第2話 壱番隊
第1部 過去への贖罪
翌日、今日からは各部隊に分かれての魔術訓練と戦闘訓練が始まる。
俺は昨日配られた住所と地図が書いてあるプリントを頼りに建物の前まで来た。
明らかに“壱番”と書かれた紋章が目に入ってくる。
「ここ…だよな?」
俺は恐る恐る建物の扉を開いた。
扉を開いた先には銀髪で髪の毛は整えられており、清潔感がある眼鏡をかけた男の人が立っていた。
「お、君が1人目の新入隊員か。集合時間まではまだ30分もあるが」
「初日なので早めに来ておこうかと思いまして」
「そうか。それは関心だな。
それはそうと名前はなんて言うんだ?」
「鐡瑛志です」
一瞬、目の前にいる人が固まったように見えたが、すぐに何事もなかったように話し始めた。
「俺はこの壱番隊の副隊長、如月光月だ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「そこに座って全員が来るのを待っているといい」
「分かりました。お言葉に甘えて失礼します」
俺はソファのある所に移動して腰を下ろしたその後すぐに扉が開いた。
2番目に来た人は髪は短く整えられている茶髪の好青年が入ってきた。いかにも名家出身という風格がある。
「君が2人目か。君も随分早く来たんだな。名前は?」
「2人目?」
そう言いながら俺の方を見た。それから何も言わずに副隊長の方を見直すと何かを納得した顔をして話しを始めた。
「天宮蓮次です。よろしくお願いします」
「君があの天宮家次期当主の天宮蓮次か。俺はこの隊の副隊長を勤めている如月光月だ。よろしく」
「君も全員が来るまで座って待ってるといい」
「分かりました。ではお言葉に甘えて失礼します」
俺とほぼ同じ事を言ったなと思っていると、その天宮蓮次が近づいてきた。
「隣、座ってもいい?」
「もちろん」
蓮次が隣に腰を落とすなり俺に話しかけてきた。
「俺は天宮蓮次だ。よろしく」
「俺は鐡瑛志。よろしくね」
「瑛志って呼んでもいいかい? 俺のことは蓮次って呼んでくれ」
「分かった。よろしく蓮次」
俺たちは話をしながら全員が来るのを待つ。
「そういえば、ここまでどうやって来たんだ? いやなに、魔力が無いって聞いてたし実際魔力を感じられないから……。
気に触ることを言ってるなら謝るよ」
「全然気にしてないよ。魔力が無いのは本当のことだし。
それよりここまでどうやって来ただったね、それは、何というか、俺は、目が良いんだよ」
蓮次は腕を組み、右手を顎に当てて考え込む姿勢をとった。
数秒後に納得した様子で「とりあえずはそういう事にしておこう」と言った。
「ありがとう」
何かに感づいていながらも深掘りはしないでくれた。
――――――――――――
俺たちが着いてから全員が来るまで1時間もかかった。実に30分オーバーである。
揃った人数は俺と蓮次を合わせて6人だった。
「思ったよりここまでたどり着けた人数が多かったな。それでもまぁ、10人は落ちたか」
ボソッとそう言ったのが聞こえた。
なるほど、これは何かの試験を兼ねていたと言うことか。
「みんな集まれ、よくここまでたどり着いた。今この時よりここに居る君たちは壱番隊の所属となった。
俺は壱番隊副隊長の如月光月だ。よろしく。早速だが――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
副隊長が話している途中に何やら慌てた様子で話に割り込んできた。
「まだ俺の友達が来てません! もう少しだけ待ってください!」
「ダメだ。もうすでに集合時間から30分もオーバーしている。
それに君だって15分遅刻してきたじゃないか。これでも大目に見ているんだ、ありがたいと思え」
「そんなぁ…」
落ち込みながらも自分も遅刻して来て大目に見られているからこそ納得せざるを得ない。
「なぜ君たちがこんなにも集合時間に遅れたかはもう気づいている人もいるだろう」
「それはこのプリントに書かれていた壱番隊隊舎の住所が違ったからでしょ!」
「それは違うな。この壱番隊隊舎は一定量の魔力をそのプリントに注げば仕掛けが解け、本当の住所が表れるようになっている。
つまりこれは君たちが壱番隊に入隊するに相応しいかの試験にもなっている。
そして今ここにはいない壱番隊に配属される予定だった者たちは他の隊へ異動してもらう」
重たい空気の中、遅れてきた人たちの1人が誰もが思っていたことを質問した。
「副隊長、時間通りに遅れずに来れた人はいるのでしょうか」
「2人いる。まず1人目は鐡瑛志、そして2人目は天宮蓮次だ。それも集合時間の30分前には来ていた」
みんな騒然としている。30分前に2人来ていたということ。
それに何より1番可能性の低いと誰の認識からも明らかだった鐡瑛志が来ていたこと。
「おいお前、どうやってズルをしたんだよ」
「何のことかな? ズルなんてしてないよ」
俺は真っ直ぐに相手の目を見て言った。
