34.大淫婦と竜の魔女(2)
――【赤】と【青】の渓谷にて。
渓谷に響く金属音。振るう刃は空気を断つ。大剣の重量に合わせ、振り回すことで遠心力すら斬撃に乗せる。
『赤』の大魔女、大淫婦、『瞬獄』といくつもの二つ名を持つホムライト=ドグライト=メーガスが握る両手両刃の大剣――古刀大業物『ハイランダー』は、古より洗礼され、聖水で磨かれた特別礼装でありながら、竜の血を吸う伝説があるほどの代物だった。
魔力を施すと刀身の色が変わる性質を持ち、属性の付与により様々な効果を及ぼす。だが、ファブニールによって周囲のマナを根こそぎ奪われたことにより、魔法の加護がない大剣は大重量の金属の塊となる。
けれど、それが振れないのなら彼女は最優の一角にはなりえない。
「っ――!」
ホーリーホックの剣戟を捌き、ファブニールの爪を躱す。魔女と竜のコンビネーションは凄まじく、嵐のように迫る乱舞。その一切を構えた大剣一つで立ちはだかる。魔法による強化もなく、『後攻の契』だけを頼りに正体不明の敵と対峙する。
――どちらか一方だけならまだしも、マナがない状態で両方はきついな。
マナがあれば、成体化した大邪竜ファブニールの単騎討伐とまではいかずともいい線はいっただろう。剣を握る魔女ならば負けることはない。それを、マナを奪われ続けている現状では決定打が出せずに防戦一方となっていた。
「ちっ。噂に負けずバケモノだな、大淫婦。魔法を使う隙間すらないとは・・・・・・」
ホーリーホックが苛立ちを口にする。構図とすれば圧倒的有利な2対1。相手は魔法が使えず、アドバンテージはこちらにあるのに、イニシアチブを取れない。それはホムライトはホーリーホックの魔法だけを一点狙いで警戒して『後攻の契』による反撃を行っていた。
後出しにおける絶対優先権、本来不利となるはずの状況においてこそ、肉体能力を上乗せで強化する神の加護は魔法の作用に頼らない。マナがなくとも、『赤』の大魔女の意志とは別に発動される能力により、ギリギリのところで耐え凌いでいた。
戦いになれば、後も先もない。その中ですべての動きをカウンター前提で組み立てる。けれど、そのカウンターを潰すようにファブニールが邪魔をする。いかなる剣戟をも対処する竜の存在が戦いの天秤を傾けない。
――時間が、足りない。このままでは追い越される。
ホムライトが組み立てた流れでは、あと数十秒後には耐えれなくなる。周囲のマナを吸うファブニールは、そのマナの貯蔵量により成長する。幼竜から脱皮を繰り返し、先程到達した成体は対応した経験はない。『ハイランダー』で受け止めていた爪も尾も、次第に重くなっていた。手に伝わる衝撃が痺れとなってそれを認識させる。
ホーリーホックの刺突を躱したカウンターに合わせるように振るわれる尾を受け止めた時、魔女の身体が吹き飛ばされた。
「ちっ――!」
数メートル飛ばされる身体を立て直して前も見れば、ファブニールの口からあふれる蒸気と熱を感じた。
渓谷を焼く業火。竜の息吹は周囲一帯を焦土と化す火力を持つ。そのエネルギーを火球に変え、ホムライトが大剣を盾に受け止めるも彼女の身体は軽すぎた。
更に数十メートル。それだけの距離があれば、ペンダントの輝きを確認してから動くには遠すぎた。
「――『雷鳳衝』――!」
黒い雷がホムライトへと肉薄する。竜の息吹と同様に大剣で受け止めることができても、踏ん張るだけの足場がない以上、より強い衝撃とともに弾き飛ばされた。
飛ばされた身体が着弾した地点は、石造りの巨大な橋の欄干だった。打ち付けた身体を軋む痛みが生じる。砕けた石材が下を流れる渓流へと落ちる。
「――ホムライト!?」
聞き覚えのある肉親の声が魔女の耳に入る。なぜここにいると声を出そうにも、背部の痛みでそれどころではなかった。けれど、わずかに魔力の残り香を感じる。
「――飛びすぎだ、大淫婦。追いかける方の身にもなってほしいな」
「あっ――」
レベッカの口から声が漏れた。瞬時に吹き出る汗に身体が冷える。その場にいる誰もが寒気に襲われた。
耳障りの風切り音と腐臭の混ざる風が鼻をつく。見たこともない巨大な存在が空を飛んでいる。その上に軍服姿の女が立つ。
「なんだ、こいつは・・・・・・」
竜殺しの家系でもあるセルですら見たことがない、大邪竜ファブニールの成体の威圧感により手に汗が浮かび身体が強ばった。
「これが、あのファブニールなの・・・・・・」
マグライトが自身の過去に遭遇したファブニールとあまりに姿が違うことに困惑する。幼竜でさえ竜災を起こすほどの脅威な存在の成体となれば、今ここにマナがあったとしても太刀打ちできない。時間稼ぎとしてホムライトのカバーを目的としたナターシャの"特別聖令"すら恨む。
「あっ・・・・・・あ・・・・・・」
その中で、人一倍怯えている少女がいた。その存在に気付いたホーリーホックの表情が変化する。
「そこにいたのか、ハチロク!」
ホーリーホックのペンダントが反応する。今までとは違う、ファブニールが蓄積したマナすら吸い上げて多色に輝くと、――
「――『黒縄ノ深淵』――!!」
魔女がハチロクと叫んだ少女――ムラサキの周囲に黒い正三角錐が出現して閉じ込め、――
「ファブニール! すべてを消し飛ばせ!!」
竜の口から肌を焼くほどの熱量が溢れる。未だ身体を動かせないホムライトに『後攻の契』が発動するも、竜の息吹を止めるのは間に合わないと悟った。橋の上にいる4人を護るために動こうとするよりも先に、魔法の杖を握るマグライトが巨大な魔法障壁を展開する。
マグライトも気付いていた。無詠唱解号破棄で展開した以上、竜の息吹に耐えれるだけの強度は到底ない。成体化したファブニールの火力も想定外だろう。だからこそ、この障壁自体に意味がないことはわかっていた。けれど、身体が自然に動いていた。
ファブニールが口を開けた瞬間、――
――白い彗星が落ちてきた。
橋の上に者たちの視界から竜の息吹の熱量だけを残して巨大な竜の姿が消えた。橋の下から何かが落ちる音が聞こえる。
「――待たせたなお嬢ちゃんたち! スーパーヒーローの登場だ!」
黒い肌の男の声が響いた。




