第12話 異質なる才能
第1部 過去への贖罪
如月が歩み寄り、三回目の集計を表示させた。
「三回目、鐡瑛志、二十四発。天宮蓮次、二十二発。……本多哲也、六発」
続けて、三回分の総合結果がスクリーンに並ぶ。
「総合順位一位、天宮蓮次。二位、鐡瑛志。三位、本多哲也」
そこで一拍置いてから、如月は言った。
「天宮は技術の完成度が高い。再現性も安定性も、この時点で頭一つ抜けている」
蓮次が、僅かに目を細めた。
今の自分の実力を確かめられた安堵と、それでもまだ上があるのだと突きつけられた緊張。
その横顔には、その両方があった。
次に、如月の視線が俺へ向く。
「鐡は型が未完成な分、粗もある。だが、初動反応と標的捕捉は現段階でも群を抜いている。訓練を積めば、さらに化ける」
評価された。
そう受け取っていいんだろう。
けれど、それで終わりじゃない。
この先、自分がどう伸ばすべきかまで考えろと、そう言われた気がした。
さっきまでの勝負の熱が、まだ腕の奥で静かに巡っている。
如月がインカム越しに中央管理室と何かやり取りしている。
その時だった。
演習場の奥に浮かんでいた標的が、ひとつ残らず淡い粒子になって消えた。
白く広がっていた床面の光がいったん弱まり、空気が僅かに静まる。
次の瞬間、足元に新しい光が走った。
円形のラインが演習場の各所にひとつずつ浮かび上がっていく。
その数は、ここにいる人数と同じだった。
直後、床と壁の継ぎ目が音もなく開く。
白い隔壁が円を描くようにせり上がり、あっという間に丸い小部屋を形作った。
一人につき、一部屋。
標的もない。
撃ち抜くための目印もない。
さっきまでの測定とは、明らかに毛色が違う。
しかも、ただ仕切っただけじゃなかった。
部屋が閉じるにつれて、内側の空気そのものが少しずつ重くなっていくような圧がある。
次の計測の準備が進んでいる。
それだけは、説明されるまでもなく分かった。
「……次は、どんな測定なんだよ」
誰かが小さく呟く。
そこで如月は、全員に向かって声を通した。
「これから、次の測定の準備をする。それが終わるまで少しの間、休憩とする」
その言葉の直後、演習場の別入口が開き、数人の隊員が入ってくる。
全員、壱番隊の隊服姿で、動きに無駄がない。
ひとりは壁際の制御端末へ。
ひとりは床面の測定ラインの確認へ。
もうひとりは中央の円形エリアに立ち、安全チェックを手早く終えていく。
ただ準備しているだけなのに、場の空気が目に見えて切り替わっていく。
さっきまでの試験は、狙って撃つためのものだった。
でも、今目の前で整えられているのは、それとは別種の何かだ。
みんなが次の測定を待っている間に、本庄が信じられないくらい自然に背後へ回ってきた。
「おつかれー。なかなか見ごたえあったよ! 結果についても、びっくりしたよ~」
本庄は顔をぐいっと寄せてきて、俺の手首に巻かれた観測帯を覗き込む。
青く点滅する数値が、0.87という異常な反応速度を示していた。
「中央管理室でも見てたけど、やっぱり君だけ反応が異質だったから、みんなざわついてたよ。平均値の三倍近いんだもんね〜」
本庄の目には、妙な好奇心しかなかった。
けれど、不思議と怖さはない。
「あの、何をそんなにざわついてたんですか?」
あえてそう聞いてみる。
中央管理室の人たちが、何をどこまで把握しているのか知りたかった。
「うん、それはね!」
本庄は両手をぱんと鳴らし、機嫌よさそうにウィンドウを開いた。
画面には、俺の反応波形のグラフが山脈みたいに連なっている。
通常の魔力波形が緩やかな起伏を見せるのに対して、俺のものは尖った峰がいくつも連続していた。
「これはね、鐡くんの反応を無理やり魔力量指数の処理系に当てはめたもの。でも、現代の魔術理論だと、この反応速度はちょっと考えにくいの」
本庄は画面を指でなぞる。
「普通は、見て、判断して、それから手が動くでしょ? でも君は、“見た瞬間”にはもう動いてる。……いや、多分それより少し早い」