「嘘をつくな!! 魔力の無いお前は誰よりも落ちこぼれで雑魚じゃないか!! そんなお前が集合時間の30分も前に来れるはずがねぇんだよ!」
「……」
「証拠を出せよ! 証拠を!」
怒号が響く中、俺は鞄の中からプリントを取り出した。
勢いよく乱暴にプリントを取られてから相手の動きが止まった。
「もう分かっただろう。鐡はこの初歩的な問題を解いて堂々とここへ辿り着いた。
お前もこれ以上、事を荒立てるならここから去ってもらうぞ」
副隊長の言葉ですごくイラついた顔をしながら舌打ちをしたが、これ以上は何も言わなくなった。
「さて話の途中だったな。早速だが訓練場に行くぞ。これから1人ずつ俺と戦ってもらう」
「えっ…」
「は?」
重たい空気に関係なく新入隊員の中から反射的に出た疑問の声だった。
――――――――――――
俺たちは訓練場に移動してから部屋の中に入った。
控え室に案内されてから1人ずつ名前を呼ばれて副隊長と戦う形式だ。
俺は名前を呼ばれるまで蓮次と向き合いながら座って待った。
「なぁ瑛志、何のために俺たちは1人ずつ副隊長と戦うんだと思う?」
「きっと今の実力を測るんじゃないかな」
「やっぱりそうだよなぁ」
蓮次は頭の後ろで手を組みながら天井を見た。
「もう、2人呼ばれてから10分くらい経ったけど、誰も戻ってこないな」
「そうだね」
それから次々と新入隊員が呼ばれ、更に10分が経過した頃、次に蓮次が呼ばれた。
「それじゃあ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
蓮次が呼ばれてから3分が経った頃、空間が揺れた。それと同時に轟音も響いた。
「どんな戦いをしてるんだ? 気になる…」
なんだかソワソワしながら待つことになった。俺はいつ呼ばれても良いようにストレッチをすることで気を紛らわせることにした。
それから轟音と揺れが30分間続き、ようやく鳴り止んだかと思えば、そこから30分経ってようやく俺の名前が呼ばれた。
「次、鐡瑛志くんよろしくね!」
「はい、頑張ります!」
「やだな〜少し堅いよ〜? リラックスリラックス!」
そう言って気をほぐしてくれる。
「私は如月奏音、よろしくね!」
「…? 如月…って」
俺がハッとした顔をすると
「そう! 如月光月は私のお兄ちゃんだよ!」
「そうだったんですね! 改めてよろしくお願いします!」
互いに軽く自己紹介をして、副隊長の居るところまで着いた。
「じゃ、瑛志くんまた後でね〜。行ってらっしゃい!」
「はいっ、行ってきます!」
俺が扉を開けると、副隊長は擦り傷を付けて服も汚れた姿で立っていた。今までの戦いの凄まじさを物語っているのだろうか。
「待っていたぞ。ん? ああ、この傷は気にするな」
「蓮次は手強かったですか?」
俺はそんな質問をした。
「まだまだ伸び代はあるだろうが、今まで戦ってきた新入隊員の誰よりも手強かった。
だが今はまだ俺の敵では無い」
「そうですか。蓮次が頑張ったなら俺も頑張らないといけませんね!」
俺が構え始めると副隊長も構えた。
「では始める。どこからでもかかってこい」
「分かりました」
俺は真っ直ぐ副隊長の元へ走り、拳を突き放つがを難なく避けられる。次に蹴り、これも避けられる。
俺は間髪を入れずに攻撃を続けた。それからも何度も攻撃を避けられ、1度距離を取ることにした。
「随分と速いんですね副隊長」
「まぁな。それにお前はまだこれで終わりではないのだろう?」
「もちろんですよ。俺は魔力が無くても大丈夫なように鍛えてますからね」
そう言ってさっきの倍は早く副隊長に殴りかかった。
「!!」
それを受けた副隊長は避けることが出来ずに受け続けている。
だが途中まで攻撃は当たっていたものの段々と当たらなくなっていき、次第に完全に当たらなくなった。
副隊長の速さが俺の速さを凌いだんだ。
俺の体術は威力と速さと動きを合わせても、そんな簡単に避けられるほどのものではないはずだ。でも確実にダメージは入っているはずだ。
副隊長の能力は一体なんだ? 動体視力が良い? それとも身体能力が良い? 少しでも能力を引き出してやる。
「どうした、こんなものか?」
「いいえ、まだまだです。副隊長がその気なら俺もそれに応えられるようにそれに少しだけ本気を出そうかと思っていただけです」
「ほう、それは楽しみだな」
俺の鍛え上げられた体術でも避けられるならこれをやるしか無い。
これを人に見せるのは初めてだがやるしかない。
俺は氷の刀を作った。まだまだ未完成で不格好だが使えないよりはマシだと考えた。
「魔力が無いはずではなかったか?」
「はい、ありません。これは誰にも言ってないんですが、俺には魔力が無くても生まれつき使えた能力がありました。
まだまだ使いこなせてはいないのですが、この氷刀を作り出すことも俺の能力の一部です」
