第3話 違和感
第1部 過去への贖罪
午前5時、目覚ましが鳴って起きた。あくびと同時に背伸びをしてから、数分間ぼーっとして行動することを決めた。
「起きるか」
起きることを決意してから30分後、目覚め直しに早朝からランニングをすることにした。
「この街を把握しておくのも悪くないな」
家の周辺、住宅街、商店街、公園などを走った。約10km走った所で誰かの視線を感じる。
特別何かをしてくるという感じではなく、ただ見られているだけだった。
一体なんなんだ? 面倒事なら勘弁してほしい。とりあえず引き返すか? いや、見られているなら家まで戻るのは危険だな。
それなら人気のなさそうな所へ移動するか。対処はそれからだ。
人気のない廃工場に着くと、まだ見られている感覚がある。俺はその誰かに向かって話しかけることにした。
「一体誰なんだ。俺のことを見てるのは」
沈黙が続く。予想はしていたが、やはり誰も答えはしない。もしこれが魔力による遠隔目視のようなものなら対処法はある。
でもこれが魔力ではなく直接見ているとしたら対処法は1つ。走って振り切る。もうそれしか方法がない。
「そっちもその気なら、俺もそれ相応の対応をさせてもらう。付き纏われるのは嫌だからね」
俺は姿の見えない何者かに対して対策を講じるため、魔力断絶衣という魔導具を装着した。
これを装着している間は魔力、魔導具での追跡と監視が出来なくなる。小さい装置に収納されていて持ち運びにも便利な道具だ。
ただ目視では姿を隠せないため、この近くで直接見ているとしたらやや危険だ。
「今のうちに帰るとするか」
若干の不安と謎が残りながらも俺は全速力で家に帰った。
それにしても一体誰だったんだ? なんで俺なんかを見てるんだよ。
まだ俺は目立つことは全然してないはずなんだけどな。
結局ランニングから家に帰るまでの時間はたったの1時間ほどだった。
「まだ6時45分か。登校までの時間はまだあるな。とりあえずシャワーでも浴びようかな」
シャワーを浴びて上がると一件のメールが入っているのに気づいた。
それを見ると件名は無く、差出人も不明。本文にはたったの一言だけ"ブラック・アダム計画"とだけ書かれていた。
「ゔ…あ"っ…!」
その瞬間、頭が割れるような痛みに襲われ、頭を抑えながら床に倒れた。
一瞬、視界が真っ暗になり意識が飛んだ。
「何が起こったんだ…?」
状況が理解できずにただ携帯の画面を見つめ、時間だけが過ぎていく。
"ブラック・アダム計画"に身に覚えも聞き覚えもない言葉に何故か身体が反応した。身体というよりも脳が反応した。
「今は考えても何も分からない。なら何も考える必要はないということだな。そういうことにしよう」
もう、このことを考えないようにして学校に行く準備をした。
――――――――――――
学校に向かっている途中、今朝監視されていたことを念頭に置きながら登校した。
今のところ怪しい人物や行動はしてこない。俺はあくまでも自然にしつつ警戒しながら歩いた。
しばらく歩いて学校に着くと後ろから声をかけられた。
声のした方向へ振り向くとそこには蓮次が立っていた。
「おはよ!」
「おはよう」
「どうした? なんかあったのか?」
蓮次から突然そんなことを聞かれた。
「なんで?」
「なんか昨日と様子が少し違うと思ってな」
なんで昨日と今日で会ったばかりなのに俺の様子が少しだけ違うのが分かるんだよ。すごいな。
自然に振る舞っていたつもりだったが、つもりなだけだったのかもしれない。
「いや、なんでもないよ」
そう話しながら俺と蓮次は校門に足を踏み入れた――。
「ゔっ…!」
一瞬、酔いのような、吐き気のような、怠さのような、身体を蝕むような感覚に陥り、体勢を崩した。
「…っんだ…この感じ…」
蓮次の方を見ると蓮次は頭を軽く抑えて、表情を歪めているだけだった。
蓮次以外の周りを見渡しても誰も何も違和感を覚えた様子はない。
魔力の無い俺には抗体がなく症状が酷く出たのか、それとも特定の誰かに向けたものなのか、それでもなければ周りのみんながそこまで感知出来ていないとかそのくらいか。
でも、蓮次は軽く違和感を感じている。どういうことなんだ?
