第11話 考えることを許さない
第1部 過去への贖罪
次の測定までの僅かな間に、俺はひとつ深く息を吸った。
「では次に、三十メートル先に複数の的が同時に現れる。それを三十秒以内に撃ち抜け。標的は出現し、時間制限で消える。それを三回繰り返す。それぞれ何回当てられるかを見る」
また一段、難易度が上がった。
俺たちは再び同じ位置につき、如月の合図を待つ。
「それでは、始め」
ブザーが鳴った。
同時に、的が一斉に現れる。
ぱっと見ただけでも十枚はある。
俺は迷わず青白い球体を連続で生み出し、順に狙いを定めた。
隣の本多は、大きな咆哮とともに魔魂丸を次々と投げ込んでいく。
外してはいない。
だが、投げるたびに肩が僅かに上下していた。
三発目、四発目と続くにつれ、最初のテンポが少しずつ崩れ始めているのが見て取れる。
「っらぁ! このまま行くぜ! まだまだぁ! 次だ、次!」
蓮次は静かだった。
膝のばねでも使っているのか、撃つたびに体重移動が精密に制御されている。
腕の延長線上で光が絶え間なく生まれては消え、その動きには無駄がない。
人間というより、精密機械に近い。
俺はといえば、とにかく時間の感覚がなくなるほど集中していた。
掌に青白い球体を生み出し、そのまま押し出す。
動きは小さい。
けれど、標的には確実に届く。
ひとつ撃ち終える頃には、もう次弾を作る準備に入っていた。
「――そこ」
命中。
「次……まだいける」
三十秒は、長いようで短かった。
最初に標的が一斉に現れた瞬間は、さすがに数に圧倒されかけた。
だが、途中から少しずつ流れが見え始める。
的そのものを追っているんじゃない。
出現する直前の、空間の小さな歪み。
そこだけが、ほんの一瞬だけ先に浮かび上がる。
見えてから撃っているのではなく、現れる場所へ先に手を向けているような感覚だった。
とはいえ、数発は外した。
それは他のみんなも同じらしく、まともに当てられていない生徒の方が多い。
その焦りと苛立ちが、いちばん分かりやすく表に出ていたのは本多だった。
「チッ、動きが細けぇ……!」
いや、違う。
単に外したわけじゃない。
標的の現れ方に偏りがあって、法則が掴みにくいんだ。
とても人間が片手間に追える密度じゃない。
でも、ここの隊員たちにとっては、それが“基準”なんだろう。
「ふざけんな、こんなの、慣れれば――!」
終了の合図と同時に、最後の一射を放つ。
腕が僅かに痺れていた。
「っ、はぁ……」
「第一回測定終了。各自、その場で待機だ」
如月の声は、相変わらず淡々としていた。
壁面に設置されたスクリーンへ、名前と数値が並ぶ。
蓮次は二十三発。
本多は二十一発。
俺は――十九発。
だが、その横にはもうひとつ、“平均反応速度”と“命中精度”の欄があった。
俺の欄の平均反応速度だけ、明らかに数字が高い。
標的の出現から発射までのラグが、ほかの誰よりも短かった。
視線が刺さる。
本多の方からは、苛立ちと焦りが混ざった気配。
蓮次はスクリーンを見て、素直に感心したような顔をしていた。
「やるな、瑛志」
「蓮次の方こそ」
嫌味はまるでなかった。
「無視するな! 今回は俺の方が多く当てたぞ!」
本多の存在を一瞬忘れていた。
怒鳴り声で、すぐに思い出す。
「そうだね。でも、あと二回あるから。結果はまだ分からないよ」
「強がってろ。次も俺が勝つ」
本多は俺の態度が気に入らなかったらしく、舌打ちした。
そんなやり取りを意に介さず、如月はタブレット端末に送られてきた集計結果へ視線を向ける。
「一回目の総合得点、一位、天宮蓮次。二位、本多哲也。三位、鐡瑛志」
そこで一度、俺の記録欄を見た。
「ただし、鐡は大半の測定値で、他者よりも速度と初動反応が上回っている。外したのが実力なのか、ただの誤差だったのか」
如月の目が、ほんの僅かに細くなる。
「次で見る」
短い言葉だった。
けれど、その反応の方が、何かを言われるよりもよほど気になった。
「次は、標的ごとに出現パターンが変わる。完全なランダム反応に対応してみせろ。もちろん、奥行きも高低差も追加だ。己の限界に挑め」
如月の言葉が終わるより早く、本多が舌打ちした。
「上等だ。こんなの、慣れればどうってことねぇ」
けれど、呼吸はあからさまに荒い。
一回目のミスを引きずっているのか、手の甲がかすかに震えているようにも見えた。
次のセット。
「今度は外さねぇ……!」
「出方が変わるなら、しっかり的を見ないとだな」