副隊長は感心と興味を持っている。どういうことか理解は追いついていない様子だったが、すぐに「なるほど…」と言い状況だけは理解した。
「この壱番隊隊舎まで辿り着けたのは、それもお前の能力と関係していると見ていいんだろう?」
「はい」
「面白い。これで只者じゃ無い理由が少し分かった。ならばここからは更に本気を出させてもらおう」
そう言った瞬間、副隊長が目の前から一瞬にして消えた。
その刹那の時間に、骨が軋むほどの衝撃を与えられ、背中に激痛が走った。
「ぐあっ!!」
俺は飛ばされながら地面に倒れ込んだ。油断はしてなかったとはいえ、この実力差。さすがは副隊長なだけはある。
「ほう、今の一撃でまだ立てるのか。背骨を完全に砕いたと思ったのだが」
「こんなくらいじゃまだまだですよ…」
俺は刀を支えに立ち上がり、構え直した。
次はこちらから仕掛けるために刀を振るった。冷気を纏った刀から氷塊が放たれたが副隊長は一瞬で消えて避けた。
すると上から魔力で作られた1本の矢が頭上から放たれた。それを間一髪で避けると、次は1本の矢が何本にも分裂して雨の如く降り注いだ。
その中で見えた魔術の正体、それは光だった。
「そうか、副隊長は光魔術の使い手だったのか。だとしてもどう対処すれば…」
「どうした、逃げ回るだけでは俺は倒せんぞ」
そりゃそう簡単にはいかないよな。
俺は刀を下から上に振り上げ、氷壁を作った。
副隊長は完全に様子見をしている。これは完全に本気を出せということだろうな。
少なくとも手を抜いて勝てる相手ではないということは最初から分かっていた。ならばここからは本気を出させてもらおうか。
俺は氷壁を背にしながら地面に刀を突き刺した。そして空気中の水分を冷やし、副隊長の手足を氷で固めて動きを封じた。
「なにっ?」
動きを止めたのを確認してから空気中から氷で作った龍を無数に作り出し、副隊長に向けて放った。
「氷槍龍!」
攻撃が直撃した手応えはあった。だが、こんな攻撃で倒れるはずが無いと分かっていたから、すぐに氷盾を作り出し、後ろにいる副隊長の光の手刀を防ぎ、後ろに引いた。
「まさか、この断煌を防ぐとはな。だがそんな盾では俺の手刀は防げないぞ」
「分かっています。だから一瞬でも動きが止まると踏んで、すぐに距離をとったんです。」
さすが光魔術の使い手と言うべきか、少し負傷した様子だが一瞬で氷槍龍をかわし、反撃に出てきたんだからな。
それからも一進一退の攻防が続き、決め手がないまま、やや俺が劣勢の状況になってきた。
「大体の実力は分かった。だからもういい加減終わりにしよう」
「…はい、分かりました」
副隊長はもう充分俺の実力が分かったらしく、次で勝負を決めるつもりらしい。お互い同時に攻撃の構えをして力を溜める。そして――。
「雷光閃迅破!」
光の魔力砲が雷属性を纏いながら一直線に俺の方向に向けて放ってきた。
俺も遅れをとるまいと技を放つ。
「氷龍多連砲!」
氷で作った5体の氷龍の口から溜めた冷気の長距離砲を1つにして放った。
技と技がぶつかり合い、目の前が爆発した。
――――――――――――
次に目を開いた時にはいつの間にかベッドの上で横たわっていた。
「……何がどうなった?」
俺は部屋から出ようとベッドから身体を起こし、ドアの前に立ったその時、ドアが開いた。
「わっ! ビックリした〜」
俺は驚いた奏音さんに「大丈夫ですか?」と声をかけた。
「うん、大丈夫…って! 瑛志くん起きてる! 身体は大丈夫?」
「あ、はい大丈夫です」
俺が元気なのを確認した奏音さんは、安堵しながら話を始めた。
「あの後大変だったんだからね〜。お兄ちゃんったら、もうお互いほとんど意識が無いのにまだ戦おうとしてたんだよ。もうほんとに止めるの大変だったんだからね!」
どうやら俺はあの後、気を失ったらしい。少し手負いだったとはいえあの副隊長と互角の戦いが出来たことが嬉しかった。
いや、副隊長は本気じゃなかったかもしれないけど、それでも嬉しかった。
「ちょっと、瑛志くん聞いてる?」
「ああ、すみません」
「まぁ、いいわ。本当に無事で良かった!」
それよりも俺は奏音さんに言わなければいけないことがある。
「あの奏音さん、俺の力のことはみんなには黙っていてもらえませんか?」
「そんなの全然いいよ! むしろお兄ちゃんが誰にも言うなってうるさいくらいだよ! あっ、でも隊長には報告するって言ってた!」
隊長か、一体どんな人なんだろう。まだ初日だから会えないのは分かってるけど、壱番隊の隊長っていうくらいだからきっと信用しても大丈夫だろう。
「そうですか。隊長ってどんな人なんですか?」
「あ! そうだ忘れてた! 瑛志くんが起きてて動けそうだったら連れてきてって言われてるんだった!」
無視された。忙しない人だな。
「連れて行くってどこに行くんですか?」
「隊長の所だよ! もう瑛志くん以外のみんなは隊長の所にいるよ!」
隊長に会えるんかい。まさか初日で会えるなんて思ってもいなかった。俺の常識がないだけか?