俺はよろめきながら立ち上がり、もう1度周囲を確認した。
「…やっぱり何の気配もない」
「瑛志もそう思うか?」
さっきまで少し苦しそうだった蓮次が俺と同じことを思っていた。
「蓮次も何か感じたのか?」
「あぁ、瑛志ほどではなかったけどな。
きつそうに見えたけど大丈夫か?」
さっきの俺の様子を見て心配してくれた。
「今はもう大丈夫。ありがとう」
「これは何かしらの罠が仕掛けられている可能性があるな」
確かに。どんな条件かは分からないけど、俺たちにしか分からない何かがある。
「今はまだ分からないことが多い。だから一旦様子見をしよう」
「そうだな。何か分かったことがあったら教えてくれ」
俺たちは、分かったことがあれば情報を共有することにして、教室に入った。
教室に入ってからの俺への周りの視線が少し痛い。
一昨日に部隊配属の発表をされてから壱番隊になった俺への怒りか恨みへの視線だろう。
俺はなるべく空気の状態を意識しながら、椅子や机には特に悪戯はされていないのを確認して自分の席に着いた。
ふと周りを見渡してみると、誰も俺を見ていないことに気がついた。
なら何でこんなに視線を感じるんだ? まだ魔力断絶衣は装着しているはずなのに。
まさかと思って窓の外を見てみた。一瞬、建物の上に誰か人影を見たような見てないような気がする。
正直、遠すぎて分からなかった。でも今まで感じていた視線が消えた。
「おい、さっきから何をキョロキョロしてんだよ。不快だからやめてくんねぇか?」
さっきまで感じていた視線を探すために周りを見渡していたのが気に入らなかったのだろう。
3人の男子生徒たちが俺の方に来て不機嫌そうに文句を言ってきた。
「ああ、いや、ごめんね。次からは気をつけるよ」
俺は笑顔でそう応えた。3人の男子生徒たちは俺を睨みつけ、舌打ちをしてから自分の席に戻った。
周りの生徒たちは俺たちのやりとりを最初から無かったことのように見てみぬふりをして過ごしている。
その後すぐにチャイムが鳴り、先生が入ってきた。
「ホームルームを始める。今日は入学して初めての授業だ。
昨日、自分の配属部隊に行って疲れが残っている人もいると思うが、決して寝るなよ」
声のトーンを落として「寝るなよ」の部分だけが脅し声のようだった。教室中が身震いし、沈黙が続く。
「ま、楽しみながら授業を受けてくれればいいや。その方が絶対伸びるからな」
なんともよく分からない先生だ。でも授業中は寝ないのが当たり前だろう。
疲れてても頑張らないといけないな。あ、でも頑張りすぎて目立つことは避けたいから、ほどほどに頑張ろう。
「もう授業の予定は分かっているとは思うが、1限目は魔術基礎の座学だ。
さっそく眠くなる授業だと思うが、寝るなよ?」
俺たちは心して授業を受ける決意をした。
――――――――――――
1限目になり、教室に若い男の先生が入ってきた。見た目は、眼鏡をかけ、短く整えられた髪は黒い。
表情に感情はなく、無愛想。服装も全身は黒がベースでその上からローブを羽織っている。
手にも黒い手袋をしていて、その手に持っている物は魔術基礎と書かれた教科書、それに難しそうで分厚い本も持っている。
いかにも魔術しかしてこなかったであろう家の出だと分かる。そして強そう。
「みなさん、おはようございます。僕はこのクラスの魔術基礎と魔術応用を担当することになった天野義輝です。
これから魔術を扱う上で正しい知識を学んでもらいます。魔術の習得には人それぞれ習得のスピードが違いますが、正しい知識を身に付けていけば大抵のことは必ず出来るようになります。
ただ、魔術には属性というものがあり、みなさんには自分に合った属性を扱ってもらうことになります」
「先生」
1人の生徒が手を挙げて質問が許可されるのを待っている。
「えっと、君は確か…」
「有栖川結衣です」
先生は無愛想な顔で「あぁ、そうでしたね」と言った。
「それで、なんでしょう?」
「ここにいる私たちのほとんどは魔術の基礎を幼少期の頃から学んできました。何で今更基礎を習わなければいけないのでしょうか?」
「ここにいる“ほとんどが”ですよね? それに基礎をおさらいしておくことは、強くなるためにはとても大切なことなんですよ」
何事においても基本は基礎から始まる。上級者あるいは強者と言われる人たちは常に基礎を極め、そこから応用をしている。
ここで、別の生徒が発言をした。
「でもここには魔力を全く持ってねぇやつもいるぜ? そんな奴は授業を受ける資格すらねぇだろ。なぁ?」
俺がクラスに居ること自体気に入らないであろうそいつが、俺の方を睨みつけて言ってきた。
そしてその言葉にみんなの視線が俺の方へ向いた。
俺はただ前だけを見て、睨みつけてきたそいつの方すら見ない。面倒ごとはなるべく避けたいが、いちいち反応していたらいいカモだ。
だから俺はそいつのことを無視し続けることにした。
「おい! 何無視してくれてんだ!」
ガタッっと椅子を引いて立ち、俺の方へ向かってくる。
そいつが俺の胸ぐらを掴もうとしたその時、ピタッと動きが止まった。
みんなは何が起きたのか分かっていないかもしれないが、俺は無視を決め込んで前を向いていたから何が起こったのかは分かっている。
「おいお前、いい加減にしろ。僕の授業を邪魔するつもりか?」
クラス全体が声のした方へ顔を向けると、天野先生が手に持っていた分厚い本を開いて、拘束の一種であろう魔術を使って動きを止めていた。
