入学式一週間前の大事件 その1
入学式の一週間前。
私は王都にある国立魔術学園「オーディン」の学生寮の入り口に、トランクを一つだけ持って到着した。
学生寮を有する敷地は広大で、入口の門はとても立派である。つまりとても目立つ場所だ。なので兄のカイルとはここで待ち合わせをしていたはずだったが、生徒会の仕事が押しているらしく、少し遅れるという連絡が入っていた。まあ、仕方ない。優秀な兄上はいつも忙しい。
門の周りには同じく新入生たちが侍女や付き人を連れて出入りしていた。私のように一人の者は少ない。学園内では使用人は同行しないが、寮内では身の回りの世話をする人間が必要なのだ。爵位により連れていける使用人の人数の制限もあるが、男爵家止まりのボルジア家という設定で来ている私はゼロ人を選択した。
なおルシアは絶句したし、なんなら自分がついていくと言って聞かなかったが、何とか説得した。
トランクを二つ両手に持って、私は寮の敷地内を歩く。
門をくぐった途端、春の柔らかな風が赤い髪を揺らした。周囲はすでに新入生らしき少年少女で賑わっている。
「あの……すみません!」
後ろから、控えめな声がかけられた。
振り返ると、淡い金髪の少女が立っていた。清楚な白いローブを着て、少し緊張した面持ちでこちらを見ている。歳は私と同じくらいだろう。
「その……荷物、お手伝いしましょうか? 一人で運ぶには大きそうに見えますし……」
彼女はそう言って、控えめに微笑んだ。穏やかな雰囲気だ。
「ほう。親切だな。だが問題ない。騎士たるもの、この程度自力で運べずどうする」
私はトランクを軽く持ち上げて見せた。
少女は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になって近づいてくる。自分の好意、善意を拒絶されたことを不快に思うタイプではないらしい。
「私はルーナです。聖女科の新入生で、第一期生になります」
「聖女科?」
聞き慣れない言葉に、私は首を傾げた。
ルーナは少し照れくさそうに説明してくれた。このドルツィア帝国には「ルドヴィカ」という宗教があり、神の名のもとに癒しや浄化の奇跡を起こす聖女たちがいるという。
今年から新設された「聖女科」は、魔力を持つ平民の少女たちも受け入れるための新しい学部らしい。「へえ……他国の文化は面白いな」 私は素直に感心した。
コルヴィナス家は父上をはじめ無神論者が多いので、そうした宗教的な話はほとんど入ってこなかった。
ただ、ふと思い出す。
昔、ソニアが私を「天使さま」と呼んで慕ってくれていたことを。なるほど、春野咲の懐かしい記憶によると、一神教とかだろうかと、なんとなくイメージする。
「私はイザベル・ボルジア」
「ボルジア……? あ、貴族の方だったんですか!?」
使用人を伴っていないので自分と同じ平民だと思ったらしい。ルーナの顔に驚きと、そして恐れが見えた。慌てて身を引くので、私は首を傾げる。
「といっても地方貴族でな。聞いたことがないだろう、ボルジア家など」
「それは確かに……あっ、ご、ごめんなさい!」
素直に頷くルーナに私は笑う。
「騎士科に入る予定だ。……ん? どうかしたか……なんか距離を感じるんだが……」
「い、いえ! ただ、騎士科と魔術科は学園の中でも特別だと聞いていて……私が話しかけてしまって、失礼だったかなと……」
ルーナは申し訳なさそうに縮こまる。私は軽く肩をすくめた。あれか。特進クラスと一般クラス、みたいな感じだろうか。ルーナの反応的に、学部>出自のヒエラルキーをほんのり感じるな……。そんな、皇帝以外基本的に皆一緒じゃないかと私は思っているのだが……。
私が騎士科の新入生だと言うと、ルーナはおずおず、と顔を上げた。何か言いたいことがあるようだ。可愛らしい聖女候補の少女が話し出すのをゆっくり待っていると、顔を真っ赤にしたルーナは恥じいる心より、自分の願いを言ってしまえと口にする。
「あの、私も幼馴染が騎士科に入るので、お守りを渡したくて……!」
ルーナは頰を赤らめながら、小さな布の袋を取り出した。どうやら手作りのお守りらしい。私が騎士科の寮に行くのなら、一緒に連れて行ってくれないかと、そういうお願いだろう。
「無論構わない。というか、場所がよくわからないので、貴方が場所がわかるのならぜひ案内して欲しい」
「そ、それは、はい! もちろん。場所はなんとなくわかります。……入っちゃいけないんだって、思ってるから、行ったことはないけど」
ナビゲーターをゲットした私は満足気に頷いた。本来カインお兄様に案内していただくはずだったので下調べが甘かった。ここまで広いとは思っていなかったので、一人だと確実に迷子になっていただろう。
こうして、私はルーナと並んで騎士科の寮へと向かった。道すがら、ルーナは平民ながら領主の推薦を受けて入学したこと、幼馴染の少年も、同じく実力で騎士科に受かったという。
彼女は道中、その少年のことを「とても真面目で、頑張り屋」だと嬉しそうに話してくれた。
……ふむ。
幼馴染、か。私は小さく微笑んだ。
あれか。淡い恋心とか、聖女見習いと騎士見習いの、甘酸っぱい青春を間近で見ることが出来る感じかと、わっくわくである。




