プロローグ
第1部 過去への贖罪
「……な……んで……」
喉の奥から絞り出された声は、燃え盛る音にあっけなく呑まれた。
見渡す限り、国は炎に呑まれていた。
崩れた家屋。
砕けた城壁。
赤黒く濁った空。
人の営みは、熱と煙の中で跡形もなく消え失せている。
「……守れなかった……誰も……救えなかった……!」
男は膝から力が抜け、その場で地へ手をついた。
焼けた空気が肺へ流れ込み、息をするたび胸が軋む。
後悔も怒りも、もう別々には感じられなかった。
どちらも境目なく混ざり合い、胸の奥で煮え立っている。
さっきまで誰かが泣いていた場所。
仲間の名を呼んだはずの喉。
伸ばした手の先には、もう誰もいない現実。
守ると誓った。
救うと決めていた。
なのに、何ひとつ届かなかった。
「……あいつらを……倒せるくらいの……力が、欲しい……!!」
『――やっと見つけたぞ』
音は響かなかった。
空気も震えない。
それなのに、その言葉だけが頭の奥へ正確に刻み込まれた。
逃げ場のない問いだった。
「……誰だ……?」
男が顔を上げる。
その先に、青白い光が浮かんでいた。
拳ほどの、小さな球体。
ただそれだけのはずなのに、炎に呑まれたこの場ではあまりにも異質だった。
だが――次の瞬間、それは弾けた。
視界が一気に青白く染まる。
光が引いたあと、目の前に立っていたのは、四本の脚で大地を踏みしめる、薄青い半透明の巨大な何かだった。
頭まで含めれば三、四メートルはある。
倒壊した家屋の一階部分が、その胸元に届くほどの巨体。
体躯は獣に近い。
だが、現実の獣とは決定的に違っていた。
半透明の体の内側には、引き締まった筋肉の線が透けて見える。
無駄な肉は一切ない。
太くしなやかな四肢は焼けた地面に深い爪跡を刻み、長い尾がゆるやかな弧を描いていた。
頭部の輪郭は鋭く、後方へ流れる角のような突起には、結晶めいた青い光が淡く宿っている。
瞳は澄んだ白銀だった。
怒りも慈悲も映さず、ただ世界のすべてを見通すような静けさだけを湛えている。
体表は毛でも鱗でもない。
光をまとった半透明の質感で、輪郭は僅かに滲みながら、それでも確かな形を保っていた。
声も発しない。
威嚇もしない。
炎が弱まったわけではない。
ただ、その存在の前では、炎の轟きすら遠いものに変わっていた。
理解するより先に、身体が悟っていた。
『お前は、多くのものを失った』
それが、言葉を発した。
いや、違う。
言葉そのものが頭の中へ入り込み、ゆっくりと形を持つのだ。
断罪でもない。
慰めでもない。
ただ、事実を告げる声だった。
『誰も守れなかった。誰も救えなかった。それでも、まだ立ち上がろうとするか』
白銀の瞳が、男をまっすぐ見据える。
『この国は、もう救えない。だが、お前にはまだ可能性がある』
男は、言葉を返すより先に理解してしまった。
生まれ育った国も。
そこに暮らしていた人々も。
守ると誓った大切な人も。
そして、背中を預け合い、笑い合った仲間たちでさえ――炎の中で、男は何ひとつ守れなかった。
『まだ、全てを諦めるには早い』
青白い巨体が、僅かに顔を近づける。
『お前はどうしたい?』
すべてを諦めることだけは許さない問い。
目の前にいるそれの前で、男に残された選択肢は、ほとんどなかった。
ならば――。
「力が……! 欲しい!」
男は肺が焼けるような痛みを押し殺し、残った空気を無理やり声へと変えた。
「このまま、簡単に死んで……たまるかよ……! 俺は必ず、アイツらを殺す! 力を……貸してくれ!」
それは、男の覚悟を見定めるように見下ろした。
そして、口端を僅かに吊り上げる。
『良い目だ』
その声には、愉快そうな響きがあった。
『ならば、ここで契約を結ぶ』
半透明の巨体から、青い光が溢れ出す。
『オレの力を貸してやる。お前がその力で何を成すのか、最後まで見届ける観測者となろう』
救いの言葉には聞こえなかった。
それでも、男は拒まなかった。
拒めるはずがなかった。
その契約を結んだ時点で、もう戻れない。
そう分かっていても、男は青白い光から目を逸らさなかった。
次の瞬間――世界は白く塗り潰された。
炎も。
空も。
すべてが、消えた。
約4年半前から連載を開始した本作ですが、この度、何を思ったのか構成や文章を見直し、リニューアルすることを決意しました。
さらに読みやすく面白くすることを目指して頑張ります!
よろしくお願いします!