「す、すいません…。で、でもよ! こいつは! 魔力を持ってねぇ雑魚だ! こんな奴が授業を受けても意味がねぇ!」
「それはお前が決めることなのか?」
天野先生は間髪入れずに質問で返した。
威圧に圧倒されてか、冷静さを少し取り戻して「い、いえ」とすぐに否定した。
「鐡は確かに魔力を持っていないかもしれないが、この授業を受ける権利はある。他の誰でもないこの僕が授業を受けることを認める。誰にも文句は言わせない。あとお前、名前は辰巳剛毅、だったな?」
「はい…」
「お前は僕の授業と時間を無駄にしたことから、減点とする。
では、さっきの話の続きを再開します。」
この短時間で天野先生のことが少し分かった気がする。
冷静に怒るが口調がタメ口になること。授業の邪魔をすると減点対象になること。魔術はあの分厚い本を使うこと。
そして怒らせると怖いということ。
「魔術の基礎をなぜ今更習わなければいけないのかということでしたね。それは先ほども言った通りで、基礎をおさらいしておくことは強くなる上でもとても大切なことであり、このクラスの全員が基礎をしっかり習っている訳ではないからです。
それにあなた達は完全に基礎を理解しているのですか? しているとしても、極められてはいませんよね?
僕の授業では、クラス全体の足並みを揃えます。求める質問の答えは得られましたか? 有栖川さん」
「はい、ありがとうございます」
「では授業を始めます」
チャイムが鳴ってから15分後にやっと授業が始まった。
「まず、魔術には基本となる7つの属性があります。それを七大属性と言います。
その七大属性が何か分かる人はいますか?」
「はい。魔術の七大属性は火・水・風・雷・土・光・闇の7つです」
「有栖川さん、ありがとうございます。その中でも光属性・闇属性を使える人は少数です。
基本的には他の五属性を使える人の方が多いです。そして、自分に適性のある属性を使うことが基本となります」
なるほど、俺には魔力が無いしこういうことには疎いから分からなかったけど、俺の使う“氷属性”は七大属性ではなかったらしい。
水属性から派生しているということでいいのか?
「そしてこの中でも七大属性を得意としている人、そうでない人がいると思います。
例えば、熱を得意とする人がいるとしましょう。その場合の派生属性は火です。他にも氷は水から、重力は土からなどそれぞれの属性から派生したものもあります」
「先生、質問いいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「俺が使える属性は木属性なんですけど、それはどの属性の派生なんでしょうか?」
先生は眼鏡のブリッジを人差し指と中指で触りながら「良い質問ですね」と答えた。
「木属性は水属性と土属性を合わせた属性です。派生というよりは合成ですね。無意識に使えていたとしても属性の合成は少し高度な技術です。磨けば更に強くなれますよ」
「そうだったんですね! がんばります!」
派生と合成によって属性というものは作り変えられているのか。
俺は水属性は使えず、氷属性だけが使える。水属性から派生しているなら使えてもよさそうなのに。
俺は器用なのか器用じゃないのかよく分からないな。
それからも授業は続き、あっという間に昼休みになった。
午前の授業が終わり、クラスの人たちはそれぞれ食堂に行くなり、教室で食べるなりとまばらだ。
俺はそのどちらも選ばなかった。持ってきた弁当を外で食べるために廊下を歩いていると「お前が鐡瑛志か?」と話しかけられた。
声がした方へ振り向くと、そこには服の上からでも分かるくらいガッチリと鍛えられた身体、180cmはあるだろうと思われる背丈、それでいて如何にも男前な顔をしている。
「そうだけど」
「俺はAクラスで伍番隊に配属された神威重護だ。よろしく!」
「あ、あぁよろしく…」
差し出された右手を掴み、俺は握手をする。
「それで俺に何か用なの?」
「いや、特に用ってわけじゃないが、同学年だから話しかけてみただけかな」
なんとなくで特に用があるわけでもないのに話しかけてきた。
俺の重護への第一印象は「なんなんだ、この人」だった。
「そ…そう。ありがとう」
「どうしてそこでありがとうなんだ?」
しまった…! あまり人と関わらないからつい咄嗟に出てしまった。
「いや、別になんでもないよ」
「そうか? それはそうと瑛志、一緒に飯食わね?」
距離の詰め方がエグい。
俺は結局重護とご飯を食べることになり、気を遣ってくれたのか、ただ単に話の邪魔をされたくなかったのか、あまり人気のない屋上で食べることになった。
屋上で座り、弁当を広げて食べていると、重護が「そういや」と話を切り出してきた。
「瑛志はなんで周りから雑魚だの、落ちこぼれだの言われているんだ?」
聞き方が直球だな。そして急だな。まぁ、いいけども。
「俺には魔力が無いからだと思う」
「魔力が無いとなんで嫌われるんだ?」
「それは…」
言葉を続けようとして口を閉じた。重護もきっと魔力の無い俺を馬鹿にすると思ったからだ。
人間は一般人も含めて全員が少なからず魔力を持っている。魔力を持っていない俺は雑魚だと思われるのは仕方がない。
それが世間一般の常識なのだから。
「俺は瑛志を雑魚だなんて思わないな。例え魔力が無くてもお前はそこら辺のヤツらより強いだろ?
