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*閑話:ソニア・コルデー「天使さま」*


「全くグズだね!お前は水汲みもロクにできないのか!!」


ばしゃり、とバケツを落とすと伯母がソニアの髪を掴んだ。


足を引っかけて来たのは伯母さんの娘のシャーロットだ。ソニアと同じ歳の、亜麻色の髪の少女は何かとソニアに意地悪をする。


しかしそれを伯母に言っても「お前はうちの子の所為にするのか!!」と怒鳴られる。


「ご、ごめんなさい……」


「早くしないと井戸が混むだろ!さっさと行きな!」


ソニアが伯母に叱られているとシャーロットは嬉しそうにニヤニヤ笑う。シャーロットだけじゃない。この村の子供は皆ソニアを、ソニアたちを馬鹿にしていた。


理由はわからない。ただ、伯母さんが「お前はあの汚らわしい女の……」という。


母を貶める言葉を、ソニアは聞きたくなかったので、聞こえないよう他の音を聞いた。


「ちょっとソニア、退いてよね。邪魔」


井戸は女性たちが集まって水汲みや洗濯を始めていた。ソニアを見ると、母の手伝いをしている娘たちが露骨に顔を顰める。


ソニアが触ると井戸の水が汚れると思っているのだろうか。


伯母の家の水を汲むのはこの井戸からで「許され」ているが、ソニアの家のための水はこの井戸を使ってはいけなかった。森の中の川まで水を汲みに行く。


早く行かないと獣たちに鉢合わせてしまう。二年前に、ソニアの四つ上の姉が水汲みの途中、獣に襲われて死んだ。死体は元の姉の形を留めていなくて、ソニアは自分がいつそうなるのだろうと怯えている。


姉だけではなくて、多かったきょうだいはもう自分と兄のハンス、ルークだけになった。


今年の冬を越せるだろうか。

昨年は、一つ上の兄がソニアとルークに自分の分のパンをくれて、凍えないようにと毛皮をくれた。その毛皮も、春に伯母たちに取られてしまった。


一つ上の兄は、雪が晴れた日に「森で何か獲れるかもしれない」と出て行ったきり戻らなかった。


今度は自分の番だと、ソニアが考えていたところに、兄の、一番上の兄のハンスが戻って来た。


とても綺麗な天使さまを連れて。


「ただいま、お母さん、ルーク。遅くなってごめんなさい」


一月前に、山の向こうに出稼ぎに行っていた兄のハンスが戻って来た。それ以来、母は起き上がれるようになり、家の中が明るくなった。


いつも家に帰って、母が息をしているのか確認するのが怖かったソニアは、今では扉を開けるのが何よりもうれしい。

青白い顏でなくなった母が、優しく微笑んで「おかえりなさい、ソニア」と迎えてくれる。


「お仕事ごくろうさま。寒かったでしょう?スープがあるのよ」


「やったぁ!おなかぺこぺこなの!ルークとおかあさんは?」


「これからよ。ソニアを待っていたの」


ルークの仕事は水汲みから、薪割りになった。まだ力がないから時間がかかるけれど、今の内からやっておけば体も丈夫になる、殴られても、少しくらいは痛くなくなるようになるとソニアは信じている。


「天使さまは?」


「まだ眠っているわ。この子ったら、夜中ずっと起きてるんじゃないかって思うのよね……でも泣かないし……」


ソニアは家のあたたかな場所に置いてある、この家の中で一番高価な箱に駆け寄った。中には柔らかいクッションや暖かな布団が詰まっていて、真ん中ですやすやと赤ちゃんが寝ている。


赤い髪に、今は閉じていて見えないが、青い瞳の天使さまだ。


兄の奉公先の「お嬢さま」らしい。名前はまだなくて、「お嬢さま」と母や兄は呼んでいるが、ソニアはこの綺麗な赤ちゃんを天使さまと呼んでいる。


天使さまが、兄を家に帰してくれた。

来てすぐに、母は歩けるようになり、もう一月たつが咳もしなくなった。


ソニアはうっとりと、箱の中の赤ちゃんを見つめる。


「ソニアは本当に、お嬢さまのことが好きね」


「うん!だって、天使さまだもの!」


本当はその柔らかい頬に触れてみたいし、ぎゅっと抱きしめてみたい。けれど兄や母はそれを許さなかった。ソニアが落としたり、傷をつけてしまうかもしれないと心配しているのだ。


そんなことはしないとソニアは怒りたいが、自分のカサカサした手が触れたら、あんなにきれいな肌が切れてしまうかもしれない。


「ぅ?あー、ぅ!きゃっきゃ」


「あ、天使さま。起きたの?」


じぃっと見つめていると、天使さまの青い目が開かれる。きらきらと、空に光る星よりもきれいだとソニアは思う。


天使さまはソニアを見て嬉しそうに笑った。ソニアは天使さまも自分のことを好きでいてくれていると感じて嬉しい。


「……ねぇ、ぼくもそっちのがいい」


自分の前のスープのよそわれたお皿と、天使さまが母に食べさせて貰っているものを見て拗ねるような声を出した。


「これは赤ちゃんが食べるものよ?」


「だって、ぼくらのスープには木の実が少ししか入ってないじゃん」


お嬢さま、である天使さまの食べるものは、お屋敷から届けられる魔法の箱に入った食べ物から兄のハンスが作っている。

ソニアたちが食べたことのない、真っ白なパンをミルクで柔らかくなるまで煮たものや、この辺りでは取れない赤い魚やお肉も使われている。


「ずるいよ、そいつばっかり」


「ずるくないよ、天使さまだもの」


「はぁ?ソニア、おまえそればっかり言うけどさ……兄ちゃんも、お母さんも、そいつばっかり構うし、どこが天使なんだよ」


「天使さまは天使さまよ!」


自分達とは違う。ソニアはよくわかっていた。村の井戸を使ってはいけないのも、村の子供たちのようにずっと遊んでいられないのも、自分達に父親がいないのも、ずっとずっと、お腹が空くのも、ソニアはそういうものだとわかっている。


言い返すと涙が出て来た。ルークはどうしてわからないのかと悔しい。


ぽろぽろと涙を流すと、母が二人を抱きしめた。


「ごめんなさい。お母さんが、もっとしっかりしていれば、こんな思いさせないのにね」


母も泣いている。

ソニアは母を泣かせたいわけではなかった。


ルークも同じだろう。すぐにルークも首を横に振って母に謝る。


ふとソニアは天使さまの方を見た。

何か、言いたげな、困ったような顔をしているのは気のせいだろう。




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