見える人になっていた
「おはよう、ハンス、ルーク、ソニア」
さて、清々しい朝ですね、グーテンモルゲン。
前々世の御目覚めといえば敵襲とか暗殺とかそういうものが半分だった私ですが、今朝はお母さまに抱き上げられてとても快適です。
「え!?か、母さん!?」
「起きて大丈夫なの!!?」
ハンス家の朝は早い。
村の雑用を言いつけられている幼いルークとソニアは日の登る前から起きて、井戸の水をフェーナ家まで運ぶ。一度に運べる量が決まっているので二人がかりで行っても何往復もかかる。
帰宅したハンスくんは二人を手伝いたがったが、ハンスくんにも仕事があった。フェーナ家の朝食を作り、家人らが起きてくる前に部屋を暖め……って、使用人の仕事ですね?
……ハンスくんのお仕事は私のお世話のはずだけれど、まぁ、仕方ない。
『うちの納屋を貸してやってるんだからこれくらいしろ』という事らしい。
使用人を雇うお金をケチったと思われる。
これから外に出て行く、という子供たちの前に、本日お母さまが現れた。
いつもは咳をし、血を吐き、熱を出して寝込んでいるはずの母親の登場に子供たちが驚く。
「えぇ、なんだか……最近調子がよくて。今日は、歩けるのよ」
私がこのお家にやってきて一週間ばかり。
その間もせっせと、お母さまの枕元にやってくる病魔を潰してきました。
前々世はそういう能力は持っていなかったけれど、どうやら転生しているからか何なのか、そういう、あの世のものが見えるようになっている。
お母さまに取り付いていた病魔たちは、近づくと潰されるので昨日から家の中には入ってこない。
「母さん……無理してるんじゃない?」
ハンスくんは母親が座れるようにと椅子を用意して、肩に自分の上着を着せる。これから外に出るハンスくんにこそ必要だろうに、母親を気遣う。
「大丈夫よ。本当に、体が軽くて、どこも痛くないの」
「でも、急に良くなるなんてことは……」
医者や薬が手配できたわけでもない。ただ部屋の中でじっとしていただけで、回復するならとっくにしていただろう。
よく、死の寸前人は回復したように一時的に活気を取り戻すという話もある。ハンスくんもそれを思い浮かべているのだろうか、不安げに母を見つめた。
母が大丈夫だと繰り返すので、ハンスくんは時間も押しているため一先ず仕事に出て行った。
「ルーク、きょうはあたしがお水をくんでくるから、あんたはおかあさんといっしょにいて」
「え、でも。ソニア」
「何かあったら、急いでしらせにくるのよ。あんたにしか頼めないんだから、おねがいね」
そして残ったソニアは、ルークに留守番を命じる。
今日は水汲みに行かなくていいと言われたルークは戸惑いながらも喜んだ。母親と一緒にいられるからだろう。
(……良い子であるな)
母親が心配というのも本当だろうが、ソニアはおそらく母が元気な時をルークと過ごさせてあげたいのだろう。自分もそばにいたいという感情を飲み込んでいる。まだ幼い子どもなのに頭の下がる思いだ。
「ソニア」
「あたしは大丈夫。おかあさんこそ、無理はしないでね」
娘の気遣いがわかっている母親は、せめて抱きしめて娘に感謝を伝える。
(……親に、母に抱きしめられる子というのは、こういう顔をするものか)
ソニアはぎゅっと母を抱き返し、嬉しそうに笑いながらも、ぐっと感情を堪えるように唇を噛んだ。
私には、ローザにも春野咲にも覚えのない感情だ。どうにも親というものと縁がない。クソ皇帝父上に抱きしめられた記憶もないし、ローザを産んだ女性は出産後発狂したという。
こうして間近にする親子の互いを思いやる姿を見て、素直に「いいな」と思った。
そして、自分が離れた隙にまたお母さまへ近づこうとする病魔を「油断も隙もない」と尻尾をひっつかんで潰す。
ギャッと、私にしか聞こえない断末魔の声をあげて病魔は死んだ。




