


「なァ剛毅。オレはもう退屈になってきタぜ。もうそろそろイい頃合イだとは思ワねェか? そう思ウよなァ?」


 ざらついた声が、黒い(もや)の奥から落ちてくる。


 辰巳は喉を鳴らした。


「良い頃合い……と言いますと……?」


「そんなの決まってンじゃねェか。オレは早く全員を()りたくて身体がウズウズしてンだ。()()()()使()()()()()()()()()深蝕印(しんしょくいん)を発動させンだよ」


 辰巳は、この存在を前にすると、いつもの横柄な態度など欠片も出てこなかった。

 胸の奥を冷たく掴まれるような圧に、呼吸さえ浅くなる。


「あァァァァァ、想像スルだけで興奮シてきタぜ」


「ほ……本当に、()るんすね……」


「あァ、もちろんダ。今すぐにでも()りたいぜ。夕方ニ少しばかり小細工はされたガ、土台までは止まりャしねェ。引き金(トリガー)の根はモウ張り終えてる頃ダ。まさかとは思ウが、コノ期に及んでビビってるわけじャねェよなァ?」


「そ、そんなわけないじゃないすか!」


 反射で返した声が、自分でも分かるほど硬かった。


「ソウだよなァ? ソウじャなきャ、オマエに分け与えたオレの力、殺シた後に返してもらウところダッタぜ。まァ、いっそのコト、ビビって怖気づいてくレれば、恐怖で打ち(ひし)がれるオマエを見ながら、なぶり殺しニできたのになァ。あァァ、想像するだけで興奮してきタぜ」


 辰巳はうまく返事ができなかった。


 コイツは、本気でそう言っている。


 面白半分に聞こえるその声音の奥に、冗談の気配は欠片もない。

 そこが一番、恐ろしかった。


 なのに同時に、掌の奥ではあの熱がまだ消えていない。


 人を喰ったあとに満ちた感覚。

 自分の内側へ流れ込んできた、あの濃く甘い力。

 思い出すだけで、喉の奥がひりつく。


「でもガマンは大事だよなァ。抑えれば抑えるほド、()った時の、アノ言葉にはならねェ快感は何度もクセになるしなァ」


「そんなもんなんすか……?」


「オマエも自分ニ正直になッて、抑えに抑えた衝動を一気ニ解放した時、絶対ニやめられねェ快感を得るコトがデきるぜ」


 辰巳には、この異常な嗜好そのものへ共感はできなかった。

 だが、分からないままでもいられない熱が、すでに身体の奥へ入り込んでいる。


 恐怖だけではない。

 高揚がある。

 もっと欲しいという渇きがある。


「ソレに! ナンたってコノ時代には! ()()()がいるしなァ! 楽しみが増えてオレは興奮シっぱなしダぜ!」


 その名が出た瞬間、辰巳は眉をひそめた。


「なんでそこまで鐡瑛志(くろがねえいじ)に拘るんすか? あんな奴、ただの魔力の無い雑魚っすよ?」


 黒い(もや)の奥で、それは(わら)った。


「分かってねェなァ、オマエは。まァ分からねェのも無理はねェか。イイぜ、コノオレが特別に教えてヤるよ。エイジの秘密をよ」


 低く、粘つくような声が月明かりの陰に滲む。


 なぜ鐡瑛志に魔力が無いのか。

 その代わりにどんな力を持っているのか。

 そして、なぜコイツがそこまであの少年に執着しているのか。


「――――――っ!!?」


 話を聞き終えた瞬間、辰巳の目が見開かれた。


 驚き。

 警戒。

 そして、その奥からじわじわと滲み出してくる別の感情。


「ドウダ? 凄く(そそ)るだろ?」


 辰巳はしばらく何も言えなかった。


 だが気づけば、口元が歪んでいた。

 それが恐怖からなのか、自分では敵わないかもしれない相手を前にした戦慄からなのか、それとも壊し甲斐のある獲物を知った愉悦からなのか、自分でも分からない。


「あいつに……そんな秘密があったんすね……」


「ナンだ? 顔がニヤけてるぜ?」


 辰巳は、自分が笑っていることにそこで初めて気づいた。


「はい……すげぇ唆るっす!」


「ナラ明日すぐニでも――」


「ただ、あと一日待ってもらえないすか?」


 黒い(もや)が、ぴたりと止まった。


「あ゙ァ? なんでダ?」


 月明かりの下で、辰巳は唇を湿らせた。


「今日、教師どもの話を聞きました」


「……続ケろ」


「明後日の昼、学院が全校集会を開くらしいです。最近の事件と、今後の対応について説明するとかで、教師も生徒も講堂に集められる」


 黒い(もや)が僅かに揺らぐ。


 辰巳は続けた。


「人が一箇所に集まるうえに、その時間だけ校内は手薄になります。人払いもできる。やるなら、その時の方がいいっす」


 数秒の沈黙。


 答え次第では、その場で殺される。

 そう分かる沈黙だった。


 だが、やがて黒い(もや)の奥で喉が鳴る。


「ソウいうコトか」


 ざらついた声が、愉しげに歪んだ。


「イイぜ。ナラあと一日、ガマンして楽シみを待つことニするぜ」


 月明かりの中、黒い(もや)がゆっくりとうねった。


 それは、確かに笑っていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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