楽しそうなのに、声の奥だけ少し真面目だった。
「たまにいるんだよね〜。基礎訓練もろくに積んでないのに、センスだけでとんでもない動きをする子。でも、たいていは途中で成長が止まっちゃうの」
「……途中で?」
「うん。最初は一気に伸びる。でも、あるところで急に壁にぶつかる。バーンアウトってやつ。普通の魔力なら、流れ方にはだいたい癖があるんだけど、鐡くんの反応はもっと細くて、速くて、鋭い。魔力って呼ぶには、ちょっと性質が違いすぎるんだよね〜」
なるほどな、と妙に納得した。
けれど、本庄はすぐに続ける。
「でも、君はちょっと違うみたい」
先輩はタブレットをスワイプし、別の角度から見たデータを表示する。
体内を走る流動反応を示す線が、通常の経路を無視するみたいに複雑に交差していた。
「普通は、鍛えていくうちにコツを覚えて、“見てから撃つ”が定着しちゃうんだよね。そうなると、最初の異常な感覚もだんだん丸くなっていく。でも君は、そういう感覚を残したまま、他の能力まで吸収してる感じがあるの」
指先で画面をなぞりながら、本庄が言葉を継ぐ。
「それに、君の中を走っている流動反応、現代魔術理論の標準モデルにも、古代魔術理論にも当てはまらない。普通の魔力って、七大属性のどれかに偏るんだけど、君はそのどれでもないの」
「七大属性のどれでもない……」
「うん。ちょっと前に発掘された古文書の断片に似た反応パターンがあって、解析チームが頭を抱えてたくらい。もちろん、断片だから決め手にはならないんだけどね〜」
本庄はそこで、少しだけ声を低くした。
「でも、似ていること自体が変なんだよ。現代魔術にも乗らない。古代魔術にも完全には乗らない。それなのに、失われた古い記録の一部とだけ反応が重なる」
軽い口調なのに、内容だけが重い。
「特に右手首から肩にかけての経路。普通なら滞留して暴走してもおかしくない負荷のかかり方なのに、奇跡みたいに安定してるんだよね」
……認められている、ってことだよな。
「そんな特別なものじゃないですよ」
「いやいや、謙遜しなくていいって」
本庄は笑いかけたあと、少しだけ真顔になった。
「……それに多分、君はこの先で“壁”にぶつかる」
「壁、ですか」
「うん。反応速度が1秒を切ると、理論上は制御不能域に入る。君はまだそこまでは行ってないけど、普通の新入生が出す数値じゃない。危険域にかなり近いところで動いてるの」
本庄は俺の観測帯を軽く指で叩く。
「だから、そこをどう超えるかで、本当にすごいかどうかが決まると思うんだよね〜」
そして、少しだけ声を潜めた。
「もしかしたら、神代の記録に残っている“何か”に近い反応かもしれないし」
言葉の端に、本庄なりの本気が混ざっていた。
神代。
その言葉だけが、妙に耳に残る。
でも、本庄はすぐにいつもの軽い調子へ戻った。
「じゃ、もうすぐ準備が終わるみたいだから、その場で待機しててね〜」
本庄はフリスビーでも回すみたいにタブレットの画面をくるりと操作しながら、中央管理室へ戻っていく。
俺は観測帯の画面を覗き込んだ。
そこに表示されていたのは、【非魔力系統反応:解析継続中】の文字だった。
やっぱり、そう出るか。
驚きはない。
ただ、中央管理室側でもそこまで拾えていることには、少しだけ意識が向いた。
そこへ、隣から蓮次が画面を覗き込む。
「やっぱり普通じゃないな」
「まあ、そうだね」
否定はしない。
蓮次も、それ以上は踏み込まなかった。
「でも、結果が出てるなら今はそれで充分だろ」
穏やかな声だった。
「副隊長も、そこを見てるみたいだしな」
システムの調整をしていた隊員が如月へ合図を送る。
それを受けて、如月が淡々と口を開いた。
「これより、出力継続制御および安定維持の計測に移る」
その声だけで、全員の意識が前へ向いた。
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