今度の標的は、さらにいやらしかった。
五つ、六つが同時に、違う高さで現れては消える。
次の瞬間には十メートル横の離れた位置に、ぽつんと一枚だけ出る。
まるで三次元の中で、ばらばらに弾かれた標的が、思い思いの場所に跳ねてくるみたいだった。
「なんだよこれ……!」
全神経を指先へ集める。
頭が痛い。
心拍も跳ねる。
なのに、視界だけは妙にクリアだった。
次の的。
さらに三つ先。
その合間に、少し遅れて現れる高い位置の的。
一回目の反省を踏まえて、集中をさらに深くしていく。
的を見ている感覚が、少しずつ変わっていった。
白い板の位置を追っているんじゃない。
出現する直前の、空間の歪み。
その歪みだけが、先に指先へ触れてくる。
「……右、次は上、その次は奥」
撃つ。
狙う。
撃ち終わる前に、もう次の的を捉える。
隣で焦りと苛立ちが膨らんでいく気配がする。
けれど、そっちに意識を割いている余裕はない。
「くそっ、散りすぎだろ!」
「落ち着け、本多。力みすぎるとぶれる」
如月の声が飛ぶ。
いつの間にか、周囲の音がほとんど消えていた。
あとで気づいたことだが、その間に本多は三発続けて外していて、苛立ちを隠しきれず叫んでいたらしい。
「っ、また外した! なんでだよ!!」
蓮次は、ほとんど外さずに淡々と撃ち続けていた。
「まだいける、焦るな……!」
遅れそうになるたび、足首から全身のズレを戻している。
あの細かい修正が、そのまま命中率に繋がっているんだろう。
撃つたびに、形が崩れない。
大きく、速いわけじゃない。
けれど、常に次へ繋がる形になっている。
蓮次の強さは、多分そこにある。
終了のブザーが鳴った。
「二回目、天宮蓮次が二十二発命中。鐡瑛志、二十発。本多哲也、十三発」
如月が結果を読み上げると、本多は言葉を失ったまま、視線を床へ向けた。
「……っ」
「技術的完成度は天宮が頭一つ抜けている。だが――」
如月が、こちらを一瞥する。
「鐡。君の“狙いの捉え”は異常値だ。理論上、視覚追従速度の限界値を超えている。人間の能力じゃない。何をした」
何もしていない――そう言いたいところだった。
けれど、本当のところは自分でも分からない。
俺は、直感的に「こうだ」と思った瞬間には、もう手が動いていた。
「しいて言えば、的の中心が先に見える気がします。動き出す瞬間に、どこへ出るか分かる……みたいな」
「中心が先に見える、か。面白いな」
如月の眉が、一瞬だけ動いた。
だが、それ以上は踏み込まない。
如月は何も言わず、タブレットに表示された波形へ視線を向けた。
その静かな反応の方が、かえって重かった。
「そのまま続けろ。自分のやり方を変えるな」
俺との会話を切り上げると、如月は全体へ向き直る。
「次の測定では、上下左右の的が同時に現れては消える。制限時間内に、いくつ撃てるかだ」
まるで現実感がない。
才能だの異常だの、そんなことはどうでもよかった。
ただ、やってみたらできた。
それだけだ。
「三回目、始め」
開始のブザーが鳴る。
「全部まとめて来るのかよ!」
「望むところだ!」
的が同時に三十個、現れた。
おそらく、俺たちの限界ぎりぎりを要求している。
全部は無理だ。
最初にそう思った。
けれど、腕は勝手に動いていた。
三つ、四つと撃ち抜いていく。
「――っ、いける!」
次、左上――!
視界の端には、別の的が浮かび上がる気配も入っている。
もう認識の限界だ。
上下左右、撃ち抜いた瞬間から次々に現れる標的。
三つ先の的が今にも消えそうなのに、あとから現れた目の前の的が“先に撃て”と迫ってくる。
「先に近い方――いや、奥か」
思考の速度じゃ追いつけない。
本能だけが頼りだった。
撃つ。
撃つ。
さらに撃つ。
標的が現れる。
消える。
見えた瞬間には、もう次を探している。
指先が熱い。
腕が少しずつ重くなる。
それでも、的が現れる前の小さな歪みだけは見失わない。
気づけば、二十四発まで撃ち抜いていた。
次の的が見えた。
いや、見えたというより、出る場所が先に分かった。
二十五発目へ手が伸びる。
けれど、撃つより先に標的が消えた。
「……っ」
ブザーが鳴った。
「終了」
「くそ……っ」
本多は、もう怒鳴りもしなかった。
肩で息をしながら、悔しさを噛み殺している。
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