入学式一週間前の大事件 その2
背丈から同い年くらいかと思っていたルーナは、実は15歳だった。聖女科は他の科より入学可能年齢が低いというわけでもないらしい。
「イザベル様は12歳なの?」
「イザベルで良い。同学年なのだからな。うむ、私は有能なので、特例というやつだ」
ふふん、と自慢げに目を細めると、ルーナが素直に称賛してくれた。さすがは聖女候補、とても素直である。 騎士科の学生寮までは少し歩く。
学園の敷地内は春の柔らかな日差しに包まれ、道は古い石畳が続いていた。両脇には色とりどりの花壇が広がり、淡いピンクのバラや白いラベンダーが風に揺れている。ところどころに置かれた石の彫像は、伝説の英雄の姿を模したもので、苔むした表面が学園の歴史の長さを物語っていた。 ルーナは小さな地図を手に、時折確認しながら歩く。
やがて、特徴的な石造りの建物が見えてきた。古城をそのまま移築したような重厚な佇まいで、尖塔が空を突き、壁面には蔦が這っている。
「ほう、立派だな。城のようだ」
「ええっと、学園の案内の冊子によると、古城をそのまま移設したみたいです。騎士科の寮は闘技場とか、武器の手入れが出来る設備もあるんだって」
その他、馬屋や乗馬のできる広場もあるらしい。ただの学生が寝泊まりする場所ではなく、騎士としての基本的な生活をそのまま学べるように設計されているという。
なるほど、と私は感心した。
本来、騎士というのはどこぞの貴族に騎士見習いとして仕え、主人の雑用をこなしながら騎士道精神を学び、技術を身に着け研鑽していくものである。主従の相性もあるし、仕える主人により、かなり待遇や得られる能力にも差がある。
だいたい十年くらいかかるものだと思っていたが、ドルツィア帝国ではこれをカリキュラムとして扱い、一定の能力を持った騎士を効率的に養成する制度作りに成功しているのだ。
ちょっと養殖っぽいな、と思わなくもないが、それはそれである。
石畳の道は緩やかな上り坂になっており、両側に古い樫の木が並んでいる。木々の間から差し込む午後の陽光が、地面にまだら模様の影を落としていた。遠くから聞こえる剣戟の音と、汗と金属の匂いが風に乗って漂ってくる。騎士を目指す者たちが集う場所だけあって、どこか張りつめた空気がある。コルヴィナス公爵家の闘技場とも似た空気でイザベルは心地よく感じた。
ルーナと並んで歩いていると、寮の正面広場が見えてきた。
古城をそのまま利用した重厚な建物は、威圧感たっぷりだ。石壁には蔦が這い、入口の両脇には騎士の甲冑を模した石像が立っている。 しかし、その広場の片隅で、明らかに不穏な空気が流れていた。
貴族の青年が三人、取り囲むようにして一人の少年を壁際に追い詰めている。
中心にいるのは金髪の少年——十五歳くらいだろう。やや吊り目で、気品はあるが、表情が傲慢そのものだった。
ちょっと見覚えがあるような、とイザベルは首をかしげる。
「身の程を弁えるべきだと僕は思うんだ」
金髪の少年は勿体ぶった口調で言い、足で少年の荷物を軽く蹴飛ばした。
壁際に突き飛ばされたらしい白い髪の少年は、身なりが地味で、表情を硬くしている。
「ヨハン!」
ルーナが悲鳴のような声を上げて駆け寄った。
「なんだ君は」
金髪の少年はぴくりと眉を跳ねさせ、不快感を露わにした。
ルーナが震えながら答える。
「か、彼は、私の幼馴染なんです……!彼が何かしたんですか!?」
「した、ではなく、しなかったんだ。僕らの荷物を運ばなかった」
「そんなことは自分でやれ。子どもじゃないんだから」
イザベルは呆れながら、二人の間に割って入った。 つまりこの貴族の少年は、ルーナの幼馴染が平民であると見て取り、雑用を押しつけようとしたらしい。
使用人が何人もいそうなタイプだが、今日は連れてきていないのか。あるいは「新入生同士の挨拶」だとかいう名目で、わざとやっているのか。
「…………なんだお前は」
こんな口の聞き方をされたことがないのだろう。金髪の少年はこの場の誰よりも偉そうなイザベルを睨みつけてくる。
「淑女なら口の聞き方を——」
「騎士たるもの、自分の荷物くらい自分で運べ」
イザベルはきっぱりと言い切った。 金髪の少年の顔が、怒りで赤く染まる。
周囲の取り巻きたちも、明らかに動揺していた。貴族の令嬢が、しかも年下の少女が、こんな態度を取るなど想定外だった。
イザベルはトランクを軽く持ち直し、ルーナの幼馴染——ヨハンという名の少年に視線を向けた。
白い髪が印象的な、静かな目をした少年だった。怯えてはいない、ただ黙っている。なるほどこれはいじめがいがなくて相手を怒らせるタイプだな、とイザベルは感心した。
ルーナが慌ててイザベルの袖を掴んだ。
「イ、イザベル……! 大丈夫だから……!」
「この場でルーナたちより私が文句を言ったほうがまだ聞く耳を持たれるよ」
「……身分というものを理解しているのなら、なぜ僕の言動を咎める?」
「この学園で身分を振りかざすのは愚かだと思うが、卿のような者には有用だと理解しているからな」
イザベルは金髪の少年を真正面から見据えて言った。
「この僕を知らないのか」
金髪が不満げに呟く。え、有名人なの?とイザベルは少し焦った。
「何分地方貴族でな。王都の貴族の顔には疎い」
「なんだ田舎者か」
まぁ、実際コルヴィナス領から殆ど出ていないので、田舎者の引きこもりというのも間違いない。イザベルはじいっと金髪の顔を見た。
「……もしや、その髪の色、王族か?」
品のある顔立ちに、自分が絶対的優位者であると確信した笑み。なるほど、生まれ持っての、他人に命じる立場の人間か。
「ふん、やっと気付いたか。僕こそ、第六王子エドヴァルドだ」
「ここであったが百年目!貴様ッ!決闘だッ!」
相手の名乗りを聞くやいなや、イザベルは懐から白手袋を取り出して、べしっとエドヴァルドに投げ付けた。