ただ魔力が無いからってだけで瑛志を嫌うのは、全く見る目がねぇヤツらだ。
それに俺は人を中身で判断するタチでね。自分の目で見たものを信じることにしてんだ」
「ありがとう…。そんな風に言ってくれる人は重護を合わせて2人目だよ」
「そうなのか?」
今までたった15年しか生きていないけど、その15年の中で俺のことを能力の有無にかかわらず、中身で見てくれた人はあの人と重護だけだ。
もしかしたら言葉にはしてないだけで、蓮次も俺のことを内面で見てくれているのかもしれない。あくまで他の人とは違うということだけだけど。
せっかく出来た友達だからそうであってほしいものだな。
「うん。俺は元々施設で育ったんだ。周りの人は俺を人としては見てくれなくて、同年代の人たちからは虐められてばかりいて、大人たちは無関心だった。
でも唯一その施設で俺の世話を任されていた人だけが俺のことをちゃんと1人の人間として見てくれたんだ。その人のおかげで俺は今こうして元気にしていられる」
「その人は今どうしてるんだ?」
「その人は…もうこの世にはいないんだ」
あの事件があって、俺のせいで死んだんだ。
俺が殺したようなものだ。償っても償いきれない。
重護が何かを察したように「そうか。でもそれは、きっとお前のせいじゃないと思うぜ」と言ってくれた。
それを聞いた俺は驚いた顔で重護の顔を見た。
「瑛志は『自分のせいだ』なんて思ってるのかもしれないが、あんまり気負いすぎない方がいいぜ。
もしそれでも自分のせいだと思うなら、それはお前がその人の分まで生きて償っていけばいいと思う。
その人がしてくれたことをその人の分まで、愛情や優しさなんかを注いでやっていけば良い。それで救われてきたなら、次はお前が誰かを救う番だろ?」
確かにそうだ。俺は何も分かっていなかった。俺はあの人に希望を託されたんだ。
だから前を向いて生きていられる。
「良い顔つきになったな」
「ありがとう。重護に話せて良かったよ」
「それにしてもよく初対面でこんな深い話をしてきたな」
重護は笑ってそう言った。
よく考えなくても重護とはさっき知り合ったばかりだ。なんで俺はこんな話をしてしまったんだろうか。
たった15年という浅い経験だけど、きっとそれは重護を信頼してもいいと魂で感じ取ったからなのかもしれない。
それからしばらく他愛もない話をしながら過ごした。
「そろそろ昼休みも終わるし、戻るとするか」
「そうだね。そうだ、改めてこれからもよろしくね」
「おう、よろしくな」
俺たちは握手をして友情を交わした。
それから、午後の授業はどの学校にでもある五教科の内の数学、社会、英語と至って普通の授業をした。
ホームルームが終わり放課後になった。今日は壱番隊で歓迎会を開いてくれるらしい。俺は蓮次と合流をして壱番隊隊舎に向かった。
結局、今朝のことは何も分からず仕舞いだったけど、今はとりあえず、すぐには何かをしてくるわけじゃないだろうから、しばらくは様子を見ることにしよう。
みなさん、お久しぶりです!
1ヶ月半以上間が空いてしまいました。本当ならもっと早く更新する予定だったのですが、、、
次はもっと早く更新したいと思います(目標2週間)。
それではまた!