「瑛志くん、もう動けそう?」
「はい、大丈夫です!」
俺は急ぎ身支度を整えて奏音さんについて行った。
――――――――――――
「お、やっと来たね。身体はもう大丈夫なのかい?」
「はい。お世話かけました」
この人が隊長かな? いかにも隊長っていう格好をしている。
その隣には治療が施されたであろう姿の如月副隊長が立っている。
「では改めて入隊おめでとう! 僕は壱番隊隊長の仙道遼司です! よろしく!
先程、とはいってももう5時間前のことだけど、君たち新入隊員の現在の実力を測らせてもらった。今年は優秀な人材が多いようだね。これからの活躍を大いに期待しているよ。
この壱番隊は、他の隊からは1番の戦闘力を誇る部隊だと言われている。そんなのたまたま実力者が揃って、たまたま大きい功績を残せただけの話なのにね」
え、そうなの?
「偶然が重なって部隊中1位だとしても僕たちは気を抜かず、驕りがないように励んでいく。
君たちの実力はまだまだ発展途上で伸び代がある。様々な脅威に対応出来るように強くなっていもらいたい。
そして将来的には人の先頭に立って導いていける人になってほしい」
「あ、あの、質問いいですか?」
「なにかな?」
隊長はニコッと笑いながら質問を待っている。
「様々な脅威ってなんですか?」
隊長は「それはね」と言葉を繋げ具体例を出してくれた。
「例えば、警察の手に余る魔力を持っている人間の暴走を止めるとか、限りなくゼロに近いけど魔物が出た時とかかな。まぁ、主に全魔力事案の時かな」
「魔物ってもう絶滅した生き物ではなかったのですか?」
「いやだな、例えばの話だよ」
そう言って隊長は笑いながら話の続きを始めた。みんな少し不安そうな顔をしている。
「さて、話を戻すけど、今日は初日ということもあって慣れない場所で初めて会う人といきなり戦わされてとても疲れただろう。今日はまだ夕方だけどもう解散にしようと思う。
明日はまた学校に行って授業を受けなければいけないということだから頑張ってね。
明日はみんなの歓迎会を開こうと思っているから学校が終わったらまた壱番隊隊舎に来てほしい。それでは解散!」
解散して俺たちはそれぞれの帰路に着いた。
「瑛志、身体は大丈夫なのか?」
「ああ、蓮次か。大丈夫だよ。
それより蓮次と副隊長、どんな戦いをしてたんだよ。すごい轟音と揺れだったけど?」
苦笑いをされ「あぁ、まぁな」とはぐらかされた。蓮次は「それよりも」と話題転換をした。
「瑛志の方は副隊長もボロボロで2人して気絶してたって言うじゃないか。
只者じゃないとは思ってたけど、どんな戦いをしたんだ?」
「それはあれだよ。俺の前に副隊長と戦ったやつが結構ボロボロにしてくれたおかげで、互角の戦いが出来たようなもんだったよ」
蓮次は「そ、そうか」と言って考えた後、すぐに「そいつは俺だな」と言った。
「で、蓮次こそどんな戦いをしたんだよ」
「それはまた今度言うよ」
「そっか、また今度ね。分かった」
今日はもう答えてくれそうにないと思い、これ以上は聞かなかった。
俺たちはその他にも会話をして交流を深めながら、それぞれの家に帰るための別れ道に入った。
お読みいただきありがとうございます!
頑張って連載していきますのでよろしくお願いします!